第43話タイサさんとの特訓

【鉱石の採掘及び新鉱脈の調査】というクエストを受けた俺は低ランクのクエストだから、単独で十分攻略可能だろうと判断した。

 前回のクエストはNPC達の暴走という異常事態のせいで、殆ど何も出来なかったので消耗ゼロである。


 「もう嫌だ。絶対にアルフォンスはクエストに連れて行かないからな!絶対だ」

 「ほう、何やら分け有りのようだね?良ければ私に話してみないかね」

 「あ、貴方は......タイサさん」

 「私を知っているのかね?ならば好都合だ。君のような若者に道を示すのも私の役割だと思っているのだ。どうかね?」


 30台後半ほどだろうか、サングラスをした金髪オールバックの彼は騎士団では有名な部隊長だ。

 各部隊の隊長だけに許された固有のカラーリングが施されている特注の装備を身に纏っている。

 パーソナルカラーは赤。

 なんでも、返り血で鎧が染まるのが目立たないように赤を選んだとかいう噂を聞いた事があるが、真偽の程は定かでない。

 一つだけ真実だと聞いたのは、兵士達の3倍の速度で行動するそうだ。

 まさに彗星の如き流れるように残像が残る様を評して【赤い彗星】と呼ばれているらしい。


 「実はソフィア様とクエストへ向かったんですが、突然陛下や剣術指南役様、宮廷魔術師筆頭様が押しかけてきてクエスト破壊されまして......未熟な実力ではする事も無く。次回のイベントまでに腕を磨こうと単独行動でクエストを受けようと思っているのですが」

 「なるほど、君も私と同じでよくよく運のない男だな。他人とは思えん......これからも何かあれば私を頼ると良いさ。相談に乗ろう」


 ユートの言葉に頷き優しい言葉を掛けてくれる。

 トラブルに巻き込まれ続けるユートの心にじんわりと染み込むタイサの言葉は癒しそのものだった。


 「強くなりたいならば、私が特訓に付き合おうじゃないか。騎士団の訓練場の隣に個人用の小型訓練場があるのは知っているかね?」

 「ええ、そこは聞いた事があります」

 「ならば見せて貰おうか、ユート君のクリスタルの性能とやらを」

 「いえ、実は進化で休眠に入っていまして」


 小型訓練場へ向かって歩きながらタイサさんと話すユートの心は弾んでいた。

 なにせ、実力派で有名な【赤い彗星】に特訓してもらえるのだから、お金とは引き換えにならないチャンスだろう。

 

 「水臭いな、今更そんな申し訳なさそうな顔をしないでくれよ。ならば君自身を鍛えれば良いじゃないか」

 「よろしくお願いします」

 「任せてくれ。私が鍛えるのだから、君の実力はこれまでとは比べ物にならない進化をするだろう事をやくそくしようじゃないか。勝利の栄光を君に!」


 肩に回した手ををポンポンとするタイサさんは自信に満ち溢れている言葉と共に俺に栄光を約束してくれた。

 格好良い。マジイケメンだわこの人。

 小型訓練場は着いた俺達はさっそく模擬戦を行う事になった。


 「では君に初手を譲ろう。全力の一撃を打ち込んできたまえ」

 「え?良いんですか?本気なんか出したらとんでもない威力になりますけど」

 「戦いは非常さ。そのくらいのことは考えてある」

 「それではタイサさんの胸をお借りします」

 「レベルやスキル等の性能の違いが、戦力の決定的差でないということを教えてやる」


 俺は全力を解き放った。

 【外気功】【内気功】を同時に行い、【仙気法】へと昇華する。

 そこへ、最近覚えた闘気と魔力の混合による【闘魔法】をあわせて【天魔法】を発動した。


 「はぁああああ!」

 「なるほど、レベルこそなんらかの事情で1だが、その実力は折り紙付きのようだな。その必殺技が見かけ倒しでなけりゃいいがな」

 「期待に応えて見せますよって、何!?」


 空気を切り裂いて疾走した俺は繰り出した渾身の一撃を繰り出した。

 しかし、あっさりと回避したタイサさんが背後で呟く。


 「認めよう。君は中々に強いようだ。しかしどんなに強力な技や魔法だとしても当たらなければどうということはない」

 「そんな!?確かに見えていたのに」

 「戦いとは、常に二手三手先を読んで行うものだ。気配を読んだとか、動きの起点を見切ったなどとは思い上がりも甚だしい。君のそれはまだまだ驕りだと言わざるを得ないな」


 赤い鎧を着ているにも関わらず残像を残す程の速度で動くタイサさんは【赤い彗星】の名に恥じない圧倒的な速度と技術で俺を翻弄する。


 「くう。まさかこんな身近にここまでの実力者が居たなんて」

 「ふふ、意外かな?ユート君、私を誰だと思っている。駆け出しの君に心配される程未熟ではないよ」

 「君のような若者をいじめる気はないが、もう少し君の手並みを拝見させていただこうかな?」

 「はい!ユート、突貫します!」

 「その気概は買おう。しかし、見た所その技はまだ編み出したばかりではないかね?ならばもっと高める為に制度を重視しなければな」

 「らぁああああ!ふっ、しゃあああああ!!」

 

