ボードゲーム部へようこそ

能登崇

第一話 ようこそポーカー

1 誰にも入れられたはずがない



   1


 ゲームとは決断の連続である。


 僕らは部活見学の帰りに、バーガーショップへ寄った。

 見学ということでかなり早めに解散したので時間に余裕はある。そのまま家に帰りたい気分でもなかったので、卓人タクトの「どっか寄って帰ろう」という誘いに素直に頷いた。大場さんも同様に「いいじゃん」とついてきたので、僕らは三人寄り道を決めたのだ。


 彼らも同じ新入生だけど、部活見学で顔を合わせたばかりだ。しかし初対面のぎこちなさはすでになく、不思議と自然に会話ができた。


 夕方のバーガーショップはそこそこ盛況で、僕らと同じ北森高校の生徒であろう制服を着た集団が席を埋めている。ざっと見渡すと、四つだけあるテーブル席はすべて埋まっており、空いているのはレジ正面のカウンター席だけだ。


「俺、先に席取ってるから、注文よろしく」


 卓人は僕に食べたいものを告げると、階段を上って先に二階へ行ってしまった。会計の列に並び、何を食べようかとレジの上にあるメニューボードを見ながら考える。ふと横を見ると、大場さんがケータイを取り出して画面を見つめていた。


「ん、ほらクーポン使った方がお得でしょ」

 僕の視線に気づいたのか、大場さんは顔をあげて言い訳めいた口調で説明した。

「あ、今おばさんくさいとか思ったでしょ」

「え、いや全然」


 背が低いうえに輪郭の丸い大場さんは、どちらかというと幼く見える。制服のブレザーも着慣れていないのが一目で分かるし、お姉さんの服を勝手に着てしまった小学生といった印象だ。クーポンごときに見た目のイメージを覆す力はない。


「名前のせいか、中学のときオバサンとか言われてさあ」

 嫌になっちゃう、と不満そうに言う。


「ダジャレは思いついたら言いたくなっちゃうからねえ」

 悪口ともとれるような言葉を気軽に投げかけられるのは、おばさんらしさからかけ離れているからだろう。僕の前に並んでいた人の注文が終わったらしく、順番が回ってきてしまった。何も決めてなかったので、慌ててメニューを見るが。結局普通のハンバーガーとコーヒーを選んだ。コーヒーはあまり好きではないが、なぜかそれが一番安いのだからしかたない。注文したものを受け取って大場さんと二階へ向かう。二階には八十席ほどあるらしく、そのうちの七割ほどの座席が埋まっている。辺りを見回すと、卓人が手を振って「こっちこっち」と声を出した。


「お待たせ」

 テーブルにトレイを置いてから卓人の隣に座る。大場さんが向かいに座って、さっそくポテトを食べ始めた。自分の注文したハンバーガーとコーヒーだけ机に置いて、残りはトレイごと卓人の前に移動させる。


「お、ありがと」

 卓人は財布を取り出して中身を探っていたが、小銭がないというので、「今度でいいよ」と返す。

「悪いな」

 卓人とは同じクラスなので、これから嫌でも毎日顔をあわせることになる。


「それで、真之介は入部するのか?」

 卓人は見学中に入部届を書いていた。部室に入ったとき、棚に並んだボードゲームの箱を目にした卓人の目が輝いたのを見ていたので、その決断を早すぎるとは思わない。あんな顔をしたやつが入部しない方が不自然だ。

「まだ、わかんない。確かに楽しかったけど、もうちょっと考えてみたい」

 部活は学校生活において多くの比重を占める。なんとなくで決めて後悔はしたくなかった。ここで間違った判断をすれば、貴重な三年間を無駄にするかもしれないのだ。


「卓人は?」

「まあ、学校案内の冊子を見た時点で、北森高に入れたらボドゲ部に行くのは決めてたからな」


 僕らが見学しに行ったのは、ボードゲーム部だ。

 部活紹介を聞くまでそんな部の存在すら知らなかった僕と違って、卓人は入学前から興味を持っていたらしい。


 ボードゲームと聞くと一般に人生ゲームやすごろくなどを想像するだろうが、部でやっていたのはちょっと違う。サイコロやカードを使うのは同じだけど、心理的な駆け引きを主軸にしたゲームや、相場や交渉などの要素がある複雑なものなどもあり、かなり奥が深い。ドイツで盛んな遊びらしく、ドイツゲームとも呼ばれているそうだ。


