ゼロ

「今日わざわざ来たんは、実は本題があってな」

 少し俯いた顔に、微かな朱が指したように見えたのは錯覚か。

 文庫本や保温ボトルが入っていたバッグの中に、また手を入れる。

「♪ずんずんずんずんずん……じゃーんっ!」

 変なBGMを口ずさんでもったい付けながら、取り出したのは箱。

 俺にとっては見慣れたもの。

 机の上のメカ少女と同じシリーズの商品だった。

「何?」

「実はな。あたしも作ってみたんよ」

 俺も前に作った事がある。オタクでない奴でも知ってる人間は多い。劇場版で、シリーズ第一作の主人公が乗ってた機体だ。

「作った?」

「ほら。前に大くんDVD貸してくれたやん。それに出てたの覚えてたから」

 シリーズの中で何かお勧めと言われて、だったら量が多いテレビシリーズよりすぐに見られる映画の方がいいだろうと思って。もちろん、シリーズ前作見てないとわからないポイントは一応解説して。

『面白かったけど、金髪美形のオッサンがキモい』とか言ってたな、確か。

「なんかマントみたいなの背負ってて強そうなのもいいよね。でも、作るの結構面倒だったわぁ」

「初心者向けのもっと簡単なシリーズもあるんだから、相談してくれれば選んでやったのに」

「なら次の、一緒に買いに行こ」

 えっ?

 何気なく言ってるけど、それってひょっとしてデート?

 いやいや。それは期待しすぎだろ!

 単に興味持ったなら、詳しい方が情報提供する。

 それが、俺と彼女の間では当たり前の事のはずだろ!

「で、大くん。出来はどんなもん?」

 小枝から渡された作品を手に取り、俺はじっくり観察する。

 スミ入れもしてない素組みだけど、初心者の初仕事にしては悪くない。やりすぎてヤスリの後が見えるけれど、ゲート処理だってちゃんとしたもんだ。

「へへー。どうせなら、いきなり見せて驚かせたいやん? 作り方も、大くんがいつもやってるの見てて、楽しそうやなーって思うたから、やってみた訳よ」

 そう言いながら小枝は、俺が返した主役機をメカ少女の隣に立たせた。

「あー、こっちの方が小さいんやね」

 並ばせると、確かに頭半分くらいもメカ少女の方が大きい。

 この機体がシリーズの中でもかなり大型の二二メートル。一四四分の一だから、ほぼ文庫本と同じ一五センチ。

 メカ少女の二四メートルとなると、実はシリーズ通してもデカい敵の中ボスクラスだ。

「広い意味じゃ同じシリーズでも、劇中で並んだりはしてないしな」

「あー、そっか!」

 パンっ!

 いきなり、小枝が手を叩いた。

「どうしたんだ?」

「要するにこれ、単に身長っていうよりプロポーションが違うんや。ほら、関節とか武器とかは似たようなサイズやけど、女の子の方はかわいいキャラっぽく見せるために頭おっきいやん? それで身長が違う計算になるんやなぁ」

 模型は素人でもさすがは多少は絵も描くオタク。着眼点は鋭い。

「アニメだからいろいろごまかしは利くけれど、画面上で正確にこの比率で絡んでたら、多分無理があっただろうな」

「確かに違和感ない訳じゃないけど、これはこれで悪くないと思うけどなぁ。こっちも、小顔でかっこええやん。並んでるとお似合いっていうか」

 頬杖をついて、小枝はにんまり二体を見つめている。

「っていうか、魅力の質が違うんだよな。かわいさとカッコよさ」

 キャラっぽいもので映える頭身と、ヒロイックな純メカの頭身。

「この身長差って、ちょうどあたしたちくらいとちゃう?」

「え?」

 俺も暗算してみた。

 メカ少女と劇場版主人公機の頭頂高の差は二メートル前後。

 確かに人間サイズに置き換えたら、およそ一五センチになる。

「かわいいとカッコいい。違っててもお似合いなら、別に構へんのとちゃうかなぁ?」

 目の前の、小枝の顔は真っ赤に上気してた。

「え、えーと……それはどういう……?」

「あーっ、もうっ! なんで女の子のにここまで言わせる訳?」

 顔を伏せたまま、小枝はふたつの握り拳をぐるぐる振り回す。

「休みの日にいそうなところにわざわざ会いに来るとか、お茶持ってくるとか、そいつがしてる事自分でもやってアピールするとか、小顔カッコいいとか、いい加減気づかんか、ボケっ! 大くんといっぱい話したいからに決まってるやんっ!」

 ええっ!

