第98話 属国3

 全世界の国を属国にする。

 エイプリルはその命を受けて冒険者の街アリオンに来ていた。

 以前、騒ぎを起こして半壊した街並みは元通りに整備され、綺麗になった通りには、多くの屋台がひしめき合っている。

 エイプリルは雑踏の間を縫うように、賑やかな商店街を上機嫌で歩いていた。

 手には歩いて食べられる串肉やパンを持ち、美味しそうに頬張りながら、冒険者ギルドに軽やかな足取りで歩みを進めている。

 普段は滅多に買い食いをしないエイプリルであったが、今は機嫌が良いせいなのか、屋台の食べ物がいつもより美味しく見えてしまい、ついつい手を伸ばしていた。

 エイプリルは両手に食べ物を持ちながら、冒険者ギルドに足を踏み入れる。

 本来であれば、食べ物を持ちながらギルドに入るのはマナー違反であるが、誰もエイプリルを咎めようとはしない。

 寧ろ滅多に見ることの出来ない珍しい光景に、冒険者は面白そうに遠くから眺めていた。

 エイプリルは勝手知ったる自分の家と言わんばかりに、ギルド内を闊歩する。

 本来であれば職員しか入れないはずのカウンターにずかずか入り、二階へ続く階段に消えていった。

 勿論、静止する者は誰もいない。エイプリルは神にも等しい存在であり、気安く話しかけるなど許されないのだから。


 エイプリルは更に階段を上り、いつのも部屋の前にやってくる。

 ノックもせずに扉を開けると、正面に見える机の上には書類が山積みにされており、その陰からグランドマスターのアオイが盛大に顔を顰めていた。


 上機嫌で食べ物を頬張っているエイプリルを見て、アオイは嫌な予感しかしない。


「随分と機嫌が良さそうだね」


 エイプリルは手近なソファに腰を落として、ニヤニヤと笑みを浮かべる。


「いいことがあったんすよね。親友のアオイにも協力させてあげるっす。名誉なことっすよ」


 その言葉でアオイは確信する。これは絶対に面倒ごとであり、関わってはならないと。

 幸いこれから各国のギルドマスターとの定例会議が行われる。アオイはそれを口実に、この場をやり過ごそうと席を立った。


「私はこれから定例会議がある。すまないが話はまた今度にしてくれ」


 そそくさと部屋を出るアオイの後ろにエイプリルも付き従う。

 その様子に訝しげな視線を向けるも、エイプリルは食べ物を頬張りながら気にするなと手を振った。

 会議室に入ると、まだ誰も居らず、アオイは正面のいつもの自分の席に腰を落とす。

 エイプリルも当たり前のようにアオイの隣に座り最後の串肉に噛り付いていた。

 あたかも自分の席であるかのような自然な仕草に、アオイは態と聞こえるように大きな溜息を漏らす。


「はぁ~、エイプリル、すまないが今回は大事な会議なんだ。席を外してくれないか?」


 アオイはどうにかしてエイプリルを追い出したかったが、それは好都合とばかりにエイプリルが笑いかけていた。


「それは好都合っす。各国のギルドマスターも来るってことっすよね?私からもいい知らせがあるんすよ。」


 アオイは悪い知らせの間違いだろうと心の中で毒づくも、この上機嫌の彼女には何を言っても無駄だろうと早々に諦めた。

 その良い知らせとやらを聞こうとも思ったが、何も自分ひとりが率先して胃を痛める必要はない。

 こうなれば一蓮托生とばかりに、各国のギルドマスターの到着を待つ。暫くすると扉がノックされ、老人たちが姿を見せた。

 顔や体つきは何処にでもいる老人であるが、身に着けている着衣や、品の良さそうな所作から、それなりの身分であることが窺える。

 部屋の中の人物を見るなり、みな一様に顔を顰め不機嫌であることを隠そうともしない。


 エイプリルはと言えば、そんなことはお構いなしと言わんばかりに、最後の串肉を頬張っていた。


 この老人たちが各国のギルドマスターなのだが、いつも無茶なことを言い出すエイプリルに当然良い感情は持っていない。

 席に座るなり一人の老人がアオイに尋ねた。


「アオイ様、一人部外者がいるようですが、どういうことですかな?」

「私に言われてもね。何でも話があるそうだよ」


 最後の肉を食べ終わったエイプリルが、ここぞとばかりに満面の笑みをつくる。


「いやぁ、実は凄くいいことがあったんすよ。そんな訳でみんなにも協力させてあげるっす。とても名誉なことっすよ」


 もう嫌な予感しかしない。各国のギルドマスターは今すぐにでも部屋を出て行きたくなる。

 しかし、そんなことが許されるはずもない。エイプリルがこれほどまでに上機嫌なことは最近では珍しい。無理に退席しようとすれば、強制的に連れ戻され話を聞かされるのが目に見えていた。

