プロローグ
貴方は認めてくれた。いろんな生き方があっていいと。セカイを狭めているのは自分自身だと貴方は教えてくれた─
貴方は切り開いてくれた。やるべきことを言い訳に、やりたいことから逃げていた。私は両方やってみせると決めた─
アンタは気付かせてくれた。人を認める事と自分を認める事を。縛られていたと思っていたけれど、本当は自分が縛っていたんだ─
貴方は強かった。変わり果てた自分を昔の友人に見られたくなかった。強い力は強い心から。自分よりも弱い筈の貴方から教わりました─
貴方は側に居てくれた 。貴方は私に一人でないことを教えてくれた。私の痛みを解ってくれた。そして、昔の友達は変わってしまったと思ったけれど、やっぱり変わらず大事な友達だった─
お前は強かった。お前のお陰で過去を清算することが出来た。勝手に自分を追い込み、間違ったやり方だとわかっていてもそれを選んで解決しようとした。一人で背負い込み、勝手に結論を出すのはもうやめた─
君は誇ってくれた。仮面を被ることでしか自分の正しさを貫けない僕に、仮面など無くとも僕の胸に宿る正義の心は消えないと言ってくれた。僕に足りないのはほんの少しの自信だったんだ─
アンタは泣いてくれた。アンタは弱いくせにオイラを殴ってまで道を正してくれた。嘘ばかりのこの世界。しかし、嘘の中にある真実をオイラは見つけられた─
貴方は気付かせてくれた。憎しみが強くなれば、愛も強くなることを。愛と憎しみは表裏一体。それを恐れることはないということを。憎しみに溺れそうになったとき、それを救ってくれるのは愛だった─
貴方は教えてくれた。失ったものよりも、残ったものの方が大きいことを。それすら失いそうになっていたことを。絶望した中にだって希望があるということを─
いつだってそうだった。お前は俺達の光だった。お前に初めて会った日から、お前は俺のヒーローだった─
「なぁ。ヒカリ。学校行かねえか?」
そう言って僕の幼馴染は僕が寝ているベットの横にある椅子に腰掛けて言った。
ああごめんなさい。自己紹介がまだでしたね。僕の名前は『光城光』って言います。この“北神市”に建てられた屋敷で執事とメイドさんと暮らしています。なんで屋敷が建てられたかというと……ま、それはまたの機会にしましょうか。
そして、僕のベッドの横にある椅子に座っているこの大柄な男の子は『水無月潤』くんです。僕は『ジュンちゃん』って呼んでいます。見た目は髪の毛を後ろに下げて背も高くて眼はキリッとして眉はとても薄い。一見怖そうにも見える(らしい)見た目だけどとっても優しい僕の大事な友達。
さて、そのジュンちゃんが僕の住む屋敷を訪れたのは僕と一緒に学校に行かないかという、誘いの内容だった。
しかし、僕はある理由で外に出ることを控えるように言われていた。
この住むには広すぎる屋敷が、だけど、生きるには狭すぎる屋敷が僕の世界の全てだった。
「でも、僕は外には─」
「わかってるよ。行き帰りは俺も付き添う」
「いいの?」
「ああ。友達も欲しいだろ?」
「うん!ジュンちゃんケンちゃんミコちゃん以外にも友達出来るかな?」
「さぁーな。お前次第じゃね?」
「非道いなジュンちゃんは。今出来るって言ってくれたのに」
「出来るなんて言ってねぇよ。欲しいだろ?って聞いたんだよ」
「確かにそうだったね」
「で?どうすんだ?」
幼馴染の彼はさっきとは違い多分、真面目な顔をしている。だから僕は
「ふふ。そんな怖い顔しないでよ」
「るせぇな。ほっとけよ」
「えー?だって怖いんだもーん」
「はいはい悪かったなぁー。で?」
「うん。ジュンちゃんが一緒なら僕も行きたいな。学校」
