飼育

けんじろう

第1話 プロローグ

 今現在の状況のことを、人は「同棲」と言うらしい。辞書で同棲という言葉を調べると、一緒に住むこと。特に、正式に結婚していない男女が同じ家で一緒に暮らすこと、と出る。うん、たしかにその通りだ。

「ただいま」

 僕がそう言って玄関のドアを開けると、カチカチ、と家の中ではコントローラーのボタンを激しく押す音だけが聞こえる。はぁ、と溜め息しか出ない。僕はその音がする部屋のドアをノックもせずに、勢い良く開けた。

「早紀―、またネットゲームやってんのかよ」

「……」

「早紀、入るぞー」

 イヤホンをしてネットゲームをしている早紀には僕の言葉は聞こえていないようで、コントローラーを押す音はさらに力強さを増してきている。部屋には脱ぎっぱなしの服、飲みかけのペットボトル、中には下着まである。早紀本人の格好と言えば、だるんだるんに伸びたティーシャツに、パンツ一丁という、ちょっと年頃の女の子では考えられない格好をしている。最初こそ、落ちている下着や、早紀の格好に対して、僕も健全な男子なのでドギマギしていたが、どうやらやはりいわゆる、チラリズムという言葉が表しているように、見すぎると何も感じなくなってしまうらしい。

 僕が足元に落ちているブラジャーを手で掴んで、他の下着の山の中に入れようとしていると、ふいに早紀が振り返った。

「あれ、英次、帰ってたんだ。ってか、なんで下着持ってんの? 欲情してんの?」

「するか、馬鹿」

 僕がそう言うのと同時に早紀はゲームの画面に目を戻した。イヤホンもしたままだし、きっと僕の「するか、馬鹿」という声は早紀には聞こえていないだろう。というか、欲情しているのだと思われたままだろう。

 僕はまた、大きく溜め息をついた。森川早紀。何年か前の僕に、幼馴染の森川早紀とお前は同棲するんだぞ、と伝えたら、きっと飛んで喜ぶだろう。

 早紀は変わってしまった。当然、人はいつまでも同じままではいられないし、変化していく生き物だ。けれど早紀は変わりすぎてしまった。

「そんな無防備な格好してると、本当に襲っちまうからな」

 僕がそんな言葉は当然大音量でイヤホンをしている早紀には聞こえない。さて、ご飯を作ろう、あと一時間後には早紀はゲームを中断してリビングに来る。それまでに作っておかないとまたうるさいから。

 僕はこんな日常が自然になってしまっている自分がおかしかった。きっと自分でも無意識にこんな日常を楽しんでいるんだろう。

 想像していたのとは大分違うけれど、早紀との同棲生活を僕自身、楽しんでいるのだ。


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飼育 けんじろう @toyoken

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