 老人たちは素直に諦め肩を落とす。

 その姿は、今にも死ぬのではないかと思うほど憔悴していた。そんな老人たちなど構いなしに、エイプリルの話は続く。


「昨日、竜王様が仰ったんすよ。世界中の国が属国になれば争いが起きないって。そんな訳で、世界中の全ての国を属国にすると決められたんすよ。いやぁ、こんないいことはないっすね」


 それを聞いてアオイは、もうどうにでもなれと天を仰いだ。老人たちも来るべき時が来たかと項垂れる。

 アオイたちとて馬鹿ではない。竜王国の戦力を考えれば、何れは他国のへの侵略もあると踏んでいた。

 苦言を呈したところで、考えを改めることはないと言う事も分かっている。何せ竜王の言葉は絶対らしい。反論など許されず、エイプリルでさえ絶対に逆らえないというのだから質が悪い。

 今のアオイたちにできることと言えば、少しでも被害を出さないように、各国に逆らうなと進言することくらいだ。


「どうしたんすか?全世界が竜王様の庇護下に置かれるんすよ?こんないい話を持ってきたのに元気がないっすね」


 一人の老人が顔を上げ重い口を開いた。


「エイプリル殿、属国になると言うことは、何か制約があるのですかな?」


 それは大いに気になるところ、老人たちの視線がエイプリルに集まる。


「そんなのないっすよ?あっ!強いて言うなら戦争は駄目っす。さっきも言ったように、竜王様は世界中の国が属国になれば、争いが起きないと仰ったっす。つまり戦争は絶対に駄目っす。勝手に戦争したらお仕置きっすよ」


「そ、それだけ?」

「それだけっす」


 事も無げに告げるエイプリルに、老人たちは互いの顔を見合わせた。

 お仕置きは大いに気になるところではあるが、それよりも戦争の禁止以外何も要求されないことに首を傾げた。


「エイプリル殿、それは属国ではなく、同盟国でも良いのでは?」

「えぇ~、属国じゃないと駄目っすよ。竜王国と戦争しなくても、他の国と戦争するかもしれないじゃないすか。それに竜王様が一度属国にするって言ったんだから、これはもう決定なんすよ」

「そ、そうですか……」

「あっ!そうだ!アオイ、確かこの街はどの国にも所属していない、言わば独立国家っすよね?当然、ここも属国になるっすよ」

「あぁ、分かったよ。もう好きにしてくれ。私は何も考えたくない」


 老人たちが驚愕の表情でアオイを見つめる。

 国お抱えの冒険者もいるが、冒険者ギルド自体は本来中立の立場にある。時には国同士の争いの仲裁に入ることもあり、その立場は中立でなければならない。

 今でさえ一触即発の国が幾つかあるのに、それで本当にいいのかと、一人の老人が声を上げる。


「アオイ様よろしいのですか?」

「どうせ全ての国が竜王国の属国になるんだ。国同士の仲裁に入ることもなくなるだろうから、冒険者ギルド自体は今までとなんら変わりはしないよ」

「確かにそうでしょうが……、冒険者が納得しないのでは?」

「属国になったところで冒険者もやることは変わりない。初めの内は混乱もあるだろうが、それも次第に落ち着くだろうね。いざとなったら、エイプリルやセプテバに説得させるさ」


 そう言ってエイプリルに視線を向けると、エイプリルは聞いてないと言いたげに顔を背けていた。


「何処を向いている。私も協力するんだから、お前にも協力してもらうぞ」

「……仕方ないっすね。じゃ、老いぼれは私が話したことを各国に持ち帰って国王に伝えて欲しいっす」


 各国のギルドマスターは気が重くなる。

 然したる制約がないとは言え、属国になるのは心情的にも許さないだろう。どうやって説明したものかと今から頭を悩ませていた。

 そんな中で一人の老人が訪ねた。


「エイプリル殿、もし属国になるのを拒否したらどうなさるおつもりですかな?」

「お仕置き確定っす。この件はオーガストさんが張り切ってるんすよね。まぁ国を滅ぼすまではしないっすよ。言うこと聞くまで暴れるだけっす」

「そうですか……」


 老人たちが絶望的な表情で俯いた。

 そして思うことは一つだけ、なんとしても国王を説得しなくてはと心に決める。

 一方のアオイはエイプリルの言葉に違和感を持っていた。


 オーガストさん?

 竜王様ではなくオーガストさん?

 竜王とはバハムート――オーガストのことではないのか?

 一体どういうことだ……


 アオイは訝しげな視線をエイプリルに向けるも、当の本人はそれを全く意に介さない。


「さて、話も終わったし、後はよろしく頼むっす」


 そう言い残してエイプリルは消えるが、違和感を感じたアオイは釈然としない。先程までエイプリルが座っていた椅子を、アオイは暫く訝しげに見つめてた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――


三年前に書いた下書きが、なろうの方に残っていたので投稿してみました。

既に内容とかまったく覚えてない……

トカゲ(ドラゴン)がいっぱいる記憶が微かにあるだけです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

気まぐれドラゴン(仮) 粗茶 @hsd5s63

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