第10話

「パドルグラド」


パドルグラド。パドルクの上位にあたる魔法を唱える。ゆらりと揺蕩う魔力が、俺の手を包み込む。


「魔剣使い相手に魔導師が杖を捨て、力の中位魔法で対抗だと? ふざけているのか?」

「ふざけてはいないさ。杖は邪魔になるだけだ。中位魔法なのも、俺の魔導師としての容量じゃ、これが限界ってだけだ」


話にならんとばかりに、ハダルが首を振る。

そして踏み込み、斬りかかって来る。

俺は、それを刀身を手の平で撫でるようにいなす。


「やつを喰らえ! 羅刹!」


俺の手が触れた瞬間、ハダルの声が轟く。

ハダルの声に応じるように、魔剣に纏っていた闇が暴れ出す。弾け、のたうつように俺を吹き飛ばす。


「効くかよ」


宙に打ち上げられた体を反転させる。

確かに強力ではあるが、それだけだ。恐れるほどじゃない。この程度なら……っ!?

技を繰り出そうとした途端に、異変を感じる。

体の自由が効かない……?


「ぐっ!」


体の自由を奪われたまま、地面に叩きつけられる。

そりゃあ、簡単に対抗出来ると思う方が間違いだわな。なんせ魔剣だ。一振りで、戦争を終結させるほどの破壊をもたらすものだってある。

無理やりに体を動かそうとしている間に、ハダルが迫る。魔剣を振りかざし、首にめがけ鋭く振り下ろす。


「ツバキさんっ!」

「来るな!」


助けに入ろうとするアイリスを声で牽制し、右手で空間ごとハダルを弾こうとする。

しかし、グニャリと捻じ曲がった空間はハダルの魔剣で受け止められる。


「なるほどな、そろそろタネがわかって来たぞ? お前は先ほど、力魔法を唱えた。つまりお前は……、この空間そのものの力の流れを支配しているということか」

「空間の力を……、支配?」


魔導師の称号を得るには、必要な要件は1つしかない。魔法の根源に至ることだ。


「違うか?」

「…………」

「図星のようだな。では消えろ」


再び、魔剣が振り下ろされる。

…………パチン。


「がっ……は……っ……!?」

「俺も、なんとなくお前の魔剣の力がわかって来たぞ」


立ち上がり、血を吐いて倒れ込むハダルを見下ろす。やはり、理解が甘い。


「魔導師を理解し切るだと? 100年早い」

「…………なんだと?」

「空間を支配だなんて、そんなとんでも技じゃねえってことだ」


パチン。


「……ぐっ……!?」


再び、ハダルが血を吐いた。


「どうした? 俺は指を弾いただけだぞ?」

「くそっ……、何故まだ戦える!? この世界の法則を操ろうとすれば、それこそ膨大な魔力と体力を消耗するはず! 十分に魔力と体力は奪ったはず! 何故だ!!!」

「…………難しく考え過ぎだな」


立ち上がるハダルを睨みつつ呟く。

そうだ。全力で来い。


「魔法だろうが何だろうが、大抵根源ってのは至ってシンプルなもんさ。バタフライエフェクトって知ってるか? 蝶が羽ばたいたとき、そのエネルギーが巡り巡ってどこかで竜巻を起こすって話だ。まあ、いわば机上の空論だがな。俺はそれを、この場で実演してるだけだ」

「それが……、指を弾くだけでこの威力だと?」

「力魔法の能力は強化。その大原則は変わらない。魔導に至ろうとだ」


構えをとる。

一度利かなくなった自由は、もう随分と戻って来た。そして、自由を取り戻すために俺が行った対策は1つ。さらには、ハダルの先ほどの発言。自分の中で、魔剣の能力に対する仮説が定まりつつある。