「よし!それじゃこれだ」
そう言って彼は鞄から何か取り出した。
「えっと?んー……出願……用紙……?」
「そうだ。俺も手伝ってやるからよ。書こうぜ」
「ありがとう。ジュンちゃん。でも大丈夫?」
「あ?何がだよ?」
「この北神高校って頭良いんじゃないの?僕でも聞いたことあるよ?」
「大丈夫だって。毎日通ってやるからよ。わからないことがあったら聞け」
「いや、僕じゃなくてジュンちゃんだよ」
僕がそう言うとドテーっと椅子から転げ落ちた。相変わらず元気だなあと感心。
「お、おれは大丈夫なんだよ!!」
一緒に倒れた椅子を戻して勢いよくドンッと座り直した。本当に元気だな。ジュンちゃんは。
「そうなの?お勉強苦手じゃなかったっけ?」
「確かに苦手だったけどな。お前と同じ高校に行くこと考えたら。北神ぐらい行けるようになっとかねぇとよ」
少し落ち着いたような声を出すジュンちゃん。気にしてくれてるのかな?僕の家のこと
「でも」
「ま!今のところ落ちねえからよ頑張って行こうぜ?な?」
さっきと違いジュンちゃんの声は自信に溢れていた。だから僕も
「うん!」
元気一杯に答えたよ
学校か……どんな人達に会えるのかな?どんなことを教えてくれるのかな?
今から楽しみだな
「御坊っちゃま。お早う御座います」
光城光の住む屋敷の使用人が光の部屋に入る。光はすでに目を覚ましており、これから自分が通う学舎の学生服に身を包んでいた。
「もうお目覚めになっておりましたか」
「うん。といっても、さっきおきたばかりだよ」
「左様で御座いますか」
しかし、使用人の萩野は自分が使える主の言葉が嘘であることは見抜いていた。この若い、と言うよりかは、幼い主が直ぐに目覚めて学生服に着替える訳がない。着替えられる訳などないのだ。
主の身体の事と、これまで学校にいかずに通信教育だった為学生服を着たことなど無い事を考えれば、さっき起きた訳など無いのだ。
要するに、楽しみだったのだろう。いつもお越しに訪れる時間よりも早く起きて、慣れぬ手付きで着替えたことを考えれば自然と微笑ましくなるのであった。
「むっ。何笑ってるのさー」
「ああ。いえ。申し訳ございません。朝食の仕度が出来ておりますので御準備が出来ましたら、いらして下さい」
わかったよ。と光が応えると、萩野は御辞儀をして部屋を出た。
「ふー」
光は観音開きの窓を開け、風を吸い込みと日を浴びた。
いつも行うその動作が今日はとても心地良かった。
彼、光城光は光城家と呼ばれる大財閥の子息。この大きな屋敷に彼一人と数人の使用人と住んでいる。
この街、北神市で有名な光城邸。しかし、この光城邸が建てらている“この町”では光城邸には“天使”が住んでいるとも言われている。その天使が彼だった。
とは言え彼の姿を見る者は数少なかったので、建てられた当初よりは騒がれることは少なくなっていた。
天使。と言われる由縁は彼の見た目にあった。彼はアルビノと呼ばれる生まれつき色素が極端に少ない。容姿は肌は真っ白で髪も真っ白。
人間のアルビノであれば瞳の色は色素が薄いため蒼であることが多い。
しかし、光の眼の色は真紅の色をしていた。
人間以外の動物でのアルビノは、眼の色は紅であることが多い。これは、色素が全く無く眼の中の血管が薄く見えているから。
彼の瞳は自然界で生きる彼等と同じく紅であった。
こんな真っ白な少年で眼の色は真紅である彼はこの街、北神市の中にある小さな町では天使と呼ばれていたのだ。
しかしながらそのあだ名に反して、色素が薄いため、日の光ですら彼にとっては毒でもあった。故に日の光というものからは遠いあだ名とは矛盾した存在でもあった。