 そんな事ってあるの?

 小枝の方でも俺の事好きとか、それって出来すぎだろ!

 つい期待しちゃうけど、オタクとしては信じちゃいけない部類のシチュエーションだろ、それって!

 俺が小枝のラノベ借りたいのと同じ気持ちで、小枝もプラモ作ったのか?

「ずっと今の関係で、いちばんの仲良しでもいいけど、やっぱり両思いになりたいやん? そういう特別だって信じたいやん!」

「い、いや。だって、その……小枝の方が一五センチも大きいし……。俺はせめて差が九センチ以内になったら告白しようって思ってたんだよ!」

 言った。

 言ってしまった。

 ずっと胸に秘めてた想いを、つい勢いで口走ってしまった!

 びっくりしてうろたえたせいで、ブレーキが利かない。

 体中が熱くなって、顔の皮膚が火照って突っ張る。

「背丈が一五センチ違うから何なん? あんたが伸びるの待ってたら、永遠に付きあえん訳?」

「いや待て! それ言っちゃマズいだろ! 俺はもっと伸びたいんだよ!」

「マズないっ! 一五センチとかって、一四四分の一にしたら一ミリちょっとやん! この学校の、二年生一四四人。あたしも一四四分の一、大くんも一四四分の一やんか! そこの地図と一緒や! 縮尺違えば、一五センチ差なんて意味ないっ!」

 真っ赤な顔で、小枝が叫んだ。

 多分、俺の顔も同じくらい赤い。

「それって数字比べる意味あんのか!」

 さっきと同じ指摘を、俺は繰り返す。

「数字に意味ないなら、一五センチも無意味やもんっ!」

 胸元で握りしめた、小枝の白いグーが震えている。

「並んでるトコ他人に見せるのが目的やないもんっ! あたしと大くんがお互いに好いとうたら、何の問題もないやんっ! それとも大くんも、デカ女は嫌なんか?」

「嫌いじゃねえよ! デカ女好きだよっ! てか他のデカ女じゃなくて小枝が大好きだよ!」

 互いに叫び合った俺たちは、真っ赤な顔で俯いて肩で息をする。

 不意に小枝が立ち上がって、ドアを開けた。

 まさか出て行くのかと思ったけど、そうじゃなかった。ただ、廊下の様子を確かめただけだった。

「あー、よかった。誰もおらんみたい。聞かれてたら、あたしもう生きてけんかったかも」

 大げさに、胸を撫で下ろす。

「……冬休みでよかったよ、ホント」

 ムードもへったくれもない告白だった。

 というか、これを告白って言ってしまっていいんだろうか。

「あんな。やっぱりあたしも目立ったりからかわれたりするとはずいし、大くんが嫌なら別に外でデートとかせんでもええんよ?」

「あ、ああ。でも、そのうち買い物に行こうぜ。本とかプラモとかさ」

「……うん」

 肯き合うと、どちらともなく手が伸びた。

 机の上、俺と小枝の指と指が触れあう。

 その弾みで、主役機とメカ少女の立ち位置もズレて互いにくっつく形になった。

 暖かくて柔らかい、繊細な指先。

「あのな」

 思いっきりの笑顔で、小枝が呟く。

「縮尺がどうでも、差がどうでも、くっついちゃえばゼロはゼロなんやな」

 俺が言いたかった恥ずかしいセリフ、先に言うなよ。

 こんなところまで気が合うんだからな、もう。




                               (終わり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

1/144 葛西 伸哉 @kasai_sinya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