仮想箱なる装置が見せる、単一の世界と無数の解釈。
他の方々のレビューにもあるように本作は、著者の『仮想箱₋synonym』の導入として機能しており、仮想箱の一つである廃棄物処理施設での一幕にフォーカスされています。とはいえ、この「一つ」を読者に軽く流させないところが著者の凄さでしょう。冒頭で述べたように無数の解釈が生まれて、考察が絶えないのです。含蓄のあるテーマを短編に落とし込み、それでいて嵩張りを感じさせない。その技術力とセンスは一朝一夕で拵えることはできません。
センスで話を広げるならば、物語の展開も押さえておきたい点です。作中では問題提起が為されますが、これを紐解くパーツに衒学や持論は用意せず、著者はひたすらにフラットな視点で読者に問題を問い続ける。一貫した姿勢からは、「著者こそが一番、この問題を自らに問い続けている」と思わせられるほどでした。物語の中での様々な描写においても同様であり、注目すべき一コマをあえて脱色させ、あたかも自然に描写する筆致が印象に残りましたね。まさに映画のワンシーンのようで、かえって記憶に残ります。
別作品の導入という側面こそあれど、内容は約一万字の中で完結しています。仮想箱とはなんなのか、人間とはなんなのか。答えのないものの先にはなにがあるのか。気になった方は先入観に囚われず、まずは勢いに任せて飛び込んでみてください。なにせ本作は貴方が気になっていることの「説明書」なのですから。
タイトルにある通り、この作品は著者が連載中の「仮想箱」の説明書、つまり、序章的位置づけのものです。
しかし、序章とは言っても、一つのストーリーがこの作品内で完結していて(もちろん本編への広がりは持ったまま)、それが味わい深い読後感と本編へのさらなる期待をもたらしてくれます。
登場人物であるミカエルとセンセイ。
人間らしさを少しばかり過去に置いてきてしまった人間と、人間らしさを人間に教える為作られたアンドロイド。
チグハグな関係にも見える二人が、仮想箱という空想現実の世界に入った時、なにを感じ、なにを想うのか。それがこの「説明書」で語られます。
メタな語り手の存在も世界観に非常にマッチしていて、まるで読者を仮想箱の中へと誘うような、そんな魅力があります。
この作品を読み終えましたら、ぜひ本編の「仮想箱」も読んで下さい。
きっと満足できる仮想現実がそこにあります。
「仮想箱」
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881092594