第5話 長き旅路になるだろうと 3

「ふむ、存外白を切らぬのだな」

「僕の正体が分かったなら満足だろう、その子を離してもらおうか」

「いいだろう。 行け、娘」

「…………っ」


 ユウナは僕の方を見ることもなく、自分の家へと走って行った。

 分かってはいたけど、やっぱり悲しいものだ。


「さて、これで終わりってわけじゃないだろう? オーフィスさんとやら」

「その通りだ。 お前には私と共に魔王様がいる場所まで来てもらう」

「なにっ? 一体どういうつもりだ……」

「お前の質問など受け付けてはいない……さぁ、答えろ。 とは言っても、二択ではないがな。 断ればお前のいたこの村は壊滅させる」

「お前……っ!!」


 分かる……この眼は何も躊躇ってなどいない。 恐らく僕が拒否すれば本当にこの村一つを消すつもりだ。

 それに、さっき中級法術で触媒を使っているとはいえ、僕の術式を見てなお、あの様子だ。


(こいつ……強いぞ)


「さぁ、どうする」

「くっ……」


 じわりと額に嫌な汗が滲み、それは次第に頬を伝って地面に落ちる。

 土が湿る程には時間が経った頃、静寂は一つの叫び声で切り裂かれた。


「どっかいけー!!!」


 後ろからの叫び声に思わず振り向くと、そこには息を切らしたハルオの姿があった。


「ハルオ! 来ちゃダメだ! 早く家の中へ――」


「うるさい!! 悪魔!! どっかいけー!!」


 そうか、というのは僕のことだったのか。

 それはそうだ、ユウナもハルオも、勇者なんて親の仇のような人間を好き好んで相手するわけがない。


「あの小娘と小僧の母親を助けたにも関わらず、散々な言われようだな、勇者よ。 これだから人間は薄情で醜いのだ」

「…………そう、かもしれないな」


 横目でハルオの表情を見てみると、その眼には怒りの炎が宿っていた。

 あの眼を見てまだ、さっきの二択を躊躇できる程、僕もできた人間じゃない。


「僕を連れていけば、この村は見逃してくれるんだな」

「魔王様からそう言われている。 私は任されたこと以外はしない」

「なら……連れていけ」

「ふむ、賢明な判断だ」


『扉よ』


 オーフィスが空を指で縦になぞると、まるでこの世の物と思えぬ、さながら次元の狭間のような物が突如として現れた。


「行くぞ、勇者よ」


 僕はこの時、まだ知らなかった。

 この時空間移動から、全ての事柄が狂い始めていくことになるなんて――。

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魔法の黙示録~ Magia's Apocalypse~ 乙坂士郎 @otosaka

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