晦まし峠 3/3

 ガキ共のちょっと怯えた返事が返ってきたのを聴きつつ、早速そいつらへの狙撃を開始した。


 全部で3、4十人ぐらいか。ちょいと骨が折れそうだ。


 まず一番前にいた、隊長格らしき3人の頭をぶち抜くと、後に続いていた連中が慌てて森の中へ逃げ始める。

 私はその連中の背中めがけて銃弾を浴びせ、だいたい10人そこいらまで数を減らした。


 その連中と多分隠れている狙撃手が、森の中からこっちの方向へ打ち返してきたが、方向が合っているだけで見当違いの位置に着弾する。


 ボス、という着弾音にガキ共はビビっていたが、私は気にせず飛んできた方向からどの辺に相手がいるかを計算して撃ち返した。


 すると直接は見えないが、撃つ度に枝や茂みが不自然に動いたりするし、飛んでくる弾も減っているから、間違いなく当たってるはずだろう。


 すると、小さい方のやつからこっちから来てるヤツがいる、という声がして私の真後ろ方向にいるそいつと場所を入れ替わった。


 回り込んできたのか、葉っぱやらが服に付いた状態の連中は、盾を斜め上に向けてこっちの方へと散兵陣形でやって来た。


 素人臭い動きしてるにしちゃ、どうも案外知恵が回るらしい。


 まあ、そんな事は関係ねえけどな。


 それ来ると考えていた私は、原っぱの所々から覗いている、多分戦車を通れなくするコンクリートの突起を狙って弾を撃ち、跳弾で一番右にいたヤツを仕留めた。


 まさかそう来るとは思っていなかったらしく、倒れたそいつを見て全員の動きが止まった。


 なんだこいつら……。練度低すぎだろ。


 私はマヌケな連中のその隙を突いて、残りの9人を同じ方法で仕留めた。


 残った狙撃手の相手をしていると、左側の方にいる大きいのから新手が来た事を知らされた。


 どうもずいぶんと相手がぬるい事を不思議に思いつつ、そっちと変わろうと引っ込んだ所で、


「――ガキ共逃げろッ」


 私は天井にいた人影に気が付いてそう叫んだ。


 3人は私の叫び声に反応して、それぞれ開口部から飛び出して逃げた。


 ……なるほど、もうとっくにバレてたか、そもそもガキ共が誘い込まれたんだな。


 私は狙撃銃を手放してヒップホルスターの銃を抜こうとしたが、かなり粘ついた液みたいなのを飛ばされていて抜けなくなっていた。

 すかさずレッグホルスターの相棒を、と思ったが、その粘液に手が張り付いて動かせなかった。


 ……なんかの特殊なヤツかこれ?


 あっさりとほぼ無力化された私は、その人影を睨み付けてせめてもの抵抗をする。


「な……」


 そいつは何故か上半身裸のブーメランパンツ男で、もっと最悪なことに例の粘液の正体に私は気が付いてしまった。


「う……っ」


 私はそれから発せられる、独特の臭いにいつだかぶりの吐き気を催して、その場でうずくまって胃の中の物を戻した。


「ほう。自らを犠牲にガキを逃がすとは、泣かせるねえ」

「テメエは、そういう、ビデオと、ガキ向けの、それの、区別が付かねえのか……」


 や、べえ……。


 もう忘れていたと思っていたが、完全にトラウマになっていたらしく、それでも口だけは何とか返したが、身体が強ばってベルトの仕込みもなにも出来なくなっていた。


「はい大人しくしようね」


 天井から降りてきた変態は、それを見て私の腕を掴んで簡単にひっくり返した。


 あんなきったねえモンを得物にする変態に捕まるとか、考えるだけでも死にたくなるが、もう私には成り行きに任せるしかできない。


「や……、めろ……」


 立ち上がる事も出来ずに、私は腰が抜けた状態で必死で後ずさる。


 変態はわざとゆっくり歩いて、私を部屋の角へとジリジリ追い詰めてくる。そいつの顔は見えないが、これから起こすことに興奮しているのは見れば分かった。


 ピタッ私の背中が角について、いよいよ、という段になったところで、


「んん――」


 ブゥン、というデカイ蜂の羽音みたいな音が聞こえ、自分のパンツに手を掛けた変態の頭がボトッと落ちた。


 部屋の真ん中で噴水みたいに血が噴き出している変態の左側に、シャツまで黒いスーツで両手に例の音がする刀を持った女――『先駈さきがけ』の御剣沙希みつるぎさきが立っていた。


