2 ごきぶりポーカー
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放課のホームルームを終えて、誰もいない教室に取り残されてしまった。
今日の午後に行われた部活紹介では、いくつもの部活動が「見学しに来てください」と言っていた。クラスの他の人たちはみんなどこに行くのか決めていたらしく、すぐに教室を出てどこかへ行ってしまった。
部活に入らないと決めているわけでもない僕は、どの部へ行くか決めかねて部活紹介の冊子をめくっていると、教室のドアが開く音がした。
「おう、何してんの」
学ランを着た男子生徒がこちらへ向かって歩いてくる。僕より少し背が高く痩せており、髪は短く、なんとなく運動が得意そうな印象だ。
「部活、どこに行くか決まってないなら、一緒に来るか?」
「あ、え、あ、うん」
同じクラスの人だということは分かるのだが、自己紹介のときに聞いた名前を思い出せない。松村だったか、松浦だったような気がするが、出席番号順の自己紹介では一番先に話していたはずだ。
断ることもできずに、一緒に部活見学に行くことになってしまった。不安な気持ちのまま彼のあとについて教室を出る。あのまま教室でぼんやりしているようはいいだろうけど、名前のことばかり気にしていたせいで、何部に行くつもりなのかも聞きそびれてしまった。うまく会話することもできずに黙々と廊下を歩く。
「ここだな」
目的の部に着いたらしく、ドアの前で立ち止まる。ドアのプレートには『ボードゲーム部』と書かれていた。確か部活紹介ではカッコいい女の人が話していたところだ。てっきり運動系の部に行くと思っていたので意外だった。
二人でドアの前に立っていると、後ろから声が聞こえた。
「あら、あなたたち見学?」
振り返ると、部活紹介のときに壇上で部活の説明をしていた女性が立っていた。僕らの横をすり抜けてドアを開けると、颯爽と中へ入っていく。ふわり、といい香りがする。ボードゲーム部部長の志月先輩は、近くで見ても綺麗な人だった。
ドアは引き戸で手をかけるとカランと音が鳴る。どうやら裏にベルが取り付けられているらしい。西部劇みたいだな、なんて思いながら部長のあとに続いて部屋の入る。通常の教室の半分程度の大きさだ。奥に窓があって、左手側の壁には金属製の棚が設置されており、そこにいくつもカラフルな箱が並んでいる。書かれている文字は学国語のようで、とっさには読めない。部屋の中央には長机が二つ並べられていて、その両脇にパイプ椅子が置かれている。背の高い男子生徒が窓の前に立っている。部員だろう。志月部長は彼の横に立ち、僕らに向かって笑顔で言った。
「ボードゲーム部へようこそ」
ふと隣を見ると、一先生の彼は棚に並んだ箱をじっと眺めていた。
「とりあえず、名前を聞きましょうか。私は部長の
じゃあそっちの君から名前を教えて、と促され簡単に自己紹介をする。
「一刀真之介です。ボードゲームはよく分からないんですけど、ちょっと面白そうだったので」
僕が名乗ると、志月先輩は嬉しそうな表情になった。
「面白い名前だ。剣豪みたい」
名前は平凡だけど、苗字は珍しいので覚えてもらいやすい。じゃあ次もよろしくと、もう一人の新入生に話がふられる。
「
「タクトっていうのは、どんな字を書くのかな」
「電卓のタクに、ヒトで卓人です」
「良い名前だね。ボードゲーム向きだよ」
何が面白いのか、志月先輩は妙に楽しそうだ。隣の斎藤先輩も、少し困ったような表情になりながらも、どこか嬉しそうだ。
「二人も来てくれて嬉しいよ。さて、立ったままなのもおかしいし、座って話をしようか」
僕らが座ろうとするとカランと背後から音がした。振り返るとドアを細く開けて、その隙間から小柄な女子が顔を覗かせている。
「あの、すみません」
「あ、見学の人かな。入って入って」
斎藤先輩が笑顔で迎え入れる。女の子は恐る恐る、といった様子で部屋に入ってきた。もう一回やり直そうか、と志月先輩が自己紹介を繰り返す。僕らも名乗って、最後に入ってきた女子の番になる。
「
自己紹介が済むと落ち着いたようで、大場さんは安心した表情になった。
「じゃあ次は簡単に部活の説明を、斎藤よろしく」
