172センチメートル
「いっそそこまで大きいとすっきりするやろなぁ。一七二なんて半端やのうて」
呟いて、小枝は水平に開いた自分の手を頭上に掲げた。
「背ぇ高くて、カッコいいじゃん。あんまり気にするなって」
彼女は彼女で、大きすぎるのを気に病んでるのは知っている。
だからこそ、俺はそこを褒める。
魅力的なのは確かなんだから。
身長差はコンプレックスだけど、俺は自分の身長を釣り合うくらいに伸ばしたいんだ。
小枝に縮んでほしい訳じゃない。
彼女を俺に合わせるんじゃなく、彼女にふさわしい俺になりたい。
「大くん。ちょい、そこにお座り」
わざとらしい真顔で、小枝は俺の椅子を指差した。
「座ってるって」
「大くんは、デカ女の悲哀っちゅーもんを理解しとらん」
「そりゃまあ、本人じゃないから、限度はあるよ」
いつも見つめていても、気にしていても。
「無駄に目立つし、かわいい服似合わんし」
いや。小枝はかわいい服だって似合うよ、とかさらっと言えたらカッコいいんだろうけど、俺には無理だ。
「カッコいい系は似合うんじゃないか?」
だから、これがギリギリ精一杯。
会う時は基本校内だから、俺は私服の彼女を見た事がない。
もちろんこれだってお世辞じゃない。
髪も短いし彫りの深い美形タイプで、長身スレンダーなだけじゃなく適度に肩幅がある。マニッシュとかユニセクシャルっていうのか? そういうタイプなのは間違いない。
「似合うモンと着たいモンは違うよ。あたしだってかわいい服、着たいもん」
俺がモデラーじゃなく絵師系のオタクだったら、ひょっとしたら小枝に似合う服とかデザインしたり見立てたりできるのかも知れないけど、生憎そっちのスキルは持ってない。
「あ~あ、二四メートルでもかわいいこの子が羨ましいわ。乳もおっきいし」
苦笑しながら、俺が作ったメカ少女プラモの胸のあたりをちょんとつっつく。
「それに、背ぇ大きいだけでスポーツできそうと思われるのも面倒。転校するたびにバレー部とかバスケ部とかスカウトされるのって何なん?」
思い出すだけで不機嫌なのか、小枝はぷうっと頬を膨らませた。
ああもうっ。
なんでそんな表情見せるんだよ。
大人っぽい顔立ちでそんな風にするから、こっちは気になっちゃうんだよ。
「お前、そっちは全然だもんな」
それでも何食わない顔で、俺は話を続ける。
はっきり言って、小枝の運動神経は壊滅的だ。
バレーのサーブで空振りし、バスケのドリブルは立ち止まったままでも三度と続かない。
「そうそう。勝手に期待されて一方的に幻滅されんねん! 駄目とか苦手とかいっても信じてもらえんし。大くんが羨ましいわぁ。球技大会でも凄かったし」
自慢じゃないけど、俺は割と体育得意な方だ。さすがに運動部で通用するレベルじゃないが、授業や校内大会レベルだとそこそこ活躍できる。
とは言っても背丈のハンディはあるから、例えばバスケならドリブルで敵陣に切り込むのはできても、華麗にシュートを決めるのは他の奴なんだけどさ。
「球技大会も全員参加だから仕方なく出たけど、役立たずだったしなぁ」
「その分、裏方で活躍したじゃん」
専門じゃないけど、小枝はオタクの嗜みでイラストが描ける。実際、クラスじゃいちばん上手い。みんなに受けた応援看板は、彼女のデザインだ。
ていうか、描けるのを知ってたから、俺が推したんだけどな。
あの頃はまだ小枝がクラスに馴染んでなかったから、きっかけになればと思って。
「多分な。親も女の子は華奢な方がかわいいと思ってたから『小枝』なんて名前つけたと思うんよ。なんであたし、こんなニョキニョキ伸びちゃったのかなぁ。両親、どっちも普通なのに突然変異?」
「それ言ったら、俺だってこれで『大』だぜ」
代々小柄な家系なんだから少しは考えて無難な名前をつけろと、時間を遡って親に警告したい。
小枝に出会ってから、以前にも増して頑張って牛乳飲んでるけど、効果は見えない。
親戚の中でひとりだけ長身の叔父さんがいるから、そっちの遺伝子が遅咲きで花開くのに期待するしかないのか?
