5 妥当なチョイス
5
「ゲームしてる間は誰もカバンに近づいてなかったよね」
ゲームの様子を思い出しつつ、ハンバーガーを平らげた。コーヒーをすするが、すっかるぬるくなっている。
「でもさ、ずっと見張ってたわけじゃないんだし、私たちがゲームに夢中になってる間に、部長さんがこっそり入れといただけじゃないの?」
「いや、それはない」
卓人が説明する。カバンは入り口わきに置いてあった。部屋の中央には長机がふたつ、くっついた状態で並べられており、部屋の手前側の席に左右に分かれて新入生の僕らが座っていたのだ。ゲームの箱が並んでいた棚があるのも部屋の奥で、斎藤先輩も志月部長もそちら側から動いていない。ゲーム中アドバイスをするときに、僕らの近くまで来たことは何度かあったけど、僕らより入り口側には立たなかった。
「じゃあさ、何かおかしいことなかった?」
「何かってなんだよ」
「僕らには分からないけど、ゲームのチョイスとか人数とか、卓人の目から見ておかしなところはなかったかな」
「うーん。ごきぶりポーカー自体は手に入りやすい人気のゲームだし、ルールも簡単だから初めて遊ぶのにもまあ、妥当なチョイスだと思うよ。おかしいといえば、五人でやってもいいのに、部長さんが参加しなかったのはちょっと不自然かなあ」
「でも、ひとり自由に動いてアドバイスできる人がって、言ってたじゃない」
実際にプレイ中に僕や大場さんの手がとまったときには、ちょくちょくアドバイスをくれていた。
「うん、だからまあ、チラシとは関係ないかなあ」
チラシに目を落とす。頑張って作ったのは伝わってくるが、それが伝わってしまうということはつまり、あまり出来は良くない。志月部長が作ったのか、と思ったがそれにしては遊び心がなかった。これはきっと斎藤先輩が無理やり作らされたのだろう。志月部長に命令されて困っている斎藤先輩を想像したら、なんだかおかしくなってきた。今日会ったばかりで、ほんの一時間くらいしか過ごしていないというのに、なぜか二人のやりとりまで想像できた。
「何か思いついたの?」
僕の顔を見て、大場さんが問いかけてくる。違う違う、と説明すると二人にも想像できたらしく、三人で声を出して笑った。
「斎藤先輩って、部長のことが好きなのかな?」
大場さんが目を輝かせている。
「さあ、どうだろ。あんまりそんな感じじゃなかったけどなあ」
「でもさ、そうでもなけりゃ、あそこまで従ったりしないでしょ」
「いや、むしろ好きだったらもっと対等になるように突っ張るんじゃないか」
「そりゃ卓人はそうかもしれないけど、先輩が同じ考えとは分からないでしょ」
「斎藤先輩と卓人じゃ、全然違ったタイプだしね」
「今日会ったばっかりなのに、俺の何が分かるんだ」
卓人が拗ねたように言う。しかし声のトーンからして本気ではない。
「卓人はサソリが三枚貯まった状態でも、勝てる場面なら攻めに行くけど、斎藤先輩は少しでも負ける危険があるならリスクはとらないって感じかな」
「そんなの、今日のゲームだけじゃんか」
ほんの小一時間卓を囲んだだけだけど、それでも分かることはある。もし斎藤先輩が何かを仕掛けようとしていたのなら、もっと言動に不自然なところがあったはずだ。ゲームをしながら他のことまでできるほど器用な人には見えなかった。おそらくチラシを入れたのは、部長の単独犯か、協力者がいても斎藤先輩ではない。この考えを伝えると、二人も同意してくれた。
「斎藤先輩には無理だね」
「斎藤先輩には無理だな」
「うん、だからやっぱり志月部長が何かしたんだ。そういえば、座る席を指定されたけど、あれも今思えば怪しい」
「でもさ、四辺にそれぞれ分かれて座っただけで、俺たちみんなの視界にカバンが入らない位置ってわけでもなかっただろ」
「じゃあ、他の誰かがこっそりドアを開けて、こっそりカバンを開けたとか」
カバンは入り口のすぐ横に置いていたので、ドアの隙間から手を伸ばせばカバンには届く。
「確かに、わざわざ入り口前に置かせたのは、ちょっと作為を感じるね」
「そうなると、今日来てない三年生ってのが怪しいな」
卓人がストローを咥えたまま言った。
「たまにしか来ないって言ってたけど、あれは嘘で、実は部屋の外で待機してたってのはありそうね」
「でも、そんなイタズラするためだけにわざわざ?」
僕らが部室を訪ねてゲームが終わるまでの一時間ほど、ずっと部屋の外で様子をうかがいつつ、チラシを入れるチャンスを待っていた、というのはかかる手間の割にやることが小さい。
「でも、あの人たちならやりそうじゃない」
「だなあ」
穴倉にこもって人知れずゲームを遊んでいるあの人たちなら、面白そうの一言だけでそのくらいの手間なら惜しまないかもしれない。
「でもさ、ベル鳴らなかったよね」
ぽつりと口に出す。ドアを開けたなら、上についているベルが音を立てて気付くはずなのだ。それが鳴らなかったということは、ドアは開かなかった。
「そっと開ければ鳴らないんじゃない?」
「大場さんが入ってきたときも鳴ったじゃん」
「ああ」
大場さんがおそるおそるドアを開けたときもベルは鳴った。そっと開けても気づかれる可能性が高い。もしあそこで僕らの誰かが振り返って、ドアの隙間から伸びる手を目撃していたとしたら、なかなかに間抜けな光景だったろう。
「あの部長さんなら、見つかってもケラケラ笑ってそうだけどね」
「俺も大場もドアは視界に入ってたんだから、もし少しでも動けば気付いたと思うし、やっぱりそれも無理だな」
「ねえ、そのチラシ、もともとカバンに入ってたってことはないの?」
「どういうこと?」
「だって、真之介くんもボードゲーム部に興味があって見学に行ったんでしょ。学校のどこかでチラシをもらったのを忘れてるだけってこともあるかと思って」
「おいおい、いくらなんでもそこまで間抜けじゃないだろ」
僕だっていくらゲームが弱くても、そこまでぼんやりしているわけじゃない。
「いや、まてよ」
反論しようと口を開こうとした瞬間、僕の頭にある考えが浮かんだ。
「もしかしたら、本当にもともと入っていたのかもしれない」
僕の言葉を聞いたふたりは、呆れたようにポカンと口をあけていた。
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