第3話 長き旅路になるだろうと 1
魔王がいると言われている北方の雪原まで、歩いていけばおよそ百日はかかる。
そんな僻地に向かう最初の道に、小さな村があった。
「今日はあそこで宿を取ろう」
ヴィンチ村から既に十数キロ歩いた僕は、足の裏が酷く痛んでいた。
怠けていたつもりはないが、こんな状態でこれからやっていけるのかと少し心配にもなる。
重い足をなんとか動かし村の入口まで歩くと、一人の少年が元気に走ってきた。
「こんにちはー!」
鼻水を垂らしながら挨拶をしてきた少年の後ろから、もう一人歩いて来たのは、ムスっとした怒り顔を覗かせる少女。
「こらー! ハルオ! ちゃんと家の手伝いをしなさいって言ったでしょ!」
まるで目の前で怒られているのかと思うほどに大きな声を出した少女は、僕の顔を見るや否や遠くから見ても分かるほどに赤面していた。
「うっへぇー、姉ちゃんまた鬼みたいな顔して怒ってらぁ」
「ちょ、ちょっとハルオ! 変なこと言ってないでしょうね! ごめんなさい、お恥ずかしいところをお見せしてしまって……ところで、こんな小さな村になんの御用ですか? 旅の方で?」
「へぇー! 兄ちゃん旅してんの!? かっけー!」
「だからあんたは静かにしてなさいって!」
まるで漫才のようなやりとりを見ていると、これからの旅路を思う気持ちも少しだけ穏やかになり、自然と頬が緩んでしまう。
「ははっ、二人共仲がいいんだね。 僕は君が言うように旅をしている最中なんだ、ちょっと遠くまで行かなきゃいけなくて、今日休む宿を探しているんだけど、ここにあるかな?」
少女はハっとした顔をすると、それならと奥の家を指さした。
「あそこなら、今は空家になってるので自由に使って頂いても大丈夫だと思います。 あ、一応お母さんに聞いたほうがいいかな……」
「そーだぞ! 兄ちゃんがカッコイイからって、勝手に決めちゃダメなんだからな!」
「もー! 余計なこと言わなくていいから!」
「ありがとう。 それで、お母さんはいつ帰ってくるのかな?」
「夕方になるので、もうそろそろ帰ってきてもいい頃なんですが……もしよかったら、外ではなんですし家の中でお待ちください」
「それじゃあ、お言葉に甘えるとするかな」
二人が住んでいる家は割と大きく、少数の家族で住むには広すぎるくらいだった。
「お父さんは家を作るのが得意で、この村の建物も殆どお父さんが作ったんですよ」
「それは凄いね! 僕も知識だけはあるけど、ここまでしっかりした木材の加工技術は始めて見たよ」
「えへへっ」
少女は、まるで自分が褒められているようい嬉しそうな顔をしながら話を続けた。
「お父さん、いつも言ってました。 木の声を聞けば、どのように加工すればいいか分かるって……もちろん私は半信半疑でしたけど、村のみんなはそんな父のことをとても尊敬していて、私も誇らしかったです」
「そうか……」
話の隅々から感じ取れる違和感がある。
父親のことに対して、まるで過去のことのように喋っているからだ。
もしかすると、この子の父親はもう……。
「ごめんなさい、気づいちゃいますよね」
「すまない、変に意識しないつもりだったんだけど」
「お父さんは、二年前に亡くなりました。 お母さんと、私とハルオを残して」
「勇者の仲間になんか選ばれるから……」
「勇者の……仲間」
勇者の仲間とは、簡単なものではない。
言ってしまえば、強制的な道連れだ。
例えば、勇者に選ばれた者が、その辺を歩いている老人に声をかけ、仲間になってくれと言われれば、老人は断る権利を持たない。
何故なら、勇者を選んだのは王の意志であり、その王の意志を持つものからの勧誘を断ることは、王の意志に反逆する者として扱われるからである。
そんな呪いのような制度があるせいで、基本的に勇者は一人だった。
僕も誰にも迷惑をかけない為に、誰も共に行こうなどとは言わないし、自分が勇者であるという素性を明かすつもりはない。
だが、この子は勇者という者に対して少なからず憎しみを抱いているところを見ても、僕という存在は早くこの村を出た方がいいだろう。
「勇者なんているから、私のお父さんは……!」
「僕が言えるのは、気休めみたいなものになってしまうかもしれないが――」
そう、口を開いた瞬間だった。
「ユウナ! ハルオ! いるか!?」
突然、家の扉を殴るように開けて入ってきたのは、一人の大人の男。
「どうしたのおじさん! 私とハルオならここにいるよ」
「今アンナが傷だらけでそこに!」
「――っ!!」
横にいた少女は、気が付けば家から飛び出していた。
「一体なにがあったんですかっ」
状況がいまいち掴めない僕は、家に入ってきた男に事情を聞いた。
「何故だから分からんが、魔王の手下が急にやってきたらしい! そいつらが言うには、この辺に勇者がいるだとかなんとか言っていたらしいが、俺たちの村には関係ないはずだ……もう二年前みたいなことだって起きてない! 一体どうして……」
「…………」
間違いない、その魔物は僕を探している。
でも何故僕の場所が分かっている……?
いや、それよりも今は、あの少女の……恐らくユウナという名の少女が危険だ。
「っていうか、アンタは誰なんだ」
「僕は旅の者です。 今は事情を説明している時間はありません、あの少女を追います。 あなたは申し訳ないですが、ハルオ君をお任せしてもいいでしょうか」
「あ、あぁ、俺は大丈夫だが……」
「では任せましたよ!」
足早に家を出ると、既に小さく見えるユウナを走って追いかけた。
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