光の体が弱いのはこのアルビノが原因ではないかとも言われている。
「ふー。今日は本当に風とお日様が気持ちいいね」
ぐーっと伸びをして、光は窓を閉めた。前日に入念にチェックした荷物を手に、階段を降りると
「よっ」
光の幼馴染の水無月潤がエントランスの待ち合い用のソファに腰を掛けていた。
「おはよう。今日からだね」
「ああ。そうだな。それより」
さっさと朝食を済ませるように潤は光に言った。光が潤も一緒に食事をしようと誘ったが、
「もう食わしてもらったよ」
と言った。自室に萩野がやって来てから今こうして自室を空けるまでそんなに、というか全く時間は経っていない筈だが潤はそう言った。
「ああ。お前の部屋にじーさんが行く前に来てたらから。その間に飯食わしてもらったんだ。俺が来たことは、お前には内緒にして貰った」
成る程と思う。潤はこの屋敷の使用人達との関係も良好だ。朝食を頂き、そんなちっぽけな願いくらいは聞いてもらえるだけの関係は築いているのだ。
「でもどうして?」
「そりゃおめー。俺が来てることがわかれば急いじまうだろ?“天使”の至福の時間を邪魔したくなかったんだよ」
「茶化さないでよ」
「ほら。さっさと飯食ってこい。その間。忘れ物がないか俺が見ててやるよ」
光は潤に荷物を預けて朝食をとりにいった。
二人は二十分歩いて学校に着いた。自転車で行けば七~八分程だったが、光は自転車に乗る事が出来ない。バス通学でもいいのだが、二十分であれば歩いて光でも行ける距離だ。
体育も受けなくてはいけない事を考えれば歩いて少しでも体力をつけた方がいい。
学力の高くて通いやすさを考えて潤も北神高校に通わせることにした。
ちなみに、車で送ってもらうのは光事態が強く拒んだのだ。
「どうだ?光」
「うん。何とか大丈夫」
丁度二十分歩いて光と潤は学校に着いた。
そのまま貼り出されたクラス表を見る。これが最も重要だ。潤にとっては特に。光の面倒を見ると約束したがクラス分けだけはどうにもならなかった。だから
「えーっと一年四組?かな名前があったよ」
「俺もだ。同じクラスだな」
同じ一年四組に名前があった事で潤は安心した。
安心した事で漸く周りが見えた。皆。光を見ている。所謂好奇の眼差しを向けていた。
「どうしたの?」
光は潤の様子が変わったことに気付いた。潤が眉間に皺を寄せて鋭い眼光を燃やしていた。
「否、何でもねぇ。さっさと教科書買ってロッカーに入れとこうぜ。午後からは入学式だろ」
「そうだね」
潤は光をつれて購買に行こうとした時
「……!!!!」
一人の少女とすれ違う。
光とは違うが光と同じように容姿が他の人と違って目立つ少女と。金糸に蒼眼。見間違う筈がない。潤の昔の知り合い、友人だった。潤は声を描けようとした。
「サーちゃん……」
が、やめた。と言うか出来なかった。彼女の顔を忘れるはずはない。彼女ともう一人の男の子と潤はよく遊んでいた。
光とは学校外での付き合いであったが、この金糸の少女とは学校での付き合いでよく一緒に居た。絶対に間違わない。しかし、彼女の表情は知らなかった。明らかに何かを諦めたような表情。とぼとぼ歩いてクラス表を見に行っていた。
「潤ちゃん?行こうよ」
「あ、ああ。そうだな」
「………」
金糸の少女、秋瀬紗綾はクラス表を確認すると、黙ってその場をスーっと抜けた。周りが好奇の眼で自分を見ているのは理解出来た。とは言え音は入ってこない。だから誰かが話しかけてきたのかもしれないが、柳の様に交わしていった。
「ふー。一組か」