「それで、大場はどうするんだ?」

「うーん、考え中?」

 大場さんはストローを咥えながら、語尾をあげて言った。

「そういえば、大場さんはなんでボードゲーム部に見学にし行ったの?」

「ん、部長の演説が格好良かったから」


 入学二日目の今日は授業もなく、各クラスで学校生活の説明を受けた後、体育館で新入生歓迎会という名の部活紹介が行われた。運動部の紹介は聞き流していたが、その他弱小文化部が生き残りをかけて知恵を絞った勧誘を行っていて意外と退屈しなかった。その中でも輝いて見えたのが、ボードゲーム部部長、志月円先輩の行った演説だ。大場さんの言うように、あれは説明というより演説と言った方がしっくりくる。何も持たずに現れて、ボードゲームの魅力を熱く語った部長の姿は、僕の脳に突き刺さった。


「確かにあれは格好良かったね」

 同じような理由で興味を持ったと知って、少し嬉しくなる。


「あと、あのまま帰ろうとしても、どっかの部活の勧誘に捕まるだけだし」

 新入生歓迎会の後は、下校していいことになっているが、実際は各部活動の勧誘の時間になる。校門までの道は新入生獲得に力を入れている部活動の部員たちが、半ば強引に新入生を捕まえようとするらしい。進学校を自称する北森高で、大規模な勧誘活動が許されているのは今日だけなので、どの部も必死だそうだ。


「考え中か。でも、また遊びに来てって言ってたし、また見て決めてもいいしな」

「社交辞令を真に受けて入部する気もないのに何度も行ったら迷惑でしょ」

 のんきな卓人に対して、大場さんがきつい口調で言う。この様子だと、入部を本気で迷っているようだ。


「今日やったゲームも面白かったよね。ボードゲームっていうと、トランプとか人生ゲームくらいしか知らなかったから新鮮だった」

「うん、楽しかった。なんて名前だっけあれ」

「ごきぶりポーカーだな。名前はひどいけど、面白かったな」


 試しに軽めのゲームを体験させてくれる、ということで、ここにいる三人に二年生の先輩をひとり加えて、ゲームを遊ばせてもらった。


「まあ、俺は入部するから、お前らも入ってくれればまた遊べるんだけどな」

 卓人は自分のカバンから入部届を取り出した。今ここで書いてしまうつもりのようだ。


「あ、ボールペンないや。こういのってシャーペンじゃだめかな」

「だめってことはないだろうけど、ボールペンの方が良いんじゃない。僕持ってるから貸すよ」


 カバンの中を探るが、筆箱が入っていない。出てくるのは真新しい教科書だけだ。

「ごめん、教室に忘れてきたかも」

 入部届などの配られたプリントをまとめたクリアファイルも見当たらなかった。まとめて机の中に置いてきたかもしれない。慣れない環境で緊張していたのだろうか。


「おかしいなあ」

 さらにカバンの中を探していると、教科書の間に紙が挟まっていたのが目についたので、端をつまんで引っ張り出す。

「なにそれ」


 その紙には見覚えがなかったが、それが何なのかは一目でわかった。

「勧誘のチラシだな」

 僕が取り出したチラシには『ボードゲームの世界へようこそ』と書かれている。連絡先も志月部長の名前が載っているし、ボードゲーム部の勧誘チラシで間違いないようだ。


「でも、こんなチラシもらわなかったよ」

「じゃあ、あの部の誰かが入れたんじゃないの」

「ううん、でも、それはちょっとおかしい」


 部室でのことを思い出す。

「カバンは入り口にずっと置いてたでしょ。ゲームをしている間は誰も近づかなかった。帰るときに部長がカバンを渡してくれたけど、もちろんジッパーは開けてなかった」

「どういうこと?」

 何が言いたいのか分からないのか、大場さんは首をかしげる。


「つまり、誰もこのチラシを僕のカバンに入れられたはずがないんだ」

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