終章 人工輪廻

 窓のない部屋。家具が何もなく、床や壁、天井までに、呪文や模様が敷き詰められている。


 天井の明かりが、ベッドで目を閉じている少女を照らしている。栗色の髪の毛を肩まで伸ばしている、少しふくよかな少女だ。派手な化粧をする少女だったのだろう。眉毛がない。


 多少容姿が気に入らなくても気にしないことにしている。御影の魂が入れられる器であるのなら。


 小型の犬と違い、人間の場合は肉体に魂を入れてから目覚めるまでには数日かかる。だがそろそろ目覚めるはずだと、桜花は少女の額を軽く撫でる。


 あれから、どれくらいの年月が流れているだろうか。自分の体がひとつも歳を取らないと気づいたのはいつだっただろうか。


 御影の魂に会えないのが絶えられなかった。だから、御影の魂を入れられる器を探し出して、魂を入れ生かし続けている。だが一度死んだ肉体と魂を無理矢理に転生させているからなのか、体は弱く、四、五年で死んでしまう。そのたびに体を取り替えている。


 自分は歳を取らないのに、御影の魂は成長していった。それはとても寂しいことだったから、せめて肉体だけはと、器にするのは十五歳から二十歳くらいの体を使うことにしている。


 年齢が大きくずれた魂と肉体は、何がしかの霊力や超能力を持った肉体でないと定着しにくかった。しかしそれは桜花の体にずっと住み続けているゴルドルの能力で、そういった体を見つけることができたので問題はなかった。


 御影の魂は何年経とうとも無邪気だった。無邪気だからこそ、ずっと魂の研究を続ける桜花が怖いと非難した。

 それでも御影を手放すことはできない。まだ完全な御影に会えてはいない。


「桜花様。そろそろ時間のようですが……」


 ベッドの隣の椅子に腰掛ける少女が、魂の研究に関するデータの入った機器の、携帯モニターを見ながら言った。黒髪を腰まで伸ばした、小顔で健康的な肌の色をした少女で、目が大きく、子猫のような印象を受ける。御影の体を持った少女……。


 肉体をずっと眠らせておくのも耐えられなかった。だから御影が死んだあの時、とりあえず瀬藤の娘の魂を入れ、生き返らせ、以降は魂を入れ替えて生をつないでいる。


 体も歳を取るはずだったが、ゴルドルの力によって、桜花と同じように歳を取らないようにしてある。

 御影を殺した張本人の力に頼るなど、皮肉だとしか言いようがないが、そんなことはどうだっていい。使えるものはすべて使うだけだ。


「桜花様。やはりどうしても、魂を生き返らせるのは必要ですか? 私はあなたが愛した人と同じ姿をしているのに。私はあなたを愛しているのに。魂を生き返らせることは必要なことですか?」


 御影が死ぬ直前に叫んだ『おーかだいすき』。その強い想いはどうやら、魂ではなく肉体の脳のほうに刻まれたらしい。人工的な転生をさせると、大部分の記憶が抜け落ち、言語程度しか記憶に残らないのだが、御影の体には『おーかだいすき』という強い気持ちだけはいつまでも残っている。


 その『すき』が、恋心であったということを知って、嬉しくなかったという訳ではないが――しかし。


「ごめんな。やっぱり俺、心も一緒じゃないとダメなんだ」


 ベッドの上の少女が、目を開く。ベッドに体を預けた状態で、目をきょろきょろと動かす。異様な模様が敷き詰められている部屋に驚いているのか、体が少し萎縮する。怯えた表情のまま視線をめぐらせ、御影の体をした少女を見て、桜花の顔を見る。


 いつか、御影の体に御影の魂を入れて生き返らせる術が見つかるだろうか。そのときが来たとしたら、御影が御影であったときの記憶はどうなるだろうか。あの輝かしい御影との生活を思い出してくれたなら、笑いかけてくれるだろうか。それとも、罵るだろうか。


 殺しの快感に溺れて、笑みが止まらなくなった自分を御影は罵った。そんな彼女は他人の命を弄ぶように扱い、勝手な輪廻を繰り返す自分を蔑むだろうか。


 それならそれでかまわない。非道なことをしているのは分かっている。しかしそれは、御影の顔をもった御影の心に罵られない限り、止める事はできない。

 願う幸せが叶うわけがないというのは知っている。ならば、愛する人に絶望を与えられたい。


「おはよう、御影」


 御影の魂を持った少女に、優しく声をかける。


 少女は怯えた表情で涙を流した。



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生贄少女≪十八歳の少女の体には、五歳の幼い魂が入れられている≫ あおいしょう @aoisyou

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