メルカリごんぎつね

本屋の新井

メルカリごんぎつね

僕らはいつも3人だった。

サークルの新歓コンパで出会った、コモリヤ先輩、美香、僕。

同じアナウンサー志望と分かってからはすっかり意気投合して、学食でもバイト先でも、一緒だった。飲んで終電を逃した日は、先輩のアパートで、川の字になって雑魚寝をしたこともある。


コモリヤ先輩は、3回浪人して入った大学で4回留年していたため、僕や美香より7つ年上だった。

正直、その年齢でアナウンサーとして就職するのは難しい。しかし、トークの技術は今すぐ番組にコーナーを持てそうなほどだった。

なぜなら、彼には実益を兼ねた趣味があったから―

ラジオショッピングだ。


彼はラジオ番組で紹介される、ありとあらゆる通販商品を買うのが大好きだった。それだけに、どんなものでもラジオショッピング風に紹介するのが特技で、飲み会の席で披露すれば、それがおしぼりでも割り箸でも、思わず買いたくなるほどなのだ。

ただ、高級梅干や歯磨き粉3本セットなんてのはかわいいもので、時には掃除機やパソコンといった大物家電まで注文してしまうため、常に上限ギリギリのローンを抱えることになった。

僕らが働いていたのは、先輩に紹介してもらった居酒屋だ。和気あいあいとしたいいバイト先だったが、時給は高くはない。

だから先輩は授業にも出ず、フリーターのように働くはめになり、また性懲りもなく留年するのであった。


僕らがコモリヤ先輩に追いついてしまった年、美香はすでにTBSラジオから内定をもらっていた。あっさりと試験に落ちた僕は、晴れやかな美香と一緒にいることが辛くなってきていたが、より厳しい状況であるはずの先輩は、相変わらず飄々としていて、理解に苦しむ。

僕はアルバイトを辞め、二人とは距離を置いた。もういちどアナウンサー試験にチャレンジするのだ。そうしないと、僕は一生美香と対等になれないと思った。対等になれなければ、想いを伝えることもできない。


2年後、なんとか内定をもらった僕は、先輩になる美香と久しぶりに会った。

「おめでとう!やったね!」

美香はびっくりするほど垢抜けていて、しばらくまともに目を合わせられないほどだった。

僕の内定が相当嬉しいらしく、朝は番組があって早かっただろうに、二軒目のバーにまで付き合ってくれた。

「やっと追いつくことができたよ。いや、この遅れはこれから縮めていかないといけないけど」

「そんなのあっという間になくなるわ。ごんくんが一緒の会社に入ってくれて嬉しい」

僕は美香から「ごんくん」と呼ばれていた。タレ目で狸顔の美香に対して、狐のような細い目をしているからだ。

懐かしい呼び名に、思わず距離を縮めることを焦りそうになる。

「コ、コモリヤ先輩も呼ぼうか。どうしてるんだろうなぁ。実は全然連絡を取っていないんだ」

「先輩ならうちにいるわよ」

「え、ウチって?」


美香はコモリヤ先輩と一緒に住んでいた。


結局大学を卒業できなかったコモリヤ先輩は、居酒屋アルバイトを続けていた。

一見、ふんわりおっとりとした美香だが、アナウンサーとして働き始めたら中身はまるで男のようで、家のことをやってくれるならお金を払ってもいい、その分バリバリ働きたい!というタイプだった。

そこに、ひとり暮らし歴が長く、料理も上手なコモリヤ先輩がするりと入り込んだ形だ。


就職と失恋が同時に確定した僕は、ひたすら仕事に打ち込んだ。そうしている間にも、先輩が美香の洗濯物を洗って干しているのかと思うと、嫉妬で気が狂いそうになる。


アナウンサーになって2年目の夏、カード会社から職場に電話があった。僕が美香に取り次ぐと、受話器を握ってさっと青ざめるのがデスク越しに見えた。

何かよくない事が、彼女に起きているのだ。


仕事の後、強引に誘ったバーで、美香は全てを話してくれた。


大学も行かなくなって暇な時間ができたコモリヤ先輩は、さらにラジオショッピングにはまっていた。さっきの電話は、美香が先輩に預けているカード会社からのもので、上限額を超えたので引き落とせない、という連絡だった。

最初は美味しい明太子や、最新式炊飯器で炊くご飯に美香も喜んでいたが、二人では到底食べきれないお徳用を買ったり、その予定もないのに、子ども用のおもちゃを買ったりするのを見て、苛立ちを感じ始めた。そこへあの電話である。

