ロック少年への訪問者
諸根いつみ
第1話
「よし、これで準備は完了だな」
「いよいよあとは本番を待つだけか」
俺たちは、文化祭の準備をしていた。高校生活最後の文化祭。明日は、この体育館のステージで、仲間と一緒にバンド演奏をすることになっていた。俺は、自慢じゃないけど、学校で一番ギターが上手いと言われている。その評判は当たっていた。
でも、俺は全然満足していない。まだ誰にも言っていないけど、俺は本気で音楽をやっていこうと思っているんだ。
ギターを背負って帰ろうとした時、出口にたたずむ眼鏡の男に気づいた。
「おい、あいつ」
俺は、ドラムのやつに話しかけた。
「軽音部の公開練習に来てたやつだぜ。今日は部外者が立ち入れる日じゃないはずだけど」
「あ、俺も見覚えあるよ。じっとこっちを見てるな。気持ち悪」
「誰かの友達かな」
「さあ。俺らよりちょっと年上に見えるけど」
気がつくと、眼鏡はいなくなっていた。
翌日の文化祭当日。まだ演奏開始時刻ではないから、ステージのある体育館には、一般客はちらほらと姿が見えるだけだ。俺が機材の準備をしていると、あの眼鏡の姿に気づいた。
壁際に立ち、こちらを見ている。俺を見ているのか?
「おい、聞いたか?」
ベースのやつが、興奮した感じで話しかけてきた。
「今日、I高校のあのバンドのメンバーが来るらしいぞ」
ベースは、地元で有名な高校生バンドの名前を出した。
「うちらの演奏を聴きにくるって。より一層緊張するなあ」
「いつも通りやるだけだよ」
「相変わらずクールだなあ。あいつら、高校出たらインディーズデビューすることが決まってるらしいよ。レベルたけーよな」
「うわさは聞いてるけど、そんなにすごいの?」
「お前、ライブハウスに見に行ったことないの?」
「うん、機会がなくて。とにかく、早く準備しようぜ」
俺はベースを急かして、機材の最終チェックを行った。
時間が来て、いざステージに立つと、心地良い緊張と冷静のはざまで、とてもいい気分だった。見渡せば、それなりに客は入っている。しかし、俺はこんな文化祭バンドで満足するようなやつじゃない。いつか、大きなステージに立ってやるんだ。
客席には、案の定、あの眼鏡の姿があった。そして、眼鏡の前には、茶髪のチャラい感じの高校生がいた。眼鏡はなぜか、その茶髪と俺を見比べているように、交互に見ていた。
俺は眼鏡から目を逸らし、演奏に集中した。
俺はミスなく演奏することができた。しかし、ほかのメンバーはミスっていたし、だいたい、もともとボーカルが下手すぎる。高校を出たら、もっと上手いやつらとバンドを組もう、と改めて思った。
ステージを降り、ギターをケースに入れていると、「よう」と誰かの声がした。
茶髪のチャラそうなやつだった。
「お疲れ。俺、I高校のサクマ。知ってるかな?」
「知らないけど……」
「そっか。それはそうと、これからうちの高校のやつらと呑みに行くんだけど、きみも来ない?」
「……なんで?」
「いいからさ。行こうよ。五時に文化祭終わりだろ?迎えに来るから」
やつはそう言って去った。
首をひねっていると、今度は眼鏡が近づいてきた。なんだか必死な目をしている。
「なんだよ」
思わず俺が言うと、やつは力強く言った。
「今の誘いに乗ってはいけません」
「なんで」
「どうしてもです」
「だからなんで」
問い詰めると、やつは言った。
「あなたは将来、ビッグスターになります」
「は?あんた、占い師かなんか?」
「あなたは、さっき話しかけてきたボーカルとバンドを組み、ロックスターとして成功します。しかし、サクマは悪いやつです。クスリと詐欺事件で逮捕され、成功したバンドを地に落とします。実は、隣のM高校に、のちに素晴らしい歌手になる生徒がいます。そいつとバンドを組みなさい!そうすれば、きっとなにもかももっと上手くいきます!」
眼鏡は、知らない名前を俺に教え、覚えるように強く言ったが、俺は聞き流した。
「あの、もう行っていいですか?」
俺は馬鹿馬鹿しくなって立ち去ろうとした。
「信じないんですね?これを見てください!」
眼鏡は追いすがり、なにかを見せてきた。
「あなたとサクマの名前が書いてあるでしょう?」
それは、CDのようだった。確かに、そのメンバーの名前の欄には、ボーカルはサクマ、ギターは俺の名前が書いてあった。こいつが作ったのだろうか。
「僕は、未来から来たあなたのファンなんです」
眼鏡は言った。
「これは最高のアルバムです。でも、あなたがサクマのせいで一文無しになるのには耐えられません。絶対に誘いに乗らないでくださいね!?」
「わかった、わかったよ。呑み会には行かないよ」
俺が言うと、眼鏡は輝くばかりの笑顔になり、CDを渡してきた。
「これは差し上げます。別の未来でも、素晴らしい音楽を作ってください。応援してます」
眼鏡は走り去った。
俺は、頭のおかしなやつもいるものだと思いながらも、CDを鞄に仕舞い、呑み会には行かず、そのまま帰った。
それから数日後、町のCDショップに行くと、サクマの姿があった。サクマが俺に気づく。
「あ、あのギターの。偶然だね」
「ども」
「ねえ、今日これから暇?一緒にカラオケ行かね?俺がおごるからさ」
俺は迷ったが、おごってくれるならいいかと思い、サクマについて行った。
サクマの歌声はすごかった。哀愁と力強さが共存し、確実にほかの誰かにはないものを持っていた。サクマの作ったデモテープを聴かせてもらったが、作曲センスもずばぬけていた。
俺は、サクマのバンドに誘われた。ギターが辞めるから、ぜひ俺に入ってほしいと言う。俺は、あの眼鏡の言ったことが少し気になったが、すぐに頭から振り払った。こんなにすごいボーカリストと一緒にやれるチャンスなんて、もう絶対にない。それにサクマは、文化祭で俺の演奏に惚れたと言ってくれた。
でも、俺はサクマに、あの眼鏡の言ったことを話す気にはなれなかった。あのCDを聴こうとしたけれど、どんなプレーヤーでも再生できないのだ。中にデータが入っていることは確実なのだが、規格が合わないらしい。それだけが少し心に引っかかっている。
ロック少年への訪問者 諸根いつみ @morone77
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