アウトポスト
荒城 醍醐
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その小さな窓は、艦載機発出口を監視する外部モニタが故障したときに肉眼で状況を確認するためのものだった。
20cm四方の窓は船内と宇宙空間を隔てており、その一辺よりも厚みがある枠にはめられた三重の透明板の最内側に頬を押し付けるようにして、グーリックは外を眺めていた。
この星系の主星オノンダーガは反対側で、この窓からは見えない。母なるガス惑星ハイプレーンは黄土色に輝く縞模様の姿を見せていた。その前をゆっくり横切るように見えている小さな黒い点が、これからグーリックが向かう衛星テトラストーンだった。オノンダーガに照らされて輝いているはずなのだが、背後の惑星ハイプレーンのほうが明るく輝いているため影のように見えていた。
「おい、若いの。そろそろ乗り込んでくれ。艦橋から確認が入る時間だ」
年配の艦載機乗りがグーリックを呼んだ。
「はい。艇長どの」
ここは輸送艦の艦載機収納庫で、重力管制された空間になっており、搭乗フロアの床は細かい網状になっていて下のフロアが網の向こうに見えていた。細長い流線型に申し訳程度の翼がついた銀色の輸送艇は全長が20メートルほどしかなく、ハッチが開いたコックピット部分のみが搭乗フロアの床から突き出ていて、本体の大部分は下の整備フロアにある。
すでに最終チェックも終わり、整備員の姿はない。名残り惜しそうに窓から離れ、コックピットに向かうグーリックの姿に、艇長は疲れた笑みを浮かべて言った。
「いいねぇ、新兵さんは。『艇長どの』か。そんな呼ばれ方をいつもしたいもんだ。こちとら投下専門の輸送屋で、乗るたびに違う機体だ。こんな年寄りにそんな芸当をやらせ続けるたあ、人使いが荒い軍隊だよ。あ、あんたは後ろの席だ。……違う違う、こっちが後ろだ」
コックピットには人ふたりがほとんど身動きできないほどの空間に座席が縦にふたつ並んでいた。後ろと言われて座席の向きでいう後ろ側の席に着こうとしたグーリックを艇長が手で正した。座席の向きは後ろ向きなのだ。座席が向いている方向、翼があるほうが後ろだった。
「今日の荷はあんたとあんたの私物だけだから、カーゴブロックが不要でね。この偵察艇を使わされるんだ。あんた、こういうのに乗るの初めてなのか?」
「はい。宇宙に出たのも初めてです」
座席にもぐりこみ、ベルトで身体をシートにぎこちなく固定しながら、グーリックが答える。
「なんてこった。連合軍もいよいよだな」
グーリックが最後の留め金ひとつを締める間に、艇長は慣れた手順ですばやく操縦席に着いた。
ふたりがヘルメットを装着すると、艇長はハッチを閉しめて艦橋との発艦のやり取りを始めた。機体が沈み、搭乗フロアから離れて、やがて後方に移動を始める。ハッチは大部分透明で、肉眼視界が広く確保されていた。
グーリックには出発のタイミングはなにも知らされず、艇はゆっくりと発艦していった。艇の後ろ向き、すなわちグーリックが向いている方向に収納庫を出ていく。グーリックの右手、つまり艇の左にさっきの窓からは見えなかった主星オノンダーガの白い輝きが見える。グーリックは振り返ってさっきまで乗っていた輸送艦の姿を見ようとしたが、シートが邪魔で見えなかった。ステーションで乗り込むときにも艦の姿を見られなかったから、このまま離れていくなら、結局どんな艦だったのかまったく見なかったことになる。
艇は減速して大気圏をかすめるコースへ向かう。輸送艦は速度を維持して周回するのだろうから、いままさにどんどん距離が離れていっているはずだった。
仕方なく左手を見ると、惑星ハイプレーンの姿はさっきの窓からと変わりないように見えたが、手前にある衛星は、もう惑星よりも大きく見えていた。
衛星テトラストーン。赤茶けた大地ばかりのその星は、かすかに雲があり、ぼんやりと大気がつつんでいる。偵察艇はその天体に着陸しないが、グーリックを落としていけるだけ減速し、投下した後、ふたたび宇宙へ出るのだ。
「もうすぐだぜ、坊や。準備しな」
艇長が背後から声をかけてきた。ヘルメットの通信器からの声なので、すぐ後ろの席でしゃべっている艇長の声が、まったく別の場所からの声に聞こえる。
グーリックは座席下の自分の小さな荷物を確認し、座席に身体を固定しているベルトの点検を行った。艇は次第に艇首を進行方向に向けるように船体を回転させていた。回転には小型のブースターを使う、しかしこの艇の主推進機関はブースターを使用しない。いわゆる重力場推進による自由落下飛行だ。艇内は慣性飛行中も加速減速中も、完全な自由落下状態であり無重力空間となっている。
重力場推進の方向は任意であり、真空中では艇をどの向きに向けていても加速減速は可能だった。にもかかわらず、わざわざ艇の向きを変えるのは、これから大気圏内に入るからだ。
「大気圏をかすめるぞ。舌を噛むなよ」
艇長が言い終わるやいなや、轟音と赤い光が船を包んだ。同時に、身体が座席の背もたれへ圧し付けられる。艇は大気中でも自由落下を続けようとするが、空気抵抗を受けているために減速するので、重力場に引かれ続ける乗員は前方への強力なGを受けることになる。座席の向きは大気圏内を飛行するときのためのものだ。
「いいな、ビーコンは出しっぱなしにするんだぞ。味方は配達時間も場所も知ってる。先にみつけてくれるはずだ。敵が先だったときはよっぽど運が悪かったとあきらめな。もしも味方と合流できなきゃ、あの星の地表じゃ、あんたは1日も生き延びられやしねぇ」
艇長は猛烈な振動とGの中でも、立ち話のように肉声で話していた。
艇長のアドバイスは、訓練所で聞いた内容と相反していた。敵との交戦地域に降下して味方と合流する場合、ビーコンは10分程度に一度、1秒以内の発信に留めるべし、とグーリックは教わっていた。
艇はどんどん減速している。航空機並みにまで減速して、高度1万メートルでグーリックを降ろして、また大気圏外へ飛び去るのだ。
グーリックの身体を押しつぶしてしまいそうだったGは急速に弱まっていく。
衛星の大気圏をかすめて飛ぶコースの偵察艇は、減速のため重力場を艇の後方に発生させている状態だ。進んでいる方向と逆に重力がかかっている。しかし、乗っている者たちにとって自分の体重を感じるのはその方向ではない。それはちょうど真上に放り上げられた乗り物に下を向いて乗っている状態なのだ。重力の方向は下方、つまり自分が向いている方向にあるが、放り上げられた速度が速いために上へ進む乗り物は空気抵抗を受けていて自由落下の状態からずれている。中の人間はそのずれの分だけ上へ向かってGを感じる。
グーリックが感じている座席に押し付けられるようなGはそういうものだった。それが弱まっていくのは空気抵抗が弱まっているからで、艇の速度が落ちてきていることを示していた。
「射出用意!」
艇長の、それまでの口調とはうってかわった軍隊調の号令に、訓練を受けたグーリックの身体が反応して衝撃待機姿勢をとらせる。はっ、と思い出し、座席のビーコンのスイッチをオンにした。艇長のアドバイスどおり発信しつづける設定でだ。そしてすぐに首を縮め膝を上げた衝撃待機姿勢にもどる。
「グッドラック!」
艇長の声とともに、ばっ! と景色が変わった。
彼が座っていた座席はコックピットから射出された。放物線の頂点を越えると、上下の感覚が唐突に甦る。
風切り音と、自分の荒い呼吸の音がヘルメット内に響いている。自分の息の荒さに驚かずにいられない。
紫色の空。赤い大地。遠くに赤い山並みも見えた。ヘルメットを叩くような風の音。
加速して遠ざかる流線型の偵察艇は彼の背後にあって彼からは見えない。この場所は昼で、主星オノンダーガが空の高いところで輝いていて、ガス惑星ハイプレーンは地平線のかなたに沈んでいて見えない。衛星テトラストーンはハイプレーンに対して常に同じ面を向けている。自転と公転の周期が同じで、四日ほどで一周する。グーリックが放り出された地点は現在昼で、まだ地球時間の二十時間は主星オノンダーガが沈まない。
射出後、短い時間で座席とグーリックはかなり落ちた。グーリックが地表を見ても、高度はよくわからない。建造物も生物の徴候もなにもない地表はスケールがあいまいで、どれくらい離れているか目安が無いからだ。
グーリックから見えるのは乾いた大地と空だけだ。
衛星テトラストーンは砂漠の星だ。百年以上前の初期テラフォーミングが施された後、入植が行われていない。水は地表に見えない。海は地表ではなく地下にあるのだ。
3つのパラシュートが座席から飛び出し、大きく開いた。地表まで400メートルあまりになったということだ。1分ほど、パラシュートで降下しつづける。着地の寸前に座席下から圧縮ガスが噴出される。丸みのない石がごろごろ転がった赤い砂漠に座席がまっすぐ着地し、パラシュートが切り離される。
強い風が白いパラシュートをどこかへ運び去っていく。グーリックは締めたときっよりも手早くベルトをはずして座席を離れ、あたりを見回した。平らな大地だ。着地が地形の影響を受けないよう、そういう土地を選んでくれたのだろう。どちらを向いても石だらけの砂漠が続いている。パラシュートが飛んでいった方向には、遠くに山脈が見えていた。
グーリックの耳には聞こえないが座席はビーコンを発信しつづけていた。基本訓練では、敵味方が入り乱れている地域ではビーコンは10分に一度出すようにしろと教えられていたが、艇長はこの星への定期便を担当しているのだ。彼が正しいに違いなかった。
風が強かったから、予定地点から流されているかもしれない。この星では拾ってもらえなければ生き残ることは不可能だ。テラフォーミング初期にばらまかれた微生物以外に生命が存在しない不毛な土地なのだから。テラフォーミングはまだ初期段階のままで、やっと呼吸可能な大気がある程度の状態で開発はストップしている。その大気にしても、ここへ来る前に輸送艦の医務室で打たれた薬が切れれば、中毒で死に至る代物だ。
ヘルメットの中の酸素はもうすぐ切れる。グーリックは顎の下のチャックを開けて深呼吸してみた。乾いた空気が肺に広がる。
彼は、自分が送り込まれる戦場が、もっと派手なところだと思っていた。ここには何にもない。風の音と砂漠だけだ。
テトラストーンは正式に命名される前に便宜上つけられた衛星の番号のような名前だ。この星の正式な名は入植した者がつけることになるだろう。彼が属するウェストサイド連合ではテトラストーンと呼んでいる。戦闘状態にあるミドルウェストでは別の呼び名で呼んでいるらしい。いずれにせよ、まだ記号のような名でしか呼ばれていない。この星はまだ入植者が居ない無人の辺境だ。今度の戦争で、両方の軍が、ごく小規模の移動基地を置いているだけの。
航宙艦に乗り込んで宇宙空間で戦闘するものと思って訓練を受けていたグーリックにとって,ここは意外な任地だった。
人類が宇宙に植民しはじめて500年。恒星からの熱を受けて、常温で液体の水が存在できるような『生命居住可能領域』に存在する惑星は貴重だった。この、恒星オノンダーガを主星とする星系でも、生命居住可能領域にはわずか1つの惑星しか存在していなかった。しかも、その惑星は太陽系の土星や木星のようなガスジャイアントであり、惑星の地表には住めない。しかし、人類にとって、この星系は楽園に成り得た。そのガスジャイアントのまわりには57個の十分なサイズを持った衛星、つまり月がひしめき合っていたのだ。そのすべてが、『生命居住可能領域』に存在しているわけだ。
かくして、他の星系ではありえないほど近距離に複数の『世界』がひしめきあうこととなり、そこに生まれたのは、対立であり、戦争だった。
風上から音がした。金属音だ。グーリックが反射的に身をかがめて目を凝らすと、ピョンピョン蚤のように黒い点が跳ねながら近づいてくる。ほかの方角には気配がない。あれが敵なら一巻の終わりということになる。重力機器を装備した強化歩兵だ。重力場発生装置を装備しているので空中を飛び続けることもできるが、普段の進軍は重力方向を調節しながら足でジャンプしたほうが扱いやすい。ひと跳び150メートルくらいで低く跳び、グーリックの4、5メートル前に乱暴に着地し、片膝をついてかがむ姿勢で止まった。
友軍のマシンだ。地表の色に近い迷彩色の機体は身長3メートルの人型をした金属の塊。左肩に部隊識別番号「18」が描かれている。細身のマシンはオプション兵装を装着していなかった。グーリックを拾って帰るだけの任務で、戦闘は想定していないらしい。
マシンは、背中に長さ2メートル半ほどケースを盾のように斜めに背負っている。それが通称「棺おけ」、強化歩兵のコクピットだ。強化歩兵たちは、自分の本当の身体を棺おけに入れて、マシンの背中に背負わせて闘う。
『おい、補充兵。座席にもどってビーコンを止めてベルトを締めろ。座席ごと持っていく。あいにくヤワな身体を抱えて運ぶようなデリケートな操作は訓練しちゃいねぇ』
歩兵の合成音声がした。本人の声ではない。マシンが合成した声で、小隊内で識別がつく程度しか種類がない。彼の声は、訓練所でグーリックのルームメイトが使っていた声と同じ『ボイス6』だった。
「わかりました、サー」
グーリックにとって相手の階級はまだ不明だが、とりあえず敬語を使って答え、座席に戻ってベルトを締めた。締め終わると同時に、ぐい、と座席ごと持ち上げられた。
マシンが、来たときとはややちがう方向へ向かって跳び始めた。荒っぽいジャンプだし、自分が運転していないことで、目からの情報がグーリックの脳を不当に揺さぶった。
延々と行軍は続いた。着地地点は敵にも探知されたはずで、回収の妨害があるかもしれないのだろう。
乗り換えもなにもなく、座席ごとか抱えられたまま、何の説明もなくジャンプは続いた。5,6時間経ち、1000キロ以上進んで、山地に入った。水の流れがない星の地表だから、山は造山活動と風による荒削りなつくりだ。
山と山の間の「谷」のようになった地形に、カモフラージュされた20メートル×15メートルほどの簡易テントがあった。そこが、現在この星唯一のウエストサイド連合軍の基地というわけだ。
地表に水はないので、谷のようだといっても水が作った地形ではない。地殻変動でできた裂け目か、隆起した山に取り残されて挟まれた低地なのだ。
グーリックは座席ごとテントの横に下ろされた。ベルトをはずして立ち上がり、シートの下のバッグを取り出す。
テントの横にはカモフラージュシートが被せられた強化歩兵が二体並んで立っていた。やや膝をまげて前かがみになった姿勢だ。グーリクを運んできたマシンはその横に並んで同じ姿勢をとった。やがて、マシンが背負った『棺桶』の蓋が開く。兵士にしては髪が長い細身の男が出てきた。グーリックと歳はあまり違わない。