彼女は一条真奈美。少し癖のある髪の毛をしている。この北神市の大病院の娘で入試時の成績はトップであった。クラス表を見て思ったのは当然であった。
彼女の父と母もこの北神高校出身であり、伝統的に入試時の成績上位者は一組に割り当てられるようになっている。彼女の取り柄は学力と自他共に認めている。この結果は当然なのだ。
「ちょっとどいてくんない?」
そう言って現れた少女は明るい茶色に染められたであろう髪を高いところで括った、所謂ポニーテールで顔のラインに沿って伸ばされた髪が特徴的な少女だった。制服は既に着崩されており、ブレザーのボタンは止まっておらず、リボンも緩められていた。
「ごめんなさい」
一言言って真奈美は退いた。すると
「一組かぁ~ま、いいや」
とその少女が言った。こんな女が一組?真奈美は振り返る。こんな身形の女と同等?信じられないと思ったのは。
「なに?」
「何でもないわ」
一条真奈美は去り際に
「燕雀が…」
と聞こえない程度の言葉を残していった。
「?なに?あいつ」
えんじゃく。その言葉を変換出来なかったが、確かにそう聞こえた。
「藍さん?どうかした?」
藍さん。とは彼女だ。本名を花咲藍。彼女の名を呼ぶ、この地味な見た目の黒い髪を腰まで伸ばした少女は海原薙沙。
「ああ。なんでもない。それよりさ。アンタ同じ中学だったんだから藍さんなんて呼び方しなくていいから。あとその地味な見た目何とかしなよ」
「あ、ああ。ごめん。藍」
呼び捨てで良い。そういう意味であったのだが、さん付けをされてしまった。その事に少しの苛立ちとため息が出てしまう。
「まぁいいわ。で?薙沙。アンタ何組みなの?」
「えーっと。二組みたい」
「あっそ。あ。あとさ、高校に入ったんだから少しは堂々としなさいよ。知ってる奴なんてほとんどいないっしょ?」
「うん」
「じゃ購買に教科書買いに行くわ」
薙沙の肩をポンっと叩いて藍は手をヒラヒラさせて行ってしまう。
「ナギ…ちゃん?」
その声に反応して薙沙は振り替える。そこには眼鏡を掛けて三つ編みで前髪は眼鏡に掛かっている。第一印象暗いという印象を一発で与えるある意味インパクトの高い少女がが立っていた。
「えっと…」
「あ。覚えてないよね…ごめんなさい」
そのおどおどした声と仕草で漸く薙沙は彼女が何者かわかった。彼女は幼馴染の
「ひょっとして…樹?」
樹。そう呼ばれた少女は顔を上げてぎこちなく笑っていた。
「そ、そうだよ。樹だよ。覚えててくれたんだね」
よかった。とはしゃぐ樹。しかしそれとは対照的に薙沙の表情は曇っていた。
「なーぎーさー。どしたん?早く来なよ」
「あ!はい!じゃなくて。わかったー。樹じゃあね」
「あっ!ナギちゃん」
薙沙は走って藍の元へ行った。知り合い?と訪ねられた薙沙は首を横に振った。
樹と呼ばれていた少女の名前は泗水樹。樹は薙沙の方へ手を伸ばして誰にも聞こえない声で、待ってと呟き、伸ばした手で空を掴み、行き場を無くしたその手を胸に置いた。
「薙沙の奴…」
樹と薙沙。二人のやり取りを少し離れた所で見ていた青年がいた。背丈は180㎝はあり、眼鏡を掛け、男子では珍しく長く美しい黒髪を侍のように括っていた。彼の名前は刀坂刄。薙沙のもう一人の幼馴染だ。しかし、これまで同じ学校に通ったことは無く、高校で初めて同じ学校に通うことになった。
「彼女は…泗水樹か…」
また、樹とも面識があった。しかし此といって関わりの深い関係ではなかった故に、刄は放っておくことにした。
「いやービックリ仰天ッスねぇ。まさかオイラみたいなのがこーんな名門に入れるなんてぇ」