「御、剣……」


 私はその見知った顔に安堵あんどを覚えて脱力した。


「無事か?」

「身体はな……」


 私は御剣に協力してもらってなんとか手を引っぺがすと、御剣が持ってきていた水で手に付いた分を洗い落とした。


 で、べっとりとそれが付いたホルスターは、これも御剣が持ってきていた首を入れるビニール袋に腹のベルトごと突っこんだ。


 ……もう使いたくねえから捨てるしかねえな。


「なんか、着る物ねえか……」


 無駄にコントロールが良かったから、服にはアレが付いてないが私が出したもので汚れていた。まだマシとはいえ良い気持ちはしない。


蜂須賀はちすかに訊いてみよう。そろそろ片づけたはずだ」

「あ? なんでまたアイツが?」

「とりあえず、こんな所にいたくないだろう。話は後だ」

「そうだな……」


 まだ足が立たない私は御剣に肩を借りて狙撃銃をしまうと、彼女に負ぶわれて監視台から下へと降りた。


帆花ほのかちゃん」

「おう蜂須賀」


 1階にはバリケードをどかして入ってきた、普段とは違って神妙な顔をした蜂須賀が懐中電灯を手に待っていた。


「着替えがいるそうだ。何か無いか」

「帆花ちゃんにはちょっと大きいかも知れないけど、ライダースーツがあるよ」

「とりあえずそれでいい……」

「了解。色々疲れただろうしちょっと横になってなよ」


 私がぐったりしている様子を見て、蜂須賀はそう言うと作業服の上着を足元に敷いた。


「スマン……。ところで、さっきまで子ども3人といたんだが……」


 横になったところで、自分の事で精一杯になっていた私は、やっとあの連中の事を思い出してそう訊きながら首を持ち上げた。


「ああ、その子達は大丈夫。帆花ちゃんがピンチだから助けて欲しいって頼んできたから、私が保護しておいた」


 置いて逃げろ、つったのに何約束破ってんだアイツら……。


 おかげで最悪の事態は避けられたから、それに感謝しない訳にはいかないな、と思いつつ私はまた身体を横たえた。


 じゃあ取ってくるね、と言って上半身がタンクトップの蜂須賀は、駆け足で施設跡から出て行った。


「で、なんでお前らがいるんだよ」


 御剣に改めてそう訊くと、曰く、蜂須賀が荷物の回収の仕事を受けたが、その発注業者が裏会社名義ですら存在しない事に気が付いて宗司が調べたところ、蜂須賀が受け取った前金が『上の畑』からの金である事が判明した。


 それでもって、蜂須賀は御剣を応援に呼んで襲撃より前に山に隠れて、子どもを助けようと探していたが、私が狙撃を始めたから動けなかったらしい。


「そこで偶然子ども3人と遭遇して私を助けに来たと」

「そうだ」


 なるほど、私の異常に強い悪運のおかげか。


「君はどうして、いつもそう苦労する方向に行く? 君ならいくらでも面倒を避けられただろうに」

「さあな。そういう運命なんだろ」


 心配した顔で見てくる御剣にそう言って、私は自分の脚を抱え込んで丸くなった。


「そんなに辛いなら、そう言ってもいいと思うが」

「……うるせえ」


 こんな身体が震えて止まらない思いをしてまで、助けようとしちまう理由の結論は出ている。


 多分、生き地獄で散々苦しんだ自分を重ねてしまうんだろう。


 まあ、私のキャラじゃねえから言わねえけどな。


「お待たせ。色は黒だけどいい?」

「おう、助かった」


 しばらくすると蜂須賀が帰ってきて、身体の震えも腰が抜けているのも治った私は、蜂須賀が腕に抱えていたライダースーツを受け取り、単車を隠していた板の影で着替えた。


 いつもは隙あらば覗いてこようとするもんだが、流石に空気を読んだかそんな事はしてこなかった。


「……」

「ちょ、ちょっとー、その目は何さ? 流石にそんな鬼畜じゃないから……」


 まあ、御剣が睨みを利かせていたからかも知れないが。


 服も変えたとはいえ、やっぱりなんか気持ちが悪くて、さっさと帰って風呂に入るために、ギターケースを背負って単車に跨がった。


 護身用に相棒はスーツの上に着ている、ベージュのジャケットに隠してある。


「じゃあ戦闘服は後で綺麗にして届けるからね」

「おう、サンキュ」

「ちょっとまて。芙蓉ふよう、子ども達には会っていかないのか?」

「本来私みたいなのは関わらねえ方が良いんだよ。無事だってのと、自分を諦めるなってだけ伝えてくれ」


 まあ曲がりなりにも、守る、と言った手前、完全にしくじったから合わせる顔がないだけだが。


 下手に期待なんか持たせるとろくな事ねえな。


 蜂須賀と御剣へ、じゃあな、と言ってヘルメットを被った私は、単車のエンジンを掛けて陰気臭い施設跡から帰宅するために出発した。

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狙撃手・芙蓉帆花の暗愁 赤魂緋鯉 @Red_Soul031

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