「そのままちょっと待ってろ。三人いっしょに入るからな」
自己紹介もなにもなく、彼はグーリックに言った。今度は肉声だ。
棺桶型のコクピットを背負って戦う強化歩兵は『代用体兵器』と呼ばれた。パイロットは棺桶型コクピットに自分の本当の身体を横たえ、首筋のソケットにプラグを繋いで、機械の身体を自分の身体と同様に操る。そのとき、棺桶の中の身体は脳から切り離されて棺桶に内臓された生命維持装置が脳のかわりにつながっている。本当の身体の口も当然脳からの信号は受け取らないから声は出せない。かわりに合成音で話すのだ。
代用体から降りても肉声でしゃべらないパイロットもいる。彼らは首筋のプラグに音声パッドを装着し、それで話すのだ。それは、シャイだからとかいう個人的な理由ではない。代用体のパイロットたちにとって、舌はしゃべるためのものではないのだ。代用体に接続している間、重力場推進装置をコントロールする操縦桿にあたるのが舌なのだ。脳が舌に送る信号を、重力場の方向と強さを指示する信号に読み替えるしくみに慣れているパイロットは、生身のときに舌を動かすことに脳が抵抗する。生身の身体を重力場推進させるつもりはないなら、舌は動かさないようにしなければいけない、と反射的に訓練された脳が判断しているからだ。肉声で舌を使ってしゃべるには、脳にとって代用体と生身の切り替えが必要になり、ストレスが伴うのだ。
一方、音声パッドも良いことばかりではない。代用体に接続しているときも、音声パッドを装着しているときも、脳が送る信号は発声の信号ではない。発声の信号なら、舌を動かす信号が含まれてしまうからだ。かわりに意識の表層に浮かぶ言葉を信号として使っている。したがって、口に出すつもりがない言葉を音声パッドから発声してしまうことがあるのだった。
グーリックを運んできた兵士は、舌を使ってしゃべることを選んでいるようだった。グーリックの傍まで歩み寄ってきたが、いっこうに音声パッドを装着する様子はない。
彼は「三人」と言った。あとひとりの姿は見えない。
いっしょに入る理由は、テントの出入り口がテント内と外との空気を混ぜないように、二重になっているからだ。何度も開けて、中の快適な空気を逃がしたくないのだ。
砲弾が飛来してくるような風を切る音が不意に近づく。グーリックはとっさに身構えて身を隠す地形を近くに探したが、グーリックの前にいる兵士はまったく動じる様子がない。音がさらに近づき、三体の代用体兵器の隣にもう一体が着地した。風を切る砲弾のような速度で飛来したにもかかわらず、間際で減速し、静かな着地を行っていた。砂埃もほとんど舞い上がらず、さらに、位置も正確に三体の横に整列した位置だった。跪くような着地姿勢から、軸足の位置を変えぬまま足を肩幅にそろえて前かがみの姿勢をとると、横の三体と同じ金型から作られた人形のようにぴったり並んで見えた。背中の棺桶の蓋が開き、中からパイロットが降りてくる。二メートル近い長身でありながら、おそらくグーリックよりも体重が軽そうだ。細い身体。半開きのまぶたの奥の目は眼光が鋭く、グーリックを値踏みするようにしばらく見ていた。彼はスキンヘッドで、上半身は軍服を着用せず、カーキ色のタンクトップだけを身につけていた。ズボンのポケットから音声パッドを取り出し、首筋に装着した。
「敵は見なかったな、アランソ」
彼の合成ボイスは『ボイス13』だった。陽気で軽薄そうな若い男の声だ。部隊のムードメーカーのようなやつが使いそうな声だったが、この兵士の場合、かなりギャップがあった。
「ああ、異常なしだ。今回はてこずらないで済んだからな」
アランソと呼ばれた長髪の兵が答えた。そしてアランソはグーリックを見て言葉をつづける。
「じいさんに言われたことを守ったようだな。ビーコンは出しっぱなしが正解だ。前のやつは守らなかったおかげで探索に2時間もかかっちまって戦闘になって回収できなかった。人形だけ回収できたからひとつ余ってるのさ」
アランソは親指で四体並んだ代用体の一番奥を指した。代用体を人形と呼ぶ呼び方は、訓練所でも聞いたことがある。教官同士の会話の中ではそう呼ばれていた。戦場ではそう呼ぶということか。
前回の補充は、兵一人と代用体一体だったが、兵が10分に1秒しかビーコンを出さなかったため回収できず、艇長がビーコンを出しっぱなしにセットして投下した代用体だけが回収できたということだ。
アランソが先にたってテントの入り口に向かう。ジッパーを開けて中にもぐりこむ。1平方メートルほどのスペースがあり、後から入ったスキンヘッドの兵が入ってきたジッパーを閉じると、アランソがテントの内側へ向かう面のジッパーを開けて奥へ入った。
中はほとんどなにもないワンルームだった。
出入り口は四角いテントの角のひとつにあり、内側は全面白色だった。床はすぐ下が小石だらけの砂地のようで、クッションもないのであちこちでこぼこしている。トイレ兼シャワールムの小さな仕切りが長辺の真ん中あたりにある。中央には足が極度に細いテーブルがあって、紙の地図が広げられている。入り口以外の三つの隅は簡易ベッドが置かれていて、グーリックの先任の兵士たちのプライベートスペースになっている。照明は見当たらず、自然光を取り入れているらしかった。
中に居た兵士が大またに近づいてくる。
サーカスの怪力男のような筋肉の山が汗で光っている。彼も軍服の上着は脱いでいて、筋肉の盛り上がりのため、肌が露出している面積のほうが広い。頬の筋肉を最大限に左右に広げた笑顔で、グーリックに大きな右手を差し出し、肉声で呼びかけた。
「ようこそ! テトラストーン前線哨戒基地へ! オレはダノン。最先任だ」
敬礼かどちらか迷いながら、グーリックは差し出された手をとった。
「グーリック、トブ・ツ・ナーハ特技兵であります。着任のご報告はどなたに?」
ダノンは握手した手をギュッと握り締めて強く振り、離してから笑顔のまま両手を広げた。
「この四人で基地の全員だ。君も含め四人とも階級は特技兵。先任順位は、オレ、スコッツ、アランソ、そして君だ」
スキンヘッドの兵の名はスコッツということになる。特技兵は軍の最下級の階級ではないが、代用体パイロットの一般的な階級だ。つまりここには尉官の仕官どころか実質的には下士官もいないということだ。
「命令はどなたが下すのですか? あなたですか? それとも宇宙から直接?」
「ま、直接というわけじゃないが、宇宙からということになるな! 君のような補充兵や補給物資といっしょにメッセージが来る。次回の連絡船のコースと投下・回収位置と時間、それと命令だ。たいてい、現状維持の命令しか来ないがな。細かいことは言ってこないんだ。なにしろ命令するやつらは、この星でのやりかたを知らん。知っているのはここに居る連中だけだからな」
「は、はあ」
こんな状況のところとはグーリックは知らなかった。一から十まで命令を受けて命令どおりに行動することを教えられてきたのに。
「なあに、やることもやり方も決まってるんだ。すぐに覚える。先任の俺たちの真似をすりゃあいい」
「覚えるまで生きてりゃね」
テントの入り口に近い隅で、ベッドに腰掛けて身体の筋肉をマッサージしながらアランソが口をはさんだ。ダノンは、笑顔はそのままに、首をかしげてちょっとアランソの方を向いた。
「いやあ、すまないねぇグーリックくん。彼が着任してから長く続くひとがいなくてねぇ。ずっとほとんど三人でやってきたもんだから」
続く人がいない・・・・・・とは、つまりすぐに戦死したということを表すのだということはグーリックにもわかった。
「長くもなにも、初戦から帰還したやつがいないじゃないですか。基地に着任できなかったやつまで二人もいる。おい、新米。おれはお前の名前を覚えるつもりはないからな。覚えてほしけりゃ、おれより長生きするくらいになるんだな」
アロンソはマッサージを続けながら、顔を上げずに言った。もうひとり、会話に参加しようとしないスコッツはアロンソの対角線上にある隅のベッドの近くへ行き、身体を動かしはじめた。なにかの格闘技の型のようだった。ふたりとも長時間代用体を動かしていて、自分の身体は寝たままだったので、それぞれのやりかたでリハビリしているのだ。
「で? グーリックくんは、ここが何をする基地か聞いてきてるかな?」
まるで優さを装う教官のような口調と満面の笑顔でダノンが尋ねた。だが、その態度を考慮に入れても、グーリックがしごかれた訓練所の鬼軍曹に一番イメージが近いのはダノンだったので、グーリックは気を抜かなかった。
「この星の地下資源を敵が入手しないようにすることが目的と聞いてきました」
「おみごと! そのとおりだ。すべてはその目的のためにある。それ以上でもそれ以下でもない」
ダノンが何を言いたいのか、グーリックは次の言葉を待った。ダノンは、その様子に満足したように軽く頷きながらつづけた。
「たとえ敵を何機墜とそうが、ご褒美はない。敵が地下資源の採掘を始めようとしたら、それをみつけ、最悪でも運び出すまでには妨害する。採掘基地を作られたっていいし、ごっそり採掘されたって、まだ、かまわない。だが、それが運び出されないようにしなきゃならない。ま、早く潰すにかぎるがな。敵の採掘に気がつかず、いつのまにか運び出されちゃいました、っていうのが一番まずい。そうならないようにするには、パトロールで敵の動きを掴んでおかなきゃいけない。で、この衛星の大きさは聞いてるかな?」
グーリックは、着任先が告げられた直後に調べた数値を思い出した。
「半径約3200キロです」
「そうだ。そして、海はない。ぜんぶ陸。陸の面積は?」
グーリックは暗算しようとした、が、ダノンは一秒ほどしか待たなかった。
「およそ1億3千万平方キロだ。海がないので、人類発祥の地、地球の陸面積と大差ない」
グーリックは、その広さを頭に思い浮かべようとしたが、あきらめた。
「そんな広さを、オレたちでパトロールする。幸い、地下資源は偏在しているから、有望な鉱脈の位置は限られてる。そこを中心に、7日のサイクルでパトロールするんだ。パトロールのほかには、補給物資やメッセージと報告の受け渡し、それに定期的な基地の引越しだ」
「いそがしそうですね」
「ああ、そうだ。重力場推進を派手に使ってフルに飛びまわれるのは公転中に2回、この星が母なる惑星ハイプレーンの放射線帯の近くを通るときだけだ。お互いに探知しにくい時間帯だ。それ以外は、地表近くを跳ねて移動する。ま、ここで任務をこなしていれば、跳ねるのはうまくなるぞ」
「はあ」
答えながら、グーリックはアロンソやスコッツの移動を思い出した。たしかに、訓練所の教官の見本よりも早く、無駄がない移動に思えた。
「というわけで、あのふたりは君を拾いにいくために出かけていて帰ったばかりだ。そしてこれから1000キロ北にある鉱脈を七日ぶりにパトロールしに行くのは・・・・・・」
ダノンは自分とグーリックを右手の人差し指で交互に指して笑顔を作った。
「わたしたちふたり、ということですね」
「そうだ。荷物はそこに置いて、すぐに代用体を起動してもらえるかな?」
ダノンが「そこ」と言ったのは、シャワールームの対面の長辺の真ん中あたりに置かれた6つに折りたたまれた簡易ベッドがあるあたりだった。そこがグーリックの場所になるらしい。
「了解です」
グーリックは荷物を無造作に投げて、出入り口に向かいダノンを待った。ダノンが上着を羽織りながら歩いてくるのを、アランソが間に入って遮った。
「ダノンさん、オレがいきますよ。どうせ三人だったときのシフトなら、オレとダノンさんの回だったんだ」
アランソは挑むような視線をグーリックに向けていた。
ダノンはちょっと困ったような顔をしてみせたが、同意した。
「いいだろう。だが、忘れないでくれよ。これまで連続で新兵がやられたのは、そいつら自身のせいで、新しく来た彼のせいじゃないんだ」
「わかってますよ。オレだってこいつがモノにならないより成るほうがいいって思ってますよ」
アランソは先に出入り口に向かい、ジッパーを開けた。
外に出て四体の代用体が並んでいる前まで来ると、アランソが立ち止まり、グーリックを振り返った。
「なあ、おまえ、ダノンさんといっしょのほうが良かったと思ってるかもしれないが・・・・・・」
その先を言うか言うまいか、ためらいを見せていたが、苦い顔で話をつづける。
「新兵の入れ替わりに一番疲れてるのは、あの人なんだ。言う事きかないやつもなかにはいる。それでも生き残る方法は言っといてやるべきなんだが、このまえ、あの人は言い漏らしちゃったみたいでな。多分、その前のやつとごっちゃになって、言ったつもりになっちまったんだろうが。・・・・・・さっきの作り笑顔なんざ、あの人のキャラじゃねぇ。スコッツさんもおれが来たときは、あの陽気なボイスが似合うおしゃべりな人だったんだ。なあ、おまえ、頼むからモノになってくれよ。でないとおれたち、壊れちまいそうなんだ」
「はい・・・・・・」
三人シフトの疲れのことを言っているのではないことはグーリックにも理解できた。自分も死ぬつもりで来たのではない。ここに来てからの態度で、アランソと組めば、必要なことをなにも教えてもらえず放っておかれるのではないかという危惧はあったが、そうではなさそうなので、ひとまず、グーリックは安堵していた。
「わかったら人形に乗り込め。奥の新品がおまえのだ。先に言っとくが、起動したら通信せずに待ってろよ」
アランソは自分の機体の後ろに回りながら言った。
グーリックは自分に割り当てられた機体のカバーをはずした。アランソの機体と同じ「18」の部隊識別番号が左肩にある。機種は訓練所で最後に演習で使用したのと同じ型だった。
後ろにまわって棺桶型のコックピットを下から上に見回した。この容器が、まさしく彼の棺桶になるかもしれないのだ。側面のパネルを上げ、ハッチを開く。中は身体を横たえるクッションの部分と、頭部がくるあたりに、接続用のソケットがあるだけ。モニターも、スイッチも、なにもない。
代用体と背中合わせになる向きに身体をクッションにもたれさせて、首筋のプラグにソケットを装着し、気をつけの姿勢をとる。目を閉じて、身体をリラックスさせると、ソケットを装着して7秒目に、接続が切り替わる。
閉じていたはずの目は開いた状態になり、もう、まばたきをすることはなくなった。彼は3メートルの巨人になり、さっきとは逆の、テントの方を向いている。出てきたばかりのテントは、巨人になった彼にとっては小さく縮んでしまったように見える。
背中で、バタン、と音がして、コックピットのハッチが閉まる衝撃がある。
代用体は、センサー等からの情報を脳に伝えるために五感を活用している。触感もしかり。なにかがぶつかれば衝撃として、また、機体の破損は軽い痛みやかゆみとなって伝達される。代用体が人体として鉄のよろいを着ているような感覚で、ハッチが閉じると背中に振動が伝わるのだ。
