3 さっそく一戦やってみようか

   3


「ごきぶり?」


 思わず聞き返してしまう。鮮やかなオレンジ色の箱を見ると、にやりと不敵な笑みを浮かべた虫がカードを持っているイラストが描かれている。しかしイラストのタッチが可愛らしいこともあって、不思議と嫌な感じはしない。


「ああ、ごきポですか」

 卓人が経験者らしくしたり顔で言う。

「簡単で分かりやすいし、入門用に持って来いだと思ってな。とりあえず、斎藤を含めた四人で遊んでもらおうか」


「あれ、部長はやらないんですか」

「誰かひとりアドバイス役がいた方がいいだろう」

「まあ、円ちゃん手加減とか嫌いだから、初めての人とはやらない方がいいかもね」

「そういうこと」


 まずはルール説明をしよう、と志月部長が張りきった声を出す。

「これは、嫌われものを押し付けあうゲームなんだ」

 入門用と言った割には嫌なテーマだ。


「カードの絵柄は、ゴキブリ、コウモリ、ハエ、ネズミ、サソリ、カエル、クモ、カメムシ、で八種類のカードがそれぞれ八枚。全部で六十四枚」


 箱から出したカードを机の上に並べる。嫌われもの、というように中々ひどいラインナップだが、イラストが可愛いので嫌悪感はない。

「まずこれを均等になるように配る。今回は四人で遊ぶから、ひとり十六枚だな」


 カードが配られる。卓人が迷わず自分のカードを取って眺めていたので、同じようにする。


「スタートプレーヤーは一番嫌われている人だから、この中だと斎藤だな」

「えっ」

「普通はじゃんけんとかで決めるけど、今日は初めてだから僕から出すね」


 斎藤先輩は手札の中から一枚選ぶと、机の上に伏せたまま、卓人の前に突き出した。


「これはコウモリです」

「指名されたプレーヤー、今の場合は卓人くんだな。卓人くんは、斎藤が嘘を言っているか、本当のことを言っているかを当てるんだ。本当にコウモリだと思ったら、『これはコウモリです』と言ってカードをめくる。コウモリ以外だと思ったら『これはコウモリではありません』と言ってめくる」


