エピローグ

5-1

『――先週起こった反政府組織のテロ活動ですが、事態は沈静化に向かい、一週間遅れの記念式典が本日東京都内で行われることとなりました――』

 街頭のテレビから、女性キャスターの真面目なトーンが聞こえる。

 だが、行き交う人々はそれに全く興味を示していなかった。目の前にある平和を当たり前のように享受きょうじゅし、日々を怠惰たいだに過ごしていく。

「まったく、嫌になるな」

 どこからか、渋い男性の声が聞こえた。落ち着いたその声は、普段ならば聞く者を安心させるが、今は少し怒気とあきれをにじませていた。

「ふふっ、まぁ仕方ないよね。こういうのって、すぐ人は忘れちゃうものだし」

 姿の見えない声の主に応えると、少女は歩道わきさくに腰かけた。

「どうも人は感謝の念というものにうとい。自分達の平和が、誰に守られているのかをもう少し理解すべきだ」

「公務員の辛いところだね~」

 珍しく機嫌の悪いをいなしながら、少女は彼をなだめるための方法を模索もさくする。

「あっ、そうだ!」

 ぴょんと柵から飛び降りた少女が、明るい笑顔で空へ呼びかけた。

「さっきもニュースで言ってたけど、記念式典があるでしょ? 本部の人達はそっちを警備するらしいけど、せっかく非番をもらった私達が邪魔しに行くのもアレじゃない? だから、私達はいつものショッピングモールへ遊びに行こ? パトロールにもなるし、きっとお祭りになってて楽しいよ! ね?」

「ふむ……」

 どうも乗り気でない彼の声に、少女は早々にしびれを切らした。

「行ーこーうーよー。きっと気晴らしになるし、ね? 『ゼル』」

「いやしかし、『明里』。私にはあそこに良い思い出が無くてな」

 しぶしぶ言うゼルに、明里はぷーっと頬をふくらませた。

 すると突然、短い電子音が鳴り、ゼルの沈黙がため息に変わった。

「どうやら、行くしかないようだ」

「え?」

「そのショッピングモールで事件らしい」

「あらら」

 明里は明里で散歩の予定がつぶれたことを残念がるが、すぐに顔を上げ切りかえた。

「よし! じゃあ……いざ! ショッピングモールへ!」

 ぴょんと飛び上がり走り出す明里。それに追従するように、透明な何かが風をきった。

「明里、落ち着け」

「はりきって、街の平和を守っちゃうぞー!」

 努めて明るく振る舞う明里。しかしその笑顔は、ほんの一瞬だけかげりを見せる。


(皆が忘れても……私だけは――忘れないよ。……キョウ兄ちゃん)