訓練所で教え込まれたとおり、指先などを軽く動かして接続状態を確認する。異常はない。さっきまで感じていたかすかな空腹感やのどの渇きはなくなっていた。彼の本体は、まだ空腹や渇きがあるだろうが、代用体は動力も安定し、外気の環境も正常だからだ。
グーリックは待った。
訓練どおりであれば、機体と接続して異常がないことを確認したら、僚機にそれを伝えなければならないのだが、今はアランソの指示を優先し、待った。
アランソの機体が歩み寄ってくる。右手でなにかつまんで、それをグーリックのわき腹あたりにくっつける。
『有線通信ケーブルだ。わかるか?』
アランソは無線回線を使っていなかった。
「は、はい。装備オプションについて習ったときに簡単な説明は受けました。実物を見るのははじめてです」
同じチャンネルで答える。有線通信ケーブルによる会話方法を習ったときに教わったチャンネルだ。
『よし、いいか、進軍中はこいつで会話する。現場や、途中で別れるときは、事前の打ち合わせにしたがって行動する。通信はしない。この星じゃ、相手に居場所を知られないことが重要だ。探知される恐れがあるから電波はいっさい出さない。
このケーブルの長さは200メートルだ。ちゃんとついて来いよ』
グーリックのわき腹から伸びた細いケーブルは、アランシの機体の腰に装着されたリールにつながっている。今は5メートルほどしか出ていない。200メートルというと、ジャンプ一回分ほどだ。一回分置いていかれたら届かなくなってしまう。また、間に岩などがあって引っ掛けてもだめだ。ジャンプ中の空中でも重力場推進でコースや速度を調整できるから、なんとかなるはずである。
グーリックは訓練所で教官に追従する訓練を長々とやらされたときのことを思い出そうとしていた。あのとき覚えたコツが役にたつはずだ。1000キロもの行軍の体験はないが、代用体だから身体が疲労する心配はない。気を抜かなければいいのだ。
『いくぞ』
アランソはテントを飛び越える方向にジャンプした。
グーリックはあわてて続いた。
ケーブルはいきなり100メートル以上に延びた。グーリックの脳は舌の筋肉を動かす信号を代用体に送り、重力場推進を調整してアランソを追う。
ジャンプ走行は、実際には足で蹴って進んでいるわけではない。足をつくのは、そうしたほうが方向の微調整をやりやすいからだ。重力場は基本的に進行方向の地平線のやや上を向けて発生させる。星の重力との合成方向が見かけの『下』となり、平らな地面が代用体のパイロットにとっては下りの急斜面に変わる。ジャンプ走行は、急斜面を大またに駆け下りる感覚なのだ。
とはいえ、ジャンプの一歩200メートルは、3メートルの巨体になっていることを考えても、生身で一歩130メートルほど飛びながら下る感覚で、かなりの急斜面になるように重力調節しなければならないし、時速300キロあまりの速度も、生身に換算すれば時速200キロで駆け下りていることになる。そのままでは足をつくのは、一歩間違えば命取りになりかねない速度だ。したがって、実際には平均速度がそれくらいになるように加速と減速をくりかえしていく。
慣れない者が見ると、ジャンプ走行中の代用体は、足をつく前後の速度が落ちているところだけ姿が見えて、あとは早くて目で追えない状態になる。
何度かケーブルがいっぱいになりかけたが、100キロも進むと、歩調が合って常時ケーブルが50メートルほどのまま追従できるようになってきた。
『なんとかついてきてるじゃないか』
それまで、ジャンプに集中するグーリックの気をそらさないためにか、だまっていたアランソが、走行が安定したところで話しかけてきた。
「ありがとうございます」
グーリックは歩調を乱さないように、脳の大部分を走ることに集中させつつ、一部を切り離して会話に向けた。
『返事しなくていいからジャンプに集中しながら聞いてろ』
アランソの言葉は、グーリックにとってありがたかった。まだまだ、意識を集中しておかないと、躓くか、200メートル以上置いていかれるかしてしまいそうだった。通常の人体での会話と違い、代用体に接続中の会話は口を使わないで頭で具体的に浮かべた文が音声として伝わる。慣れていないと失言を避けるには集中が必要だ。グーリックは新兵であり、まだまだ慣れているとは言えなかった。
『この星では電波を発することは厳禁だ。もし走行中にケーブルが切れて、迷子になったら、基地までひとりで戻るんだ。敵もこっちと同等の陣容だ。はっきりわかっちゃいないが、4機か、多くても8機くらいしか配備されていない。だだっ広い地表で、たまたま遭遇するなんてことは、まずありゃあしない。
だが、これから向かう鉱脈地帯となると、話は別だ。あっちも定期的にパトロールしてる。たまたま被れば遭遇戦になる。しかも、正面からこんにちは、なんてことはめったにない。たいてい、どっちかがどっちかに一方的に見つかるとこから始まる。先に見つけたほうが一方的に優位だ。というより、先に見つけて、自分たちのほうが優位でなきゃ、仕掛けずに帰るっていう選択が取れる。ここでの任務は戦果が目的じゃない。敵の採掘・搬出を防げればいいんだ。採掘も搬出もしていない敵は見過ごしてかまわないんだ。
わが軍はこれまで、採掘しようとしたことはないがな、敵さんは違う。どうやら配備されてる連中の任務には試掘が含まれてる。こっちの採掘を妨害するだけじゃなく、採掘に適した場所を捜し求めて、あちこち個人装備で掘ったりしてる。でかい採掘機を持ち込んで試掘していたことも二度あった。
そいうのは戦闘で潰してきたんだが、これだって、試掘と判れば、必ずしもすぐ襲撃しなくていい。オレたちが防がなきゃいけないのは敵が鉱物を持ち出すことで、そこまでの過程は許していいんだ。
七日の周期でパトロールですんでるのも、そういうことだ。本格的な採掘には準備からなにから時間がかかる。七日くらい作業が進んじまったとこで見つけても、十分搬出が阻止できるって勘定なのさ。阻止するのは簡単だ。敵の護衛に見つからないように遠くから、採掘機なり集積所なりを射撃しておしまいだ。本格的な防御線を敷かれたらやっかいなんだろうが、これまではそんなことはなかったし、そういう事態になったら、こっちも報告を上げて援軍を呼ぶことになるだろう。
かなりの資源が地下にあるらしいが、掘って運び出すのを妨害するのは簡単だって、こっちの上の連中は、少なくともわかってるようだ。あっちの上は、わかってないらしい。
探査衛星を軌道に乗せたことがあるのも、あちらさんだけだ。さっき言ったでかい採掘機での試掘をやろうとしたときにな。この星じゃ、地下資源が邪魔して金属探知なんかじゃ基地もマシンも発見できないし、磁場もよく乱れるから、センサー類もあまりあてにならない。電波を発したりしなきゃ、普通はみつからない。だが、光学機器を積んだ探査衛星や偵察機は別だ。もっとも、探査衛星はこっちからも見えて、自分たちで墜とすか、報告を上げて定期輸送艦に砲撃してもらえば済む。衛星に見つかっても、こっちはみつかったとわかるから、移動しちまえばいいだけの話だしな。偵察機は探査範囲が狭いから、よっぽど大量に来なけりゃ脅威にはならない。
これまでにオレたちが墜とした探査衛星や試掘用の採掘機の被害額は相当なもんだろうが、ここの地下資源は、掘り出せたら、それに見合うんだろうな。ま、いまんとこ敵さんは収穫ゼロってわけだ。
そろそろ慣れてきたようだな。スピードを上げるぞ。ジャンプは低く抑えろよ。高いところを飛ぶと、さすがにセンサーで探知されることがある。この星がハイプレーンの放射線帯の近くを通るときだけは別だがな。引越しはそのときにやる。敵さんもそうしてるだろうな』
マシンボイスは抑揚がなく、アランソの感情はグーリックに伝わってこない。しかし、基地で見せた態度とは裏腹に、アランソは細かくこの星での処世術をグーリックに教えようとしていた。
この説明を、今まで何度も新兵に聞かせてやり、そのたびにそいつらはすぐ死んでしまったわけか、とグーリックは声に出さないように思った。それが積み重なって、あの態度につながったのかと思うと、アロンソの態度が許せる気がした。
5時間ほど走り続けて、地形が変わってきた。地面がぶつかりあって割れたような、山というよりも地盤の塊りが斜めに折り重なる地形が見えてきた。
『あそこが今日のパトロールの目的地だ。オレたちは、ひょっとすると、もう、敵に見られてるかもしれないし、この先は遭遇する可能性が高くなる。だから、警戒行動を取る。おまえはこのまま直進して、このコースで進め』
アランソから簡易地図とコースのプロットデータが送られてくる。それは、鉄の鎧を着た巨人になっているグーリックの、ヘルメットのように感じる部分の視界の一部に視覚的に表示される。
『オレのコースはこっち』
地図に別の色のラインが浮かぶ。100キロほどのコースで、最後に合流している。どちらも折れ線グラフのように、10個ほどの光る点を結ぶコースになっている。
『オレはおまえをつけたり監視したりしているやつがいないか、離れて見ている。おまえも、光点のところでいったん止まってオレの姿を確認し、オレをつけてるやつがいないか観察しろ。交代で進むんだ。もしもやばい状況なら、当たらなくていいから発砲して知らせる。そのときは戦闘するしかない。だが、いつも、自分の後ろに敵がついてきてるかもしれないっていうつもりで行動しろよ』
「了解」
5時間ぶりにグーリックが発声した。
アランソの機体がジャンプしながら通信ケーブルをつまみ、引っ張ってグーリックのわき腹からはずす。次の着地で方向を変えて、みるみる離れていく。
あっというまにグーリックはひとりになってしまった。
指定されたコースを、それまでのペースのままジャンプで進みながら、グーリックは首筋に冷たいものを感じた。機械が脳に伝えてきた信号ではない。敵の視線のようなものを感じたのだ。
その次のジャンプで、グーリックは身体をひねり、右回りに一回転させながら空中で全周を見渡した。特に後方を注視した。
だれもいない。
視線はおそらく気のせいだ。
さっきまで、通信ケーブルでアランソとつながって、彼のジャンプを追って走っていたときは、まったく感じていなかったが、ひとりになって、敵に見られているかもしれないという緊張感が生まれた。
これまで移動していたところと違い、これからは敵に遭遇する可能性が高い鉱脈地帯だということが緊張感をさらに増していた。
アランソが遠くから見ていてくれるはずだが、グーリックは10歩に1歩、身体を一回転ひねるジャンプを混ぜることにした。
最初の停止ポイントに着く。とがった岩の隙間に機体をもぐりこませて、頭だけ出し、アランソがいるはずの地点を見る。眉の筋肉を動かす信号で、光学機器の倍率を上げる。岩陰からアランソが飛び出すのが見えた。
かなりのスピードで進んでいくのが見える。グーリックといっしょのときよりも早い。そして、ジグザグにコースを取っていた。ときおり、チラっと後方を振り返るようなしぐさも見える。
倍率を下げ、アランソの後方や周りに、敵が潜んでいないかチェックする。その最中も、自分の後ろにも敵がいるのではないかという、あの首筋が冷たくなる感覚がつづいていた。
アランソが止まった。今度はグーリックが進む番だ。
今度はアランソのジャンプを真似てみた。ジグザグに飛びながら、ときおり後ろを振り返る。なるほど、一回転しなくても後方は確認可能だ。彼のように早くは走れないが、見られてもさまになっているはずだ。と、グーリックは敵の視線よりアランソの視線を気にした自分に気がついた。さっきと違い、アランソがどこから見てくれているか分かっているので、安心感があるからだ、と自分で分析した。
再びグーリックが監視する番になった。
だが、アランソは、今度は数キロ行ったところで、予定より早く止まってしまった。止まって腹ばいになり、手を動かしている。手招きだ。それはすぐ、軍隊式の手信号に変わった。自分の後方まで進んで身を隠せという合図だ。
グーリックは、いままでよりいっそう低く飛ぶことを心がけながらアランソに近寄り、伏せた。
アランソが通信ケーブルの先を投げてよこす。それを拾って脇に接続すると、アランソの『声』がした。
『見てみろ。やつらの掘削機だ』
匍匐前進でアランソの横まで行き、彼が指す方向を見る。高さ2メートルほどの円筒の機械が地面に置かれている。
『小型の試掘用だ。人形一体あれば運べるシロモノだ』
「どうするんですか?」
『まずは、様子を観察だ。おまえは周りを注意してろ、敵がいるかもしれない』
グーリックはやや後退して、周りを見回した。
5分ほど観察して、アランソが言った。
『やってみるか?』
「どうするんですか?」
5分前と同じ質問をグーリックが繰り返す。
『あのまま残していっても、すぐには脅威にならないが、あんなものをあちこち置かれても困る。のこのこ出て行って、あれの調査をしたり、データを抜こうなんてしてたら、待ち構えてるやつがいたり爆薬が仕掛けられてるかもしれない。だから、遠くから撃って破壊して、さっさとここを離れる、っていうのが正解だろうな。おまえ、光学照準だけで、どれくらいからあれが撃てる? 一発でしとめられなくてもいい。だがはずし続けてもたもたするのは御免だ』
グーリックは望遠をもどして距離を実感できるようにした。自分が3メートルの巨人になっていることも考慮しなくてはならない。体感距離は常に1.5分の1、つまり3分の2になっているのだ。この星の重力にも、まだ慣れていない。射撃訓練のときに教官に言われたことだ。実弾は星によって軌道が微妙に変わる。
「こことあそこの真ん中くらいからなら」
アランソはしばらく沈黙していた。
『・・・・・・ましな判断だな。ここからでも当てられるとかぬかしたら、置いて帰ろうかと考えていた。やってみろ。オレはここにとどまって周りを警戒する。破壊後は、ここまでのルートを逆走して、さっき別れた地点で合流する。たがいに警戒する地点はさっきと同じだ』
「了解。・・・・・・あそこまでは、這っていったほうがいいですか?」
『オレが見てるから、さっさと跳んでいって撃ちな』
グーリックは右手の電磁砲をチェックした。異常ない。弾は装填されている。訓練でも使用した銃だ。機械の手を筒状の銃の底に挿入した形で接続している。操作するグーリックにとっては、中に引き金があって、それを人差し指で引く感覚だが、実際には接続することによって、人差し指への信号を、直接銃が受けて発射する。機械の人差し指は動かない。その分、遅延なく発射される。脳はそのギャップに耐えなければならない。究極の『軽い』引き金だ。
