第12話 愛と哀しみの絆!もつれる五本の糸


 モニターに大写しになっていたのは、ファイブス計画の発案者で静流の父、轟雷寺博士だった。博士の顔はこころなしか青ざめていた。あまりに長く連絡を絶っていたので、本部が非常事態だと判断したのだろうか。


「話は聞かせてもらった。このような事態になって残念だが、ファイブス計画は立ち消えにさせてはいけない。これは重要な計画なのだ……」


 博士はいつもの柔和な語り口とは異なる、威圧するような口調で言った。


「それはあんたにとって、だろ?」


 不意に野太い声が響いた。声のしたほうに視線を向け、僕は思わず叫びそうになった。コンソールの前に立っていたのは、静流にやられたはずの大造だった。


「こういう事件でも起きなければ、ずっとそうやって隠しカメラで俺たちを監視し続けるつもりだったんだよな、博士?」


 モニターの中の博士の目は驚愕に見開かれていた。


「なぜだ、大造。……死んだわけではなかったのか」


「ああ、あいにくこの通り、ぴんぴんしてる。全てはあんたに見て貰うためのお芝居さ」


「何のために?……まさか、他の仲間たちも知っていたのか」


「啓介以外はね。静流には一応、殴る真似と首を絞める真似をしてもらったよ。芝居がリアルになるようにね。なにせ、どこにあんたの隠しカメラがしかけてあるやらわからないからな。どの角度から映されてもいいよう、迫真の演技を披露したってわけさ」


「みんなで……みんなで僕をひっかけていたのか?」僕は震える声で尋ねた。


「啓介、すまない。どうしても推理を披露してくれる「探偵役」が必要だったんだ。真に迫った推理と驚きとが、このお芝居には欠かせなかったんだ」


「博士にお芝居を見せた理由は?僕たちの仲の悪さを見せつけてファイブス計画をご破算にするためか?」


「まあ、それも間違ってはいない。だが、真の目的は他にある。博士がずっと俺たちを騙し続けていたという事実を、本人の口から告白してもらいたかったのさ」


「だましていた……僕たちを?」


「そうだ。俺たちはあちこちからランダムに集められて作られたチーム、そういうことになっているが、実はそうじゃない。俺たち五人の間には、強い関連性があるんだよ。……なあ、父さん?」


 父さんだって?……じゃあ、博士は静流だけじゃなく、大造の父親でもあったのか?


「知っていたんだな、大造」


「ああ。長男としては弟や妹のためにも「殺人」計画を絶対に成功させる必要があった」


「大造が長男?僕らが兄弟だって?本当なのかい、それは」


「本当さ。俺と翔馬が二歳違い、翔馬と黎次郎が半年、静流と啓介がそれぞれ、一歳違いの兄弟だ。まぎれもなくね」


「でも僕らは一度も一緒に暮らしたことなんてないぜ。……それに、例えば僕の場合、ちゃんと両親と暮らした記憶がある」


 僕がそう言うと、大造はほんの一瞬、悲しげな表情を見せた。博士は相変わらず険しい視線を僕らに向け続けていた。


「僕らはみんな、母親が違うのさ。モニターの向こうにいる男性が、著しく道徳観念の欠如した人間だったせいでね」


 大造が断ずると、博士の双眸に、僕らが見たことのない憎悪の色が現れた。


「すべては二十七年前、あんたが戦闘強化服を開発していた時に始まった。当時、あんたがプロジェクトリーダーだった研究所に、モニターとして契約していた二人の女性がいた。アスリートとしてピークを迎えようとしていたその二人こそが、俺と翔馬の母親だ」


「ということは……」


「まず、俺の母親が博士と深い仲になり、ほどなく身ごもった。アスリートは妊娠したら、すべての練習メニューを変えざるを得なくなる。彼女は周囲に妊娠を気づかれる前に因果を含められ、都合退職のような形で研究所を去った。俺が生まれたのはその後だ」


 大造の告発に対し、博士は外見上は冷静を保っているように見えた。が、小刻みに動くまなじりが激しい感情の揺れを現していた。


「一人目のモニターが研究所を離れてからしばらく経って、事情を知らない新たなモニターが研究に加わった。それが翔馬の母親だ。

 研究の開始当初は博士もそれなりに節度を保っていたようだが、約一年後、俺の母親の時と同じことが起きた。


 この時、博士にはもう一人、浮気相手がいた。施設内の病院に勤務する新米カウンセラーで、博士はこのカウンセラーに夫婦の不仲について相談していたらしい。……が、やがて博士の悪い癖が現れ、二人は男女の仲になった。それが黎次郎の母親だ」


 僕は吐き気を覚えた。次々と暴露される博士の素顔は、モラルを逸脱したグロテスクな怪物だった。


              〈第十三話に続く〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る