24メートル

「大くん、お茶飲む? あっついの」

「お、助かる。サンキュ」

 真っ赤な保温ボトルから携帯カップに注がれた番茶を含むと、お腹の中からじんわり暖かさが広がっていく。

 昼飯は来る途中で買っておいた冷たいコンビニおにぎりと牛乳だったから、暖かい飲み物は嬉しい。いくら地元民で慣れてても、雪降ってる中暖かいご飯のために出歩くのは面倒くさいし、いちいち部屋の鍵を返すのも手間だ。

「で、大くん。それ作ってたん? それもプラモ?」

 長身を屈めるようにこちらに顔を寄せ、ニヤリと笑ってジト目をこっちへ向ける。

 こっちの弱みをつかんだ、脅迫犯の如き笑み。

 美人なもんだから、こういう表情だと凄みが出る。

 俺のバカ! マヌケ!

 フタして本体隠しただけで、ボックスアートはそのまま丸見えじゃないか。

 同シリーズでもいつものメカとは違う、のイラストが。

「なぁ、見せて見せて」

「ま、まだ完成してないんだよ!」

「嘘。ランナーって言うたっけ? 余りのワクが一杯できてるやん。だいたいいつもそのくらいの量やろ?」

 机の上に放置したままだったランナーの山を指差す。

 意外なところ見てるな、こいつ。

 強引に逆らって、下手にモメてせっかく完成したのを壊されても困る。嫌われたくないし、どうせお互いオタク同士だから今さらって見方も……できない事はない。無理矢理ポジティブに考えるなら

 観念して、俺は箱を開けた。

 正直、自分の作品を小枝に見せる事そのものは嫌いじゃない。前にもいろいろ見てもらってるし。

「わぁ~。これ、美少女フィギュアって奴?」

 ボックスアートと同じ姿に、小枝の目は好奇心でキラキラ輝いていた。

 頭部は女子キャラだけど首から下はメカっぽくアレンジされたイエローのウェイトレスというかメイド服というか、ミニスカエプロンスタイル。

「これって胸のトコ外れて、おっぱい見えたりせぇへんの?」

「するかっ! 健全なプラモだよ!」

「あたし、美少女フィギュアってそれが普通やと思うてた」

「オタク同士でもジャンルが違うとそういう偏見があるとは、困ったもんだ」

 言い返す口元が緩む。

 転校以来、放課後はほぼ毎日ここで雑談してるから、この程度のジョークは慣れたものだ。

 俺はロボアニメ好きのモデラーで、小枝はラノベ愛読者。得意分野は違ってもオタク同士で気軽に話ができるのがいい。お互い好きな作品を勧めあったりとか。

 今まで、そんな相手はいなかったしな。

 だからって、女の子って事を意識しない訳じゃない。

 というか、正直バリバリ意識してるよ。

 だからこそ美少女プラモ作ってるのは見られたくなくて、来ない曜日選んで作業してたんだよ!

 でも予想外に会えたのは嬉しいんだよ!

 ずっと意識してるのに、俺は彼女に好きだって言えない。

 だって一五センチ差だぜ、一五センチ!

 向こうが一七二で、こっちは一六〇に届かない。

 いや、正直に言おう。一五六.八センチだ。

 もし私服で並んで歩いたら、下手すりゃ高校生の姉と小学生の弟だぞ!

 この一五センチが、彼女が引っ越してきた八〇〇キロメートルの距離よりも、言葉の壁よりも、遙かに大きな隔たりだ。

 拘りすぎるのはみっともないと思うけど、こっちにだって男のプライドがある。

 追いつき追い越すのは難しいにしても、せめてもう少し背が伸びて差がひと桁センチになった時こそ!

「美少女フィギュアっていうか、設定上はこれも人間じゃないんだけどな」

 舞い上がったり悶々としたりと落ち着かない内心をどうにか隠して、俺は模型を机の上に立たせた。箱に書かれた「一四四分の一」を指し示す。

「現物をこの比率で小さくしてるって事よね? それにしても、一四四って半端な数字やなぁ。キリよく一〇〇とか一五〇にすればいいのに」

「一〇〇分の一のシリーズもあるぜ」

 そういやどうして一四四分の一なんだろう?

 最初っからそうだと思ってたから、特に気にした事なかった。

「あ、でも一四四。身近にあったわ。大くん、知っとう?」

「何だっけ?」

「ウチの学年の人数。あたしが転校してきて一四四人め。言われたからよう覚えてる」

「ああ、そうだったっけ?」

 田舎街のさほど大きくもない中学校で、二年生は四クラス合計で一四四人。

「だからあたしも一四四分の一、大くんも一四四の一って訳やな」

「何か筋が通ってるようで通ってない気がするぞ」

 分数で表記すれば同じでも、模型のスケールと人数の中のひとりって比べる意味があるのか?

「で、縮めてるとしたら、この子実際はどのくらいかなぁ?」

 小枝はバッグから文庫本を取り出した。もちろん、派手なイラストが描かれたラノベ。それを縦位置で、プラモの隣に並べる。

「ちょっと大きいから、実物は二三、四メートル? でかっ!」

 文庫本の縦は、ほぼ一五センチ。日常で使える物差しのひとつ。

 計算するとそんなもんか。

「まあ、いろいろ面倒な設定があるんだけどさ」

 普通のSF戦争アニメじゃなくて、プラモ主題のスピンオフシリーズ。いわばこのヒロインの「二四メートルの本物」があるんじゃなくて、縮小模型としての「現物サイズ」だとか、いちいち説明する必要もないだろう。

 好きな事や知ってる事を、通じそうな相手には全部言いたくなるのはオタクの悪い癖だ。そうじゃなくて、どうしても話したい事とか、相手が知りたがってる事だけ喋ればいい。

 出会って四か月。

 互いに好きな作品とか勧め合ううちに、そのあたりの距離感はつかめている。

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