「これはコウモリです」


 卓人は迷いなく宣言して、カードをめくった。卓人の予想通り、コウモリのイラストが描かれている。


「よっしゃ」

「この場合、斎藤はカードを見抜かれたから、斎藤にマイナスポイントがつく」


 志月部長はコウモリのカードを斎藤先輩の前に移動させた。


「マイナスのついた人が、次のカードを出さないといけないから、次も斎藤の番だ」

「じゃあ、今度は一刀くんへ。これはコウモリです」

 斎藤先輩は同じように宣言すると、僕の前にカードを出した。

「今度はコウモリじゃないはずだから、『これはコウモリじゃありません』って言えばいい」


 いつの間にか僕のすぐ後ろまで来ていた部長が教えてくれる。急に耳元で声がしたので、驚いてカードを取り落としそうになった。ひとまず部長に言われた通り、宣言する。


「これはコウモリではありません」


 カードをめくると、クモの絵が描かれている。


「ほら、正解だ」

「そりゃ説明するのに二度同じ行動はしないって」


 斎藤先輩が呆れたような口調で言う。クモの絵のカードが、斎藤先輩の前に並べられる。


「これ繰り返していって、誰か一人が同じ種類のカードを四枚か、八種類全部集めてしまったら、その時点でそのプレーヤーの負けでゲーム終了。ってのが基本の流れ」


 それぞれ嫌われものを押し付けあって、出されたカードが嘘か本当かを見抜く。見抜ければ相手にマイナスポイント、見抜けなければ、自分にマイナスポイントがつく。


「実は指名されたプレーヤーにはもうひとつできることがある。斎藤」


 名前を呼ばれた斎藤先輩は、今度は大場さんにカードを一枚出す。


「これはハエです」

「よし、若葉さん、これは嘘か本当、どっちだと思う」

「あ、え、分かりません」


 急に指名されて戸惑っているようだ。まったく情報がないこの状況では、勘以外に答えようがない。


「よし、じゃあカードをめくって見てしまおう。そうすれば、このカードが何か分かる」

「えっ、見ちゃっていいんですか」


 思わず声が出た。見ていいなら、間違えようがない。ゲームにならないではないか。「いいからいいから」と促す先輩に従って、大場さんがおずおずとカードをめくる。


「あ、見るのは自分だけだ。他の人には見えないように。よし、見たな。じゃあ今度は、さっき斎藤がやったように、卓人くんか真之介くんどちらかにカードを出すんだ。あ、手札からじゃなくて、今めくったカードをそのまま使ってくれ」

「はい」


 迷いながらも、カードを突き出す。指名されたのは僕だ。


「そこでカードの種類を宣言する。さっき斎藤が言ったように『ハエです』と言ってもいいし、別の種類を宣言してもいい」

「あ、えっと、じゃあ、これはハエです」

「さて、真之介くん。若葉さんは嘘を言ったと思うかい?」

「あ、じゃあ」


 僕が答えようとしたのを遮って、部長が先を続けた。


「よし、じゃあ真之介くんも見てしまおう。ほら、どうぞ」


 言われた通りにカードをめくる。ハエのイラストが描いてあった。なんだ、二人と

も本当のことを言っていたようだ。


「じゃあ次はカードを出そうか。斎藤も若葉さんも答えを知っているので、出せるのは卓人くんだけだ。出したら宣言してくれ」


 卓人の前にカードを出す。


「これはハエです」


 僕がそう言うと、卓人はにやりと笑った。


「これは本当だな。ハエ!」


 勢いよくカードをめくる。出てきたイラストはもちろんハエだ。当てられてしまったので、このハエはマイナスポイントとして僕の前に置かれる。


「さすがに三人中二人が初心者で、全員が嘘を言ってるとは考えにくいからな」

 へへへ、と卓人が誇らしげに口元をゆがめる。なるほど、これで何となくゲームのやり方は分かった。


「嘘か本当か見抜ける自信がないときは、カードを見てしまって他のプレーヤーに回すこともできるんだ。ちなみに最後のひとり、今の場合だと卓人くんは、もう回せる相手がいないから、嘘か本当か勝負するしかない」

「でもこれだと、ほとんど勘だけで勝負が決まりませんか?」


 大場さんが疑問を口にする。手がかりがないと当てようがないのだから、勘に頼るしかなくなってしまう。


「勘も大事だけど、それだけじゃないさ」


 例えば、と言いながら、志月部長が斎藤先輩の手札からカードを選んで机の上に並べた。


「斎藤の前にクモが三枚あるとする。つまり、クモはあと一枚で負けだ。さて、若葉さん、君の手札にクモはあるかな」

「あ、はい。あります」

「じゃあ君が今カードを出すとするなら、誰に何のカードを出す?」

「え、あっ」

「その通り。斎藤にクモのカードを出せばいい。『クモです』と本当のことを言ってもいいし、例えば『ネズミです』と嘘をついてもいい。どちらにせよ、斎藤はそれを見抜けなければ負けてしまう」


 斎藤先輩が頷いて後を続ける。


「でも、クモのカードを出してくる可能性が高いんだから、『クモです』って言われたら『本当です』って返して、他のを宣言されたら『嘘です』って返せば、当たる可能性は高いよね。まあ、もし外れてもクモ以外のマイナスならすぐには負けないし」

「攻めてくるか、守りに入るか、誰がどんなことをしてくるか予想すればなんとなく見えてくる。出されたカードを当てるのは無理でも、嘘か本当かの二択程度なら、どうにかなるでしょう」


 じゃあ、さっそく一戦やってみようか、と志月部長が微笑んだ。

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