エピローグ
第20話 僕が弓道を続ける理由
――明日は絶対に見に来てね。来なかったらぶっ飛ばすからな。
目が覚める。
「ははは」
笑いが止まらなかった。上体を起こして、枕元にある時計に手を伸ばす。
「六時か……」
大きく伸びをする。
少しだけ身体がだるい。いつもより早く目を覚ましたせいかもしれない。
ベッドから抜け出し、カーテンを開ける。差し込む日差しが僕を照らし、そして棚に飾ってあるトロフィーにも光が注がれる。僕は棚の方に歩み寄った。目の前には、昨日新たに加わった、僕のリスタートを意味する賞状が飾ってある。
僕達は関東大会予選会で三位入賞をすることができた。
土曜日の予選で、橘率いる王者岩月といい試合ができた僕達は、二回目の十二射も十中という成績を残し、余裕を持って十六強に加わることができた。そして日曜日の試合。僕達は精一杯食らいついた。
しかし試合慣れしていない僕達とは違い、岩月や東武農業第三といった強豪校は、安定して的中数を伸ばしていった。
結局、優勝したのは岩月Aチームだった。
累計四十八射して四十四中といった予選会の新記録をたたき出すほど、素晴らしいパフォーマンスをみせた。僕達、草越Aチームは東武農業第三Aチームの四十中に次ぐ三十九中だった。上位四チームが関東大会本選に進めるこの大会で僕達が進めたのは、運があったからなのかもしれない。例年以上に他チームの的中数が低かったこともあり、それがチームに精神的余裕をもたらした。結果だけ見ると、四位のチームは三十中と僕達とは大差がついていた。
予選会三位の賞状の隣に視線を移す。そこには朝日を浴びた盾が飾ってある。
今回の大会で僕が得た大切な勲章。
久しぶりの大会で、僕は技能優秀賞に選ばれた。
技能優秀賞。
射技や的中、体配において優れた選手が受賞する賞。僕はこの大会で多くの評価をもらうことができた。
「中学生の頃、全国二連覇した時の射が戻ってきた」
「会が戻ったおかげで、本来の射を取り戻せている。久しぶりに楽しい射を見れた」
「高校生とは思えない射技。文句のつけようがない」
「予選の一射目で美しい涙を見せてくれた。そこからの射は圧巻だった」
涙を見られていたことは恥ずかしかったけど、僕はそれだけ価値のある試合をできた。それに、僕達男子弓道部にとって関東大会出場はとても嬉しいことだった。
翔兄ちゃんをはじめ多くの先輩方が築き上げてきた、男子弓道部のイメージに泥を塗る出来事を払拭できる結果を残せた。
これは今後の弓道部にとって大きな財産になる。三連覇を成し遂げた時みたいに、多くの生徒達が入部してくれるかもしれない。
これから始まるインハイや関東大会に向け、大きな力となる戦力が加わるのも、時間の問題かもしれない。
ピンポーン。
インターホンが鳴り響いた。僕は玄関に向かい、ドアを開ける。
「おっす」
「おはよ」
「中、入るね」
「うん」
目の前に現れた凛は、既に制服に着替えていた。
「疲れてない?」
「うん。大丈夫」
「そう。あっ、今日は朝ごはん作りに来たんだ」
そう言って微笑むと、凛は調理の準備を始めた。
教えてもいないのに、フライパンの位置や冷蔵庫の中身を覚えている。
「関東大会出場、おめでとう」
「おめでとうって、一達も出場決めたでしょ。お互いおめでとうだよ」
「そうだね」
僕の心の中に、凛はいつも割り込むようにして入ってくる。
小さい頃から、凛と一緒にいることが当たり前だった。でも、その当たり前は僕に大切なことを忘れさせていた。
「でも、私はAチームとして出場できなかった。先輩達のおかげで関東大会の本選に行けるんだよね」
男子とは別日に行われた女子弓道部予選会。女子弓道部は予選会を二位で通過した。僕と同じく、チームの落を務めた雨宮先輩が皆中を連発してチームを勝利に導いた。
「先輩、本当にすごかった」
「うん。楓先輩がいなかったら、関東大会に行けなかったかもしれない。先輩にはみんな、本当に感謝していると思う」
予選会を突破した後、チームメイトに囲まれていた先輩は泣いていた。先輩が求めていた理想のチームが、この予選会で実現できたんだと思う。
もう先輩は大丈夫。
そう思うことができるくらい、微笑ましい光景だった。
「でも、凛はまだ諦めてないんでしょ?」
「当然。私はインハイ予選までに、絶対にAチームに入るんだから」
凛は笑顔をみせると、出来上がった料理を僕の前に運んできた。
「はい。今日はオムレツ作ったから」
目の前に出されたオムレツは、綺麗な黄色だった。口に含むと、暖かな陽だまりに包まれているような感覚に陥る。
「美味しい……」
「当然でしょ。私が作ったんだから」
凛は笑顔で応えると、自分の分を作るために台所に向かった。
瞬間、僕の脳裏にとある記憶が蘇る。
あっ、まただ。
凛の背中を見ていると、昔を思い出す。
今食べたオムレツの温かさが、その思いを何倍にも膨らませる。昔、僕にオムレツを作ってくれた母さんの記憶。
「あのさ」
「ん? 何よ。おかわりはないからね」
凛は微笑んでいる。
こんなにも暖かい笑顔をする人の近くにいることができる。
そんな凛に僕は伝えたかった一言を言った。
「これからもよろしく」
下を向きながら、凛に伝える。
少しだけ勇気を出した、今の僕なりの発言だ。
「何言ってるの? 当然でしょ。これから関東大会やインハイと大きな大会に挑むんだから。一は私が行けなかった時の保険なんだよ。わかってるよね!」
凛はくるりと僕の方に身体を向けると、満面の笑みを見せてきた。
僕はこのときに確信した。
これからもこの笑顔の隣で、大好きな弓道を続けることを。
大切な仲間や支えてくれる多くの人に、自分の射を届けることを。
それこそが、僕が弓道を続ける理由なのだから。
僕が弓道を続ける理由 冬水涙 @fuyumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます