彼と彼女と私

スタートライン

中学の頃、結婚まで考える程に好きだった彼女。

彼女は突然姿を消してしまう。

月日は流れ、中学生の頃二十歳になったら開けようと皆で埋めたタイムカプセル。

それを開ける日が来た。

彼女も来ていた。


私はかつて渡すつもりだった、飾り一つ付いていないシルバーのリングを彼女に渡す。


彼女は嬉しそうに両手で包み込んだ。


彼女からは、黒い、小さなミイラだった。



――――――――――――――――――――



動揺した私は、一度整理しようと目をつむる。

いや、確かにゴムをしないでした事はある。

だけど、あの日は確かに「安全日」だと、後でピルも飲むと…。

あの時の私にはよく分からず、彼女の「大丈夫」という言葉を信じてしまった。

もしやあの時の…いや、だったら何故こんな所に?


「私、急に居なくなったでしょう?

本当はあなたに伝えたかった。

私の家が夜逃げするって。

でも、親に誰にも言うなと言われてしまって…」


そういえば、彼女は私の家に来る事はあっても彼女の家に招く事は無かった。

私が家に行きたいと言った時、彼女はとても悲しそうな顔で「ごめんね」とだけ言った。

あれ以来、家族については聞けなかった。

でも、踏み込むべきだったのかも知れない…。



私は勇気を振り絞り、真っ直ぐ彼女を見つめる。


「あの時、ゴムを付けようとするあなたを説得したのはね?貴方との繋がりがどうしても欲しかったからなの。

でも、この子は親にお腹を蹴られた時…」


彼女はうつむき、涙をこぼす。


「タイムカプセルに子供の死体を入れるなんて、気持ち悪い女だと思ったでしょう?

でも、私は貴方に忘れられたくなかった。

たとえ気違いだと思われても、貴方の中に私の居場所が欲しかったの…。

ごめんなさい。

これで、もう悔いは無いわ」


彼女は泣きながら走り去って行った。


それを私は呆然と見送る事しか出来なかった。


突然背中から誰かに蹴飛ばされた。

慌てて後ろを向くと、今でも時々会う親友の○○だった。

彼は、彼女の幼なじみだったのだ。


「おい!行かせちまっていいのかよ!」


彼は私なんかよりも、ずっと彼女について知っていたらしい。


「彼女はなあ!ずっと、ずっとお前の事が好きで好きで仕方がなかったんだ!

あの日の放課後、お前に呼び出されたって凄く嬉しそうにしてたんだぞ!

お前から告白された瞬間、頭が真っ白になって返事が遅れたって、お前を不安にさせた事、ずっと後悔してた程だ!」


知らなかった。

あの時、振られる前提で告白したのに。

彼女は学年で一番人気だった。

彼女が一つ上の学年の先輩に言い寄られてると聞いて、玉砕覚悟の告白だったのだ。


「その彼女が、お前に何も言えずに去って行ったんだぞ⁉

その気持ちがお前に分かるか⁉」


彼はボロボロ泣きながら私に真実を告げる。


「もしかして、お前…」


「そんな事はどうでもいい!!!

そんな、お前の事が好きで好きで仕方がなかった彼女が、『もう悔いは無い』なんて言ったんだぞ⁉

その意味が分かるか、なあ!」


分からない、頭が全然働かない。

急に、こんな沢山、知りたくてたまらなかった彼女についての真実が告げられたんだ。

処理しきれるものか。


「彼女は、死ぬ気なんだよ!!!」




頭が真っ白になった。


何を言っているんだ?


彼女が、死ぬって?


「ふざけるなよお前!

言っていい冗談と悪い冗談が―」


「ふざけてるのはお前だ馬鹿野郎!!!」


殴られ、吹っ飛ばされた。

思いきり殴られたのに、私は一切の痛みを感じなかった。


「なあ、なんで殴ったお前の方が痛そうなんだよ…」


起き上がり、問いかける。


「うるせえよ、大馬鹿野郎…」


殴られた側が、殴った側を慰めるという奇妙な事になった。


「もう、いい…」


彼は少し落ち着いたらしく、私の手を押しのける。


「彼女は、お前に自分の存在を刻みつける為だけにここまで来たんだ。

さっきのリングを見せた時、本当に幸せそうだっただろ?」


頷く。


「あの時、本当にお前が彼女の事を好きだったと知れて、彼女は本当に幸せになれたんだ。

本当はミイラなんて見せたくなかったんだと思う。

でも、お前に自分の事を忘れられたくなかった。

絶対に忘れられたくなかったから、ミイラを見せたんだ。

それだけ、お前の事が今でも好きだって事だよ」


頷く。


「彼女は、親に殺される寸前の所を隣人の通報で駆けつけた警察官に助けられたんだ」


家庭環境が良くないという事は察していた。

けれど、そこまで深刻だったなんて想像もしていなかったんだ。


「そんな、親にすら頼れなかった彼女が人生に絶望しても仕方がないだろ?