ハダルは、既に俺を見下してなどいない。ここからが総力戦だ。今ここで勝てるだけの力じゃ足りない。俺は、あの勇者を倒さなければならないんだから。


「かかって来い魔導師!」


正拳突きを放つ。

拳で生まれた衝撃は、空を打ち、景色を歪ませるほどに威力を上げながらハダルへと向かう。

ハダルはそれを魔剣で両断すると、真正面から突っ込んで来た。

俺の気のせいでなければ、魔剣の威力が増している。やはりそうか。


「お前は不気味だ魔導師!」

「何だそれ……。さすがに傷付くぞ?」


ハダルの魔剣が、間合いに入る。

お互いの拳と魔剣がぶつかる。一瞬、力が抜ける感覚を味わう。だが、これで検証完了だ。

蹴りを放ち、衝撃波でハダルとの距離を強引にこじ開ける。


「またその目だ。俺の魔剣を観察するような……」

「あぁ……、悪かった。気に障ったなら謝るよ。だが、それももう終わりだ」

「…………」


ハダルが忌々しそうに俺を睨む。


「お前の魔剣の能力はわかった。おそらくは、闇に触れた部分からあらゆるものを“強奪”するんだろ? だから、俺が体の自由を奪われた直後、お前の魔剣の威力は上昇した」

「…………」


ハダルは答えない。

まあいい。これはただの意趣返しだ。

力を奪うものであるならば衝撃波も吸収すると考えて良さそうだが、ハダルは先ほど斬っていた。無条件に奪えるとは考えにくい。

そうなると、共通するのは直接闇に触れていたということ。闇はパイプラインの役割を果たしていて、繋ぐ先が実体でなくてはならないとすれば説明がつく。

つまり……、


「直接触れなければ良い」

「…………やはり不気味だ。お前は」


ハダルが魔剣を天に掲げる。今度は、空間を覆っていた瘴気さえも全て取り込んでいく。

まずいな。俺の仮説が正しいとして、あの瘴気も闇の一部だとしよう。となれば、この空間を覆っていたのは、力をかき集め続けるためだと考えられる。でなければ、無駄な魔力を消費してまで空間を瘴気で覆う説明がつかない。

そして、力を奪うことで魔剣の威力が上昇するのならば、これほどの瘴気を魔剣に集約させれば、膨大な破壊力を生むのは明白。


「お前の推測が当たっているのか否か。その身を以て知るがいい」

「随分な威力だな」


簡単に打ち返せる威力じゃない。それこそ、全身全霊をかけた一撃が必要だ。

右手を握り、残りの全魔力を集中させる。

これで奴を倒せないとしたら、あの勇者だって倒せない。あいつはこんなもんじゃない。もっと、もっと強かった。だから俺も……、


「もっと力が必要だ」


ハダルの魔剣に全ての瘴気が吸収され、溢れ出すエネルギーが大地を震わせている。

この威力なら、まともに振るえば山を砕けるだろう。奴が使うのは斬撃、俺の拳では受けきれるかどうか危ういかもしれない。

後ろを振り向くと、アイリスが不安そうに俺を見ていた。聖剣を構え、準備万端といった様子だ。

仕方ないことではあるが、随分と信頼されてねえなあ。仲間に誘ってきたのはお前だろうに。


「アイリス、さっき預けた杖、返してくれるか?」

「そ、それは良いですが、大丈夫なんですかっ!?」

「何が?」

「あの魔剣ですっ! 尋常じゃない威力ですよっ!?」

「あー……」


アイリスの心配はもっともだ。

聖剣や魔剣は、それを使えるというだけで特別視されるほどの武器だ。そんな魔剣の全力の一撃を、たかだが魔導師に止められるはずがない。どれだけ位を高めようと魔法使いは魔法使いなのだ。


「大丈夫だ」


言い切る。

魔法使いが魔剣使いにかなわない? そんなものは関係ない。

アイリスから受け取った杖に、右手に集約させていた魔力全てを託す。

腰を落とし、杖を槍騎兵のように構える。


「お前は消えろ魔導師!!!」


魔剣が振り下ろされる。

溜めに溜めたエネルギーが、剣先から解き放たれる。


「悪いが、純粋な力比べで負ける気はない。お前こそ消えろ」


腰に据えていた杖を、まっすぐに突き出す。


「な、んで…………」


バキン、と音がして、魔剣から放たれたエネルギーが折れる。音が共鳴しながら山全体に響き渡っていく。

力比べなら負けるつもりはない。魔剣から放たれるのが純粋な力でしかないのなら、それはもう俺の土俵だ。弱点も、どう打ち破るかもすべてわかる。俺は、それを一点突破の攻撃力で貫けば良い。

杖から打ち出した衝撃波は、そのままハダルの胸を貫いた。

ベキッ。鈍い音がして、ハダルが倒れこむ。


「お前は……いったい……?」


俺は答えることをせず、歩み寄っていく。

口元から血を吐き出しながら、ハダルが俺を見上げる。


「見ればわかるだろ?」

「……なんだと?」

「ただの、魔法使いだ」

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鉄腕剛毅の魔法使い (株)ともやん @tomo45751122

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