 流石に歴戦の戦士は格が違うようで、余裕表情で俺の攻撃を捌いている。

 しかも、見事なカウンターまで叩き込まれてしまった。


 「それ見たことか。付け焼刃に何ができるというか」

 「まだだ!はぁ!」

 「人は流れに乗ればいい、だから私は君を倒す!」

 

 残像を残して左右にブレるタイサさんは、模擬戦様の木剣で瞬時に3回の斬撃を放つ。

 俺は強かに打ち据えられて地面に転がされた。


 「今という時では、人はクリスタルや磨き上げた技術を殺し合いの道具にしか使えん。しかし、君のような若者が人類の革新を見せてくれるのかもしれないな。だからこそ私のような先達が導かねばならんと思っている」

 「はぁはぁ、もう一本お願いします!」

 「良かろう!何度でも立ち上がり掛かって来たまえ!」

 「はい!行きます!」


 猛烈なラッシュを繰り出す俺は全力で拳を繰り出したが、どれも刹那に見切られて紙一重でかわされてしまう。

 それどころか、先ほどと同様にカウンターを食らってしまうのだった。


 「慌てるな。下手に動くとかえって当たる。よく相手の動きを見定めるんだ」

 「くっそぉおお!らぁああああ!」

 「ユート君、戦場で調子に乗りすぎると命取りになるぞ?連打だけでは敵は倒せない事を知りのだな。どうせ力任せの当てずっぽうの攻撃だろう?ベストな間合いよりに近づいてしまえば、当たりはせん」

 「がぁ!?まだだ、何かが掴めそうな気がする」


 何度も立ち上がり、打ち据えられても立ち上がり挑む。

 訓練だからステータス上のダメージは受けないが、痛覚を最大限に設定した俺には激痛が届いている。


 「そう、体を使う技は【転生者】といえども、訓練をしなければな。しかし、この短時間で更に出来るようになったな、ユート君」

 「ふっ、しゃらあ!」

 「そうだ。相手の目線を、気配を見ろ、感じるんだ。目的も無くうろうろ逃げるより当たらんものだ。私が保証する」


 ふむ、この成長速度は驚異的だな。

 まさかこれほどの逸材だとは、私の想像を遥かに超えるポテンシャルを秘めている。

 磨けば磨く程に光り輝くとはな。

 我々の世界に現れた【転生者】これがニュータイプという奴か。

 

 「だが、少し褒めたからと調子に乗るのは悪い癖だ。あせるな、君は私の庭に飛び込んだヒヨコだ。まだチャンスはあるが冷静に判断しなければな。戦場では冷静さや正確さは強力な武器になる。激情を封じ込めるのもやむを得ん事だ」

 「ここまでやっても当てる事も出来ないのか......それでも諦めたりはしない!」

 「何!?ええい、腕が上がってきたようだな、君は」


 これまで掠りもしなかった俺の拳がタイサさんの頬に掠り、額かたタラリと一筋の冷や汗が伝った。

 確かな進歩を感じた瞬間だった。

 俺は今この瞬間も確実に前に進んでいる。


 「うらぁあああああ!」

 「ほう?今度は空中戦か、良かろう!」


 タイサさんの攻撃から逃れる為に木剣を強引に撥ね退けた俺は飛び上がった。

 それを見たタイサさんは、タイミングを見計らって飛び上がってきた。

 その瞬間、今まで以上のプレッシャーが俺に襲い掛かった。


 「自由落下というやつは、言葉でいうほど自由ではないのでな。君はその若さにしては研鑽を積んでいるようだ。だが、どうもお坊っちゃん育ちが身に染み込み過ぎる、甘いな」

 「がぁ!?それでも空中戦だからこそ活路が見出せる事もある筈だ」

 「そんな決定権が君にあるのか?その時の都合で魂を売った武人の決定などは次の瞬間にも崩れ去るものさ。君は飛び上がるべきでは無かったはずだ」


 タイサさんは宙を蹴って軌道を変えると上空へ飛び上がり、更にそこから宙を蹴って急降下すると、俺を地面へと叩き落した。

 そうか、空中軌道をスキルで変えたのか。


 「未熟な君を笑いに来た、そう言えば君の気が済むのだろう?」

 「浅はかだった。そういう事ですね」

 「私は君の才能を愛しているだけだ。故に糧となるならば、屈辱すらも与えよう」

 

 俺は構え直してタイサさんと対峙した。

 先手を取ってタイサさんの動きを良く見るんだ。


 「今だ!」

 「させるかぁ!」


 しかし、決死の覚悟で放った拳も、あっさりと後の先を取られて木剣を腹へ打ち込まれる結果になってしまった。

 それでも前に出なければ活路は見出せないだろう。

 俺は挫ける事無く前へと足を踏み出した。


 「うらぁああああ!」

 「そんな大降りではな。そうそう当たるものではない」

 「まだだぁあああああ!」

 「チャンスは最大限に生かす、それが私の主義だ。精彩を欠いた状態での無闇な打撃では有効打には繋がらんよ」

 「!?ここだぁああああ!」

 「ユート君、一瞬前までの君とまるで違うぞ!しかし、これでこの一合を勝てねば、君はは無能だ」

 「フェイント!?そんな!がぁああああ」

 

