第8話

燃え盛る炎が、街に広がっていく。

目の前で戦う男は既にボロボロだ。


「ツバキ、まだ魔力は残ってるな? お前は逃げろ」

「でも、マグナさんが!」

「俺はあいつを止める! いいか? お前が生きていていれば、俺の意志は残る。お前が世界を変えるんだ! だから、行け!」

「でも!」


そうしている間にも、王国の勇者が迫ってくる。

まさに規格外、そうとしか言い表しようがない。

純粋な戦闘力はさることながら、魔導クラスの攻撃を容易く斬り裂く聖剣が厄介だ。天敵と言っていい。

この世の法則さえ両断出来る聖剣デュランダル。一説には、伝説の不壊金属オリハルコンさえ傷付けることが出来るという。


「早く!!!」

「うぁああぁあ!!!」


逃げ出した俺の背後で、マグナさんと勇者が対峙するのがわかる。凄まじい圧力を感じる。


「諦めろ革命家マグナ。如何にお前が強力な魔導師でも、王国に選ばれた勇者である私には勝てない」

「それだけの強さがあって、やることがこれかよ!」

「仕方ないだろう。この街は、人間全体を裏切るような大罪を犯したのだ。いずれ、ここから魔族が侵略を開始せんとも限らん。拠点になりうる土地は、いち早く消さねばならん」

「……裏切った? この街の人は優しいだけだ! お前ら王国は、その優しさでさえ恐いのか!!!」

「話にならん。もう終わりだ」


一瞬だけ、後ろを振り向いた。

今でも目に焼き付いている。俺の恩人が聖剣で斬られ、血飛沫とともに倒れる瞬間を。

だから俺は、勇者にあまり良い感情は抱いていない。強いだけの勇者なんて、王国に、聖剣に選ばれたから勇者だなんて間違ってる。そんなのは勇者じゃない。


「むにゃむにゃ……、もーお腹いっぱいっ」

「……はっ」


思わず鼻で笑ってしまった。

既に昼の12時だというのに、呑気に寝てやがる。

いや、むしろこいつはこれで世界平和に貢献してるんじゃないのか? 世界中の勇者がこんだけ呑気なら、きっと争いもなくなるだろう。きっとそうだ。

俺は、目の前で眠りこける自称勇者に「ツバキさんはやっぱりバカですね〜」おい、なんで名指しでバカにした。


「起きろ自称勇者」

「ふにゃ? 痛いっ! 痛いですっ!」


俺が頬をつねると、自称勇者は情けない声をあげながら目を覚ました。

パッと離すと、俺に睨みをきかせながら頬をさすりだした。


「もうちょっと起こし方とか無かったんですかっ!? これでも女の子なんですよっ!」

「こっちは8時頃からずーっと起こしてたんだ馬鹿勇者。お前が起きないから仕方ないだろうが」

「そ、それは失礼しました……。って今12時ですかっ!? なんでもっと早く起してくれないんですかっ!」

「8時に起したって言ったろ! 今!」


やっぱり仲間になるんじゃなかった……。

結局、あまりにしつこいもんでこっちが根負けした形で仲間になったが、これから毎朝これが続くかと思うと目眩がする。いや、もう朝ですらなかった。

これでも立派に勇者だというのだから、なんだか哀しくなる。

勇者になる条件には2つ、王国に選ばれるか、聖剣に選ばれる必要がある。

こいつの場合は後者だ。村の近くの祠に祀ってあった聖剣に選ばれ、勇者となった。


「早く食事にしましょう! お腹ぺこぺこですっ!」

「はぁ……」

「なんで溜め息をっ!? 食事に誘っただけなのにっ!」


聖剣は簡単に人を選ばない。世界中を探しても、その時代に適合者がいない場合だってざらだ。

それに、聖剣によっても選ぶ基準が様々だという。強さ、心、特殊な才能、その時の気分。

強さがあれば選ばれるというのは、聖剣の中でも難易度の低い基準だ。それでも、要求される実力は半端じゃないのだが。


「なぁ自称勇者」

「じ、自称じゃなくて本物の勇者ですっ!」

「なんで聖剣は、お前を選んだんだ?」

「スルーですか……。まあいいです。私の聖剣は割と気まぐれらしいので、そこはよくわかりませんっ!」


どうやら、持ち主が適当だと聖剣の方も適当らしい。結局のところ、それでも強いというのが腹立たしい。こんなだらしの「え? 今失礼なこと考えてません?」ない勇者でも、選んでくれる聖剣はあるってことか。


「別に何も考えてねぇよ」

「嘘ですよっ! 『こんなだらしのない勇者でも、選んでくれる聖剣はあるってことか』って考えてる顔してましたもんっ!」

「こわっ……」


なんだその鋭さ……。

アイリスが向けてくるジト目を躱そうと、目を逸らす。


「まぁいいです。ところで、今日は何かするんですか?」

「いや、今日はこの町で情報を集める。アイリスは、何かあるか?」

「ふっふっふっ! 実は私、既に良い情報持ってるんですよね〜」


アイリスが、ドヤ顔で自慢してくる。

こいつ、今からでも仲間辞めてやろうか。


「もったいぶってないで教えろ」

「急かさないでくださいよっ! 仕方ないですね〜。はい、これですっ!」


アイリスが、1枚のメモを取り出す。

そこには、こう書いてあった。


・町の奥

・眠い

・お腹減った

・町長

・悪魔

・手紙

・晴れ


そこまで読んで、俺はアイリスを見た。


「なんだこれ、意味がわからん」

「ええっ!?」


アイリスが、心底驚いた顔をする。

驚きたいのはこっちだ。単語の箇条書きで、俺は一体何を理解すれば良いっていうんだ。

てか、よく伝わると思ってたなこいつ……。


「つまりですねっ! この町は、3日に魔族の軍勢が襲来するらしいんですっ! しかも、強大な悪魔を引き連れてっ!」

「全然書いてあることと違うじゃねぇか! 眠いとかお腹減ったとか、どうせお前の感想だろ! あと手紙ってなんだ! 意味有りげなのに関係ねぇじゃねえか!」

「あ、それはですね、町の情報屋から送られた手紙に書いてあったとのことです」

「言えよ! 町の奥ってのは?」

「町の奥の山に封印の祠があって、そこの悪魔を復活させて来るらしいんです」

「最重要じゃねえか! 行くぞそこ!」


すぐさま駆け出そうとする俺に、アイリスが意味有りげな視線を向けて来る。


「ツバキさんて……」

「ん?」

「怒るとよく喋りますよねっ!」

「こいっ……はぁ……」

「溜め息っ!」


やっぱり疲れる。

こいつとの共同戦線は、早々に解消した方が良いかもしれない。



町の奥へ進むと、鳥居と山道が見えてきた。

封印が解かれるのは3日後、既に魔物たちも警戒態勢だろう。何も無いとは考えにくい。

アイリスは、待ち切れないと言わんばかりに、足取り軽やかに進み出す。


「この奥から、すごい気配がしますね……」


アイリスが呟く。

さすがは曲がりなりにも「曲がってませんっ!」勇者ってことか。しかし、こいつの場合、勘の鋭さだけなら勇者でもかなり優秀な方なんじゃないか?


「あのさ、お前、ちょいちょい俺の心の声に突っ込むの止めようか」

「だって失礼じゃないですかっ!」


アイリスは頬を膨らませる。

いや、待てよ? 勘が良いにしても、具体的やしないか? こいつもしかして……。


「アイリス、もしかして心の声を聞けるとかいう特殊能力持ってる?」

「え? いえ、心の声が聞けるってことはありませんが……。っ!?」


会話の途中で、アイリスが鋭く視線を巡らせた。

スッと、止まれという合図を手で送って来る。


「来ますね。3体ほど」

「具体的だな。助かる」


俺が杖を構え、アイリスが腰から聖剣を抜く。

聖剣ってのは、どうしてこうも綺麗なのか。

スラリと細身の刀身は、薄暗い場所でも煌めいて見える。白銀の刃は、遠目にも斬れ味を主張してくるようだ。


「そこっ!」


アイリスが茂みに向かって剣を振るう。

すると、パリッと空気が弾ける音がして、奥から黒焦げになったオークが現れた。


「やれっ!」


さらに現れた2体のオークが、一斉にアイリスに向かって飛びかかる。

それを、アイリスは一呼吸の間に鋭く斬り裂いた。

まさに神速の剣技だ。全く目で追えない。

アイリスがパチンと剣を鞘に納めた瞬間、オークたちは思い出したように血飛沫をあげた。

やはり勇者は伊達じゃない。これほどの速度、あの勇者にだって引けを取らないだろう。



「ふぅ……、終わりましたねっ!」

「あ、ああ、凄いな」

「えっ? そ、そうでしょうっ! 私は強いですからっ!」


素直に褒めると、アイリスのポニーテールが嬉しそうに揺れる。

だから、一体それはどういう仕組みなんだ。


「それにしても、やっぱり出ましたね、魔物」

「ああ。それに、封印を解くとなればそれなりの魔力と時間がいる。これより先はかなり厳重な警戒態勢だと思って良さそうだな」

「そう、ですね」


進むにつれて、魔物と人間との戦闘の跡が目立つようになっていく。時折、血痕や死体も転がっている。

やはり、立ち向かおうとした人間はいたのか。町で騒ぎになった時、軍隊やギルドの冒険者が大勢駆けつけていたのもこの為か。


「止まれ人間ども」


ドスのきいた、威圧感のある声が響く。

こいつは強いな……。

風貌は鎧武者、腰に一本の刀を据え、こちらを睨みつけている。


「我が名は、鬼武者のジダン。尋常の勝負を望むか? 聖剣の勇者」


鬼武者か。体力や攻撃力の高い鬼の中でも、ズバ抜けた技量を持つ魔物だ。常に己を高めることを考え続けている為、熟練した鬼武者ならば勇者でさえ討ち取る。

ここは、俺が行った方が良いか?


「ツバキさんは、下がっていてください」

「おい、あいつが強いのはわかるだろ? 剣は得意分野だ。ここは俺が……」

「わかっています。でも、あいつは私を選んだ。ここで逃げたら、勇者じゃないじゃないですかっ」


こいつ、ダラしなく見えても勇者は勇者ってことか。それに、実力はまだ見切れていない。危なくなれば、助けに入ればいい。


「助けに入ることなんてありませんよ。私、強いですからっ!」


俺の心を見透かしたように、アイリスが言い放つ。

腰から抜かれた聖剣が、真っ直ぐに鬼武者を捉える。

ざあっ、と風が森を波立たせた。

キンッ、と金属音が響き、アイリスと鬼武者が打ち合う。そのまま、止まることなく鋭い打ち合いが続く。

技量でいえば、ほぼ互角に見える。いや、速度でアイリスが一段上だ。着実に鬼武者へダメージを与えている。

強い。何より速い。鬼武者も強いが、アイリスが完全に一手先に行き始めた。

だが、いくらアイリスが速いにしても少し変だ。相手が動きを見せる前に、アイリスは回避の動作に移っているように見える。なんだ、この初動の早さ……。それこそ、心を読んでいるような……、


「「そういう……ことか」」


鬼武者と俺の呟きが重なる。

間近で剣技を受けていたやつも、同じ結論に至ったのだろう。技量ではほぼ互角のアイリスが、何故先読みと神速の剣技によって圧倒出来るのか。


「もう、遅いっ!」


ザンッ、とアイリスが鬼武者を両断する。

パリパリッ、と空気が弾ける音がして、俺まで全身の毛が逆立ったように感じる。


「それが、お前の能力か」

「はい。正確には、雷霆の聖剣ケラノウスの能力です。雷を呼び、雷を纏う聖剣。考えていることも、電気で読み取れるんですよっ!」


俺が問いかけると、アイリスは剣を納めながら答える。

おそらく、元から勘は良いのだろう。それが、聖剣の力で何倍にも引き上げられている。先読みと神速の剣技、雷を呼ぶというのも強力だ。汎用性が高い上に、おそらく破壊力も申し分ないのだろう。


「心配の必要無しって訳だ」

「そうですよっ! なんてったって私、勇者ですからっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る