第5話 もう15センチだけ

 さっぽろテレビ塔の時刻表示は午前11時55分を示していた。

 その時刻をベンチに座って眺め、午後0時に変わるのを心待ちにしている少年がいた。

「まだかなぁ」

 そう小さくぼやいたのは睦月だ。ついひとり言が出てしまうくらいに、そわそわしていた。

 時刻は午後0時3分になっていた。

 むつきが約束の時間に遅れてくることは珍しいことではなかった。それを知っていた睦月は、遅れていることは気にもしなかったが、今回ばかりは待ち時間が長く感じていた。約束のことを考えていたからだ。


 それから間もなくのことだった。睦月の方に向かって駆けてくるむつきが見えてきた。

「走らなくていいよ、むつき! 危ないから!」

 滑りやすくなっている路面を慌てて走ってくるむつきに、思わず睦月は大きな声で注意した。人目もはばからず。

「ごめんごめん」むつきはベンチに駆け寄りながら、両手を胸の前で合わせ、バツの悪そうな表情で言った。

「大丈夫だから。それより、こんな真冬の雪道で走るのは危ないからやめてよね」

「ごめんごめん」

 繰り返すむつき。

「とりあえず、座って落ち着いて」

「うん」

 とだけ言い、ベンチに腰を下ろすむつき。この前と同様に、睦月の左隣に30センチ離れて座った。意識せずにむつきはいつもと同じように、その距離感を保つ。

 その距離感にやきもきする睦月だったが、今はまだ表情には出さず、じっと耐えていた。

「よし、落ち着いたよ。それじゃあ早速、お互いの結果を発表する?」

「遅れてきたくせにかすね、むつきは」

 睦月はそう言いながら、自分も早く結果を伝えたくてしょうがない、そんな様子を隠せなくなっていた。

「じゃあ、せーので一緒に言お? 合格か不合格で」

「わかった。じゃあ」

 と、2人は決めると――


「「せーの……」」


「「合格!」」


 2人は言い切る前に、笑顔をになり始めていたが、もう一度、確認し合う。

「え、睦月合格って言ったよね?」

「うん、むつきも合格って言ったよね?」

 お互いに確認し合うと、喜びを隠しきれなくなった2人は、子どもの頃のように無邪気むじゃきに手を繋ぎ合い、喜びを分かち合った。

「聞き間違いじゃないよね? 2人共合格したんだよね?」

 何度も確認するむつきに睦月は――

「聞き間違いじゃないよ。ぼくもむつきも合格したよ、同じ高校に行けるんだよ!」

 むつきに付き合うように、確かめるようにそう答えた。

 喜びも束の間、睦月はすぐに約束のことを思い出してしまった。そのことで、今度は不安な表情へと変わり始めていた。

 こんな喜びの中でそんな表情を見せれば、流石のむつきも見逃すわけがなかった。

「え、急にどうしたの睦月? 嬉しいでしょ?」

「うん、嬉しいんだけどさ。あのー、約束……」

 歯切れ悪くそう言うと、むつきも思い出したのか――

「あ、そうだったね。約束……してたね」

 お互いに約束を思い出したことで、妙な空気になり、変にかしこまったような静かな時間が流れた。

 が、そんな静寂を見兼ねたか、耐え切れなかったか定かではないが、ようやく睦月が口を開く。

「よし、じゃあ約束の伝えたい事、言うね」

 そう言いながら、むつきに向き直りしっかりとむつきの眼を見つめた。

「う、うん……」

 睦月が真面目な表情で訴えかけるような眼をしたので、むつきもその迫力に気圧けおされ、神妙な面持ちで睦月の話を聞こうとしていた。


「えっと……、ずっと、ずっと好きでした。子どもの頃から、ずっと」


 堂々とした睦月の告白にむつきは――

「ちょ、ちょっと待って! 伝えたいことってそういうやつ? っていうか、子どもの頃って今も子どもじゃん?」

 告白されて恥ずかしくなってるのを隠したいむつきは、しどろもどろになりながらも、強がってみせた。こうすることで、主導権を取り返したい、そう思っていたが――

「僕は、本気でむつきのことが好きだって言ってるの。付き合いたいと思ってるの、むつきと」

 が、そんなことで怯むような気持ちで、ここに睦月が来ているわけがなかった。

 そんな本気の睦月を見たのは初めてだと思ったむつき。

 その想いにしっかりと応えなくてはいけない、そう思った次の瞬間にはもう、言葉を発していた――


「わ、私も! 私も……睦月のこと好きだよ。そもそも、私も本当は睦月と同じことを言おうと思ってたの……」


 言ってから、顔が熱くなり頬が赤く染まり始めていることに気付いたむつきは、両手で顔を覆い隠し俯いた。

「え、むつきもそう思ってくれてたの……?」

「う、うん……」

 まだ照れているのか、顔隠したまま少しだけ頷くむつき。

「じゃあ、両想いだったってこと?」

「そうだけど、改めて言わないでよ。恥ずかしいじゃん……」

 いつもと違い、妙にしおらしいむつきを見た睦月は――

「今みたいなむつきも可愛いね」

「ばかじゃないの! 良くそんなこと恥ずかしげもなく言えるね」

 隠していた顔を上げて、思わず声を大きくしたむつき。そんなことを睦月はまったく意にもかいさず――


「ねぇ、もう15センチだけ近くに座ってもいい?」


 と、しの願望をむつきにぶつける睦月。


「なにそれ? 15センチだけって何でそんなにきっちりなの?」


「本当は0センチが良いけど、まだ慣れてないから……15センチなの」


 睦月のそのお願いに渋々、むつきは応える。


「じゃあ、15センチだけね……」


 そう言うと、むつきはすっと腰を横にずらして、15センチだけ睦月の方に近寄った。

 それからむつきは睦月の左肩にそっと頭をもたれると、睦月のぬくもりを感じた。一方、右に座る睦月は左肩にむつきの微かな重みとぬくもりを感じていた。

 その重みは睦月にとって、恋人同士になったと思わせるだけの確かな実感がともなっていた。


 そしてお互いのぬくもりは、厳しい冬の寒さも和らげてくれていた。


 また、幸せな気持ちも同じようなぬくもりなのかもしれない、2人は心からそう思っていた。


そして、これまでの15年とこれからの未来に思いをせ、幸せをかみしめた

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15センチのぬくもり 青木田浩 @aokida-kou

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