6 次はきっと
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翌日の放課後、僕は再びボードゲーム部の部室を訪れた。志月部長と話をするためだ。
「やあ、どうしたんだい真之介くん。今日は部活動のない日のはずだけど」
僕が部屋に入ると、窓から外を見ていた部長が振り返らずに言った。いちいち驚いたりしない。誰かが来たことはドアについているベルの音で分かるし、今日誰かが来たのなら、僕以外にありえない。
「部長が、待ってる気がしたんです」
机を挟んで部長と対峙する。持っていたカバンを机の上に置きながら部長が振り返るのを見つめていた。ただの教室のはずなのに、この人の動作はいちいち絵になる。
「ほう、第六感かい。君は勘で動くタイプにはみえなかったけどね」
からかうような口調で言って、志月部長が振り返る。言外に、そんなものがあれば昨日のゲームであれほど負けたりしないだろうに、という意味が含まれているように聞こえた。被害妄想だろうか。
「昨日部長は『特別な用がなければ明後日以降』と言ったんです。部活見学に来ただけの新入生に、今日どうしても部室に来なければいけないような特別な用なんてあるわけがない。あるとすれば忘れ物くらいのものです」
つまり部長は用があるなら部室で待っている、と言っていたのだ。そして用があるだろうとも。
「あとの二人は?」
「今日はもう帰りました。勝負を挑まれたのは、僕ですから」
「勝負か。よし。それで、今日は何をしに来たんだ?」
僕はカバンの中からチラシを取り出し、部長につきつけた。
「これ、入れたの部長ですよね?」
「うちのチラシじゃないか。今年は配ってないはずなのに、よく持ってるね」
「これを僕のカバンに、いえ、僕に持たせたのは部長です」
二度目の問いかけ。今度は疑問形でなく断定だ。
「そうか、じゃあ君は私が君のカバンに勝手にチラシを入れたんだと思って、抗議しに来たわけだ」
他人のカバンを勝手に開けるのはルール違反だからね、と笑っている。
「ごまかさないでください。僕はそんな話をしに来たんじゃありません!」
「ああ、ごめん、つい」
「そもそも、誰の僕のカバンに物を入れられたはずがないんです。カバンに近づいた人もいなかったし、ジッパーが開けられた音も聞いていない。なのに僕が持って帰ったカバンにはチラシが入っていた。だから今日、僕はここに来たんです」
目的を勘違いしてもらっては困る。いや、この人はわかったうえで敢えて煽るように間違った問いかけをしてきたのだ。
「なるほどそれは不思議だ」
自分でやっておいて不思議もないだろう。
「いくつかおかしなことがありました。まずは、部長がゲームに参加しなかったこと」
ほう、と部長が声を漏らす。
「それは昨日も言っただろう。私まで参加してしまっては君たちのサポートができない」
「だったらそれは最初の一回だけで良かったはずです。でも昨日、部長は一度もゲームをやらなかった」
部長はあごに手をやり、ふむと声をだした。
「じゃあ、君はなぜ私がゲームをやらなかったと考えているんだ?」
「別のゲームに参加していたからです。だから部長はごきぶりポーカーをやらなかった」
多面差しという言葉もあるが、それはプロ棋士が小学生相手にするようなことで、少なくとも初めてゲームを触る人間を歓迎する方法ではない。
ひとりの人間が同時にプレイしていいのは、ひとつのゲームだけだ。
「誰も僕のカバンに触れなかった。これは間違いない。ならばチラシはいつ入れられたのか。簡単です。チラシはカバンに初めから入っていた」
「さっきから言ってることがめちゃくちゃじゃないか。だったら君は自分でチラシを持って来たってことかい?」
「いえ、そもそも大きな間違いがあったんです。これは僕のカバンじゃない」
机に置かれたカバンを手で示してから、手元に引き寄せて中身を出した。出てきたのは使われた形跡のない綺麗な教科書だ。
