アーデルハイト号編

第6話 クルーズ・シークレット

「お客様。大変お疲れ様です。間もなくこの列車は、港に着きます」

 メアリーさんの声で、私とアデルちゃんは顔を見合わせて、それから頷いて、チケットの入ったうさぎのカバンを撫でました。

 港です! 港に、着くのです!

 そこから、『アーデルハイト号』という名前のお船に乗って、目的地に向かうのです。

 列車がガタゴト揺れて、止まりました。

「港に着きました。皆様、お気を付けて」

 そう言うメアリーさんの言葉が終わるか終わらないかの内に、大人の人たちは走って行ってしまいました。

 思わず立ち止まってしまっていると、アリシアお姉さんが怒った声で言いました。

「はー、信じらんない!何あれ!」

「まぁそうカリカリすんなよ。退屈でしょうがなかった連中なんだから、ケンカしなかっただけ、上等ってモンだろ」

 それに、クマみたいな男の人が答えました。

 アリシアお姉さんは、溜息を吐いて、私の手を握りました。

「っていうか、誰もこの子たちの手、握らないのね。港まで行くルート、分かんなかったらどうすんのよ」

「乗務員がどうにかするって思ってんだろ。あぁいうのは、えてして他人に責任おっかぶせるのが上手だ」

「それこそ信じらんない!まず身近な大人が助けるもんでしょ、こういうのって」

 言いながら、アリシアお姉さんはクマみたいな男の人に向かって、指を差しました。

「アンタみたいな、言うだけ言って、何もしないのも、似たようなもんじゃない」

「………俺ぁ、子供が苦手なんだよ。…なんか、潰しそうだろ」

「バカなこと言ってないで、案内してよ。さっき、乗務員さんから地図もらってたでしょ」

 男の人は、肩をすくめて、やれやれとした様子で案内をしてくれました。

 駅から港に行く間には、ちょっとした林があるそうです。

 その林は、とてもすぐ近くだったので、駅からでも見えました。アリシアお姉さんが私の手をひいて、私はアデルちゃんの手をひいて、クマみたいな男の人の後ろを歩いていきました。

 道の途中で男の人が、林について、説明をしてくれました。

「林は整備されてるから、歩く分には問題ないらしい」

「歩く分…には?」

 アリシアお姉さんが、首を傾げました。

「そう。化け物は出ないが――」

 林にさしかかったときでした。

 大人の人の悲鳴が聞こえたのです。

 咄嗟に身構えたアリシアお姉さんを落ち着かせるように男の人は、手を上下に動かしました。

「ヘビ!!ヘビだ!!ヘビがいる!!」

「うぎゃああ、マムシじゃないか!!」

「――ヘビがわんさか出るそうだ」

 アリシアお姉さんが真っ青な顔で、うそ、と呟きました。

「ヘビは苦手か、お嬢ちゃん」

「アリシアよ!…に、苦手じゃないわよ、怖いだけで…」

「そりゃ一緒だ。 ……ヘビは臆病な生き物でな。こうして、棒で地面を叩きながら歩くと、出てこない」

 男の人はそう言いながら、拾った木の枝で地面をぱんぱんと叩きました。

「なんで、出てこないのですか?」

「…どうして?」

 思わず私がそう聞くと、アデルちゃんも頷いて、尋ねました。

「あー。…ヘビはな、地面の振動…あー、地面が動くのが分かる。棒で地面を叩くと、地面がちょっと動く。そうすると、ヘビは「あ、怖いな」と思って、そこには行かないんだとよ」

 昔、同僚から聞いたんだ、と男の人はちょっと頬をかきながら、答えてくれました。

「へぇ…。棒で地面を叩くと出ないんだ」

やっこさんは、人を知らねぇクマと一緒さ。クマは人を喰ってねぇ限りは、物音だけで逃げる」

 ひっ、とアリシアお姉さんが小さな悲鳴を上げました。

「やだ、ちょっと、怖いこと言わないでよ」

「そりゃ悪かった。ここはクマが出てきそうもない林だ。すぐ抜けられる」

 ヘビに会うこともなく林を抜けた先には、大きな灰色の地面と、空が広がっていました。

「港に着いたぞ。……あぁ、あれが『アーデルハイト号』だな」

 船、というにはあまりに大きくて、真っ白でした。

 お日さまの光をはじいて、きらきらと光っているその白いお船は、段が四つありました。

 あまりに大きいので、私はもうくらくらです。

「…どうした?」

 と、影が差して、男の人が顔を見ているのに気が付きました。

「でっけぇから、びっくりしちまったか?」

 こく、と頷くと、男の人はハハハと笑って、頭をなでてくれました。

「無理もない!俺だって驚いてる! あんなでっけぇ船、俺も乗ったことねぇよ」

「あたしもないし、びっくり。アデルちゃんは?」

「…ある」

「あるの!?」

 思わず私はアデルちゃんを見ました。

「これ、乗ったこと、ある」

「あ、そうなんだ! すごいじゃん!」

 そう言って、アリシアお姉さんはアデルちゃんの頭をなでました。

 大人の人に仮のチケットを見せると、私とアデルちゃんだけが、違うところへ行かされました。アリシアお姉さんや、男の人とは、お別れのようでした。

「………」

 少しだけがっかりしているアデルちゃんの手を取って、私は言いました。

「同じお船にいるから、きっと会えますよ!」

「うん。…そうだね」

 三つ並んだお席に、二人で座って、うさぎのカバンは、ヒザの上に置きました。

 他の荷物は、乗務員さんたちが後でお船に乗せてくれるのです。

 ボォー……と音がしました。

 どこから鳴っているのだろう、と思って上を見たり、左を見たりしていると、アデルちゃんが教えてくれました。

「これは、汽笛って言うの。…お船が出る、合図なんだって。パパが教えてくれたの」

「そうなんですね! じゃあ、このお船は、もうすぐ、出発するんですね」

 わくわくしながら、私は窓を見ました。

 白い雲が流れていく青い空は、なんにもなかったみたいに、アデルちゃんと出会った日とおんなじに見えました。

 それが少しだけ悲しくて。

 私はそっと目をぬぐいました。

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***・オブ・シークレット 山路 桐生 @mine1925

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