「大って、体格だけじゃなくて人間の器とか、そーいう大きさもあるやん? それに大くん、小顔で羨ましいわぁ」
「愚痴りたくはないけど、長身の女の子に悩みがあるのと同じで、小さい男にもいろいろあるんだよ。童顔でかわいいってのは、男にとっちゃあまり褒められた気にならん」
悩みの第一が好きになった女の子との釣り合いだとは、当人の前じゃ口が裂けても言えないけどさ!
小顔ってのも、実は悩みの種だったりする。
全体のバランスとして頭が大きい、つまり子供っぽい体格だったらこれから手足が伸びる可能性大だけど、現状で完成してるとしたら先行き明るくない。
「あ、あとな。もうひとつある。背が大きいと困る事」
「何?」
カップに残った番茶を飲みつつ訊ねる。
「同性に、妙にモテる」
ぶっ!
吹き出しそうになるのを、ギリギリで食い止めた。
けれど、逆流しかけたお茶が変なところに流れ込んでしまった。
「だ、大丈夫? 大くん?」
小枝が立ち上がり、けほけほ咳き込む俺の背中をさすった。
制服越しに伝わってくる、優しい手の感触。
それは嬉しいのだけど、こういうポジションだとますます体格差が気になる。
「へ、平気だ。ありがとう……。それって、こう百合とかお姉様とか、そういう奴?」
呼吸を整えながら訊ねると、小枝はこくんと頷いた。
「これもな、スポーツと同じ。背ぇ高くてこういう雰囲気だからって一方的に期待されんねん。単に癖っ毛で量多いから短くしてるだけなのに、男っぽいとか思い込んで」
自分の前髪をつまんで、口唇をツンと尖らせる。
「え、えっと……その……まさかとは思うけど、そっちの気とかないよね?」
「あったり前やんっ!」
俺が口走った質問に答える小枝は、半笑いで半怒り。
「あたし、普通に恋したい口やもん」
不意に、胸が内側からビンと張り詰める。
「それに、ああいうのってどこまで本気かようわからんし。断ってもしつこい子もいたりしたけど、あたしがオタクって知ったら勝手に幻滅したり」
喋って喉が渇いたんだろう。
小枝も温くなったお茶を一気にあおった。
「現実でもフィクションでも、そういうんの好きな人は好きな人同士で勝手にしたらええねん。前の学校でも、その前の学校でも、そのせいでノレなかったし」
「ああ、前にも訊いた話な」
ウチは田舎の小さな学校だから、マンアニ研は大所帯じゃない。
日曜や冬休み中でも出てくるくらいアクティブなのは、基本俺と小枝のふたりくらいだ。
だから、俺にとって彼女はまず「オタク話ができる仲間」だった。異性として意識したのは、その後。
けれど、小枝は転校を繰り返す中で都会も経験している。オタク系の部活が活発なところも。
『ただな。出会える人数が多くても、ノリとか話題が合うとは限らんのよ』
思い出話の中で彼女はそう言っていた。
特に困ったのは、BLを無理矢理布教されそうになった事。個人的に、どうしても受け付けないのだとか。
「……この話題、もうやめよ。背丈とか、自力でどうにもならん事くよくよしてもキリないし」
「だな」
内心ではどうにかするのを諦められないのだけど、続けて楽しい話じゃない。
いつものパターンなら、小枝はここで黙ってラノベを読み始める。ただ、黙々と。
俺は俺でプラモ作ったり、マンガ読んだり。
無理に会話のタネは探さない。
ただ同じ空気を吸って、側で時間が流れるのを感じて。
気になる事があった時だけ。
あるいはどうしても教えたい話がある時だけ、声を掛ける。
俺と小枝は、そんな間柄だ。
今は。
けれど俺の予想に反して、文庫本は一五センチのメカ少女の隣に置かれたままだ。
「ああ、これ? 来るバスの中でちょうど読み終わってんねん。貸そか?」
「ありがとう」
無闇には勧めない。彼女が「貸す」という時は、俺の趣味に合う熱血系だ。
それに、小枝との共通の話題ができるのは嬉しい。
同じ作品について語り合う時は、何の遠慮もいらないし。
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