エピローグ-2-

「君、大丈夫?」

差し出された手袋を受け取らずに、私はただ彼を見つめていた。誰か、父を知っている者だろうか。私がじっと見つめていると、彼は私から離れてもう一度手袋を差し出してくる。

「寒いんでしょ?君、中学生だよね?こんな遅くに何してるの?」

……新しい、執事さんだろうか?

いえどの真っ最中、とはもちろん言えないが。私は開きかけた口をつぐんでそっぽを向いた。

『知らない人に話しかけられたら無視しなさい』

「………」

私が黙秘を続けると察して、彼は私の隣に腰を下ろした。その人なりの気遣いなのだろう、私からなるべく離れた位置に座ってくれた。

「いつまで黙秘するの、お姫様?」

「なっ、お姫様じゃない!」

いつもお坊っちゃまと呼ばれちやほやされているが、お姫様と呼ばれたのは初めてだ。格好こそ女の私だが、父親の命令で使用人は皆そろって私を「お坊っちゃま」と呼ぶ。

それがとても嬉しくて、私はまた彼を見た。彼は私の視線に気づいて不思議そうにこちらを見てくる。

「めぇ、お姫様って呼んでくれても構わないけど」

ついいい気分になってしまい、私は長い髪を後ろになびかせながら偉そうなことを言った。

自慢じゃないが、小学生の頃は「王子」と呼ばれていた。男の娘になったのだから「姫」と呼ばれてもおかしいことは何もない。

さすがに引いたのか、反応が返ってこないけれど。しばらく沈黙が流れ、周りの人々の声だけが聞こえる。

「……それで、お姫様はいつまでここにいるの?」

「気がすむまでよ」

「その気はどのくらいでおさまるの?」

「迎えが来てしばらくしたら」

「迎えがきてくれるんだね」

「可愛い娘を迎えに来ない親なんていないわ」

彼の尋ねてくることにひとつひとつ答えながら私は長く伸びた自分の髪をマフラーの代わりに巻いた。こういうとき、女の子は得をする。

私がマフラー代わりに巻き終えると、彼はまた手袋を差し出してきた。

「やっぱり寒いんでしょ?俺の手袋使いなよ」

「私が使ったらあなたのがないじゃない」

いらない、という意思表示に彼の手を押し返す。初対面の男の人の手袋などつけたくない。押し返されると、彼はさらに私の手を押し返して手袋を握らせた。

「いいから使いなよ。知らない男の手袋とか嫌かもしれないけどさ。俺おっさんじゃないし」

彼は私の手を離すと立ち上がり、手袋を返されないようにポケットに手を突っ込んだ。

「まぁ、それあげるから。親が迎えに来てくれるまで風邪ひかないようにね」

もらわなくていい。そう私が声を出す前に、彼はこちらに背を向けてしまった。

「あ、待って……」

引き止めようと立ち上がったが、彼の姿はすぐに人混みに紛れてしまい、私は一人その場に取り残されてしまった。

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