「子どもってあなた、結婚が先でしょうよ!」

ドンっと置いた美香のグラスから、ミントの葉が飛び出して僕の手の甲に乗った。

美香はお金を貯めて、結婚したかったのだ。


それから僕は、休日や仕事の後に、美香の家へ遊びに行くようになった。美香がまだ帰っていなくても、かまわず上がり込む。

昔のように3人でご飯を食べ、酒を飲み、先輩とのブランクはあっという間に消えた。

僕と美香が仕事の話に熱中しても楽しげにしているし、先輩の口から出るのは、どこのスーパーが安いとか、おにぎりはラップじゃなくてホイルで包んだほうがいいよ、とか、生活に役立つ平和な話題ばかりだ。


しかし、ただ遊びに来ているわけではない。

2LDKの部屋は、先輩が買ったもので溢れている。


美香が不在の時を狙って、先輩がキッチンで洗い物ををしている間に、僕はスマホでせっせと写真を撮った。

腹筋を鍛える機械、知育玩具、高級羽毛布団…。

僕はそれを、その場でメルカリにUPした。


もともと物はいいので、すぐに買い手が付いた。

「まだ部屋に毛布しかないんですけど、これ借りてもいいですか」

「あーいいよいいよ、使ってないからあげるよ」

先輩は気前がいいのだった。買うことが好きなだけで、物には執着しない。


もらったものをせっせと発送して、現金化した。

そして僕のメルカリ専用口座には、みるみるお金が貯まっていった。


僕がメルカリを始めたのは、美香がアシスタントをしているラジオ番組「ジェーン・スー 生活は踊る」を聞いてからだ。

その番組には、リスナーからの相談コーナーがある。

その日は、義母からいらないものをもらうのが困る、なんとかうまく断る方法はないか、という内容だった。

そこでパーソナリティのジェーン・スーが「メルカリごんぎつね」という画期的な解決法を提案した。あげたい人には、もらってあげることがいちばん。一年間保管したらメルカリで売って、ごんぎつね方式で、お義母さんに何かプレゼントすればいいよ、と。


僕は、メルカリ専用口座に200万円貯まったら、全額を結婚資金として美香に渡そうと思っている。

まさに僕は「メルカリごんぎつね」だ。ごーーーん!!!


ただ断っておくが、結婚するのはコモリヤ先輩ではない。

僕が、美香にプロポーズするのだ。

先輩の物を売ったお金ではあるが、元は美香が稼いだお金である。先輩に還元する必要はない。


ついに目標額に達した日、僕は現金を抱えて美香の家へと走った。


「美香―っ、僕と今すぐ結婚してくれー!」

叫びながら居間に駆け込むと、そこには包丁をかまえたコモリヤ先輩。


僕はその瞬間、子どもの頃に読んだ「ごんぎつね」の詳細を思い出した。

確かあれは、いたずらきつねのごんが、兵十の大事なうなぎを逃してしまった罪滅ぼしにと、栗か何かを運んてきた時だった。

ごんは運悪く兵十とばったり鉢合わせをしてしまい、ズドンと撃たれて死んだのだった。よくも俺のうなぎを盗んだな、と。


ってことはあれ、僕はここでズドンと、いやザックリとやられるわけ…?

「美香は美容院に行ってるよ」

「……すんませんでした」

「何で謝るんだ。おい、やっと本音を言ったな」

構えていた包丁を下ろし、流しの下をゴソゴソする。僕はこの間に逃げたほうがいいのだろうか。

「ジャーン」

振り向いた先輩が手にしていたのは、ワインのボトルだった。僕はあれで頭を叩き割られるのだろうか。

「俺はずっともどかしかったよ。お前は美香への気持ちを隠していたつもりかもしれないが、ぜんぶわかってたよ、俺も美香もな」

「え!」

「これはラジオショッピングで買った、とっておきのワインだ。乾杯しよう」


先輩が注いでくれたワインに口を付ける前に、僕は白状した。

「実は、先輩からもらったもの、全部メルカリで売ってたんです。それがこのお金です」

「なんだ、そんなことか。その金は、お前と美香へのご祝儀だ、取っとけ」

元は美香の金だが、その辺には思い至らないところがコモリヤ先輩だ。思わず笑ってしまった。

美香とは純粋な雇用契約しかないという。逆「逃げ恥」だった。


その後、帰宅した美香に、落ち着いた気持ちでプロポーズをした。

結果は…オーケー。僕らの大好きな、オーケーストアのオーケーだ!!


3LDKのマンションでの、大きなコブ付き結婚生活は、案外うまくいっている。

コモリヤ先輩のサポートが欠かせない美香の希望で、3人暮らしをすることになったのだ。

料理上手な先輩のおかげで、僕らはどんなに忙しくても、温かいご飯を食べることできる。

相変わらずラジオショッピングは続けているが、買いたいという気持ちは尊重してあげたい。

どれもモノはいいから、買いすぎたらメルカリで売ることができる。

ごんぎつねの僕は、そのお金で美香にプレゼントを贈る。

美香が嬉しいと僕も嬉しいし、先輩が楽しいとみんな楽しい。


スーさん、「メルカリごんぎつね」で家庭円満だよっ!

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