岩陰を飛び出し、低く跳んで射撃位置まで進む。敵に見られている可能性は高くなっていく。ゆっくり狙っている暇はない。膝撃ちの姿勢で、狙いが定まり次第三点射する。
初弾が命中した。グーリックは誇らしい気持ちと安堵を感じた。掘削装置が派手に爆発する。爆発物が仕掛けてあったのかもしれない。
結果はアランソが観察しているはずだから、グーリックはすぐさま引き返すコースへと走り出した。
敵が見てるかもしれない。
爆発はかなり大きかった。近くに居れば、センサーなどなくともすぐにわかったはずだ。
敵が今、自分を見ているかもしれない。グーリックは、もう、後方確認をする余裕もなく走っていた。アランソの指示は、さっきの逆に戻るというものだった。まず自分が、さっきアランソを観察していたところまで戻って止まり、アランソの撤退を見守るのだ。
アランソが居る場所を跳び越えるとき、アランソが手で『行け』と合図しているのが見えた。あの位置からアランソが見ていてくれる。まず、自分はさっきの地点へ急ぐのだ。
あと1キロ、数歩で到達する、と思ったとき、後方で炸裂音がふたつした。同時に、グーリックの機体の左を十発ほどの弾がかすめた。
自分が撃たれたのではない。
とっさに右にステップし、空中で左に身体をひねって後方を見る。
敵機だ。
自分の後方、200メートルほどを飛んでいる敵機がいて、さらにその1キロほど後ろにアランソの機体が近づいていた。
撃ったのはアランソだ。敵機に二発命中したのだ。
敵機は損傷らしいものは見えない。そして空中で、身体をひねって後方を向こうとしていた。
代用体乗りの条件反射だ。攻撃に対し背中を守ろうとする。
代用体乗りは、背中の棺桶に自分の本当の身体を積んでいる。棺桶は、それ自体が無事なら、代用体がなくとも単独で本当の身体の生命維持ができる機能が備わっている。代用体はいくら壊れても代用体乗りは負傷しないが、棺桶を撃たれたら別だ。だから、代用体を盾にして、一見盾のような背中の棺桶を守ろうとするのだ。
だが、この瞬間、敵機はグーリックに背中を向けようとしていた。グーリックとアランソにはさまれている位置なので仕方がないことだ。一方に向けば他方に背中をさらす。
距離は、グーリックからのほうが圧倒的に近い。
この状況を、グーリックは身体をひねって後方を見た一瞬で把握した。
チャンスだ。
そのまま、グーリックは右手を敵に向けて、電磁砲を連射した。
敵機の棺桶の上部と、代用体の後頭部に数発命中したのが見えた。
射撃を選んだために、グーリックは次の着地を失敗した。つんのめったからだが時速200キロで荒れた地面を転がる。
転がって機体が回転している最中は重力場管制がうまくできない。舌の力を抜く信号を脳が送って、重力場を切り、この星の重力にまかせて身体のコントロールを取り戻さねばならない。100メートルほど転がって、なんとか両足で踏ん張って立った。
敵は彼を飛び越えて、はげしく地面に衝突した。
すぐにアランソが到達する。
『敵はもう一機いるはずだ! このままオレについて来い!』
アランソは跳び越えながらグーリックに声をかけた。まさしく声、拡声器からの音声だった。抑揚こそないものの、グーリックに伝えるために大音量で発声していた。
グーリックは舌をあげた。機体が思い通りに浮いた。
「動きます!」
グーリックも声で答え、アランソに続いた。
数歩進んで歩調が合ってきたとき、アランソがグーリックの機体の脇にちょっと触れて、通信ケーブルを接続した。
『敵のグループが二機だったのならもう一機は追ってこないはずだ。だが仲間が複数なら別だ。もうすこしこのまま走ってから、別れて警戒移動してつけてこないことを確認する。いいな』
こんどはケーブルによる会話だった。
「はい。・・・・・・さっきの敵機は?」
『おまえが掘削機を破壊してこっちを向いたときから後ろについていた。一機しか姿を現さなかったのは、オレの位置がわからなかったからだろう。オレが続いたあと、もう一機も行動開始したはずだが、見なかったか?』
グーリックは敵を一機しか見ていない。
「見えませんでした」
『ああ、オレもだ。単独行動だったはずはないが、出てくる度胸がないなさけないパートナーだったのかもしれないな。さっきの敵は、ありゃあ、もうダメだろう。おまえの初スコアだ』
ボイスの抑揚はないので、ほめているのか、皮肉を言っているのかわからなかった。
『もしも敵の僚機が真っ当な兵士で、おまえが役立たずの新兵だったら、挟み撃ちされてたのはオレだった。ありがとよ』
アランソは礼を言った。が、彼が言っているとおりであれば、彼は挟み撃ちになる危険を犯してまで、グーリックを助けるために飛び出し、遠距離射撃で敵の注意を引いたことになる。
「いえ。こちらこそ。ありがとうございました」
『まだ、気を抜くなよ』
グーリックのジャンプが上達してきたので、アランソは少し速度をあげた。
「散歩はどうだったね?」
基地ではダノンが笑顔でふたりを迎えた。
「掘削機1基破壊と敵機1機撃墜。こいつの初戦の戦果だ」
アランソは軽く笑みを浮かべながら言った。
ダノンの様子に変化があった。芝居がかった笑顔の先任者が消え、素の表情が垣間見えた。すぐにまた笑顔に戻ったが、それまでのつくりものとは違う笑みだった。
「ほほう、すごいじゃないか」
さらに、隅で休んでいたスコッツまで、わざわざ起き上がって歩み寄ってきた。なにか声をかけるでもないが、聞き手として話の輪に参加したがっているようだ。
アランソは自分のことのようにグーリックの武勇伝を語った。
話の中で、いつしかグーリックの呼び方が「こいつ」から名前に変わっていったことが、グーリックにとっては一番うれしかった。
ひととおり話が終わると、ダノンが上着を着始めた。
「ってことは、今回チェックできなかった鉱脈のその先にも試掘用の採掘機が置かれてる可能性があるってことだな。おれとスコッツで見てくるから、ふたりはまず休息だ。そのあと、基地移動の準備をしててくれ。次の『磁場荒れ期』に北半球まで5000キロほどのお引越しだ」
スコッツはやはりこんども上着を着ないでダノンとともに出口に向かった。
「了解。オレはもうクタクタだ。一眠りさせてもらう。グーリックも寝られるときに寝ておけ。荷物持って5000も飛んだことねぇだろ? 今のうちに舌を休めておけよ。疲れるはずもないのに脳が錯覚して舌が疲れるって思っちまうんだ。信号を送り続けになるからよ。飛行中気を抜くと舌を休めようとしちまうんだぜ」
言いながらアランソはすでに寝床に入ろうとしていた。グーリックを拾って帰ってきたときのように、マッサージをしようとさえしない。20時間近く代用体で活動していたのだから無理もない。
「はい」
グーリックはそれを見送って、自分のエリアに行き、寝床を作りはじめた。
簡易ベッドを組み立てて、私物のバッグを枕元に置くと、なんだかそこが自分の居場所だという感じがする満足感のようなものがあった。
グーリックが4人目として定着し、地球暦で一年が過ぎようとしていた。
出撃の際は、主にアランソと組んだ。互いに合図や打ち合わせがなくても、相手がどう動き、自分がどう動くべきなのか分かるようになっていた。
ダノンは見かけどおりのツワモノぶりを取り戻し、作り笑いが消えて、笑顔といえば、稀に不適な笑みを浮かべる程度になった。スコッツは『ボイス13』の声色にふさわしいお調子者になっていた。
この一年に敵を七機落し、敵が設置した監視衛星や採掘機を二十以上破壊していた。
今では、敵側のほうが、グーリックが来る前のアランソたちのように、兵を失いつづけて疲弊した状態に陥っていることだろう。
上からの命令は、まったく変わりなかった。敵を監視し、採掘を妨害し、資源の搬出を防ぐ。4人に与えられている命令はそれだけだった。
「また監視衛星だぞ。今度は3つ。懲りないやつらだ。多分ここはみつかった。また移動するぞ」
パトロールから戻ってきたダノンが、上着を脱ぎながら言った。
「撃ち墜としますか?」
アランソが尋ねる。
「いや、今度のはまた軌道が高い。データを報告して輸送船に墜としてもらおう」
「まったく、敵さんは金があるねぇ。墜としても墜としても次を上げてくる」
スコッツが茶化した。
グーリックは移動の準備を始めながら、ひと月ほど前に補給物資といっしょに伝えられたニュースのことを思い出していた。
「戦局とかかわりがあるんでしょうか」
移動準備にとりかかっていた3人の手が止まる。
補給物資といっしょに、一般向けのニュースや娯楽情報がおまけとして付いてくる。その中に、戦局の大きな動きを伝えるものがあったのだ。両陣営の主力艦隊同士の大艦隊戦があり、双方が大きな被害を出して、艦隊の大部分が失われた、というものだった。
一般向けなので脚色された部分はあるだろうが、事実との大きな隔たりはないだろう。
このオノンダーガ星系のガス惑星ハイプレーンの衛星に入植した勢力は7つあった。7つの勢力は同時に、テラフォーミングが完了した7つの衛星に別々に入植し、それぞれ国家を形成した。その後、星間社会で定められたルールにしたがって他の衛星に手を伸ばし、国土を拡張していったが、国同士のトラブルは頻発していた。
同盟や離反が繰り返され、やがて二つの陣営に分かれた。グーリックたちが所属するウェストサイド陣営と敵対するミドルウェスト陣営だ。
陣営名の由来は、最初に入植したときの衛星の位置が、惑星のどの地の上空に分布していたか、である。
それぞれの陣営に属する勢力-国家-は、ある点で似通ったもの同士になっていた。入植時の資金は乏しかったが、入植した衛星が資源に富んでいた勢力の集まりであるウェストサイド陣営と、居住環境を重視したために資源に乏しい衛星に入植してしまったが、元々の資金を豊富に持っていたミドルウェスト陣営である。
ミドルウェスト陣営は豊富な資金を元に軍拡し、同盟軍を名乗り武力で資源衛星を押さえようとした。そのころ、きな臭いにおいをかぎつけた星間企業たちが兵器を売り込もうとこの星系に集まってきていた。ウェストサイド陣営も連合軍を結成し、資源を投入して対抗した。星間企業たちは名前を変えてウェストサイド陣営に兵器生産のノウハウを売り込んだ。
戦争が始まり、瞬く間に戦火が星系じゅうに拡大していった。衛星群は同じ惑星ハイプレーンを回っていて、公転により常に陣営の衛星配置が入り乱れていた。そして、戦争は、銀河の他の星系国家間戦争に比べて極端に近距離で行われていた。軍艦に超光速航行能力は不要で、そのぶん兵器を多く装備していた。航行能力を軽視した巨艦も多く作られ、艦隊決戦と衛星空爆が戦争の主戦場となった。
グーリックたちが居るテトラストーンは、未開発であったため軽視されていた。資源の埋蔵量は多かったので、戦後、勝者には注目される戦勝賞品となるだろうが、戦時中は占領しておく意味は薄かった。特に、資源の豊富なウェストサイド陣営にとっては。
今回、両軍の艦隊が互いに潰しあい、その大部分が失われたというのが事実ならば、その影響で、テトラストーンの存在意義は変わったのだろうか。
艦隊再建を目指す場合、資源の豊富なウェストサイド陣営にとって必要となるのは資金であるが、資金豊富なミドルウェスト陣営にとっては資源こそが必要となる。
このテトラストーンの資源を、戦時中に得ようとしているのかもしれない。監視衛星でこちらの戦力と配置を把握したあとは、攻撃してくるのか、それとも防御を固め、採掘を本格化するのか。
4人とも、このテトラストーンでの戦闘の様相が変化しようとしていることは感じ取っていた。
「とにかく、今は移動だ。赤道付近は衛星にみつかりやすい。極の近くへ移ることにしよう」
4人は移動準備を再開した。
基地の施設・設備は直径2メートル、長さ5メートルほどの円筒形のケース1個にすべて収納できた。それをふたりで持って運び、残りのふたりが護衛する。高度2千メートルほどを高速で移動する。普段なら、容易に敵のセンサーに見つかってしまう行為だが、テトラストーンが惑星ハイプレーンの放射線帯近くを通過する『磁気荒れ期』は別だった。ほとんどのセンサーが力を失い、視認する以外の方法で相手の動向を把握することはできなくなる。
基地装備を収納したケースを、まず、スコッツとアランソが持ち、ダノンとグーリックが護衛する布陣で、4人は磁気荒れが始まるのを待った。
衛星軌道から観測されにくい岩陰に身を潜め、代用体を伏せさせていた。
磁気荒れ期は、高速移動のチャンスであるとともに、輸送機とのランデブーのチャンスでもあった。
今回の移動の途中、定期輸送の輸送艇と、グーリックが接触し、報告書を渡すことになっていた。前の報告以降の状況を収めた媒体をバスケットボールほどのサイズの保護ケースに収め、代用体で持って飛んで輸送艇に接触して文字通り手渡すのだ。
今回の報告書には、最近の戦果とともに、新たに敵が軌道上に置いた3つの監視衛星の軌道データも含まれていた。輸送艇が大気圏を出て母艦に戻り次第、母艦が艦砲で打ち落としてくれるはずだ。輸送艦のセンサーも磁気荒れによって力を失っているが、正確な軌道データを渡せば、監視衛星の破壊は容易なことだった。
4人はそれぞれ、基地装備を収納したケースに、通信ケーブルを接続していた。ケースから200メートル以上離れないかぎり、磁気荒れ中でも通信を共有できた。
『そろそろ出るぞ、最初は東へ向かい、輸送機とのランデブーを済ます』
ダノンは定期輸送艇を『輸送機』と呼んだ。今回は物資の輸送はほとんどなく、報告と命令の交換が主であるから、艇長のおやじは小型の単座輸送機で飛んでくるはずだからだ。
4人はタイミングを合わせて飛び立った。
舌を上あごに強く押し付ける信号を脳が送る。4体の代用体は、東向きに斜め上へ『落下』を始める。荷物である基地装備のケースには通常の衛星の重力しか伝わっていないが、両端のフックを掴んでいるスコッツとアランソの機体の『落下』につられて地面を離れる。
気温が高めで、大気組成も地球より音を伝えやすいテトラストーンでは、時速1300キロを超えても、まだ亜音速だった。
速度が出やすい姿勢で斜め上に落ち続ける編隊は、やがて向きを変えて地上と水平になる。
一時間ほど進んだところで、輸送機とのランデブー予定の時間と場所が近くなった。今回はグーリックが輸送機と接触することになっている。
『それじゃ、グーリック、頼んだぞ。オレたちは転進する。この地点で合流だ』
ダノンがグーリックに、補給機とのランデブー後にダノンたちと合流する地点のデータを送ってよこす。
「了解、いってきます」
グーリックは有線ケーブルを引越し用ケースからはずして回収し、高度を上げつつ加速した。グーリックの感覚としては、空へ向かって落ちていく感じだ。