 態と大降りで攻撃した俺を見て余裕の回避をしたタイサさんから叱咤が飛んでくるが、この瞬間こそ待ち望んでいたチャンスだ。

 一気に動きを切り替えて瞬時に必殺の拳を放つ俺だったが、それも読まれていたようで、拳を握って止められてしまった。

 そして、蹴りを鳩尾に叩き込まれて吹き飛ばされた。


 「実戦ならば何度死んでいたかな?私は陛下や指南役の様に甘くは無い」

 

 尋常ではない速度で私の動きを吸収しているな。

 ひよっこが一端の戦士の目つきに変わっているじゃないか。

 こんな若者を痛めつけながら興奮してしまうとは、認めたくないものだな......自分自身の若さ故の過ちというものを。

 しかし、この貴重な経験は私自身の糧にもなっている。

 次の瞬間に交差するだろう未来が見えるようだ。

 全神経が研ぎ澄まされるようだ。


 「これでは道化だよ。君はもう少しデキると予想したのだが」


 心にも無い挑発をして見るが、彼の集中力は時を経る毎に増しに増しているのが手に取るように分かる。

 きっと次は更に先へと壁を突き破ってくるのだろう。

 若さとはこれほどに眩しいものだっただろうか。

 彼の様な熱い思いに突き動かされて我武者羅に剣を振るった頃が私にもあった。

 いつしか立場に縛られて己を律し、衝動を押さえ込む事にばかり長けてしまった気がする。

 

 「このままじゃタイサさんに申し訳が立たない......俺にはまだまだ先があるはずだ!」

 「殴られたくなければ、自分のミスを無くせ。研ぎ澄ませ、無駄をそぎ落とせ!」


 拳と木剣が交差する一合一合で無駄をそぎ落とし、今までの殻を破るように次を繰り出す。

 不思議と壁を突き破って新たな次元へと足を踏み入れる事が出来た。


 「見える。動きが見える」

 「これが若さか......しかし、しかし!私もニュータイプを超えられる筈だ!」


 さて問題は、私に明確なニュータイプの素養があるかどうかだが、私にもあの時に熱い思いが戻ってきた。

 ならば今の私を超えられる筈だ。

 今を燃やし尽くせない過去の自分はこの瞬間に捨てた。


 「ここでタイサさんを超えて見せます!」

 「冗談ではない!一日で越えられたのでは私の立場が無いではないか!」

 「そこだぁ!」

 「見えるぞ、私にも未来が見える」

 「しかし、俺にも見えています!」

 「なぜ落とせん!?私にためらいがあるのか!」

 

 互いに触れさせること無く交わされる拳と木剣だったが、ここで木剣にピシリとヒビが入り砕け散った。

 驚愕するタイサさんに出来た僅かな隙に差し込むように一撃を放った。


 木剣が砕けた位で敗北していては散々に彼を罵った事への償いにならない。

 私はまだ高き壁で居なければならないはずだ。

 神よ......私を導いてくれ!


 「「はぁあああああああ!!」」


 交わされた最後の一合だったが、その最後はその終焉に相応しい形で結果が出る事になった。


 「ば、馬鹿な、直撃のはずだ」

 「ぐふ......僅かだけど急所ははずさせてもらいました」

 

 鳩尾へと放った突きは僅かに狙いを逸らされてユート君のわき腹に突き刺さっていた。

 一瞬で意識を刈り取るつもりで放った生涯最高の突きだったが、彼はカウンターで私の鎧へと拳を叩き込んでいた。 

 その強烈な衝撃は確かに私の全身へと伝わり、彼が倒れる瞬間まで断固として姿勢を崩さなかった私の膝を地に着かせた。 

 

 「この鎧がなければ即死だった」


 訓練場であればこその結果だが、これが実戦ならば彼はわき腹こそ抉られはするが、私は鎧を粉々に砕かれて倒れ伏しているだろう。

 まさか限界を超えた先にたった私の更に先へと足を踏み入れるとはな。


 「ええぃ!【転生者】とは化け物か!」


 逆に己の未熟さを悟らされる事になるとは思っても見なかった。

 だが、この出会いによって私は新たなステージに立つ事が出来たのだ。


 「彼には感謝しなければならないな」



 【タイサ・アクシズ】は【限界突破者】の称号を獲得しました。



 「もし出会いが後10年早ければ別の形で君と歩む事も出来たかも知れないな。だが、今の私はこの国の騎士団に所属する部隊長という足かせを付けてしまった。私はお前と違って自由な冒険だけやってる訳にはいかん。それが口惜しいよ。本心から思うね」


 満ち足りた表情で倒れ伏すユートを眺めながら微笑むタイサは、彼がこの国に及ぼす影響の大きさを予想してこれから忙しくなるだろうと苦笑するのだった。

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