雨に濡れた猫
日陰草
雨に濡れた猫
騒がしいテレビの音で目が覚めた。大変な台風であると合羽を着たアナウンサーが雨に打たれながら外で伝えている。俺はベットの脇に置いていたペットボトルの水を一気に飲み干しカーテンを開けて窓から外を見ると、激しい雨が近隣の家々の屋根を打ち付けている。
おかしな夢を見た、先月亡くなった飼い猫のココが小さな屋根のついたベンチでずぶ濡れになりながら、みゃあ……みゃあ……と力のない声で鳴いている。夢の中の俺はそれを5mぐらい離れた所からずっと眺めていた。違う、助けたくなかったんじゃない、ただ夢の中の俺とココとの間には見えない壁のようなものがあってそれ以上近づくことができなかった。
食料が尽きていたことに気が付いた俺は遅めの昼食を買いに近くのコンビニへと向かうことにした。俺は傘をさしてコンビニへの道を歩きながら、夢の中のココが俺のことをどう思っていたのだろうと考えていた。きっとココは俺がずっと近くにいながら自分を助けなかったことを恨んでいるのだろうと、生きてた頃のココは自分なんかといて楽しかったのかな、ずっと野良猫だった方が幸せだったのかな、なんてネガティブな考えばかりが浮かんできた。
買い物を済ませた帰り道の途中、神社の境内に一人の女の子が佇んでいた。長時間雨に当たっていたのだろうか髪の毛は濡れて身体は小刻みに震えており、冷たい目で誰かを待っているように見えた。一度目の前を通りすぎた俺は何を思ったか、道を引き返しおもむろに彼女のもとへ近づいた。
「これ飲みなよ。そのままだと冷えちゃうから。」
昼食と一緒に購入した缶コーヒーを彼女に差し出して、着ていた上着を彼女に被せた。
「ふふ、ありがとうございます。優しいんですね。でもわたし熱いものは飲めないんです、猫舌なもので……」
彼女は冷たい瞳をキョトンと丸めさせたあとに微笑んでそう言った。
「そうなんだ、でも暖かいから持っておきなよ。それと早く家に帰った方がいいよ。」
「わたし、もうここには帰る場所がないんです。大切な人と離れ離れになってしまったので。」
彼女はまた悲しげな冷たい瞳で俯いた。
「大切な人?」
「はい、わたしにとっては世界で一番大事な人でした。この人と一緒にいるために産まれてきたんだって。」
「俺もこの前ずっと可愛がってた猫が亡くなってさ、今もずっと放心状態だよ。」
「でも……でも、そこまで思ってくれてた人がいてその猫ちゃんも本当に幸せだったと思いますよ。」
「ははありがと、でも正直俺よりもっといい飼い主がいたのかもなとか思ったりするよ、自分の気持ちが伝わってるかなんてわからないからね。」
その瞬間、彼女は目からポロポロと涙をあふれ出しながらこちらを見つめた。
「ど、どうした。なんか悪いこと言ったか、ごめんな。」
「違う。違うんです。ずっと我慢して隠そうとしてたのに……」
「隠すって何を?」
「な、なんでもないです。とにかくそのココちゃんは絶対に幸せでしたよ。だからまた飼い主さんにも元気出してほしいって思ってるはずです!」
「あれココって名前いっt……」
言葉発しようとした俺の口を彼女の暖かくて柔らかい唇がそっと塞いだ。
「もう、一目見たかっただけなのに名残惜しくなっちゃったじゃないですか……でもありがとうございます、見つけてくれて嬉しかった……」
次の瞬間に彼女は目の前から消えており、俺の横には上着だけが置かれていた。
この出来事が夢だったか現実かは分からない、けれど俺の唇にはとても暖かく、どこか懐かしいような感触が残っていた。俺は顔を上げて雨のあがった道を歩き出した。
雨に濡れた猫 日陰草 @hikagegusa_63
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