前回のランデブー時に受け取った荷物の中に、今回のランデブーポイントのデータが含まれていた。その時間にその場所で、正しい方向と速度を保たないかぎり輸送機とはランデブーできない。データがなければ、不可能な接触だった。
もし万が一、接触に失敗した場合は、その次は非常時用のランデブーデータを使用することになる。敵の妨害や、損傷などで接触できなかった場合や、前回もらったランデブーデータがデータ破損などで読み取れなかった場合のための措置だ。幸い、まだ一度も非常用のデータを使う事態にはなっていなかった。
もしも、その非常用データでのランデブーにも失敗したら、この星の上で孤立無援となる。食料が切れても、代用体に接続しつづけていれば生命維持は可能だが、それも永遠ということではない。そのような事態に陥った場合は、もう、すでに全滅しているということになるかもしれないが。
ランデブーが近づいた。高度は一万メートルを超えていた。
約束のコースを輸送機が飛んでくるのを待った。パイロットは、グーリックをこの星に連れてきた、あの老パイロットのはずだった。基地の仲間によると、名はダグラスと言い、皆は「じいさん」とか「おっさん」とか、とにかく歳を取っていることを指した呼び名を使って呼んでいた。その腕は一流だと皆が認めていた。老いてなお、衰えず、むしろ老練とでもいうべき域に達しているという評価だった。
代用体乗りは、身体が資本であり、歳を取って体力が衰えたら、戦闘能力も衰えてしまう。身体で操縦するわけではなく、脳が信号で動かすのだが、脳は自分の身体を動かすと思って信号を出している。したがって、普段の肉体ができることをさせようとする。信号の限界があるのだ。
たとえば、代用体の機体そのものは、関節を逆に曲げることもできるし、人体ができないようなすばやい動きもできる。
人体は、直立した状態から真後ろを振り返って撃つ、という行動をどんなに訓練してもコンマ2秒はかかる。老いれば倍以上かかるかもしれない。代用体自体はその動きを百分の一秒以内で行えるが、脳はそういう信号を送れない。結局自分の本体ができる動きの早さで信号を出す。
これを早める方法は3つ。
ひとつは、生身の身体を鍛え、もっと早く動けるようになること。生身の身体ができることであれば、脳はその早さで信号を送れるからだ。この鍛え方をやっているのがダノンだった。彼は常に生身の身体を鍛え、それによって代用体の戦力をアップしようとしていた。
ふたつめは、脳に切り替えを覚えさせること。機体から降りたときはリラックスに努め、早く動く訓練は、常に代用体と接続した状態で行う。そうすると脳は接続しているときと生身との切り替えを覚え、代用体のときに生身のときと違う早さで信号を送れるようになってくる。スコッツはこのタイプだった。
三つめは、脳ではなく機械にプログラムし、脳からはその動きの起動コマンドだけ送る方法。振り返って撃つ動きを代用体が百分の一秒で実施するような動きを機体にプログラムし、そのプログラムを起動するコマンドを覚える。よく使う動きなら、そのコマンドを脳が送ることで、人体以上の早さでそれが実施できる。ただし、コマンドを選ぶ判断をするのは脳であり、その判断の時間だけ余分にかかることになる。
グーリックとアランソは、どちらかといえばダノンタイプだった。身体ができることを機体ができるようになる。だから普段の肉体を鍛えるのだ。
もうすぐ時間だが、向かってくるはずの機体が見えない。
と、グーリックが注視していた方向とは違う方向で、飛行物体が急変進するのが目に入った。輸送機だ。まったく違うところを飛んでいる。
つづいてグーリックはもう一機の飛行物体を見つけた。敵機だ。
輸送機は敵機に追われている。
輸送機は激しく進路変更を繰り返していた。グーリックは小艇乗りではないが、そのトリッキーな動きが尋常な腕によるものではないと理解できた。
追っている敵機は宇宙と大気圏内併用の戦闘機で、あきらかに輸送機よりも性能が高そうだ。しかし、ここでは輸送機の後方につく度に振り切られており、無駄弾丸を虚空にばら撒いていた。
輸送機に武装があれば、あっという間に反撃で敵機を墜としそうだったが、実際には武装がまったくない機体だった。
グーリックは迷った。援護すべきだろうか。あるいは、自分からランデブーのために近づくべきだろうか。
しかし、グーリックはコースを維持した。
輸送機は、まったくやられそうになかった。グーリックが約束のコースと速度を維持していれば、あちらで合わせられるだけの余裕さえ感じられた。おかしなところを撃って、逆に味方に被害をあたえたり、コースを制限したりしたらいけない。
グーリックの判断が正しかったことは、やがて証明された。
ランデブーの約束の時間とコースをグーリックが飛ぶと、その時刻ぴったりに、輸送機がそこへ来たのだ。
グーリックは輸送機の下部に出てきたランデブー用のハンドルを掴んで接続した。データのやり取りが始まる。報告書と命令書。そして次回のランデブーのデータ。同時に繋がったことで無線ではない通信が入る。パイロットはやはりダグラスだった。
『すまねえな。お客さん連れてきちまった。次に合図したら、後方に弾をばら撒いてもらえないか?』
グーリックからすれば、敵機も十分にすばやく、狙って撃っても当たりそうになかったが、ダグラスの言うとおりにするため、電磁砲を後方に向けた。
ダグラスが一度転進し、さらに速度を急激に落としながら向きを変える瞬間言った。
『今だ!』
グーリックは言われたとおりに、なにもいない空間、輸送機の後方めがけて三十発ほど弾をばら撒いた。
輸送機がまた方向を変えた、そのとき、さっきの向きでいう後方に、敵機が突然姿を現した。ダグラスがそこへ敵機を誘導したのだ。そして、その機体にさっきグーリックがばら撒いた弾が多数の穴をあけるのが見えたかと思うと、機体が膨らんではじけ、爆発した。
『ありがとよ』
礼を言われたが、グーリックは、本当に自分が礼を言われる筋合いの話ではないと思い言った。
「いえ、あなたがおっしゃったとおりにしただけです」
『謙虚なこった。さあ! データ転送完了! 切り離しだぞ』
グーリックは切り離しに備えた。
『じゃあな。次回また!』
輸送機のハンドルが収納される。グーリックは手を離し、しばらく慣性で進んだ。急にコースやスピードを変えて、輸送機の飛行を邪魔しないようにだ。
輸送機は加速して星からの脱出コースに乗った。
グーリックは高度を落とし、減速するように、重力場の方向を後方やや下向きに変えた。
グーリックが受け取った新しい命令は、従来の現状維持命令ではなかった。
命令の内容を確認したのは、ダノンたちと合流し、新しい基地の設営場所についた後だった。
敵の三つの監視衛星は、輸送艦からと思われる射撃で、すでに破壊されていた。
テントの設営が終わり、代用体を置いてテントの中に入り、生身になってから、四人は頭をつきあわせてメッセージについて話し合った。
「これ、本物ですよね」
アランソが言った。偽者と思っているわけではない。内容が信じられないのだ。
「相手はダグラスさんでした。間違いありません」
グーリックがこたえた。ダノンとスコッツが頷いた。
「じゃあ、本当に、ここを放棄しろっていうのか?」
「アランソ、よく読め『可能なかぎり戦闘を避け、通常装備以外を敵にわたらないように廃棄し、全機輸送機にドッキングせよ』だよ」
ダノンが暴言をたしなめるかのように言った。
命令文は素直に読めば撤退、ということだった。
「オレたちの代わりが来るんでしょうか」
グーリックは可能性を考えた。
「装備を廃棄しなくてもそいつらが使えばいいじゃないか」
アランソは否定的だ。
「とにかく、命令を実行しよう。指定された日時まで、あと10時間しかない」
「これまでの苦労はなんだったのかねぇ。敵が採掘を本格化するってのなら、その場所だけでも掴めと命令してくれりゃあ、よさそうなもんじゃねぇか?」
スコッツも否定的だった。
「そりゃあ、ひねた読み方をすれば、今までの命令を否定する文章はないんだから、これまでどおりパトロールして、敵の動きを掴み、戦闘を避けて輸送機と合流できさえすればいい、と読み取れなくもないがね。それは誤りだろう。『可能なかぎり戦闘を避け』っていうのは、戦闘になりそうなパトロールもご法度というように読み取るべきだ」
そう言ったダノンとて、スコッツと思いは同じだったが、先任であり、この隊に対し責任を持たねば成らぬ彼にとって、命令は命令だった。
これまで守り抜いた命令は、明確に取り消されてはいなかったが、遠まわしに否定されていた。また、ひとつ心配なことがあった。指定された時刻は、磁気荒れの時間帯ではないということだ。
したがって、ランデブーは敵に探知され、もしも敵がいる場所が近ければ妨害が入るだろうということだった。
指定された場所は、今回の基地設営地点から離れていた。今回、敵の探査衛星が多くなってきたのを避けて極付近に移動していたが、ランデブーは赤道付近だったからだ。
生活に必要だが戦闘に必要でない装備は、この場所で廃棄することにした。戦闘のためのオプション品は、装備可能な範囲内で装備して、ふたたび赤道付近にもどることとなった。
磁気荒れの時間帯は過ぎており、敵に発見されないように四人は地表をジャンプしながら進んだ。敵との遭遇を避けるために、途中にある鉱脈地帯は避けて通ることとなった。
しかし、その行軍中に、それは起きた。
最初に気がついたのはスコッツで、他の三人に合図するため一歩前に出て手振りで有線ケーブルを繋ぐように促した。
三人はそれぞれスコッツに近寄り、彼の機体にケーブルをつけてジャンプを合わせた。
『敵さん、はでに通信やらなにやらはじめたぞ。まるで、オレたちが撤収するのを知ってるようだ』
スコッツの言葉に、それぞれ確かめると、確かに、通信やら大きな採掘機らしいものの起動を示すエネルギー反応やらおおっぴらに出している。さらに、探査衛星が軌道上にあらたに4個配置されていた。
採掘機の起動反応があったのは、さっき迂回した鉱脈だった。
『見逃すんですかい? 今からなら、ちょっと寄って採掘機ぶっ壊してからでもランデブーに間に合いますよ』
スコッツはダノンに言っていた。
『こんなにおおっぴらになったのは、ワナか、さもなきゃかなり戦力増強して警備してるんだ。そしてこっちが撤収するということは、情勢的には双方の既定事項なんだろう』
ダノンは、まだ理性的だった。
『ダノンさん、オレとスコッツに行かせてくれ。戦闘は命令どおり避ける。敵の戦力じゃなくて、採掘機を相手にするだけだよ』
アランソもスコッツと同意見だった。
グーリックもアランソと気持ちは同じだったが、命令に背くことになるという思いがあって口にはしなかった。
『わかった』
ダノンはついに折れた。
『だがアランソ、行くのはオレとスコッツだ。おまえとグーリックは遠方から視認し、オレたちが戻れないときは、状況と結果を報告することを優先しろ、いいな』
それが条件だった。
『・・・・・・わかりました。まかせます』
一行はいったん行軍を停止した。そうして装備を付け直した。
敵の採掘機を襲うふたりは、オプション装備を追加した。射手がレーザーや事前入力のコマンドで誘導する2メートルほどの長さの中距離ミサイルを2本ずつ肩に装備し、小ぶりな巡回ミサイル4本の発射ラックをそれぞれが1基腰につけた。そうして空いた肩と腰には、ミサイル迎撃用のコーンショットを装着した。
巡回ミサイルは、長さ1メートルほどのミサイルで、発射後翼を開き、推進剤を使っておよそ一分間敵を追って戦場を巡回するミサイルだ。ターゲットが避けたりして一度外れても、光学センサーで敵を追尾し、Uターンしてきて再び敵を狙う。これを推進剤が切れるまで一分間ほど繰り返すミサイルだ。接近時の速度は450キロ毎時ほどで、3メートルの巨人になった代用体乗りにとっては、体感で時速300キロ毎時ほどとなり、間際で避けたりすることが可能なミサイルだ。しかし、このミサイルに気を取られている間は、敵機へ向けるべき注意が散漫になる。その隙を狙って攻撃するか、あるいは逆に自分の攻撃で相手の注意を引いて、巡回ミサイルが命中するよう仕向けることができ、これによってまるで援軍が居るかのように数的に優位になれる。ミサイルは、万が一味方に当たっても、代用体やコックピットの表面に流れる微弱電気に仕込まれた暗号を接触した千分の一秒ほどで読み取り、味方判定したら爆発しない。だが敵やその他の構造物に命中すると爆発し、前方約30度に広がる円錐形の超高温の炎を吹き出し、装甲を溶かして敵機の内部を焼く。
これに対抗する装備がコーンショットと呼ばれるショットガンのような爆薬発射装置のようなものだ。これは代用体の肩や肘、膝などに装備する円盤型地雷のような装備で、これを発射すると、弾が砕けて無数のかけらとなり、円盤の前方で120度ほどの円錐型に広がって発射される。どんどん広がってしまうので、ミサイルに対する有効射程は2,30メートルだが、タイミングとだいたいの方向が合っていれば、飛来してきたミサイルに無数のかけらが命中して破壊することができる。
コーンショットは敵機や敵歩兵などに対しても有効な兵器だが、有効射程距離が短いため、ミサイル防御ほど活用されることはない。3枚重ねで装備できるので、ひとつの装備ポイントにつき三発発射できた。
敵は電波を発していたので、場所は特定できた。
高さ30メートルほどの杭打ち機のような採掘装置が設置され、そのまわりでは、掘り出した鉱物資源を輸送コンテナへ詰めるための装置が組み立て中だった。
護衛らしい代用体が4機、まわりに立って警戒していた。しかもそれぞれの足元には、敵襲に備え、巡回ミサイルの4連発射ラックが1基ずつ置かれていた。おそらくそれぞれの機体からの信号で発射できるようになっているのだ。
今、グーリックたち4人が見ている地点は光学望遠で敵の採掘所が監視できる最も離れた地点ということになる。
『よし、オレとスコッツは前進して採掘機をミサイルで狙う。他の目標はこちらからは攻撃しない。敵が向かってきたら、巡回ミサイルを全弾発射しておいて、その隙に撤収する。基本方針は戦闘回避、いいな。アランソとグーリックは戦況を記録して、とにかくランデブー地点へ移動だ』
ダノンが再確認し、アランソとグーリックは有線ケーブルをスコッツから取った。
アランソとグーリックが腹ばいになって見守る中、ダノンとスコッツはじりじりと前進していた。
採掘機との中ほどまできて、ダノンとスコッツは肩から中型ミサイルの装備をはずし、地面に設置しはじめた。採掘機は避けたりしないから、コースを事前にプログラムし、迎撃しにくいようにして、採掘機に到達させるのだ。
