異世界生命保険をなめるんじゃない

ちびまるフォイ

生命保険なんておろさせねぇよ

「これから異世界に行かれるんですか?

 でしたら、ぜひわが社の保険に加入されてはいかがですか?」


「保険……? どんなのがあるんですか?」


「最初の女神の選択で失敗してもやり直せる保険に、

 うっかり奴隷の子に浮気しても大丈夫な浮気保険。

 さらにさらに、異世界移住でお住まいのローンにお役立ちできる住居保険も……」


「全 部 加 入 し ま す !!」



「ご利用、ありがとうございましたーー」


今日もひと仕事終えると、課長がやってきた。


「いやぁ、さすが本社のエースは違うねぇ」


「止めてくださいよ。異世界保険を心から進めているだけです」


「とかいって。本当のところは……?」


「いいカモが来たなって思ってたりします」



「「 がっはっは!! 」」


俺が来てからというもの、この異世界保険の支部は売り上げ好調。

思わず大口をあけて笑いも出るというものだ。


「で、君に聞きたいんだけど、保険に加入させるコツってあるの?」


「異世界保険は普通の保険とは違います。

 異世界に行きたがる奴はすでにそこそこの知識を持っていますから」


「……逆に難しそうだね」


「いえいえ、簡単なもんですよ。

 異世界でめちゃくちゃな生活をしても保険があるから大丈夫、と

 安心感を与えてやるような保険内容をすすめるだけです」


「それで、奴隷婚約保険とかが人気なのか……」


「メインヒロインをキープしつつ、保険の盾に隠れて浮気したいんでしょう」


そこに受付の子がやってきた。


「あの部長。対応お願いできますか?」


「え? まだお客さんがいるの? もう閉店時間だよ」


「それが話を聞いてくれるまで帰らないって……」


「わかった。すぐにいく」


やれやれ。空気の読めない異世界転生希望者もいたもんだ。

心では毒づいていても笑顔だけはいつもの100%スマイルを心がける。


「いらっしゃいませ。どんな異世界保険をお探しですか?」


「生命保険ってさ、俺にもきくの? ねぇ? ねぇ?」


「あーー……そうですね。はい。

 仲間の死亡などされた場合、もっとも近しい人に保険金が入ります」


「そうか。そうか。よかった。俺が一番だ。俺が一番、誰よりも近い人間だ。うん」


……なんだこいつ。


「じゃあ入る。生命保険」


「かしこまりました。

 他にも最初の女神の選択をやり直す、セレクト保険などもございますが……」


「最高額で生命保険」



「……はい」


客が帰ってからも男の様子はみんな気にしていた。


「変な人でしたね……。部長、大丈夫でした?」


「ああ、大丈夫。でも生命保険を、それも最高額でつけるなんて」


「誰の生命保険だったんですか?」


「そこまでは見てないけど……。

 なんにせよ、あいつ異世界で誰か殺る気かもしれないな」


「異世界で保険金殺人って……そんなことあるんですか?」


「ある。あっちは法整備も行き届いてないからね。

 なんにせよ、保険金殺人でもお金入らないように注意しないと」


生命保険は金額が高く支払いとなるとこちらも打撃になる。

いかにも人を殺しそうなあの客が保険金殺人したとしても、

それが「保険金殺人ですね」と立証できれば支払いは免れる。


いまのうちに異世界警察に連絡をとり、男の特徴を連絡し徹底マーク。


「ふふふ、これで生命保険目当ての殺人なんてできっこないぞ」


男の情報は冒険者の町にも行き届いて、

「保険金目当てのやばいやつが来る」と警告が行き届いた。


男はというと、保険金どころか異世界にすらいかなかった。


「きっともうあきらめたんだろうな。してやったりだ」


 ・

 ・

 ・


それからしばらく日が経った。


もう誰も男のことなんて覚えていなかった。


「今朝、人身事故で電車遅れたみたいですよ。部長は大丈夫でした?」


「ああ。俺の時にはもう解消されていたよ」


「そういえば、生命保険の男の人どうなったんですかね」


「あいつなら結局、異世界にすらいかなかったんだよ。

 生命保険目当てだとしても、異世界で徹底マークされちゃ当然だよ」



「あの部長……」



「なんだ?」


「足が消えてます」


「へ?」


視線を下げると、みるみる足の先から消えているのに気が付いた。


「な、なんだこれ!? どうなって――」




気が付くと、一面真っ白の何もない部屋に転送された。


女神と、いつぞやの生命保険の男が待っている。

ここは異世界転生前の部屋。


「えと、転生前に願いをひとつだけ叶えるということで

 この男を連れてきたわけだけど……本当によいのか?」


女神は男に聞いた。


「うん。いいよ。あってる」


男はつかつかと歩いて、俺の前に手を伸ばした。



「ぼく異世界生命保険かけてたよね? だから死んだよ。

 異世界生命保険もらえるよね。ねぇ? ねぇ?」


「あんた自分に生命保険かけたのか……!?」


これじゃどれだけ異世界の警備を強化しても意味なかった。



「ぼくね、異世界で金にまみれた自由な暮らししたいんだ。

 早く生命保険金だせよ。ねぇ? ねぇ?」



男が急かすので、俺はしょうがなく真実をつげた。




「あの、転生されるとご本人様ではなくなるので、お受け取りできません……」

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