カチューシャで前髪を上げて茶髪でピアスをした見るからにチャラそうで軽そうな少年が自分のクラスで同じ中学出身の生徒と談笑していた。
「いや、ホントだよ。お前が北神入るなんて誰も予想してなかったぞ」
「どんなセコイ手使ったんだ?」
「いやいや。実力ッスよ。実力」
「お前のは運だろうが」
「あっははは。それも実力の内ッスよ」
入学式が始まるまではまだ時間がある。その短い時間で彼は自分と同じ中学出身の生徒達と談笑を続け、新しくクラスメートとなる生徒達とも談笑し始めた。
この話の中心にいる今風の生徒は犬吠埼駒。そのチャラい見た目と性格でこのクラスとのネットワークを既に広げようとしていた。
不思議と彼は人を引き付ける才能を持っているようで話し掛けられた生徒達も嫌な気分にはならなかった。一人を除いて。
「えーっと。てん…ま、けんくん?オイラ犬吠埼駒っつーいいます。よろしくッス」
「………」
犬吠埼駒はてんまけん。天満健と言う男子に手を伸ばしたが、頬杖を付いてそっぽを向いて眼を瞑っている。
「あれ?ひょっとして機嫌悪いッスか?」
それにも応えることはしない。それを見かねた駒と同じ中学の生徒は
「おい!お前!何とか言えよ!!」
と天満健の頬杖を付いている腕を掴んだ。するとバランスを少し崩し、顔を机にぶつけてしまった。
それを見て犬吠埼の取り巻きを始め数人が笑った。
明らかに莫迦にしている嫌な嗤いだった。
しかし、程なくしてそれは逆のものとなる。
「いって……!!」
健の腕を掴んだ生徒が自分の腹を押さえて蹲っている。水月。鳩尾に入ったのか息をする音がヒューヒューと鳴っている。
「煩い騒ぐな」
健は自分の唇を拭った。先の件で唇を切ってしまったようで血が出ていた。
「で?お前がこのクラスのボス面すんのか?」
そういう健の眼は充血しており、明らかに血走っていた。血に餓えた獣の様にも見えた。
「え?い、いやーそういう訳じゃないッスよ」
「だったら。放っておいてくれ」
駒は蹲っている友人を見る。この友人は駒の友人の中でもガタイもよく、その手の事には頼りになる友人であった。その友人が一撃でこの様。これでは相手が悪いと思ったのだろう。
「悪かったッス。ただ仲良くしたかっただけなんスよ。コレからは気を付けるッス」
駒がそう言うと健は席に座って何事もなかったようにまた頬杖を付いて眼を瞑った。
「おい!テメェ!!」
「いいンスよ!!」
「こまいぬ!?」
こまいぬとはこの犬吠埼のあだ名だ。
「だけどよ」
「いいンスよ。人には人の距離っつーのがあるでしょうに。無理に近付いたオイラ達が悪いンスよ」
その言葉に皆怒りを沈めることにした。
場は完全に白けてしまった。
しかし彼は違った。
「いい獲物になりそうッスね……」
犬吠埼は誰にも聞こえないように呟き嗤った。
現在から一週間程前
「ふぅ。そろそろかな?」
バスに乗って一人の少女は窓の景色を見ながら呟いた。彼女はこの北神市に引っ越して来る少女。
長年住んだ地を離れることに寂しさと新しい地へ赴くことへの不安はあった。しかしそれ以上に
「ちょっぴり楽しみやなー」
期待に胸が膨らんでいた。少女の名前は望月愛弓。
彼女が通うことになった高校。その名も北神高校。この学区では一番賢い高校になんと入学することが出来た。これも前の学校の友人と先生が一生懸命に、勉強を教えてくれたお陰だなと胸のリボンを結びながら感謝していた。あんまり勉強が得意ではない愛弓に対して
「どうせ行くなら、一っちゃん頭のエエとこ行ってこんかい!!」
「アユちゃん!!気合いやで!気合い!」
「意地見したれ!!」