ふたりは尚も前進し、二手に分かれた。
設置されていたミサイルが、同時に発射される。合計4本のミサイルは直線的に敵の4機の代用体へ向かって速度を上げる。
急襲で頭の中で警報が鳴り響いているはずの敵は、まず自分に向かってきている高速のミサイルを発見することになる。到達まで数秒。状況が正しく把握できる余裕はないはずで、自分の身を守ろうとするはずである。その場を逃げ出すか、身構えてタイミングをはかり、コーンショットで防御しようとする。いずれも保身が最優先となり、採掘機を守る位置への移動は遅れることとなる。
十分に注意をひきつけたあと、ミサイルは事前にダノンたちが設定していたとおり、コースを変えて4発とも採掘機へ向かう。着弾の1秒前だ。
ダノンとスコッツは物陰から飛び出し、巡回ミサイルを、今度は敵の代用体をターゲットに発射する。
完全に奇襲が成功した状況になった、と思われたとき、敵の5機目と6機目が採掘機の近くから現れ、中距離ミサイルのコース上に立ちはだかる。5機目は両手に電磁砲を装備した機体で、6機目は両足と両腕両肩にミサイルポッドを装着した機体だ。
5機目は両手の電磁砲で向かってくる中距離ミサイルを射撃する。ミサイルは高速だが真正面から見れば近づいてくるだけで動いていないも同じだ。6機目は両肩の巡回ミサイルを計4発発射する。これの目標は急速に近づく中距離ミサイルで、これも正面からではずれようがなかった。
新手の2機の前で大きな爆発が起こる。中距離ミサイルが撃ち落されたのだ。爆発の爆炎が2機と採掘機まで届き、包み込む。
その間に、他の4機には巡回ミサイルが近づいていた。4機のうちの1機が反撃開始のための巡回ミサイルを発射したが、あとは対処できていなかった。
ミサイルを避けてやり過ごそうとした1機をスコッツの射撃が襲い、コーンショットで迎撃しようとした1機の前でダノンが相手の注意を引くサイドステップをした瞬間、ダノンの動きに反応しようとした敵機の肩に巡回ミサイルの一発が命中して腕を破壊する。
ダノンは向かってくる巡回ミサイルを、身体の近くに引き寄せて右肩のコーンショットを発射して2発破壊する。そのままの流れで、もう一機の敵に接近し、コーンショットを有効射程ぎりぎりから見舞って目くらまししつつ、横ステップして電磁砲を撃ち込む。敵も電磁砲で応戦するが、横ステップしたダノンが居なくなった場所をむなしく弾が通過する。
スコッツが4機目を射撃し、相手の頭部を破壊し、最初から警護していた4機が無力化したところで中型ミサイルの爆炎が晴れ始める。採掘機は無傷のようだ。ダノンとスコッツが採掘機を撃とうとしたとき、爆炎の中から5機目と6機目の敵機が飛び出してくる。
両手に電磁砲を装備した敵機はダノンの脇に回りこむように加速した。ダノンは採掘機攻撃を優先し、採掘機に電磁砲を発射しつつ、左腰のコーンショットを敵機に向ける。しかし、その射界から、反転して抜け出しつつ信じられない早さで身体をひねった敵機がダノンの代用体を両手で撃った。人間の動きではない。あの機は、この動きをプログラムしていて、状況にあわせてその機動を使ったのだ。ダノンは完全に不意をつかれ、なすすべなかった。
反対側ではスコッツとミサイル装備の敵機が対峙していたが、正面で向き合ったとき、すでに敵機の巡回ミサイルが4発さっきより少なかった。あの爆炎の中で発射していたのだ。スコッツがそれに気がついた瞬間、スコッツの左右から4発のミサイルが接近しつつあった。スコッツは右肩と左腰のコーンショットを連射する。ミサイルは3発スコッツに到達する前に爆発したが、残りの一発が右足に当たり、スコッツの機体が右足を失う。同時にスコッツが電磁砲を放ち、ミサイル装備の機の左半身に数発命中した。だが、その横をすり抜けてスコッツに向かってきた両手に電磁砲の敵機はふたたびダノンに使った高速機動を用いてスコッツの横に回りこみ、スコッツの機体のコックピットをボロボロになるまで射撃した。
『ちくしょう!』
アランソが隠れていた岩陰から飛び出した。
『グーリック、おまえはランデブーへ行け!』
二人の機体を繋ぐ通信ケーブルが延びきって外れてしまう前に、アランソはそれだけ言った。グーリックの身体を命令が縛った。命令は輸送機にドッキングせよと言っていた。そして、誰も輸送機に合流しなければ、ここで起きたことを誰にも伝えることができなくなってしまう。それこそ犬死のように。
6機の敵のうち、4機は大破し、ミサイル装備の機はスコッツの攻撃で移動不能になっていた。そのミサイル機が新たに4発の巡回ミサイルを発射する。それに続くように無傷の一機、両手に電磁砲を装備した敵機がアランソに急接近する。
アランソの電磁砲が採掘機を有効射程に収める前に片をつけるつもりだ。
アランソは4発のミサイルが接近するにまかせ、先の3発を間際で身をひねってかわしつつ、最後の1発を肩のコーンショットで粉砕した。その爆炎の中を抜けてきたアランソの機に向かい、両手に電磁砲の敵機が射撃を始める。ステップとひねりでそれを避けつつ距離をつめるアランソ。彼はさっきダノンとスコッツがやられた敵の機動を目に焼き付けていた。
あの動きが来る。
事前にプログラムした機動の欠点は、同じ機動はまったく同じで変化がないことだ。それがいつくるかわかっていれば、攻撃を避けることも、機動後の地点を攻撃することも可能となる。
敵の機体がゆらぐように視界から消える。
アランソは敵の機動後の位置へ銃口を向けつつ、敵の機動後の射撃ポーズの先の空間から離れるように身体をひねった。
だが、敵はそこに来なかった。
今度の機動は逆ひねりだった。アランソの背後についた敵は、無防備なアランソの機体に電磁砲を浴びせた。コックピットを含め、多数被弾したアランソの機体が地面に倒れる。敵はその上に片足を乗せて踏みつけるように着地した。
そして、アランソの機体が背負う棺桶に向かって、とどめの射撃を行った。
物陰から立ち上がったグーリックの機体と、アランソの機体の残骸を踏みつけている敵機とが、向かいあった。
おたがいに、望遠で相手を見ていた。この距離で撃ち合っても有効な打撃が与えられる距離ではない。敵機はグーリックに向かってこなかった。
敵にとっては、グーリックが最後の一機だという確証も情報もなかった。自由に動ける機体が両手に電磁砲の機体だけしか残っていないのなら、グーリックがおとりだった場合、採掘機や動けなくなった僚機はいいようにやられてしまう。
グーリックが前進すれば戦闘になるのだが、グーリックは命令に縛られていた。
ふたりはにらみ合いを10秒以上続け、そしてグーリックがその向きのまま後退を始めた。
友軍に報告し、かならずこの採掘所を破壊してやる、とグーリックは思い、情景を目に焼き付けた。もちろん映像記録もされているのだが、グーリックの心に焼きついた場面は、それよりも現場を生々しく記録していた。
グーリックは輸送機にただ一機収納された。
ダグラスが操縦する輸送機が母艦である輸送艦に到着し次第、グーリックは戦闘と敵採掘所について報告する相手を探した。
そんな彼が案内されたのは艦長室だったが、そこに居たのは艦長ではなかった。ぱりっと糊が利いた軍服を着た大佐が彼を待っていた。艦長は大佐に部屋を譲っていたのだ。大佐はデスクに向かって腰掛け、手にはパッドを持っていた。
「ようこそ、グーリック特技兵。わたしは連合宇宙軍大佐のオックスマンだ」
これまで特技兵だけの戦場にいたグーリックにとって、将校ははじめてだった。しかもいきなり大佐の前で、直接話せるとは思っても居なかった。
「大佐殿、テトラストーンの敵についてご報告があります。大佐殿にご報告したのでよろしいのでしょうか」
「敵が採掘を始めたのだな。その情報は得ている。先の命令を出したのはわたしだ。あとの三人もここに並んでいて欲しかったのだが、いっそ戦闘禁止にすればよかったようだな」
大佐はためいきをついた。
「敵の守備部隊も兵力を失っています。どうか増援を。わたしにもういちど採掘施設の破壊をご命令ください」
大佐と目をあわさぬよう、天井を見上げるようにしてグーリックは言った。
大佐はしばらくパッドを眺めていた。そこには兵士の経歴や戦績が書かれていた。
「きみたちのところにもとどいていたと思うが、戦況の大きな変化があった」
大佐の返答は、変化があったから増援は送れないという意味だろうか、とグーリックは考えていた。
「両軍の宇宙戦闘艦隊がお互いに潰し合い、宇宙での戦闘力は双方ともほぼゼロになった。この状況をミドルウェストは戦争の長期化と受け止め、自分たちに不足している鉱物資源を入手し、戦艦を建造することを最優先としている。これに対し、われわれウェストサイド連合軍では、短期決戦のチャンスと受け止めた・・・・・・まあ、全員ではないがな。
知ってのとおり、戦争の開始時点から、ミドルウェストは資金が豊富だが鉱物資源に乏しく、わがウエストサイドは資源は有り余っていた。宇宙海軍の戦力は互角で、われわれが優勢なのは地上戦力だ。敵の約二倍の戦力と言っていい。
双方の宇宙海軍が戦力を失ったことで、地上戦力の輸送が可能になってきた。敵の本星で本土決戦を行えば、こちらが優位というわけだ。だがここで問題になるのが、敵の本星にある対空力だ。ハイプレーンの周りを回る衛星の宿命として、ハイプレーンの重力井戸につかまった隕石がたびたび地表に落下してくる。この災害を防ぐため、各星は入植時に隕石迎撃砲を4門以上装備している。これを兵器として使うと、地上兵を満載した強襲艦船はみんな沈められてしまう。
逆にこれを沈黙させれば、勝利は決まったようなものだ。で、迎撃砲の欠点を狙う。迎撃砲は一発の威力はいかなる艦船も破壊するほどだが、連射はできない。したがって多数の小艦艇で降下すれば、まあ数隻は消されるが残りは惑星上に降下できる。その後集結し、まとまった戦力で隕石迎撃砲を攻略し無力化する。そうしてできた死角へ大型の強襲艦を下ろして、地上大部隊を展開する。
この作戦は承認され、立案したわたしが准将昇進と同時に作戦を遂行する師団を創設して挑むことになった。
核になるベテラン兵が必要で、あちこちから引き抜いているわけだ。短期決戦の方針となったから、資源拠点として開発に時間がかかるテトラストーンは、長期戦を意図する敵の開発に任せてよくなったのだ。そのかわりにベテラン兵を引き抜ける。きみだけでもよく生き残ってくれた。わたしの部隊で、存分に働いてくれたまえ」
大佐は立ち上がり、手を差し出した。「ベテラン兵」と呼ばれたグーリックには、自覚がない。今でも自分は新兵だと思っていたのだ。死んでしまった3人こそがベテラン兵だった。大佐の手を取り、握手しながら、グーリックは言葉を漏らした。
「ダノンさんも、スコッツさんも、アランソも、みんなじぶんよりずっとベテランだったんです・・・・・・」
大佐は手を強く握りながら、力づけるように言った。
「その3人のぶんまで、きみが生きて生きて生き抜いて、敵の本星で勝利を掴むんだ。テトラストーンで仇をとることはできないが、きみが活躍することで、きみを生かした仲間たちの戦いを生かすことになり、仇を討つことになる」
「生きて。生きて、生き抜いて・・・・・・」
「そうだ」
グーリックは敬礼し、退室した。大佐の言葉にすがり、信じるしか道はなかった。
オックスマン准将の作戦は、急を要していた。
敵であるミドルウェスト同盟が、資源を得たり、星系外から購入したりして宇宙艦隊を再編成するよりも前に、勝利をもぎ取らねばならなかった。
目標はミドルウェスト同盟の盟主であるトーラス共和国の主星衛星トーラスと決定した。トーラスには隕石の衝突を防ぐ隕石迎撃砲が4門あり、全天を網羅していた。そのうちの1門だけがカバーしている部分に、大量の小艦艇で降下し、地上で集結して迎撃砲を無力化するのだ。
師団が再編成され、急ピッチで訓練が行われた。
精鋭部隊とされたものの、兵力の大部分は新兵たちだった。
降下2日目
グーリックは水溜りを踏み越え、またひとつ部下の代用体を運んで設置した。
土砂降りの雨、明かりのない真っ暗な夜に、ときおり稲光があたりを照らす。雨でぬれた廃墟のような町だった。
高層ビルが立ち並ぶ地域に緑地として計画された公園跡にグーリックの部隊はいた。
昨日の降下時の戦闘で、町にいた一般人はみんな退避してしまっていた。爆撃や砲撃、銃撃がくりかえされ、あたりのビルは窓はすべて割れ落ち、コンクリートも穴だらけでぼろぼろだった。公園の木々は燃えて残っていない。
グーリックの部隊が乗った上陸用艦艇は対空砲にやられ、大きくコースを離れた。降下地点とされた海岸ではなく、降下直後の集合場所とされていた沿岸の小さな町でもなく、その翌日に攻略する予定だったこの地域最大の都市のメイン通りを滑走し、中央公園に上陸用艦艇が止まった。
中に乗っていたのは、グーリックが直接指揮する部隊の22機の代用体部隊だった。
予定に反し、敵の重要拠点に先行してしまったグーリックたちは、目の仇にされ集中攻撃を受けた。戦闘車両や代用体部隊と戦い、二日目に入っては、敵も町の破壊をためらわなくなり、砲撃や爆撃が加わった。
弾薬や補給物資はまだあったが、度重なる戦闘で、兵力は削がれていった。
ついには、まともに動く代用体はグーリックの機体一体だけになってしまっていた。
機体はやられても、背中に背負った棺桶型コックピットさえ無事なら、兵士は無事だった。グーリックは夜の雨の中、敵襲の合間に、生存している14人の兵士のコックピットを破損した代用体から切り離し、守りやすいように一箇所にあつめて山のように積み重ねた。その中に横たわっている兵士たちは、コックピット自体に装備された生命維持装置で生かされている。肉体と脳の接続は切られたままで、代用体を失っているので擬似五感もない。負傷している者もいたが、ほとんどの兵士は無事だった。
グーリックは公園の噴水付近に作った棺桶の山の周りに、壊れた代用体たちを並べて敵に戦力が残っているかのように見せようとしていた。また、それぞれの機体から装備をとりはずし、使えるものは使おうとしていた。巡回ミサイルの四連ポッドは16基あった。そのすべてをケーブルでグーリックの機体に繋いだので、グーリックを中心に蜘蛛の巣のようにケーブルが公園をはっていた。電磁砲もグーリックの前にごろごろ転がっている。そしてコーンショットも、各ミサイルポッドの追加ラックに接続してグーリックが発射できるようにしていた。
『グーリック曹長。曹長、わたしも降りて戦います。出してください』
棺桶の中にいるグーリックの部下のファージンという若い兵士だった。棺桶の中から通信でグーリックに話しかけていた。
ファージンは合成音ボイス6を使っていた。アランソと同じ声だ。
