第13話 さらばファイブス!君よ涙で敵を撃て


「まず翔馬の母親が身ごもり、半年後に黎次郎の母親が妊娠に気づいて仕事を辞めた。博士には正妻と別れてどちらかと結婚する意思もあったようだが、結局、スキャンダルがプロジェクトの妨げになると考え、二人と縁を切った。


さらに一年後、正妻と離婚した博士は当時、研究所で助手を務めていた女性と再婚した。これが現在の正妻であり、静流の母親だ」


「じゃあ、僕は?……言っとくけど僕にはちゃんと両親が揃っているぜ」


「そう、啓介が両親だと思い、慕ってきた人たちは博士とは無関係だ」


 大造が意味ありげに言った。僕は背筋が冷えるのを覚えた。


「今から二十三年前、博士が現在の夫人と再婚して半年後の事だ。博士はあるセミナーで知り会った女子学生と深い仲になった。それが……」


「僕の生みの母親だってのか。……ちょっと待ってくれ。今、母さんは五十二歳だ。その学生が当時、二十歳そこそこだったとしたら、計算が合わなくないか?」


「啓介。君には二十歳近い年の差の叔母さんがいないか?」


 僕は愕然とした。たしかに、十年前に亡くなった叔母との年齢差がそのくらいだった。


「君の叔母さん……実の母親は、子供がいなかった一番上の姉に君を託すと、叔母さんとして君の前に現れたんだ。あるいはいつか君を引き取りたいと思っていたのかもしれないが、残念ながら病のため、願いをかなえられなかったんだ」


「そんなことが……知らなかった」


「つまり博士には、最初の奥さんを入れて六人の「妻」がいたというわけだ」


 大造は長い話を終えると、モニターの中の博士に向き直った。人格者の仮面を剥がされた博士は、すでに別人の顔になっていた。ふてぶてしいその表情に、僕は嫌悪感を覚えた。


「ファイブス計画の本当の目的は、それと知らずに育った五人の兄弟たちを同じマシンに乗せて戦わせ、真実を知らない状態でどれだけシンクロさせられるかというものだった」


 大造は僕らの顔をひとわたり見回すと、感慨深げに息を吐き出した。


「このふざけた計画を知った時、俺の頭の中にある思い付きが浮かんだ。それは、ファイブス計画を葬り去ることで、実の「父親」への復讐を成就できるのではないかということだった。もちろん、捨てられた「母親たち」の恨みを晴らすという意味もこめてね」


 大造はすがすがしい表情で言い放った。博士は怒りに燃える眼差しを大造に向けた。


「博士、この映像のデータを公表しようがしまいが、それはあんたの自由だ。だが、ファイブスは今、ここで消滅する。今から十分後に時限爆弾が作動し、ファイブスはこの世から跡形もなく消え去るんだ。もちろん、俺たちは脱出する。五人で力を合わせてファイブスから脱出することで、俺たちは本当の「兄弟」になるんだ」


 大造は言い終えると、三号機のシートに向かった。博士の口が「やめろ」という形に動くのがわかった。翔馬がモニターに軽く一瞥をくれた後、大造に続いた。大造がシートに座ると、翔馬と黎次郎が周りを囲むように立った。


「俺が一番でかいから、シートを使わざるを得ない。窮屈な思いをさせて悪いな」

 大造が目だけを動かし、それまでとはうって変わって優しい口調で僕らに詫びた。


 静流がモニターの方を見て「ごめんなさい、お父様」と言った。僕と静流は大造の膝にすがるような格好でシートにつかまった。


「さて、長らく苦楽を共にしてきた我らが愛機ともこれでお別れだ。ありがとうと言わせてもらうよ」


 そう言うと大造は手すりにあるスイッチを押した。ぐん、と急に身体が沈む感覚があり、最大積載量を四人もオーバーしたシートは、狭いシャフトの中を五号機、すなわち「足元」めざして降下していった。


 僕は背中がシャフトの壁に擦れそうになるのを感じながら、シートが降下を終えるのを待った。十秒ほどでシートは五号機に到着し、大造を先頭に僕らは脱出ハッチを目指した。


「みんな、ハッチを出たら、全力で走るんだ。いいな」


 五号機から外へ飛び出すと、そこは平らな荒れ地が広がっていた。


「急げ、あと数分で爆発するぞ」


 大造が檄を飛ばした。もともと走るのがさほど得意でない僕も、この時とばかりに全力で大地をかけた。肩越しに振り返ると、ファイブスが黒い人形のように見えた。


 二百メートルほど走った時、ふいに背後から轟音聞こえ、地鳴りがした。足を止めて振り返ると、ファイブスからいくつも爆炎が立ち上るのが見えた。


 ファイブスからは炎と一緒に黒煙も噴き出し、僕らのかつての「家」は、やがて膝のあたりからゆっくりと地面に崩れ落ちていった。炎と煙の中で倒れてゆくファイブスは何かに敗北し、滅びてゆく歴戦の勇者のように見えた。


「よく見ておくんだ。俺たちの「子供部屋」が消えて無くなる瞬間を」


 大造が言い、僕は頷いた。こんな計画でもなければ、僕らは互いに知り会うことすらなかったかもしれない。

 そう考えると「ファイブス計画」は、僕ら兄弟の失われた子供時代を取り戻すべく「実の父親」が与えてくれた遊び場所だったのかもしれない。黒い塊と化したファイブスを眺めながら、僕はそう思った。


 だがファイブスが消え、子供時代が失われたとしても兄弟の絆はこれから一生、続いてゆく。これから僕らは家を出て、外の世界で力を合わせて生きてゆくのだ。


「さよなら、父さん」と僕が呟くと、大造が感慨深げに兄弟の顔をぐるりと見回した。


「やっと俺たちも、親離れができたな」


                  〈了〉

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君よ涙で敵を撃て 五速 梁 @run_doc

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