黒い人影

 視界の端に黒い人影が横切ったような気がして、振り向くことはよくあった。

 でも、誰もいない。

 確かに気配も横切ったはずなのに、誰もいない。


 わたしは、それを目の錯覚と考えていた。

 だから――、


「あなた、視える人だったの?!」


 と、前の職場の女性に言われた時は衝撃的だった。


 その時は黒い人影ではなくて、彼女の誰もいないはずの背後に赤いカーデガンを着た女性が見えた。なぜか、赤いカーデガンの女性が産休でいない女上司だと思った。

 だから、軽い感じで目の錯覚ですけどと、彼女に言っただけなのだ。


 あ、こういうのを視える人というのかと、妙に感心したのを覚えている。


 よくよく思い起こしてみれば、過去にも何度かそう言われたことがあった。

 にも関わらず、目の錯覚で済ませてきた自分に、呆れてしまう。


 中学の時など、御嶽信仰の友人に九字を切るように指導されたこともあった。それも、いわゆる早九字ではなくて、指を複雑に組む方の九字だ。

 あれは確か、「○○先生が、さっき来なかった?」と言ったときだ。もちろん、来ていなかった。それどころか、その先生、欠勤だった。

 よく黒い人影と、嫌なカンが同時に働くことはよくあることで、虫の知らせとかもよくある。


 にも関わらず、20代なかばまで、目の錯覚と認識してきた。


 もしかしたら、無理やり目の錯覚と思い込もうとしていたのかもしれない。


 たとえば、幼いころ数日眠れなくなる原因となった壁一面の影男とか――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る