グーリックは戦闘準備の手を休めなかった。
「ファージン伍長、勝手に通信するな。邪魔だ。おまえは十分戦った。もう寝てろ。運よくわたしが守り抜ければ生きてそこから出られる。今は、生身の兵士など居られても邪魔なだけだ」
計画通りの進軍速度なら、そろそろ本隊がこの町に攻め込んでくるはずだった。
本隊と合流するまで、グーリックはひとりで戦い続けるつもりだった。
センサーがアラームをうるさく鳴らす。上方からミサイル接近だ。二十階以上のビルが立ち並ぶ谷間に向かって、8発のミサイルが飛来している。
まず迎撃に巡回ミサイルを20発放つ、それをすり抜けたミサイルは、地上に到達する前に上空20メートルほどでコーンショットで撃ち落す。公園上空は火の海になり、衝撃が周囲のビルを崩し、大きなコンクリートのかたまりが、地面につきささって地響きを立てる。
メインストリートの両側から、戦闘車両と代用体の混合部隊がやってくる。今度は水平射撃で巡回ミサイルを28発放つ。戦闘車両は機動力に欠けるので、巡回ミサイルを避けようがなかった。いっしょに進軍してくる代用体がコーンショットで防いでくれないかぎり、戦闘車両はミサイルの餌食だ。
そして、代用体も。数は多かったが錬度は低かった。機械はあってもパイロットは二線級だった。巡回ミサイルの到達タイミングにあわせて、グーリックが射撃する。右へ、左へ、そしてまた右へ。
稲光と同じように、射撃のたびにあたりが爆発の明かりに照らされる。錬度の低い敵は、ミサイルを避けようとしてグーリックの射撃にやられるか、射撃に追いこまれてミサイルを避けきれずやられるか、だった。
衛星トーラスもテトラストーン同様、公転と自転が同じで惑星ハイプレーンに常に同じ面を向けている。今、グーリックが居る面はハイプレーンが見えない側で、公転周期は7日余りだったので、夜はまだ地球の丸一日以上続く。
グーリックはひとり、撃ち続けていた。
降下9日目。
グーリックは隕石迎撃砲のひとつ、30万年前のクレーターの地下に据えられた第4砲と呼ばれる砲の北、20キロの丘に伏せていた。丘の上からは、地平線すれすれにクレーター中央の建造物が直接視認できた。
やっとここまで来た。
集結しながら地上の敵と戦い、進軍してきた部隊は、降下時の30%にまで減少していたが、敵もまた、まとまった迎撃部隊を編成できなくなってきていた。
ついに、降下作戦の目的であった隕石迎撃砲の無力化作戦を実施するときがきたのだ。
グーリックは、丘の頂上に伏せながら、ひとりで敵の基地の様子を観察していた。
敵は、こちらの意図に気づいていない。迎撃砲が目標物のひとつであることは把握していただろうが、グーリックたちの目的は、迎撃砲があるクレーターではない。迎撃砲の本体や管制室、エネルギープラントなどは地下にある。そこへ人員や物資を輸送し、放熱溝としても機能する斜行エレベーターのメインゲートを開けたままにすることこそが目的だった。
その斜行エレベーターの穴は半径15メートルの半円型トンネルであり、地面に対しおよそ60度の角度で地下へ向かって伸びていた。人員や小型の荷物を運搬するケーブルカーの線路が左右の端にそれぞれ2本。そして中央には大きな荷物を運搬するための7メートル四方のエレベーターが上下するためのレーンがあった。
通常、トンネルの入り口ゲートは閉じているが、物資の出入りのときと、発射体勢にはいるときには両開きのゲートが開くようになっている。そのゲートが開いた状態でゲート部分を攻撃し、ゲートを閉められなくする。その上で、地下へ熱核弾を落して迎撃砲を破壊するのが当初からの作戦だった。
やっと、ここまで来た。グーリックたちが、あのゲートに取り付いたところへ、熱核弾が衛星軌道から輸送機で運ばれてくることになっている。直接運ばないのは、直前までこちらの意図を隠蔽するためだ。
ゲートを開かせるために、今、上陸用の強襲艦隊が、ほかの迎撃砲の死角になるよう、この砲の射界へ近づいている。
敵は、その強襲艦隊の降下を援護するためにグーリックたちがここへ進軍してきたと思っているはずで、クレーター中央の砲を中心に守備しているはずだ。両軍とも最大限にセンサーを妨害し合っており、部隊の配置も規模もわからない。
グーリックは、二日前、前線において師団最先任曹長に昇進していた。下士官であり、尉官や佐官の将校たちよりは下位であるが、最前線での指揮系統としては違っていた。グーリックは地上に不在である師団長オックスマン少将の代理として師団の戦闘を指揮するのだ。
今、敵陣を直接見ているのはグーリックだけ。そのグーリックを望遠で見ている士官や将校たちが数十人。彼らはみな、自分が指揮する代用体部隊や支援砲撃部隊や飛行部隊に戦闘開始命令を出す準備を整え、グーリックのゴーサインを待っているのだ。
ウェストサイド連合の強襲艦隊が、衛星の軌道上を近づいてくる様子はここからは見えないが、敵基地の動きで、それが射程内に近づきつつあることが手に取るようにわかった。
そして、ゲートに動きがある。ゆっくりと開き始めた。
開き始めてから完全に開くまでに約80秒。そして再度閉じるためには急いでもさらに100秒あまりかかるはずのゲートである。そしてさらに、今ゲート外にあるエレベーター板がゲート部付近を通過するときは閉じられない制限がある。
ゲートが開き始めて60秒。まもなく開ききる前に、エレベーターがゲートへ向かって動き始めた。開ききると同時に通過させるつもりだ。
グーリックが代用体の右手を上げ、そして前を力強く指差した。
全部隊に作成開始が伝わる。
グーリックの後方1キロほどに隠されていたロケット砲群がいっせいに火を噴く。無数の白い煙の筋を残しながらロケット弾がゲート周辺の敵兵征圧のために飛んでいく。
その白い煙の中をついて飛び立った攻撃機隊が低空で編隊を組んで直進する。彼らの最初の任務は、グーリックの前に横たわる地雷原に道を作ることだ。幅100メートルにわたって絨毯爆撃が始まる。たちまち、赤と黒の爆炎がグーリックの前にカーペットを敷いた道のように伸びていく。
『代用体部隊前へ! 全部隊突撃!』
グーリックは通信回線を開き、合成音で指示した。
代用体は180機あまり。
群れるようにグーリックを跳び越えていく。グーリックもそれに混じる。
最初に火を噴いたロケット砲の弾がゲートのまわりに着弾し、閃光と爆炎が巻き起こる。
この時点で、まだ敵からの迎撃はない。
最初の砲撃で居場所を晒したロケット砲群は、通常の用法であれば、敵の反撃を避けるために、移動すべきである。しかし、今回は、もう一射する命令を受けていた。二射目が発射される。今度は錬度によって発射のタイミングがバラバラになる。どのロケット砲部隊も、自分たちの技能の限界ですばやく再装填し、発射を終えると今度こそ移動するのだ。
絨毯爆撃の爆炎をかすめながら低空を飛行する代用体に向かって、絨毯爆撃に生き残った反応地雷が地面から射出されて取り付こうとする。50センチほどの蜘蛛のようなその地雷に取り付かれたら、代用体はひとたまりもない。
自分に向かってくる地雷を撃ち落とそうと、膝のコーンショットを発射した代用体がいた。そのコーンショットの無数の弾は、120度あまりの広角なコーン状に広がり、近距離において絶大な威力を発揮する。蜘蛛型の地雷は破壊できたが、彼の下方やや後方10メートルほどを飛んでいた僚機にも被害を与えた。
『上を飛ぶ者はコーンショットを使うな! 最下層の者が使え!』
グーリックはそう言いながら、また地面から飛び上がった蜘蛛型地雷が、50メートルほど前方を飛ぶ味方の代用体に取り付く前に、右腕の電磁砲で打ち落とした。そんな芸当ができるものはめったに居るものではない。他の代用体たちはコーンショットで自分に向かってくる地雷だけに応じた。
ゲート周辺に二射目のロケット弾が着弾し、先行した攻撃機隊が搭載したメインの爆弾投下がそれに続く。前者はとにかくゲート付近にはっきりした狙いもなく着弾するが、後者はそれぞれのパイロットが目視によって、抵抗しようとしている敵の対空砲や戦車を狙って投下される。攻撃機隊はそのまま上昇し、あとからくる輸送部隊の援護にまわる。
グーリックはエレベーターが立ち往生して止まったのを確認した。コントロール室はゲートの右側の壁にあって、目視のための窓があるはずだ。ゲートへつづく斜面は、ゲート以降のトンネルの角度と同じ60度の急斜面で、天井はなかった。下のレール部分はもちろん、側面の壁も強固な装甲に守られていたが、ゲートをコントロールする部屋からは、ゲートが目視できるよう、目視用の小窓があるという情報だ。
ほとんど抵抗がないまま、グーリックたち代用体部隊がゲート周辺に取り付いた。だが、敵は急速にこの地帯へ戦力を向けているはずだ。地下や構造物の中でも。すでに聡明な敵将官の中には、グーリックたちの意図を理解している者もいるかもしれない。
ゲート周辺にちらばって占拠する代用体たち。グーリックの直接指揮部隊8機は、直接ゲート斜面に降りる。
グーリックはゲート横の小窓を見つけた。1メートル四方ほどの透明な窓だ。中では数人の敵将兵が、大混乱でグーリックたちを指差して右往左往していた。
そこに近寄り、浮かんだまま右肩を近づけ、右肩のコーンショットを至近距離で3連発撃ち込む。1発目で窓は割れ、2発目が中の将兵を肉片に変え、3発目でコントロールルームに火の手が上がった。
『ゲート掌握! ファージン、輸送部隊が来るまでここを死守だ』
『了解! 曹長どの!』
ファージンがボイス6で答える。彼はグーリックの副官として、グーリックの直接指揮部隊を仕切っていた。グーリックが師団全部隊の作戦行動に気を配っている間は、彼が部隊を指揮している。
隕石迎撃砲はまだ沈黙したわけではない。このトンネルから熱核爆弾を転がり込ませて地下から破壊して、やっと無力化するのだ。それができなければ、接近中の強襲艦隊は全滅する。先行して、熱核爆弾を輸送機が直接戦場へ持ってくることになっている。ゲートを確保しているグーリックたち以外の部隊は、可能なかぎり周辺の敵の対空戦力を叩くのだ。
と、そのとき、グーリックたちが居るゲート付近で止まっていたエレベーターの台座の下で爆発が起こった。
グーリックとファージンは代用体の視線を合わせ、それから周りを急いで確認した。射撃ではない。味方はここを撃っていないし、敵の砲からは死角だ。また斜面や側面の上にも敵機の姿はない。
しかし、爆発を起こした者が意図したことは、すぐにわかった。台座が破壊されたエレベーター板は、ずるずると斜面をすべり落ち始めたのだ。
しまった、と、グーリックが思った瞬間、さらに全開になった両開きのゲートがガクン、と動き、ゆっくり閉まり始めた。
敵兵のだれかが・・・・・・グーリックが抹殺したゲートコントロール室以外の場所に居る誰かが、非常時のシステムを作動させたのだ。
まずい。ゲートが閉まっては、爆弾が地下へ落せない。この位置で爆発させても、砲はダメージを負わない。
『よっほほーい! グーリック! 今日の定期便を持ってきたぞい!』
通信が入った。輸送機を操るダグラスの声だ。ダグラスはグーリックの推薦でオックスマン師団にスカウトされて以来、退役しそこねたとグチるとともに、わざと老人言葉を使うようになっていた。
『ダグラス! 状況が変わった! 荷物はオレに渡すんじゃなく、この穴に直接放り込んでくれ! 爆弾の起動信号を送る! あと3分で爆発だ!』
空を見上げ、ダグラスの機影を探しながらグーリックが最大ボリュームの合成音で通信した。ゲートはこのままならあと1分で閉じてしまう。敵は集結しつつある。この機を逃したら、次はない。
『なにぃ! また、この小僧は、年寄りを顎でこき使いやがって! よし! まかせとけ! ぶちこんじゃるわい!』
グーリックの視界に、ダグラスの機体が入った。後方に友軍の攻撃機隊を5機従えているが、さらにそれに三倍する数の敵機にまとわりつかれていた。例によってダグラスがあやつる機体は武装していない。そして、荒っぽい機動もいつものとおりだった。味方の護衛機も敵機もまともについて飛べないジグザグコースだった。しかし、トンネルの中に荷物を落そうというなら、どうしても速度を落してまっすぐ下降コースを取らなければならなくなる。しかもそのあと地面にぶつからないように引き起こすときも機動は制限される。
護衛機が次々落される。ダグラスだけになってしまう。もう、肉眼でもはっきり機体が見える距離だ。機体後部下のハッチが開き、円筒型のケースが見える。グーリックたちがテトラストーンの基地引越しに使っていた直径2メートル、長さ5メートルほどのものだ。ただし、装甲が施されたその積荷は、地下基地を蒸発させる熱核爆弾だ。しかもさっき、グーリックが送った信号により、まもなく爆発してしまう。
『援護射撃!』
グーリックとファージンがほぼ同時に指示する。ダグラスが直線コースに乗り、急激に減速する。積荷が切り離された。ゲートはすでに半分近く閉じていた。もしもゲートに引っかかったときに備え、グーリックは積荷をゲートから投げ下ろす位置に移動しようとしたが、ダグラスの投下は正確だった。ケースはゲートの隙間のほぼ中央をすり抜けていった。
『全軍撤収!』
トンネルの奥のほうで転がり落ちる音を聞くよりはやく、グーリックは指示した。
同時に左肩のオプション装備の筒から、三発連続で青い発光弾を打ち上げる。
半数あまりに減っていた代用体たちが上空に避難する。ある者は、友軍機のコックピットを抱えて飛んでいる。
グーリックは自分に続いて飛び上がった部下が対空砲に撃たれ、失速しそうになるのを左腕で頭を掴んで引き上げた。加速が落ちる。そこへダグラスが機体を寄せてきた。ファージンも近寄り、グーリックが掴んだ友軍機を掴んだ。
グーリックは右手に接続している円筒形の電磁砲を切り離して棄て、その手でダグラスの機体の開いたままのハッチを掴む。ファージンもそれにならった。
『加速するぞい!』
ダグラスの機の加速は、まわりの代用体以上であり、あっというまに先頭に出た。と、そのとき、地下で爆発が起こった。
直径10キロほどの円で、地面が浮き上がり、さらにその円からちょっとはずれたところにあるクレーターの中央部からはげしい噴煙が噴出し、続いて爆炎が上がった。ほかにも、地下との通路の出入り口にあたっているところから、爆炎が上がっていた。
隕石迎撃砲の脅威を受けなくなった強襲艦隊の部隊投下は成功し、大部隊が敵の主要都市を攻撃・占拠し、ミドルウェスト同盟の盟主であったトーラス共和国はウェストサイド連合と単独講和した。
後世の歴史においては、これが第一次オノンダーガ大戦の終結であり、その後は掃討戦という位置づけになっている。