と気合いでお勉強を教えてくれた。引っ越しが決まった時、友人や担任は最後まで自分の面倒を見てくれた。おかげで成績も伸びて何とか北神に入学できた。
愛弓の母も喜んでくれた。
最後の別れの日。皆笑顔で送ろうと決めていたらしく、だから引っ越しが決まった事を伝えた日から今まで、少なくとも愛弓の前で泣いている友人は一人としていなかった。
しかし、最後の見送りの際にしてはいけないとは解りつつも振り替えれば皆泣いていた。それがほんの少し嬉しかったのを愛弓は自分だけの秘密にしたいる。
そして現在。北神高校入学式
「えーっとウチは四組やな」
さて、高校に入って最初の自己紹介はとっても大切。親しみやすさを持たれること。ただし『舐められてはアカンで!』と言ってくれたかつての中学の友人と教師の言葉を思い出す。そんなことを色々考えて自分の席に着いたら
「あのさー」
横から可愛らしい声が聞こえてきた。まるで天使みたいな可愛い声。愛弓は聞き惚れていると。
「ちょっと!聞こえてるの?」
と可愛らしくも怒気が込められていた。どうやらその声の主は可愛い声とは裏腹に、その怒気を自分に向けているように感じたので愛弓は慌てて声の主に向き合った。
「えっ!あっ!はい!?」
驚いたことに顔も可愛かった。声も顔も可愛くてオマケに北神に入学できるくらいだから頭も良いはず(自分もだけど)そんな女の子がそこに立っていた。
「そこ。私の席なんだけど」
可愛い顔の眉間に皺を寄せて右手の人差し指で自分が座っている席をトントンと空を叩いた。
愛弓は席と、手に持っていた座席表を確認する。
「 え?あー!ごめんなー。一個前の席やったわ!!」
立ち上がり自分の席に移動してあっははと愛弓は笑って誤魔化す。これで通用する相手だと嬉しいのだけれど、と彼女の顔色をそっと伺う。
「ま!別に良いけど。えーっと私、矢切奏」
良かった。話の通用する相手だった。胸を撫で下ろして本来の自分の席である一つ後ろの席に座り直した。
「ウチは望月愛弓。よろしくな」
その瞬間に愛弓は矢切奏という少女とすぐに仲良くなることができた。母と先生と友人達に報告しておこうと嬉しい報告が出来ることに頬を緩めてしまう。
「そう言えば望月さんは転校生?」
「そうやで。この春にこっちに来てん」
「ふーん。家はどの辺?」
「あまり詳しくなくて。あ!そやここやねんけども」
愛弓は自分の住所が載っている生徒手帳を奏に見せる。
「あ!近いわね!」
その後は近くにあるスーパーやドラッグストア、ファストフードに喫茶店なんかの情報を矢切奏は愛弓に教えていった。
「ねぇ望月さん。今日用事とかある?」
「いや、なんにもないけれど」
「じゃあさ、ちょっと寄り道していかない?」
「あ。うん。ええよ。それならばうちからも一つええかな?」
「?なに?」
愛弓は頬を掻いて深呼吸をする。その姿はまるで告白でもする少女であった。
「あんな?矢切さんのこと、奏ちゃんやからカナちゃんって呼んでもええ?」
と提案するのであった。言われた奏の方は呆気に取られ、口が開きっぱなしになっていた。やがてぷっ!と吹き出す矢切奏。愛弓は笑った顔もとても可愛いなと思った。
「いいわよ。よろしくね。アユ」
アユ。向こうの友達にも呼ばれてた愛弓の愛称。それをこの矢切奏、改めカナも呼んでくれた。
──お母さん。先生。みんな。ウチな友達早速できたで──
こうして彼と彼等と彼女等のたった三年間の物語は幕を開けようとしていた。しかし彼等が全員で顔を会わせるようになるのは、もう少し後の話となる。
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