4 またおいで


   4


「これはサソリです」


 僕の前にカードが置かれる。カードを置いたのは卓人だ。卓人の前にはハエが二匹とサソリが三匹置かれている。あと一つで負けなのに、ここで本当にサソリを出してくるとは思えない。それに、サソリのカードは斎藤先輩の前に二枚、僕の前に一枚置かれているうえに、僕の手札にも一枚ある。カードはひと種類八枚しか存在しないのだから、サソリはあと一枚だけだ。それが都合よく卓人の手札にあったとも考えにくい。


「よし、嘘だ。これはサソリではありません」

 宣言してカードをめくる。

「うそっ」


 目つきの悪いサソリが僕を睨んでいた。


「よっしゃ!」

 卓人がぐっと力を込めてガッツポーズをする。やられた。こうなったらやり返すしかない。僕は手札からカードを一枚選んで卓人の前に置いた。


「これはサソリです」

 最後のサソリだ。これを見抜けなければ、卓人の負けだ。どうだ、と思って卓人の顔を見ると、意外にも彼は笑顔を浮かべていた。パッケージのイラストそっくりの、不敵な笑みだ。


「本当です。これはサソリだ!」

 よし、と再びガッツポーズを見ることになった。サソリのカードは僕の前に置かれる。これで三枚目のサソリなのでリーチがかかっているけど、カードはすでに八枚使い切られたので、サソリで負けることはない。しかし、やはり読み合いに勝てなかったという悔しさは残る。


 カードを受け取ったのは僕なので、またしても僕の手番だ。やはり経験者相手では分が悪い。一度仕切り直しだ。悪いがここは大場さんを狙わせてもらおう。


「これは、えーと、ネズミです!」


 勢いよくカードをテーブルに出す。

「嘘です」

 カードを出すや否や大場さんが答えてカードをめくる。そこにあったのはカメムシだった。

「なんでわかったのさ」

 驚きながら尋ねる。勘で答えたにしては早すぎるが、勘じゃないとしても考える時間が足りないはずだ。


「だって、カードを出すときに少し考えたでしょ。本当のことを言うなら、悩む必要はなかったはず」

「あーあ」


 大場さんが笑いながら言った。同じ初心者だと舐めてかかってこの結果だ。僕は自分の前に置かれたカードをじっと見つめた。


 その後も僕は一方的に騙されるばかりで、どんどんカードが目の前に溜まっていった。卓人はケラケラ、大場さんにすらニヤニヤ笑われて、どんどん追い込まれていく。斎藤先輩も、可哀想にという表情をしているものの、僕が出したカードを容赦なく当てていく。手加減が嫌いなのは志月部長だけではないらしい。


 いよいよ追い込まれてしまった。僕の前にはサソリとクモとネズミとコウモリが三枚揃っている。サソリはすでに八枚すべて使い切られているので警戒しなくていいとしても、トリプルリーチだ。他のカードもカメムシとハエが二枚、カエルが一枚とかなり賑やかだ。次は大場さんの手番で、彼女もカエルとごきぶりが三枚でリーチなので、僕を狙ってゲームを終わらせにかかるだろう。


「これはごきぶりです」


 予想通り僕の前にカードが差し出される。まさか三枚抱えているごきぶりを出してくるとは思えない。いや、その裏をかいて敢えて本物を出してきたのだろうか。表情を盗み見るも、ニヤニヤ笑っているばかりで判断できない。笑っているということは、何か仕掛けてきているのだろうか。待て、冷静に考えろ。これがごきぶり以外の場合、おそらく僕がリーチになっているどれかだろう。クモかネズミかコウモリ、このうちのどれかを受け取ってしまえば負ける。だったら答えはひとつだ。


「これはごきぶりではありません」

 宣言してカードをめくる。本当にごきぶりだとして、僕は一枚目で、彼女は四枚目で負けになる。お互いのリスクを考えれば選択肢はこれしかない。

「どうだ!」

 目に飛び込んできたのは鮮やかなオレンジだった。ごきぶりがヒトを馬鹿にしたような顔で笑っている。「ああ」思わず声が出た、ごきぶりでないと宣言してしまったので、僕がカードを受け取る。


「決着がついたね」

 志月部長がパン、と手を叩いて立ち上がった。

「えっ」

「ほら、君は八種類全部揃えてしまったから、これで負けだよ」


 言われて気付いた。ごきぶりは一枚目だったが、八種類目でもあったのだ。同じ種類のカードを四枚集めたら負け、という条件ばかり気にしていて忘れていた。

「まあ、初めてやるゲームではよくあることだよ。次遊ぶときは気を付ければいいだけの話だ」


 もし八種類揃えたら負けるというルールを覚えていても、あそこまで追い詰められていたら逆転は難しかっただろう。ルール説明は全員に平等に行われたのだから、ちゃんと聞いていなかった僕が悪いのだ。斎藤先輩と卓人はともかく、僕にトドメをさした大場さんだってまったく初めてのプレイだった。


「じゃあ、今日はこれくらいにしておこうか」


 立ち上がった志月部長が入り口の脇まで移動して言う。まだここに来てから一時間もたっていないが、今日はあくまで見学だ。志月先輩は「遊び足りないくらいがちょうどいいんだ、遊びたくなったらまた来てくれればいい」と笑っていた。


「明日は授業初日だろう。部活停止日だし、特別な用がなければ明後日以降だな、いつでも遊びに来なさい」


「ありがとうございました」と頭を下げて席を立つ。


 ほら、と志月部長が荷物置き場にあったカバンを渡してくれた。卓人が「あ、ども」と言って受け取って、大場さんは部長に渡される前にキーホルダーのついた自分のカバンをカゴから取り出した。残った二つのうち片方を手渡される。


「これが君のカバンだ」


「あっ、ありがとうございます」


 またおいで、という志月部長の声を背に僕らは部室をあとにした。

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