第2話 凱旋への渇望

「国王の御前であるッ!!」


 近衛兵が咆哮のように叫ぶと、何十という数の兵士の甲冑がぶつかり、轟音となって鼓膜が震える。

 僕はその音にかき消されないようにしっかりと地を踏み、国王の目の前で頭を下げて膝をついた。


「ヴィンチ村から参りました、レオと申します」

「ふむ、顔を上げよ」


 許しを得て顔を上げると、一等偉そうな髭面の顔が見える。


「この前の法術披露、とても良いものであった。 調べさせたところによると、お主法術の他にも様々な才に秀でているとのことだが、本当なのか?」

「広く浅く、専門の者には劣るとは思いますが……」

「謙遜せんでもよい、この前の法術を見れば一目瞭然だ」

「…………」

「おい、早速用意しろ」


 国王の一言で、一人の兵士が小包を俺に差し出す。


「これは……?」

「魔王討伐にあたって準備資金などもいるであろう。 その中に入っておるから自由に使うといい」

「有り難く頂戴いたしま――」

(なっ――)


 小包の隙間から見える紙幣は、見える限りでも僅か十ルクス。

 普通の仕事をして、月に稼げるルクスが三ルクスくらいだ。

 たった三ヶ月……こんなもので、僕の命は……。


「どうした、不満か?」

「せ、僭越ながら、魔王討伐にあたっての準備資金にしては、少なすぎるかと……思い……まして」

「なら、いくらなら良いのだ?」

「いくらなら……」


 これは……僕がおかしいのか?

 魔王討伐にあたって、準備資金が少なすぎると言った僕が……?

 いや、逆にいくらまでなら出せるんだ?

 いやそうじゃない、そもそもお金でどうにかなるものではないだろう。

 僕は一体何を……話しているんだ……?

 だが、条件を聞かれているからには答えよう。


「全部……出せるだけ全部でお願いしたいです」


 そう、惜しむべきではない。

 魔王討伐など、この世を統治するレベルの話だ。

 そんなものに金銭の価値を付けることなどできはしない。

 だとするなら、ありったけの財産を持って準備を万全にする必要がある。

 それでも問題があるだろう、だから――


「ふむ、十二ルクスくらいか」

「……は?」


 僕は何か聞き間違いをしたのか?


「十二……ルクス?」

「もう何年もこうして勇者の選別をしては金を使っておる、最初の方に使いすぎたのだ、しょうがないだろう。 少しくらいは我慢をせんか」


 我慢……?


「この前の勇者は五ルクスで頑張ったのだぞ」


 頑張った……?

 さっきから何を言っているんだ。

 少し理解が追いつかない。


「おぉ、そうだ、お主の嫁になるはずだったシスティアだったか、あれは綺麗な娘よ。 あの娘をこちらに寄こせば、五十ルクスは出そう! どうだ? それならいい条件であろう?」

「失礼ですが、それはお断りいたします」

「……ふむ、残念だ」

(次システィアに関わることを言ったら殺す……)

「では、その袋を早く持って討伐してきてくれ。 良い報告を待っておるぞ」

「……はい」


 一方的に打ち切られたまま、王宮を後にする。


「レオー!」


 王宮を後にして少し歩いていると、後ろから声が掛かったので振り向くと、白銀の甲冑を身に纏った男が走ってくる。


「ラインハルト、どうしたんだ」


 ラインハルト・シュベルツェン。


 貴族であり、王国騎士団近衛隊長。

 そしてなにより、僕と苦楽を共にした幼馴染だ。


「どうしたもないぜ、さっきの謁見のことだよ」

「僕はおかしいことを言っていたか?」

「いや、おかしいのは……お前もなんで三ルクスなんかで納得したんだ!」

「システィアを引き合いに出されたんだ、しょうがないだろう」

「自分で言うのもなんだが僕は普段から温厚だよ、だけど、システィアのことは別だ、あれ以上言っていたら僕は国王だろうと関係なく殺す」

「わ、分かったから少し落ち着けって。 お前のそういうところ、俺はちゃんと分かってるつもりだからな」

「そう、システィアは僕の全てなんだ」

「国王の近衛兵としてはさっきの発言は見逃せないが……兄としてここまで妹のことを思って大切にしてくれる奴を蔑ろにはできねぇよなぁ」

「システィアには、本当に迷惑をかけてしまうね」

「仕方ねえよ……あんまり言いたくないが、お前がダメだったら多分次は俺だしな」

「ラインハルト、一体国王は何を考えているんだ」

「さあな、俺にもわからん、だが、本気で魔王を討伐しようとしてる風には見えないのも事実。 無作為に勇者を選別して、魔族の本拠地に送り込むなんざ、普通の人間じゃ考えねえよ」

「あぁ……全く、なんで君が国王じゃないんだ」

「ほんとだぜ」

「はぁ……長話はここまでにして、本題に移るか」


 がちゃがちゃと甲冑を打ち鳴らしながら脇から取り出したのは、さっきの小包よりも大きい袋だった。


「この中に二十ルクス入ってる。 持ってけ」

「いいのか?」

「当たり前だ、まあ、俺が出せる全力はそんなもんだけどな。 貴族で近衛兵隊長がこんなもんですまない……だが、条件がある」

「???」

「必ず戻ってきてくれ、レオ」

「……約束するよ、システィアとラインハルトの為に、僕は必ず戻ってくる」

「慌ただしくてろくな見送りもできなくてすまない」

「構わないさ、システィアが編んでくれたこのマフラーがあれば、僕はどこでも一人じゃない」

「ははっ、そいつはいい! それじゃあ俺からも一つ……」


 再び甲冑をがちゃがちゃと鳴らすと、今度は宝石が付いたネックレスを僕に差し出した。

 赤く輝く綺麗な宝石の周りには、装飾が施されている。


「こいつは俺がいつも持ってるお守りみたいなもんだ、お前に預ける」

「いいのかい?」

「じゃなきゃ外してねえよ」

「……ありがとう、これも、必ず持って帰る」

「おう、待ってるぜ」

「それじゃあ、僕がいない間、システィアのことを頼むよ」

「あったりめーだ、あんな可愛い妹ほっとくかよ」

「ははっ、君は相変わらずだなあ」

「本当に君が王なら、どれだけの民が救われることか……」

「あ? なんか言ったか?」

「いや、なんでもない。 それじゃあ、行ってくるよ」


 ラインハルトから貰ったネックレスを胸元で握り締めながら決意を固めた。

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