魔法の黙示録~ Magia's Apocalypse~

乙坂士郎

エピソード0 まだ、始まらぬ歴史

第1話 望まれぬ勇者

 勇者とは――

『誰もが恐れる困難に立ち向かい偉業を成し遂げた者、または成し遂げようとしている者に対する敬意を表す呼称として用いられる』


 いや、違う。

 勇者とは――


「人民の中から無差別に選別され、理由なく死地へ送り込まれる人間のことだ」



 きっかけは、一通の封筒だった。


「レオ、これ……そんな、どうして」


 赤く豪華な装飾が施された封筒を持つ女性の手が、小刻みに震えている。


「システィア、仕方がないよ、選ばれてしまったなら、仕方がない……」

「でも、どうして!」

「僕は少し前に、国王の御前で最上級の法術の術式を披露してしまったから」

「でも、あれは争いに使うような物じゃ!」

「でも、は……ないんだよシスティア」

「でも…………」


 それから、彼女は口を開くことなく、自分の部屋へと戻っていった。


「僕が……勇者に選ばれたのか……」


 この、赤く豪華な封筒は、王国から届く『勇者認定報告』

 認定報告などとふざけた名前の封書が届いたら最後、この世界に存在する魔王を討伐せんと、旅に出ることになる。

 人選はてきとうだ。

 ルーレットで決めたことがあるとも、聞いたことが……。

 僕は齢二十二歳にして、勇者として選抜された。

 彼女……システィアとは、来年婚約して、結婚式をどうするか考えていた最中だというのに、この知らせではそれどころではない。

 今日のうちに支度を整え、明日王都へ出発しなければいけないからだ。


「システィア、話をしよう」


 ドア越しに声を掛けるが、返事はない。


「…………」


 正直自分でも頭の中が混乱して、なにから整理したらいいのか、分かっていない。

 まず考えた……というよりも思い出すのは、魔王を討伐しに行って帰って来た者はいないということ。

 実質死刑宣告と変わらない。

 だから、システィナと少しでも話がしたい。

 そんなことだけ、考えていた。

 両親はいないので、少しほっとする。

 悲しませる人は一人でも少ないほうがいい。

 ほかには……。


「…………何を考えているんだ、僕は」


 さながら僕は、自殺に赴く人間のような思考にでもなってしまったようだった。

 いや、あながち間違いではないか。

 短い人生だった。

 もっと、色んなことを知りたかったな……。

 僕が法術を学んだのは、こんなことをする為じゃない……。

 僕が本当に望んでいたのは――



「んっ…………んぅ」


 全身の筋肉が固まっていて痛む。

 どうやら考え込みすぎて、そのまま椅子で寝てしまったらしい。


「おはよう、レオ」


 顔を上げ、ぼやけた視界を腕で擦ると、そこにはシスティアがいた。


「システィア!話を――」


 ぼふっと顔に何かが当たる。


「これは……?」

「私が今、あなたに渡せるのは、これくらいしかないから。 手編みのマフラー、それを付けていって。 私は、いつでもあなたの傍にいるから」

「ずっと、作ってくれていたのか……」


 よく見れば、彼女の目の下には軽くクマができている。


「ありがとう……システィア」


 何故だか、昨日は絶望に満ちていたのに、たった一枚のこのマフラーの暖かみを手で感じていると、えも知れぬ力が身体の底から湧いてくる。


「王都までの支度も、ちゃんとしておいたから」

「なにからなにまで、本当にありがとう」

「やめてよ、そんな最後みたいな言葉。 また帰ってくるんだから」

「ははっ……そうだ。 その通りだね」

「僕は必ずここへ帰ってくる、そして、システィアと結婚式を上げるんだ」

「そうよ、だから……必ず」


 彼女の瞳が潤んでいるのを見て、思わず目頭が熱くなるが、ここで泣き別れするわけいはいかない。


 僕は、帰ってくるのだから。


「それじゃ、行ってくるよ」

「行ってらっしゃい、レオ」


 こうして、僕の勇者としての旅が始まった――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る