だけど、彼女はこのタイムカプセルを支えに生きてきた。

タイムカプセルを開ける瞬間なら、確実にお前に会えるからだ!」


私は耐えきれず、涙をこぼした。


「お前に会えただけでも幸せだった彼女が、お前に想われていたと知った。

その上、お前の中に自分という存在を刻み込めた!


彼女がここまで生き続ける為に何をしたのか俺は知らない。

でも、例えお前に言えないような事でもしただろう。

そして、ここに来たんだ。


彼女がここに来た目的は既に達成された。

後は、最後の仕上げに自殺でもすればお前の記憶から永遠に消えなくなるとは思わないか?」


次々に告げられる事実。

私は言葉を聞き取るだけの機械になってしまったのだろうか?

何も言うことが出来なかった。


「なあ、頼むよ…。

彼女を止められるとしたら、お前だけなんだ。

俺じゃ、駄目なんだよ…」


私はたまらず駆け出した。


町中を探し回るが、彼女の姿はどこにも無い。


体力の限界をむかえ、絶望していた所へ電話がかかってきた。


「この忙しい時に誰だよ…!」


着信を見ると、彼からだった。

慌てて電話をとる。


「これに出たって事は、見つけられてないな?

彼女は、お前との思い出を凄く大切にしている!

思い出の場所を探してくれ!」


それだけ言うと電話は切れた。


思い出の場所と言われても、思い当たる場所が多過ぎる。

途方にくれ、空を見上げる。


夕陽が空を紅く染めていた。


刹那、彼女の言葉が脳裏をよぎる。


『綺麗な夕陽…。

こんなに綺麗な夕陽なら、貴方の眼を奪っても仕方がないわね?』


夕陽に見とれ、彼女の言葉を聞き逃してしまった時の私を責める言葉だ。


私は、何と答えたんだ…?




思い出した!


学校の裏にある山を登り、展望台へ走る。


はたして、彼女はそこに居た。

涙を浮かべながら、夕陽を見ていた。

私の贈ったシルバーリング越しに。


「あら、どうしてここにいるの?」


平静を装う彼女だったが、声までは誤魔化せず涙声だった。


「言ったろ?『夕陽に見とれていたんじゃない。これくらい美しい夕陽なら、君を飾る宝石に相応しいと思っていたんだ』って。

我ながら臭い言葉だよ」


「覚えてて…くれたの?」


「ごめん、さっき思い出したところなんだ」


「そこは、『忘れるわけがないだろう?』って言うところよ?

でも、そういう誤魔化さないところが…好き」


私が何も飾りの付いていないシルバーリングを入れた理由を、彼女は分かっていたらしい。

当の本人が忘れていたのだから、しまらないが。


「ところで…どうして、柵の向こう側にいるのか聞いてもいいかな?」


「あら、分かっていたからそんなに息を切らせて走り回っていたんじゃないの?」


「見てたのか…」


「『ここからは町が見渡せるんだ』って教えてくれたのはあなたよ?」


楽しそうに笑う彼女。


とても、これから自殺しようとしているとは思えない。

彼の言葉はタチの悪い冗談だったのかも知れない。

そう考え、一歩近づく。


「来ないで!」


彼女にここまではっきりと拒絶されたのは、家の事を聞いた時以来ではないだろうか。

あまりにも明確な拒絶に、ふらついてしまう。


「ごめんなさい。

でも、これ以上あなたが近くに来たら決心が揺らいでしまいそうで…。

今も、この柵を握りしめていなければ駆け寄ってしまいそうなのよ?」


見ると、柵を握る手は真っ白になっていた。


「いいじゃないか、どうして駆け寄ってくれないんだ?」


「だって私は、あなたに言えないような事を沢山したのよ?