ウェストサイド連合は戦艦隊再建を後回しにしたため、トーラスが建造中だった新戦艦群を徴発して正規軍とし、ミドルウェスト同盟の他の国家に当たった。政府として抵抗するものもいたし、各衛星の拠点単位でも抵抗する「元同盟軍の残党」は根強く残った。ウェストサイド連合はオックスマン師団を増強再編し、掃討戦の主力に位置づけた。
敵が減っていくにつれ、ウェストサイド連合の他の軍隊は解体され、最後まで戦っているのはオックスマン師団だけになっていた。
グーリックは師団最先任曹長として、前線で戦い続けた。
そして半年が過ぎた。
グーリックは輸送船の小窓から、赤茶けた衛星の表面を見つめていた。
テトラストーンだ。
輸送船は着陸コースに乗っていた。簡易宇宙港に着陸し、鉱石を運び出す船だ。
グーリックははじめての休暇を取っていた。文明的で、戦火に焼かれなかった星へも行けたが、希望してテトラストーンへ行くことを選んだ。
テトラストーンでは、戦後のウェストサイド連合主導による入植がはじまっていた。まだ、ウェストサイドのどの連合国の所有になるかは決まっていない。この星に限らず、連合内では占領地の領有の駆け引きが連日のように行われていたが、連合という枠で開発だけは進めていた。
テトラストーンは、まだ技術者や開発の直接労働者だけが住んでいて、観光などできる星ではない。グーリックは師団長のオックスマン中将の特別なはからいで輸送船に便乗できたのだ。同時に休暇を取ったファージンもついてきていた。
ファージンはグーリックの後ろの座席から身を乗り出し、同じ小窓からテトラストーンの地表を見ていた。
「うわー。ほんっと、なんいもないっすね」
「・・・・・・ああ」
グーリックは、はじめてダグラスに連れてこられたときのことを思い出していた。ほんの1年半ほど前のことなのに、ずっと昔のことのようだった。
今回は軍籍の輸送船で、直接着陸する。ダグラスが操縦する輸送艇ではない。ダグラスは半年前の降下作戦のあと、めでたく希望通り退役した。しかし、彼を待っていたのは戦争の勝利を決定づけた英雄として報道陣に追われる毎日だった。
さすがに我慢できなくなって、訓練学校の特別講師として軍籍にもどり、軍に報道陣から守ってもらっているそうだ。グーリックとファージンも、あのとき退役すれば、そうなっていたかもしれない。
宇宙港は、2ヘクタールほどの舗装した土地に管制用の建物がひとつあるだけだった。まわりにはまばらに建物が立っている。建物の数より、大型の車輪式輸送トラックのほうが数が多かったが、それにしたところで30台ほどだった。
船を下りると、2人の兵隊が近寄ってきた。保安担当のようだ。やや歳をとった背の低い軍曹がグーリックたちを呼び止めた。
「おいおい、どこへ行くつもりだ。ここは観光地じゃないぞ」
グーリックたちは師団マークがはいったジャケットを着ていて、階級章もジャケットについていた。
グーリックは師団最先任としてラインが5本入った曹長の階級章で、ファージンも二等軍曹の階級章をつけている。保安担当の軍曹は、つんと顎をそらして、せいいっぱい虚勢を張っていた。
ちょっと遅れて近寄ってきたもうひとりは、グーリックたちと同年代の若い少尉だった。仕官学校を出たところというところか。
グーリックたちが敬礼しようとすると、先に直立不動の姿勢を取って敬礼した。
「ご苦労様です!」
まるで上官に対する態度だ。グーリックたちは姿勢を正して敬礼し、上官である少尉が気がついて礼をやめるまでその姿勢を維持した。
少尉のとなりで軍曹が困り顔で少尉の顔を見ている。少尉はほてったように頬を赤らめ、グーリックを羨望のまなざしで見ていた。
「あー、任務ではありません。休暇で、希望してまいりました。ここはわたしの任地でしたので」
グーリックにとっては、慣れた反応だったので、対処にもあわてなかった。
「まったく、どうせ来るんなら任務で来て欲しいもんですな、掃討師団だったら」
ふくれっつらの軍曹が言った。
その意図するところを尋ねようとしたとき、グーリックたちが乗ってきた輸送船の荷物が降ろされ始めた。積荷は警備用の軽装備の代用体だった。グーリックたちが使用しているものとは違い、装甲も機動力も火力も劣る二線級の機体だ。
全部で三機積まれていた。それらが降ろされて並べられるのを見ながら、グーリックは少尉に尋ねた。
「代用体で警備しなければならないような相手が居るのですか?」
「はい。この星に採掘基地を建設していたミドルウェスト軍の部隊が、投降せずに籠もってまして、山賊まがいのことを続けています。もう、当方の被害は代用体11機、軍用車両はそれ以上です。向こうは数こそ二機なんですが、一戦級の武装とパイロットで、こちらは機体もパイロットも相手にならないんですよ」
少尉がちらりと視線で示した方向に、スクラップとして積まれた三機の代用体があった。この代わりに新しく送られてきたのが、この輸送船から降ろされた機体ということだ。
グーリックは途中から少尉の話が耳に入らなくなっていた。
『採掘基地を建設していたミドルウェスト軍の部隊が、投降せずに籠もってまして、山賊まがいのことを続けています』という少尉の言葉が、くりかえしくりかえし、頭の中で響いているようだった。
あの部隊だ。まだ、戦っていたのだ。
まだ、『敵』でいてくれたのだ。
「少尉どの」
「は、はい!」
グーリックに声をかけられ、若い少尉は嬉々としてこたえた。
「わたしにあの代用体を一機お貸し願えませんか? できればおとりになるような遠隔操作できる輸送トラックも一台」
「は、はい! でも、やつらは装備のストックもじゅうぶんにあるらしく、完全装備の一線級の機体でして、この機体の装備では相手の装甲に対して無力です」
少尉は心配顔で言った。
グーリックは少尉の目をまっすぐ見返した。
「遭遇したことがある相手ですので、装備も知っています。この装備でも部位によっては破壊可能です。わたしは休暇中ですが、わが師団は残党の掃討について、現地部隊に協力すべきであるとの基本命令を受けております。少尉殿の権限で非常召集していただければ、一時的に少尉の配下として掃討に参加できます」
少尉はごくりと唾を飲み込んだ。
「わ、わかりました! お願いします。わたしの権限で! 書類はそろえます」
少尉のとなりで成り行きを心配げに見ていた軍曹が、少尉を引っ張るようにしてグーリックから離れたところへ連れて行った。ひそかに話したかったのだろうが、二人の声はまるまるグーリックたちに聞こえていた。
「少尉、あんな機体ひとつじゃ、やられるだけですよ。それになんですか、相手が掃討師団だからってペコペコして」
「何言ってるんだ、軍曹、階級章見なかったのか?」
「曹長でしょ? あなたは少尉ですよ。いくら線がいっぱい引いてあったって、相手は下士官でしょう」
「オックスマン師団の師団最先任曹長だぞ! ひとりしかいないだろ、彼はグーリック=トブ・ツ・ナーハ曹長だ」
軍曹は手であんぐりと開いた口を押さえた。
しかし軍曹は、思い直してなおも食い下がった。
「いくら、あのグーリック曹長でも、ここの機体であいつらには勝てませんよ。怪我でもさせたらどうするんですか?」
「いや、わたしは彼に任せてみる。わたしの判断で」
少尉はもう、グーリックを配下に加えることができるチャンスの魅力にとりつかれていた。
「あの、少尉殿」
グーリックが少尉に呼びかけた。少尉と軍曹は、グーリックを振り返り、固まったように言葉を待った。
「この機体に、ちょっと落書きしてよろしいでしょうか? 部隊識別番号の真似事で数字を入れるだけです」
少尉と軍曹は言葉が出ず、ふたりでぎこちなく手を差し出し、「どうぞ」と意思表示した。
1時間後、装備を点検し終えたグーリックは、最後にスプレー塗料で、機体の肩に「18」と書いた。かつての部隊識別番号だ。
「曹長、じぶんも参りましょうか?」
ここまでだまってみているだけだったファージンがはじめて声をかけた。
「わたしの戦力なんざ不要でしょうけど、因縁の相手なんでしょ? あなたが熱くなりすぎないか心配で」
ファージンは本当に心配そうにグーリックを見ていた。
グーリックはすこし視線を落して、言った。
「そうだな。オレがばかなことをしないように、遠くから見ていてくれるか? 見るだけでいい」
「そういうことなら、じぶんも一体借りてきます」
グーリックはスクラップを積んだトラックを無人のまま走らせ、それを護衛するかのように、少尉に聞いた遠方の拠点へ向かった。一番よくやつらが出没するルートだそうだった。
ファージンは代用体で、数キロ離れたところを並走し、それを観察していた。できるだけ相手に存在を知られないように、隠れながら進んだ。
宇宙港を離れ、二百キロほど離れたところで、進行方向に二体の代用体が立ちはだかった。距離はまだ五百メートルほど離れている。
二体のうちの一体が電磁砲を放つ。トラックの前の地面を威嚇射撃したのだ。グーリックはトラックを止めた。
前方の二機を望遠で拡大して見る。
一機は両手に電磁砲を装備しており、もう一機は身体じゅうにミサイルラックを装備していた。
あの二機だ。
グーリックの身体は代用体のコックピットに載せられていて、脳とは接続を切られ、生命維持されている状態だったので、胸の鼓動が高鳴ったりはしない。しかしもしも生身ならそうなっていただろう。
『トラックと代用体を置いて徒歩で立ち去れ。命だけは助けてやる』
拡声器で両手に電磁砲を装備した機体が言った。ここから宇宙港の町までは二百キロほどある。歩いて帰れる距離ではない。命を助けたいのではなく、弾を節約したいのだろう。
「代用体を降りて両手を上げろ。抵抗しなければ裁判にかけてやる」
グーリックも拡声器でこたえた。
間があった。
もしも肉声だったなら、ここでやつらは笑ったことだろう。脳が思い浮かべた言葉を音声にする合成音では、自然な笑い声は発することはない。かわりに思い浮かべた本音が声になった。
『バカじゃねぇのか、こいつ』
『もう、やっちまおうぜ』
トラックを止めたまま、グーリックは無造作に前にジャンプで進み出た。
『止まれ、そこまでだ』
『面倒だ、やっちまおう』
ミサイルで武装した機体の右肩のラックから巡回ミサイルが一発発射された。それで片がつくと思っているらしい。
正面から普通に追尾機能を使ってグーリックの機体へ向かってくるので、ほぼ一直線に飛んでいた。コースがはっきりしている。グーリックは右手の電磁砲を試すように数発発射した。
グーリックの機体に到達する前に、ミサイルは破壊され、爆発音が山にこだまして長く尾を引いた。
さすがに普通の相手ではないことを理解した二機は、ここでやっとグーリックが機体の肩に書いた「18」に気がついた。
『なんだ? こいつあのときの』
『出戻りってわけか』
『望みどおり、仲間のところへ送ってやる』
ここで彼らは音声を切った。
四連ミサイルラックのさっきの一発の残りの三発が、今度はやや横を向いて発射された。これでカーブを描きながらグーリックの機体に向かうことになる。そのミサイルに気を取られると、本体の餌食になり、本体だけに気を取られていると、いつの間にか接近したミサイルが命中するというわけだ。
グーリックはかまわずジャンプで間合いを詰めた。彼が使っている機体に装備されている武装の威力が不十分で、遠距離では効果がないからだ。
残党はそれぞれ電磁砲を発射したが、グーリックはそれを難なくかわした。
二対一の状況を最大限に生かすなら、二手に分かれるべきなのに、彼らはそれもしなかった。
グーリックはがっかりしていた。この程度のやつらだったのか? と。
十分に距離が近づき、まずミサイル武装の機体を撃つ。オプション装備のミサイルラックはもろい。未発射のラックをそれぞれ撃って無力化し、そのついでに横から向かってくる三発のミサイルを撃ち落す。その間、敵が電磁砲を撃ってくるが、狙いが甘く、難なくかわせた。
さらに距離を詰める。すでにコーンショットですら有効な距離になる。
またミサイルで武装している機体を撃つ。今度は腕の電磁砲を破壊し、センサーや光学機器が集中している頭部を潰し機体そのものの戦力を奪う。もう一機が、味方に当たるのもお構いなしにコーンショットを放った。グーリックはその範囲を避け、ジャンプしつつ反対側に回り込む。通常の機動だが、人間の機動とは思えない動きだ。
遠方から見ていたファージンは、自分が戦闘に参加せずにグーリックの動きをじっくりと観察し、いまさらながら驚いていた。
ここで、両手に電磁砲をつけた機体がプログラム機動を使ったターンをした。生身の人間にはできないようなすばやい動きをあらかじめプログラムしておき、コマンドによって起動させる技だ。まず左ひねりで相手の側面に回りこむ動き。ダノンとスコッツを倒した機動だ。この動きで相手の右側面につくはずだったが、プログラム起動する前の動きでそれを予測したグーリックは、すでにその先を行っており、さらに側面に回りこんで手が届きそうな距離から敵の右腕の電磁砲を破壊した。
今度は反対ひねりのプログラム機動を起動する。アランソを倒した動きだ。
しかし今度もそれ以前の動きでそれを察知したグーリックは先に回りこんで最後の電磁砲も破壊した。残る武装はコーンショットのみで、これも近距離からすべて撃ち抜いて無力化する。最後に、二機が背負っているコックピットと代用体を繋ぐ接点を破壊する。これで、もう、代用体はただの鉄のかたまりだ。
グーリックは二体を仰向けに倒した。こうすれば、代用体の重みで、コックピットのハッチは開かない。
まるで新兵訓練のように簡単な戦いだった。半年前に見たこいつたちは、とてつもなく強い相手に見えたのに。最前線で戦い続けたグーリックは、山賊になって弱いものいじめを続けていた彼らをはるかに追い越してしまっていた。
グーリックは彼らのコックピットを見つめた。電磁砲は起動したままで、引き金を引く信号を流せば、至近距離からならこの電磁砲でもコックピットの装甲を貫くだろう。
そんなことを考え始めたとき、すぐ横に着地する機体があった。ファージンの機体だった。
『だめですよ、グーリック曹長』
ファージンのボイス6の声だった。アランソと同じ・・・・・・。
『・・・・・・ああ』
グーリックは答えた。
この瞬間を夢見て戦いに生きのび続け、勝ち続けてきたはずなのに、なんの達成感も満足感もなかった。
『帰ろうか』
グーリックが言ったのは、宇宙港へ戻ることを指したのか、部隊へ戻ることを指したのか、彼自身にもわからなかった。
彼が帰る場所は、もうどこにも無い。
この星にはじめて降りたときと同じ、強い風が吹いていた。
アウトポスト 荒城 醍醐 @arakidaigo
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