「部長なんだから、円ちゃんがやってよ」
斎藤先輩は部長のことを「エンちゃん」と呼んだ。
「私はこれから遊ぶゲームを選ぶという重要な仕事があるんだ」
「えー。まあ、じゃあ、とりあえず座ってくれるかな」
斎藤先輩が促すと、棚に向かっていた志月部長が振り返って、「あ、とりあえず荷物はそこに置いといてくれ」と、入り口横のカゴを指される。どちらかの先輩のものか、すでに学校指定のスクールバッグがひとつ中に入っていた。三人ともカバンをカゴに入れてから、「じゃあ君はそこで、君はそっち」と部長に指定された席につく。正方形のテーブルだったので、四辺にそれぞれ分かれて座る形になった。
「じゃあ、円ちゃんがゲームを選んでる間に、部活について簡単に説明するね」
そう言ってから斎藤先輩は、「何から説明すればいいんだろ」と困った顔で考え込
んでしまった。すると「あのー」と大場さんが小さく手を挙げて質問する。
「斎藤先輩は、二年生なんですよね?」
「うん」
斎藤先輩が頷くと、大場さんは妙な表情をした。僕も同じ疑問を持ったから分かる、部長というからには志月先輩は三年生のはずで、その三年生にタメ口を使っているのが気にかかっていたのだ。斎藤先輩は僕らの表情から疑問を察したらしく、答えを口にする。
「あ、円ちゃん、つまり志月部長も二年生で、小学校から一緒なんだよ」
大場さんは、納得したらしく、ああ、と小さく声を漏らした。ふたりはいわゆる幼馴染らしい。
「円ちゃんて呼ぶなって言ってるんだけど、やめてくれないんだ。あ、ちなみにこいつはエンちゃんって言ってるけど、本当の読み方はマドカだから。君たちも呼びたかったらエンちゃんって呼んでもいいけど、ああ、いや、あれだ。私にゲームで勝てたらエンちゃんって呼ぶ権利を授けよう」
ゲームの箱をかき分けながら、志月部長が言う。
「二年生なのに部長なんですか」
卓人が驚いたような声で尋ねる。
「この部を作ったのが円ちゃんだからね」
部室を見た感じだと、もっと古くから続いてそうな印象を受けたが、意外と新しい部活らしい。部長が一年生のときに創部したとして、まだ二年目だ。
「いや、作ったというか、部員がいなくなって休止していて部活を復活させたって感じだな。ここにあるゲームも、半分くらいは放置されていたものだし」
「そうなんですか」
「活動はほぼ毎日。と言っても、毎日来てるのは円ちゃんと僕だけで、あとは顧問の先生と三年の権田先輩がたまに来るくらいだね。参加は強制じゃないから、気の向いたときだけ来るのでもいいし」
「大会とかはないんですか?」
大場さんが質問する。意外と積極的だ。
「んー、モノポリーとか、一応ゲームによっては大会が開かれてるのもあるけど、基本的には大会とかに出ることはないなあ。もちろん、出たいならとめないけど」
「じゃあ、文化祭とかはどうするんですか」
「去年の文化祭では、ゲームの体験会をやった。お客さんを集めて、僕らがゲームを教えて遊んでもらうって感じで」
卓人がちょこんと手を挙げて、質問していいですか、と問いかける。
「失礼かもしれませんけど、よくそれで部として認められてますね」
「まあ、その辺はいろいろ苦労があったんだけど」
苦笑いをしている斎藤先輩に割り込むように、志月部長が言う。
「ミステリ研究会と称してアニメの話をしているところや、SF研究会と称してアニメの話をしているところに比べれば、真っ当に活動をしているだろう」
「でもなんで、同好会じゃなくて部活なんですか」
「顧問がいるからな」
「今日は来てないけど丸山先生が、一年生だとまだ知らないかな。数学の先生なんだけど、その人が顧問になってくれてるから、同好会じゃなくて部活動として認められてるんだ」
ずっと棚に向かっていた志月先輩がこちらを向く。手にはオレンジ色の小さな箱があった。
「まあ、部活の概要についてはその辺でいいだろう。我が部の活動は主に、ボードゲームで遊ぶことなんだから、君たちにもさっそく体験してもらおう」
持っていた箱を机の上に置いて、今日遊ぶのはこれ、と楽しそうに言う。
「ごきぶりポーカーだ」
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