もう、私の身体は汚れてしまっているの。

あなたの近くに居たら、あなたまで汚れてしまうわ。

そんなの、耐えられない」




「君は、嘘つきだね」


「え?」


「君は、確かに言った。

『私の全てはあなたのものよ』と。

つまり、君の命も私のものという事だろう?

だったら、勝手に死ぬな!

その命は私のものだろう⁉

君に、『私の命』を奪う権利は無い筈だ!」


「それを言ったら、あなたも『私の全ては君のものだ』って言ってくれたわ!

私の命は私のものでもあるのよ?

勝手にしてもいいでしょう⁉」


「いいや、良くない。

つまり、私と君の全ては共有財産という事になる。

片方の独断で共有財産に手を出すなんて勝手は認められないよ?」


屁理屈に屁理屈で返した彼女も、私の暴論には言葉もないらしい。


ここでたたみかけるしかない!


「そもそも、君は私の中に自分の存在を刻みつける為に死のうとしているんだろう?

それは、愚策だよ?」


「…どうして?」


「私は、自分のプロポーズの言葉も忘れるような鶏頭だ。

君が死んでも暫くしたらコロッと忘れる自信がある!」


「そんな誇らしげに言うこと⁉」


「つまり、君の『死んで記憶の中で永遠に』作戦は始めから破綻しているのだ!」


「そんなカッコ悪い作戦名つけないでよ!

…じゃあ、どうしろって言うのよ⁉

私には、もうこれしかあなたに忘れられなくなる方法が思いつかないのよ…!」




「相変わらず、思い込んだら他の全てが見えなくなる性格は変わってないみたいだね?」


「…じゃあ、他の案があるって言うの?」


「勿論だとも。君の『私に忘れられたくない』という願いと、私の『君と一緒になりたい』という願いを両方叶えるウルトラCがある!」


「え⁉今なんて…」


「私と、結婚して下さい」


その場で土下座する私。

非の打ち所がない、完璧な土下座だと自負している。



「スーツが汚れちゃうわよ⁉」


相変わらず、彼女は気にする所がおかしいみたいだ。


「で、どうだろうか⁉

私は、君が居なくなってから彼女どころかセフレ一人作らなかった。勿論風俗もデリヘルも無しだ!

それもこれも、いつか君と再び会った時に関係修復をスムーズに行う為に他ならない!」


記憶力の悪さをアピールした後に、それでも君の事を忘れた事など一度もなかったと告げる。

これは効果的だろう!




「…走り回った時に、恥って感情を落としてきたの?」


「その蔑んだ瞳、あの時のままだ!

君は何も変わってない、私が保証する!

私は欠点だらけだが、君さえいれば赤の他人相手に表面上だけ取り繕う位なら出来るようになる。

私を助けると思って、私と結婚してはもらえないだろうか!!!」


「でも…」


恥知らずとなった私の言葉を聞き、揺らいだ彼女。

その隙をつき、彼女を柵の内側へ、そして私を柵の外側へ配置する。


「ちょっと!何してるの⁉」


「もし断ると言うのなら!

私は今ここで飛び降りる!

私を死なせたくなければ、大人しくOKするんだ!」


「いつの間にか、立場逆転してるし…」


ため息をつく彼女。

だが、正直彼女の決心がつくまで待つ余裕が私には無い。


「早く決めてもらえないだろうか⁉

町中走り回った後に、低いとはいえ山登りした私の足は限界を迎えている!

正直今にも落ちそうだ!

手の力も抜けてきている。

あと30秒位で結婚を了承してくれなければ、私が落ちていくさまを見る事になるだろう!」


「分かった、分かりました!もう好きにしてください!」


「それはOKという事でいいのだろうか⁉」


「OKです!

私と結婚してください!」


「ありがとう…これから、宜しくたのむよ」


「もう、そうやって自分ばっかり悪者にして…」


彼女は呆れながらも私に優しい目を向けてくれる。


「早速で悪いんだが…」


「何?もう何でも聞いてあげるわよ?」


「では、腕を掴んでそちら側へ私を引き寄せてはもらえないだろうか?」


「はい?」


「うむ、正直な?今、片方でも力を抜くと落ちてしまいそうなんだ。

両腕、両足ともにプルップルなのだ。

だから、助けて欲しい」




その後、彼女により救助された私は疲労と安心感で気絶してしまい彼女に救急車を呼ばせてしまうのだが…それはまた別の機会に話すとしよう。

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