                   *


「せ、先輩! 応援を待ちましょうよ! このままじゃヤバいっすよ!」

 新米警官が泣きごとを言い、先輩警官に泣きついた。

「くそっ、調子乗りやがって。わざわざ記念式典の日に騒ぎを起こすなんてな」

 二人が隠れている瓦礫がれきに銃弾が撃ち込まれ、暴走者は叫びを上げた。

「我々は『トゥルーブルー』! 異星人からの侵略を祝う日など、言語道断! 我々が断罪してくれる!」

「くそおおおっ! だから俺はこんな場所の担当嫌だったんだ! ここに来るとロクなことが無い!」

「うるさいぞ! 警官ならしっかりしろ! 応援が来るまで、俺達が足止めするんだ!」

 先輩の威厳いげんを見せるため、巡査部長が立ち上がり、犯人に銃を向けた。

「貴様は完全に――」

 しかし激しい銃弾があびせられ、巡査部長達が隠れる瓦礫を完全に吹き飛ばした。

「ほ、ほ、ほ」

「先輩ヤバいっすよ! 隠れて隠れて」

「うるさいぞ貴様ら! ……いいだろう、貴様らから血祭に上げてやる!」

 犯人の乗る戦闘用車両がうなりを上げ、その四連ガトリングガンを回し始めた。

「うわあああああっ!」

 終わったとばかりに身をかばう警官二人。

 だが、いつまでたっても何も起こらず、不思議に思って目を開いた。

 そこには一人の少女が立っており、明らかに異質なそれはその場にいた者全ての思考を停止させた。

「な、なんだ。何で動かん! くそっ、くそっ」

 戦闘用車両に乗る男が悪態をつき、焦り始めている。

「あれ? 先輩、あの子どこかで」

「お前、こんな時でもそんな軟派なんぱなこと言ってるのか! 自重しろ!」

 巡査部長が後輩をたしなめると、すぐに少女へと向き直った。

「君、そこは危ない! すぐに離れるんだ!」

 警官の心配する声、しかし、少女はそれを聞き入れる様子もなく、ただ仁王立ちを続けていた。

「おい君! 聞いて――」

「ゼル!」

「承知した」

 少女が叫ぶと、周囲の空間がゆれ、激しい風とともにエメラルドグリーンがショッピングモールを満たす。

「なっ……」

 巡査部長が気づいた時には、少女の手には杖のようなものが握られ、その周りにはリング状の光芒こうぼうが絶えず回転していた。

「こんな大切な日にこんな騒ぎを起こすなんて……許しません!」

 少女が杖を振る。直後、犯人の乗る戦闘用車両の直上に大小様々な魔方陣が生まれ、そこから一斉に光の槍が飛び出した。

「うわあああああ!」

 情けなく転げ落ちる犯人。だが彼に外傷はなく、マシンだけが串刺しにされていた。

「なっ……、なっ……」

 突然のことに理解が追いつかず、口をあんぐりと開ける警官二人。

「……ごめんね。あとでちゃんと直してあげるから」

 突然の少女の謝罪に、誰もが疑問符を投げかける。その対象が、今しがた串刺しにされたマシンであることを理解するのに、数秒を要した。


 電子音が鳴り、明里とゼルに通信が入る。

「どうやらまた事件のようだ」

「分かった! ……飛ぶよ、ゼル!」

 言うが早いか、少女が空高く跳躍ちょうやくし、その姿を一瞬でかき消した。


「せ、先輩。今の見ました? あれ、もしかして、都市伝説の『魔法少女』って奴じゃ……」

「…………可憐だ」

「先輩?」

 後輩は巡査部長の威厳が崩壊する音を聞いた。


                   *


「ゼル、あれだね!」

「ああ」

 記念式典本会場で、数機の戦闘用車両が暴れ回っている。

「ショッピングモールの方はおとりだったようだ」

「とにかく、止めないと!」

 明里とゼルは降り立つと、次々にマシンを穿うがち、その機能を停止させていった。

「本部の奴らは何をしている!」

 ゼルの不満がもれるが、その理由がすぐに判明した。

「わ、わわわ」

 全高二十メートルはあろうかという巨大作業用ロボットがそこに出現しており、明里めがけてそのこぶしを振り下ろした。

「きゃっ」

 すんでのところで回避する明里。すぐに体勢を立て直し、杖を前方に突き出した。

「止まって!」

 巨大ロボットに無数の光矢が刺さる。が、その動きを止めるには全く足りなかった。

「そんな……!」

 絶望する少女。すぐに距離を取ろうとするが、健在であった数十台の戦闘用車両が集まり、明里を包囲する。

 そして、それに気を取られていた少女は自身に振り下ろされる巨人の手に一瞬気づくことができなかった。

「!」

「明里!」

 ゼルが叫ぶ。少女は身をかばい、全てがいっかんの終わりかに見えたその時――。

 一帯に、一発の銃声が轟いた。

「え?」

 少女はこわごわ目を開くと、巨人の胸には数メートルの穴が空いており、完全にその機能を停止させていた。

 わき立つ戦場、銃弾を主を探そうと、警戒する戦闘用車両だったが、それも次々に銃弾に射抜かれ、その機能を停止させていった。

「ったく。あんま一人で出過ぎるなよな」

 少年の声が明里の耳に入る。それは世界で一番大事な人の声であり、彼女の心を安堵あんどで満たしていった。

「まっ、それでも……俺はお前を守り続けるけどな」

 背後を振り向く少女の顔がパッと明るくなる。その瞳に映る少年を見つめ、明里は彼の名を呼んだ。

                                   〈了〉

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月夜を穿つ 黒百合 @kuroyuri

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