第4話 長き旅路になるだろうと 2

「お母さん!」


 少女の焦りに満ちた声が村に響き渡る。


「ご、ごめんねユウナ、お母さんちょっとドジしちゃった……」

「うっ、うぅ……お母さぁん……」

「ユウナ、ハルオを連れてこの村から早く逃げるんだ。 じゃないと魔族の奴らがここにくる、だからその前に……うっ……」

「だめっ、もう話したら、傷が……」


「はっ、はぁっ……無事、ではなさそうですね」


 ユウナを追って村の入口まで走ると、そこにはユウナとその母、アンナと呼ばれていた女性、横には途中まで連れてきたであろう大柄な男が一人、しゃがみながらアンナを抱えていた。


「くそっ……血が止まらない……この傷じゃもう……」


 苦悶するアンナを、大柄な男は諦めかけた表情で見つめていた。


「皆さん、僕に少し見せてもらえますか」

「アンタは……?」

「旅の者とだけ言っておきます。 今はそれよりもアンナさんの治療を」

「お願い! お母さんを助けて!」

「うん……頑張ってみるよ」


「身長は百五十四センチほど、体重は五十ちょっとだろうか、使用マナは大気中の物を僕が所持している法術用の触媒で増幅して足りる。 残りは詠唱か……血脈を操作するからには水の加護は必須だ……しかし縫合をしている時間はない、となると傷の接着には炎の加護でなんとかするか……生体の自己治癒を加速させるには大地の加護を……よし、これでいこう」


「二人共離れて」


 僕の声に反応して、大柄な男はアンナを横にし、ユウナの手を引いて後ろに下がった。


「慈愛に満ちたるマナの始祖よ。 三精霊、ウェンディ、イグニ、ノーズ、契約の代償に捧げたるは還りし物、神の御技持って彼の者に祝福を」


 詠唱に呼応して、大気中のマナが視覚出来る程に具現し始めた。

 三属性に別れて固まりだしたマナを絵の具のようにすくい取り、各属性の法術式を空を指でなぞって完成させていく。


「応えよ! 万象の理!」


 各属性で描かれた術式が発光し、アンナの身体に張り付いて怪我を修復していく。


「……ふぅ、これで大丈夫です、あとは安静にしていれば、傷も綺麗に治るでしょう。 さぁ、早く彼女を家の中へ」

「お、おう! よかったなユウナ! 兄ちゃんもありがとよ!」


 大柄な男はアンナを抱き抱えて足早に家へと向かった。


「さて、次は魔物の対処をどうするか……」


 このまま放っておけばこの村が襲われて一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

 どれだけの量が来るか分からない以上、対処の仕方に難がある。

 もし本当に僕を狙っているのだとすれば、僕がこの村から離れることで問題は解決するが、もし違った場合は先の結果になってしまう。


「いや、考えている暇はないか。 下級の魔物を退ける為に出来るだけ多くの術式を描いておく必要が――」


 そう考えて動き始めた時、どこからか風に乗って僕の耳へ一つの言葉が届いた。


「いや、もう遅い」


 低く冷たい声の主は僕の後ろに現れて、ユウナの柔らかい首筋にぴったりと鋭い爪を当てていた。


「お前はっ――」

「動くな」

「…………」


 動けばユウナの命は無いと言わんばかりに、爪を立てる。

 ユウナも突然のことに驚き、声を上げることも、動くことも出来ず、ただじっとしているのが限界だった。


「お前は……誰だ」


長身長髪、髪色は白銀でいて、モノクルを付けている知性的な魔族のようだ。


「私はからの勅命でここまで来た……名をオーフェスと言う。 さっきの術式、見させてもらったぞ。 貴様が今回の勇者か?」

「えっ――」

「…………」


 オーフェスに捕まっているユウナの視線が、僕の心に突き刺さる。

 きっとあの少女は今、僕がこの村に来たから、勇者なんかがまたこの村に来たから自分の母親が大怪我をしたと思っているだろう……その通りだ。

 僕がこの村にさえ来なければ、きっとユウナの母親は襲われなかっただろう。

 そして今、ユウナの命は僕の発言によって天秤にかけられている。

 だとするなら、僕に出来ることは一つしかない……。


「――僕が、勇者だ」

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