第9話

「まさか、鬼武者までやられるとはな」


祠までもう少しのところで、フードを被った敵が現れる。

おそらく、鬼武者は中堅クラス。それでも、勇者であるアイリスと互角の技量を持つほどに強い。となれば、より重要な地点を守護する敵の実力もある程度は想像がつく。


「お前が大将クラスか」

「何から私を大将と判断したかは知らんが、まぁそうだ。ここには、神々に封印されたという大悪魔が眠っている。人間どもも、それなりの戦力を揃えてくるだろう。まさか勇者が来ているとは想像以上だが、幸運だ。ここで聖剣を奪うとしよう」


明らかに強い。

聖剣を奪うというのも、感じる魔力と圧力を考えたら妥当だ。おそらくは、アイリスよりも強い。


「まあ待て、お前の相手は俺だ 」

「ツバキさんっ!?」

「魔法使い如きが、私の相手だと? 笑わせる。良いだろう。捻り潰してやろう」

「そうかよ」


杖を構え、アイリスの前に出る。

敵は剣を抜き、いつでも来いとばかりに構える。

ありゃ強い。それこそ、勇者に匹敵する。魔族の中でも最上位級だろう。


「まぁ、捻り潰すのは俺だけどな」


手をかざし、捻りながら握り込む。

グニャリと空間が捻れ、敵を包み込む。


「なに!?」

「どうした? 潰れるぞ?」

「ウガァアアアア!」


敵は叫びを上げ、全力で迫る空間を弾き飛ばした。

息をあげる敵は、既に見下す余裕など無いように見える。


「貴様、魔導師か!」

「ああ、ただの魔法使い如きじゃなくて悪かった。騙すつもりは無かったんだがな。だから、本気を出すなら早めにした方がいい」


俺の言葉に、敵は目を細める。

これは完全な挑発だ。乗って来い。


「良いだろう。このハダルに魔剣を抜かせたこと、後悔するがいい」

「ハダル!? ツバキさん! 私もっ……」


ハダルの名前を聞いた途端、アイリスが聖剣を抜く。だが、俺はそれを制止し、ハダルに向き合う。

ハダルの名前は聞いたことがある。聖剣と対になる魔剣の使い手、魔王直属の7人の幹部の1人、鬼神ハダル。鬼たちの総大将。

ハダルがフードをとると、異様に発達した角が、右側にだけ生えている。左の角があったであろう場所には、戦いで負ったであろう傷が残っている。


「魔剣羅刹、敵を穿て」


東方の民族の戦士、「サムライ」が使うような刀の形をしている。

ハダルが魔剣を抜いた瞬間、瘴気が辺りを包む。全身が重たくなるような、強烈な瘴気だ。

あの魔剣の能力はなんだ? いや、それ以前にハダル自身の能力も明かされてはいない。少なくとも、この瘴気は危険だ。

俺は、両手で扉をこじ開けるような動きをする。山道に沿うように、瘴気が逸れて行く。


「それが根源に至った力か」


その動作の一瞬の隙をつき、ハダルが迫る。

すかさず、ハダルに向けて拳を振り抜く。

グワン、の空間が波打ち、ハダルが吹き飛ぶ。


「厄介だな」


着地しながら、ハダルが忌々しそうに呟く。間髪入れず、俺は地面を強打する。

バキン、と音がして、山道に敷き詰められていた石の板が割れる。ぐらん、と大きく山全体が揺れる。


「くっ!」


あまりの強烈な揺れを回避する為、ハダルが跳ぶ。


「沈め」


空中に逃れたハダルを、さらに上空から正拳突きで待ち構える。限界を遥かに超えて強化された一撃だ。大地を揺らした以上のパワーを込めてやる。

放つ寸前、ハダルが魔剣でガードするが、俺はそれごと打ち抜く。

ズドン。地面に打ちつけられたハダルが、起き上がりながらこちらを睨む。


「いったい、何の魔導を使っている? それに、魔剣を素手で殴るなど、武闘家ですら聞いたことがない」

「さあな」

「教える義理は無いか。ならいい。魔剣羅刹、力を示せ」


ハダルが、魔剣を天にかざす。魔力が魔剣に集まり、刃が瘴気で闇に染まって行く。

聖剣や魔剣は、それ自体が魔導に匹敵する程の強力な武器だ。力魔法でしか魔導の領域に達していない俺には、魔剣羅刹の仕組みはわからない。

聖剣デュランダルは、全てを両断する究極の刃を持つ。聖剣ケラノウスは、神族のみが使えるという雷を操る。

では、魔剣羅刹はなんだ? 闇を纏っている。あれは毒か? 純粋な闇属性? 他に能力を持たないとも限らない。聖剣ケラノウスは、使い手を雷に適応させているようだった。でなければ、雷を纏うなど聞いたことがない。どれほどの能力が隠されている?


「まあ、関係ないか」


深呼吸をして、無駄な力を抜いていく。力魔法のみが取り柄である俺にとって、体の力が支配下に無いのは致命的だ。完全にコントロールしろ。

そうだ。これこそが、俺が望んでいた場面だ。聖剣と並ぶ魔剣、絶好のシュチュエーションだ。如何なる能力があろうとも、ここで負けていては、あの勇者を消すことは出来ないんだから。


「なんという恐ろしい目だ」

「ん? ああ、悪い。少し楽しんでいた」

「楽しんでいただと?」

「ああ、楽しんでいた。お前を消せれば、俺の魔導は、魔剣にも劣らないと証明出来る」


ハダルの顔が歪む。

しかし、能力がわからない以上、俺の方も出し惜しみをしている場合ではないな。


「アイリス、杖を頼む」

「えっ?」


俺が杖を放ると、アイリスは少しアタフタとしながら受け止める。


「杖は使わなくて良いんですかっ!?」

「これから使う魔法には、むしろ邪魔なんだ。預かっていてくれ」


それだけ言って、俺はハダルの方に向き合う。

全神経全魔力を、両手に集中させる。


「パドルグラド」

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