「昨日、カバンから筆箱を出そうとしたら入ってなかったんです。学校に忘れたのかと思ったけど、今日確認しても置き忘れたわけじゃなかった。つまりこれは僕のカバンじゃない。僕のカバンは、ずっとここにあったんです」
昨日カバンを置いたカゴに視線を向けると、そこにも真新しい学校指定のカバンが入っている。渡されたときは気付けなかったが、これこそが僕のカバンだ。今なら確信をもって言える。
カゴからカバンを取り出して、机の上に並べる。ジッパーをあけて中身を確認すると、やはり中に筆箱が入っていた。もちろんチラシなどどこにもない。
「部長は僕にカバンを渡すときに、わざと別のカバンを渡したんです。チラシはその中にあらかじめ入れられていた。つまり、カバンごと入れ替えられたんです」
部長が笑う。もしかしたら僕は、このとき初めて満面の笑みというものを見てしまったのかもしれない。
「よくぞ……」
机を回り込んでそばまで来た部長は、僕の手をぎゅっと力強く握って歓喜を示した。
「よくぞ!」
うまく言葉にならないようだが、何を言いたいのかはなんとなく察することができた。
「なんでこんなことをしたんですか?」
イタズラにしては回りくどすぎるし、効果も薄い。
「チラシに興味を持ったら、きっと戻ってきてくれると信じてたんだ。好奇心と洞察力をもった人間がいれば、きっともっと面白くなる!」
「じゃあもしチラシが入っていることがおかしいと、気付きすらしなかったら?」
「そんなやつ、うちの部にはいらない……冗談だよ?」
言葉とは裏腹に本気の口調だった。
「でも君は期待通り戻ってきてくれたし、いや期待以上だ。せめてチラシが混入していた不自然さに気付いてくれれば十分だと思っていたが、君はその方法まで考えてきてくれたんだ」
心底嬉しそうに彼女は言う。
「誰が見学に来るかも分からないのに、よく仕掛けを用意してましたね」
「誰もこなければ、斎藤と遊んで帰ればいい」
それならいつもの部活と何も変わらない、と部長は言う。
「もし見学に来た人が、指定のカバンを使ってなかったどうしたんですか?」
初日から指定以外のカバンを使っている人は少ないが、それでもクラスにひとりくらいの割合では存在するのだ。そうなれば入れ替えのトリックは使えかった。
「そんなやつはうちの部にいらないよ」
「それも冗談ですか?」
「いや、冗談じゃないさ」
部長が首を左右に振って、彼女の髪が揺れた。
「そんなことする目立ちたがり屋は、うちの部にはいらない。いや、もっと簡単に言えば、私の好みじゃない。ボードゲームはルール内でやる遊びだ。意味もなくルールを破ることをかっこいいと勘違いしているやつなんて、願い下げだね」
今度は冗談みたいな口調だったが、顔は笑っていなかった。少し極端だと思ったが、他人の好みに口出しするほど、まだ親しくない。
「別に見学に来ても追い返しはしないさ。遊んでみて面白ければそれで良し。気に入らないやつに凝った歓迎をしないからって、非難される謂われはないだろう?」
でも来てくれたのが君たちで良かった。そう言われてしまっては、それ以上何も言えなくなってしまう。
部長は数歩移動して、イスに座り込んだ。
「まさかここまで本気で取り組んでくれるとは思ってなかった。私の負けだ。
「いえ、僕の負けです」
僕の言葉を聞いた部長は首をひねっている。
「今回遊んだゲームはごきぶりポーカーです。だったら僕は『君のカバンだ』と差し出された時点で、『それは僕のカバンではない』と答えなければいけませんでした。でも僕はカードを受け取ってしまった。だから、今回は僕の負けです」
部長は満足そうに何度もうなずき、立ち上がって手を差し出してきた。
「ボードゲーム部へようこそ。歓迎するよ」
はい、と返事をして握手をする。
「次はきっと負けません」
ボードゲーム部へようこそ 能登崇 @nottawashi
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