《冬場のもう一品》
神様は意外という言葉を付けずとも変人だ。
必ず白米を奉納しなくてはいけないし、焼きそばの日でも冷麦でもチャーハンの日でも白米を要求してくる。それでも体重はわたしよりも軽く、細い。
「神様。今日の晩御飯は焼うどんなわけですが……」
日毎に寒さが増すこの頃。ちゃぶ台の上に並ぶ食べ物を見つめながらわたしは不信感を込めながら言葉を投げる。
「それが?」
神様にはわたしの不信感の意味がわかっていないらしい。
ちゃぶ台の上には焼うどんと沢庵。そして白ご飯が並ぶ。ここまではべつにわかる。
焼うどんと白ご飯という組み合わせで既に意味がわからないという人はいるだろうが、関西圏では焼きそば定食と称して焼きそばと白ご飯がセットで出てくるのは普通だし、なんなら味噌汁もついていたと記憶している。それに元からこの神様には毎食白米を奉納しなくては天罰という名の理不尽な暴言が飛んでくるから、ここまではべつにかまわないのだ。
しかし、このところちゃぶ台の上に増えた一品についてはどうにも疑問が渦巻き、慣れない。
炊飯器の中にはまだ白ご飯は残っている。が、それもこのあと消えるだろう。だからこそ、その湯気をあげるものに異文化にも似た不信感を感じざるおえない。
「のびるからとっとと食うぞー はい、手を合わせていただきます!」
「……いただきます」
全力の不信感をその食材に向けたまま、焼うどんに手を伸ばす。
神様は既に「ズゾゾゾゾ」と音をたてて麺をすすっている。それは焼うどんではない。ラーメンだ。インスタントラーメン。
「…………」
もそもそとソース味のするキャベツを咀嚼しながら、神様がインスタントラーメンと焼うどんと白米を三角食べしていく様子を眺める。
「…………いや!だから、なんで焼うどんなのにラーメンも食べてるんですか!!」
やっと言葉になった不信感を叫ぶわたし。それに対して神様は自分の行為に何一つ疑問を感じていなかったらしい。キョトンとした顔で「寒いから?」と疑問符までつけられて返事を返された。
そう。このところの神様は時折こうしてインスタントラーメンを自分で一品加えて食べるのだ。
「寒いならインスタントみそ汁もあったでしょ! それに神様、味噌汁がある日にもラーメン食べてたし、焼きそばのときも勝手にラーメン作って食べてたし! なんなんですか?! 温まるだけなら汁物が一品あればよくないですか! 言ってくれたら作るのに!! なんでラーメン食べるの!?」
肩で息をするわたしに、神様はポリポリと沢庵を食べながら「まあ落ち着け」というようにお茶をすすめてくる。
「寒くなってくるとどうにもな、白米だけじゃ力がでないんだよ。なんとなく」
自分でも仕組みがわかっていないものを説明するような物言い。
「それだけ米も食べてるのにですかぁ?」
ぶっちゃっけ普段から体型と食事量が釣り合っていない。そのうえ寒くなってからは、二人で三合炊きだったのを五合炊きにしている。にもかかわらず、インスタントラーメン一袋を勝手に一品増やしておかずと共に完食するのだ。
「俺だってしらねぇよ。ただ毎年寒くなるとこうなるんだ!」
わたしの物言いに苛立ったらしく、カラになった茶碗という名の丼を『ドンッ』と目の前に置かれた。その茶碗に白米をこんもりと盛りながら「高燃費」と呟くと目に見えて神様が苛立つ。
「俺が命令しなかったらなにもできないお前よりはましだ」
食事中でなければ物が飛び交っている状態だ。綺麗に盛り終えた白米を返すと、無言で食事が再開された。
「ごちそうさまでした」
「よろしおあがり」
どんなに不機嫌であっても、喧嘩中でも挨拶のやり取りだけは欠かさない。
わたしは立ち上がって台所に向かう。
「あ。りんご買ってたんだ。神様もりんご食べます?」
りんごを発見したことでわたし達が今、不仲であったことを忘れていつもの調子で声をかけてしまった。
大体、なんでここまで今わたし達は喧嘩腰になってしまったのだろうか……
「りんご?」と、神様はまだ全力で不機嫌な様子だったが「一匹だけうさぎさんにして」と子供のような注文をつけてくる。
「はい、はい」
軽く返事をして手早くりんごをむいていく。その間に神様は不機嫌ながらもちゃぶ台の上のカラになった食器を流しに運ぶ。
「うさぎ、やっぱり二匹作って」
ぶっきら棒にそれだけ言うと部屋に戻る神様。「はい、はい」と返事をしてうさぎをもう一匹増やす。
「どうぞ」
むきおえたりんごを乗せた皿をちゃぶ台に置く。うさぎりんごは二匹とも神様の方にいる。微妙な空気のままりんごを口に運んでいると、拗ねた子供のように神様は口を開いた。
「腹が減るもんは減るんだから、しかたないだろ……」
そしてガジガジとりんごに食らいつく神様は本当に子供のようだ。
「神様の居はブラックホールに繋がってるのかもしれませんね。あるいは、小さな神様が中にもう一人居るとか」
溜息と苦笑混じりにそういうと「お前のりんごも食うぞ」と脅されたのでわたしは慌ててりんごを頬張る。
「あのさ……本当にお前の料理に何か不満があって食べてる訳じゃないから。自分で作るのも、その日の体調で食べるか決めてるから頼むの悪いっていうか」
口がりんごでいっぱいになった瞬間にそんなことを言われて、わたしはよく噛みもせずにゴクリとりんごの塊を飲み込んでしまった。
でも同時に喉につかえていたような何かが取れた気がした。わたしは頼って貰えないことに苛立っていたんだ。料理をすることくらいしかできないから。ラーメンがあることに不信感を抱いていたんじゃない。あれは自分が作ったものじゃないものがそこにあったことに嫉妬にも似た不安感を感じていたんだ。
「そんなの、いつだって一言言ってくれればいいだけなのに」
今にも笑いだしそうな笑みを隠しながら返事をするわたしに「インスタント麺はタイミングが命だからな」と悩ましげに返事をする。
「でも、めんどくさいときは用意しますよ。インスタント麺一品くらい」
「そんときは、まあ、頼む」
「はい! 喜んで!」
わたしの顔を一瞬だけ見ると神様はうさぎりんごを一匹わたしの方に移動させて「やる」とそっぽを向いた。
この神様は本当に変人だ。その上にとても不器用な人だ。でも……何より優しいことをわたしは知っている。
食事の神様のいうことは絶対。 恋和主 メリー @mosimosi-usironi
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