第7話

燃え盛る炎が、街に広がっていく。

目の前で戦う男は、既にボロボロだ。


「ツバキ、まだ魔力は残ってるな? お前は逃げろ」

「でも、マグナさんが!」

「俺はあいつを止める! いいか? お前が生きていていれば、俺の意志は残る。お前が世界を変えるんだ! だから、行け!」

「でも!」


そうしている間にも、王国の勇者が迫ってくる。

まさに規格外、そうとしか言い表しようがない。

純粋な戦闘力はさることながら、魔導クラスの攻撃を容易く斬り裂く聖剣が厄介だ。天敵と言っていい。

この世の法則さえ両断出来る聖剣デュランダル。一説には、伝説の金属オリハルコンさえ傷付けることが出来るという。


「早く!!!」

「うぁああぁあ!!!」


逃げ出した俺の背後で、マグナさんと勇者が対峙するのがわかる。凄まじい圧力を感じる。


「諦めろ革命家マグナ。如何にお前が強力な魔導師でも、王国に選ばれた勇者である私には勝てない」

「それだけの強さがあって、やることがこれかよ!」

「仕方ないだろう。この街は、人間全体を裏切るような大罪を犯したのだ。いずれ、ここから魔族が侵略を開始せんとも限らん。拠点になりうる土地は、いち早く消さねばならん」

「……裏切った? この街の人は優しいだけだ! お前ら王国は、その優しさでさえ恐いのか!!!」

「話にならん。もう終わりだ」


一瞬だけ、後ろを振り向いた。

今でも目に焼き付いている。俺の恩人が聖剣で斬られ、血飛沫とともに倒れる瞬間を。

だから俺は、勇者にあまり良い感情は抱いていない。強いだけの勇者なんて、王国に、聖剣に選ばれたから勇者だなんて間違ってる。そんなのは勇者じゃない。


「むにゃむにゃ……、もーお腹いっぱいっ」

「……はっ」


思わず鼻で笑ってしまった。

既に昼の12時だというのに、呑気に寝てやがる。

いや、むしろこいつはこれで世界平和に貢献してるんじゃないのか? 世界中の勇者がこんだけ呑気なら、きっと争いもなくなるだろう。きっとそうだ。

俺は、目の前で眠りこける自称勇者に「ツバキさんはやっぱりバカですね〜」おい、なんで名指しでバカにした。


「起きろ自称勇者」

「ふにゃ? 痛いっ! 痛いですっ!」


俺が頬をつねると、自称勇者は情けない声をあげながら目を覚ました。

パッと離すと、俺に睨みをきかせながら頬をさすりだした。


「もうちょっと起こし方とか無かったんですかっ!? これでも女の子なんですよっ!」

「こっちは8時頃からずーっと起こしてたんだ馬鹿勇者。お前が起きないから仕方ないだろうが」

「そ、それは失礼しました……。って今12時ですかっ!? なんでもっと早く起してくれないんですかっ!」

「8時に起したって言ったろ! 今!」


やっぱり仲間になるんじゃなかった……。

結局、あまりにしつこいもんでこっちが根負けした形で仲間になったが、これから毎朝これが続くかと思うと目眩がする。いや、もう朝ですらなかった。

これでも立派に勇者だというのだから、なんだから哀しくなる。

勇者になる条件には2つ、王国に選ばれるか、聖剣に選ばれる必要がある。

こいつの場合は後者だ。村の近くの祠に祀ってあった聖剣に選ばれ、勇者となった。


「早く食事にしましょう! お腹ぺこぺこですっ!」

「はぁ……」

「なんで溜め息をっ!? 私食事に誘っただけなのにっ!」


聖剣は簡単に人を選ばない。世界中を探しても、その時代に適合者がいない場合もざらだ。

それに、聖剣によっても選ぶ基準が様々だという。強さ、心、特殊な才能、その時の気分。

強さがあれば選ばれるというのは、聖剣の中でも難易度の低い基準だ。それでも、要求される実力は半端じゃないのだが。


「なぁ自称勇者」

「じ、自称じゃなくて本物の勇者ですっ!」

「なんで聖剣は、お前を選んだんだ?」

「スルーですか……。まあいいです。私の聖剣は割と気まぐれらしいので、そこはよくわかりませんっ!」


どうやら、持ち主が適当だと聖剣の方も適当らしい。結局のところ、それでも強いというのが腹立たしい。こんなだらしの「え? 今失礼なこと考えてません?」ない勇者でも、選んでくれる聖剣はあるってことか。


「別に何も考えてねぇよ」

「嘘ですよっ! 『こんなだらしのない勇者でも、選んでくれる聖剣はあるってことか』って考えてる顔してましたもんっ!」

「こわっ……」


なんだその鋭さ……。

アイリスが向けてくるジト目を躱そうと、目を逸らす。


「まぁいいです。ところで、今日は何かするんですか?」

「いや、今日はこの町で情報を集める。アイリスは、何かあるか?」

「ふっふっふっ! 実は私、既に良い情報持ってるんですよね〜」


アイリスが、ドヤ顔で自慢してくる。

こいつ、今からでも仲間辞めてやろうか。


「もったいぶってないで教えろ」

「急かさないでくださいよっ! 仕方ないですね〜。はい、これですっ!」


アイリスが、1枚のメモを取り出す。

そこには、こう書いてあった。


・町の奥

・眠い

・お腹減った

・町長

・悪魔

・手紙

・晴れ


そこまで読んで、俺はアイリスを見た。


「なんだこれ、意味がわからん」

「ええっ!?」


アイリスが、心底驚いた顔をする。

驚きたいのはこっちだ。単語の箇条書きで、俺は一体何を理解すれば良いっていうんだ。

てか、よく伝わると思ってたなこいつ……。


「つまりですねっ! この町は、3日に魔族の軍勢が襲来するらしいんですっ! しかも、強大な悪魔を引き連れてっ!」

「全然書いてあることと違うじゃねぇか! 眠いとかお腹減ったとか、どうせお前の感想だろ! あと手紙ってなんだ! 意味有りげなのに関係ねぇじゃねえか!」

「あ、それはですね、町の情報屋から送られた手紙に書いてあったとのことです」

「言えよ! 町の奥ってのは?」

「町の奥の山に封印の祠があって、そこの悪魔を復活させて来るらしいんです」

「最重要じゃねえか! 行くぞそこ!」


すぐさま駆け出そうとする俺に、アイリスが意味有りげな視線を向けて来る。


「ツバキさんて……」

「ん?」

「怒るとよく喋りますよねっ!」

「こいっ……はぁ……」

「溜め息っ!」


やっぱり疲れる。

こいつとの共同戦線は、早々に解消した方が良いかもしれない。

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