第11話 真上と真下 殺意という名のロマンス
「ファイブスが倒される少し前、僕の機のモニターに一瞬、静流が意識を失っているかのような映像が映ったんだ。もしそれが、三号機にだけ送信するはずの映像だったとしたらどうだろう?」
「どういう意味だ?戦闘中に特定の仲間にだけ映像を送る必要なんて、あるのか?」
「ある。静流が突っ伏している映像を見た大造が、心配して声をかける。静流はそれに応じて「ちょっと困ったことになったの」と助けを求めるんだ。
一番四号機に近いのは大造だから、十中八九助けに来る。そう画策したわけだ。
あとは大造がシャフトを通って四号機に降りてくるのを、穴の下で待つだけでいい」
「まさか……」
「そうして大造が床に飛び降りたところで、背後から思いきり殴りつけるんだ。……だが、大造も簡単にはやられなかった。そこで咄嗟に、ケーブルか何かで首を絞めたんだ」
「しかし、女性の力であいつの太い首が閉められるかな」
「相手に背中を向けて、肩を支点に体を引き上げれば、女性の力でも可能だと思う」
「それでその後は?四号機におびき寄せて大造を倒した所まではわかった。しかし、大造が発見された場所は三号機だ。静流の力でいったいどうやって巨漢の大造を三号機まで戻した?」
「そう。そのことも含めて細かく説明しようと思う。……まず、静流が大造に助けを求めたタイミングだけど、たぶん、ファイブスがヒュプノジアから催眠攻撃を受けていた時のはずだ。あの時はみんな、攻撃どころじゃなかったからね」
「それは静流も同じだろう」
「いや、静流は最初からヒュプノジアが催眠攻撃を使うことを想定していたんだ。敵のデータを分析するのが静流の担当だからね。以前、一戦交えた相手の攻撃パターンを予想するのはたやすいことだったと思うよ。
おそらく静流は催眠遮断フィルターを密かに完成させ、自分のヘルメットにだけ装備していたんだ。僕らには開発途上だと言っておいてね」
「じゃあ、戦う前からどこかで大造を襲うつもりでいたってことだな」
「そういうこと。催眠攻撃でふらふらになっている大造なら、たやすく倒せるという読みもあったんだろう。しかし、大造の身体をどうやって三号機まで運んだか?ここから、さっきのファイブスが倒された状況とつながるんだ」
「つまり、ファイブスが倒された時、四号機には静流と、静流にやられた大造の両方がいたってことか?」
「その通り。敵の攻撃パターンを分析していた静流には、ワイヤー攻撃を使ってくることも予想済みだった。……翔馬、敵がワイヤーを放つ直前、静流が「気をつけて」と言ったことを覚えてるか?」
「ああ」
「あれは、あえてファイブスを立ち止まらせる為の作戦だったんだ」
「立ち止まらせるため?どういうことだ」
「前傾姿勢で走っている最中にワイヤーで足を封じられれば、前のめりに転倒する可能性が高くなる。立ち止まって静止している時にワイヤーを使われて前方に引っ張られれば、ファイブスは仰向けに倒れる。静流はファイブスに仰向けに倒れて欲しかったのさ」
「なぜだ?」
「大造の身体を、苦労せずに三号機に戻すためさ。シャフトはコックピットの後方にある。ファイブスが前に倒れればシャフトは天井側となり、入り口は高所になる。だが、仰向けになればシャフトは床と同じ高さになる。つまり労せずして大造の身体を押し込むことができるってわけだ」
「なるほど、後は三号機まで押していけばいいというわけか。……しかし、それでも静流の力で大造の重い身体を三号機まで押していくのは大変じゃないか?仮にバルカンを撃ちっぱなしにして行動するにしても、時間がかかりすぎるぞ」
「それが静流の賢いところさ。ウエストバルカンで応戦していた時、静流が言っただろう?「ファイブスの膝を曲げて、腰を上げて欲しい」と」
「ああ。たしかに。その方が向かってくる敵の身体に当たりやすいという理由だった」
「考えてみてくれ。腰の部分を斜め上に持ち上げたら、腰と胴の位置関係はどうなる?」
「腰の方が高い、スロープみたいな形になる……あっ」
「わかっただろう?坂の上……四号機側の穴から身体を押し込んで、スロープの下に向かって押してゆくと、水平の状態より数倍早く三号機に身体を押し戻すことができるんだ」
「そういうことだったのか……」
「無事、三号機に大造の身体を落とし込んだら、バルカンの攻撃を止めてファイブスの身体を垂直に立て直す。あとは戦闘の度に身体がごろごろと動き、適当な位置に収まるというわけだ。大造の身体に原因不明の痣があったのは、このためなんだ」
一気に語り終えると僕は深々と息を吐いた。全員の視線が静流に集中するのがわかった。
「事実なのか、静流。啓介の言ったことは」
「事実よ。大造を四号機におびき寄せて、襲ったのは私」
「なぜそんなことを……それほどの恨みがあったのか」
翔馬が問いただすと、意外なことに静流はあっさりとかぶりを振った。
「ないわ。恨みなんてないし、むしろ尊敬してたわ」
「じゃあなぜ……」
「ファイブスプロジェクトを終わりにしたかったの」
思いがけぬ告白に、座が静まり返った。
「それだけのために、大造を……?」
「チームの精神的支柱である大造がいなくならない限り、ファイブス計画からは逃れられない、そう思ったのよ」
「そんな……辞めたければ博士にそう言えばいいじゃないか。何も大造を襲う事はない」
「無理よ。父は私を絶対に四号機から降ろさないわ。絶対にね……」
そこまで言うと静流は不意に口を閉ざした。次の瞬間、急に踵を返したかと思うと、脱出用ハッチに向かって駆け出した。
「待て、やめろ!」
翔馬が静流の背に手を伸ばしたが、静流の手はすでにハッチのハンドルを捉えていた。ファイブスの腰部から地面までは約二十メートル以上ある。外に出られたらおしまいだ。
「うっ?」
ガキンという金属音と、静流のうめき声が同時に聞こえ、翔馬が静流を背後から羽交い絞めにするのが見えた。静流はドアから引き離され、ぐったりと床の上に崩れた。
「すまん。誰かが変な気を起こすといけないと思って、少し前から三号機の非常ハッチを開かないようにしておいたんだ」
翔馬が押し殺した声音で言った。静流は俯いたまま、肩を震わせていた。
「これでファイブスも解散か。俺は割と気に入っていたんだがな。みんなちょっと不器用なところが似ているし」
黎次郎が自嘲めいた言葉を漏らした、その時だった。ブーンという低い唸りがコックピットを包んだ。何だろうと思っていると突然、三号機の大型モニターに映像が現れた。
「落ち着きたまえ、諸君」
〈第十二話に続く〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます