《道の駅の食堂》
ねむたい。だけどウツウツと眠気に負け掛ける度に顔面を殴られる……神様の車はどうにも荷馬車のようにガタガタしていてねむたくなってしまう。
「目的地はまだなんですか?」
夕暮れの中で目をこすりながら話しかけると、返事ではなく拳が飛んできた。この神様は腹が空くと本当に性質が悪い。
「だから、さっき見つけたチェーンカレー店でご飯にしときましょうっていったのに」
どんどんと闇に包まれていく窓の外を眺めながらわざと大きな溜息を吐いてみせる。
※※※
黙って窓に映る自分の顔を眺めていると、ゆっくりと夢に落ちていく。
「これ、どっちに行ったらいいんだろ」
そんな声に目を開けると外は完全に真っ暗になっていた。そして街灯もみあがらない森の中を走っているようだ。どのくらい眠ってしまったのだろうか。
「神様、一体どこまで入り込んだんですか?」
呆れ混じりの言葉と共に運転席を見るとそこでハンドルを握っていたのは神様ではなかった。スラリとした等身の眼鏡の男性。これは、誰だ――。
「カーナビはあっちっていってるけど、これ信じていいのかな?」
スラリとした男はこちらを見ないまま、不安げな声で再び質問を投げかけてくる。しかし、混乱しているわたしは返事ができなかった。
わたしはその男を知っている気もしたが、全く知らない他人のような気持の方が強い。単純に忘れてしまっているという感覚にも近いけれど、まるで死別でもして無理やり破り捨てたそんな存在のような雰囲気。
「あ、明かりが見えた。よかった、あってたみたいだね」
神様とは全然違うとても柔らかい口調の喋り方。静かに走る車はそのまま明かりを放つ山の中腹を目指す。まるで光に集まる虫のように。
そこには少し大きめな黒い建物が立っていて窓からさんさんと明かりが漏れ出している。
「ここは……?」
やっと声が出た。その問いに対して男は「ナビにでてた道の駅、の、はずだけど……間違えちゃってる?」と不安げな顔で訊ね返され、無意識に首を横に振る。表情は認識できるのに男の顔自体は認識できない。これが誰かわからないのに、体が勝手に動く。何かに操られているように。
※※※
「じゃあ、入ろうか」
車を駐車して、そそくさと降りる男に焦りを感じつつも体が勝手にそれについて動く。二階建てのその建物がやたらと大きく感じた。看板には“道の駅”と書かれている。
体は勝手に男についていくものの、何故自分はここに居て、こんな状況になっていて、この男が誰なのかまったく頭がついてこない。
「うわーサービスエリアとかにある食事処みたい」
「こういうところってなんとなくどこも似てるようね」
いかにも親しげな会話。しかも、わたしから話しかけている。ついに口まで勝手に喋りだしたかとよりパニックが深まりそうだったが、行動一つ一つに激しい既視感を感じ、その正体にやっと気が付いた。
コレは夢なんだ。しかも過去の記憶。今、本物のわたしは神様の車の中で眠ってしまっているんだ。そう認識できた瞬間、安堵感と共に新たな疑問が浮かぶ。
「これは死神のときの記憶なのかしら……」
わたしの呟きなど全く聞こえていないようで、男は「取り敢えず入ろうか」と暖簾をくぐる。その声について店に入ると、どこかのさびれた温泉街の食堂ぽい内装に二人揃って苦笑した。
「ここはタコが名物らしいよ」
通された席でメニューを見ながら男がオススメ商品を指差す。そんな中から二人で話し合って数点を注文した。少し時間が掛かり提供された品はどれも何とも安っぽそうで、良い言い方をすれば手作り感満点のものだ。
頭の中では神様なら完全に文句をいうレベルの時間と品で無意味な喧嘩が勃発しているだろうと苦笑してしまう。
「先輩はレモンかける派でしたよね」
几帳面に自分とわたしの分のタココロッケという名の揚げ物を別ける男。でもそのことより、今、先輩と呼ばれたことの方が気になった。わたしのことを先輩と呼んだということは後輩なのだろう。つまりは死神の後輩? だけど、死神がこんな普通に旅行気分で食事をするのか?
机の上の料理を食べながら次々と疑問が浮かぶ。味噌と醤油を混ぜてニンニクとすりおろしたゴマをぶち込んだような味のご当地オススメラーメン。正直、もう一度食べたいと感じる味ではない。けれど、だからこそ何かが記憶が甦りそうで……気持ちがーーーー痛い。
※※※
顔面の痛みに完全に目が覚める。隣には不機嫌な神様が座っていて、でもそれにとてつもない安心感を覚えた。
「寝てんじゃねぇよ」
「ごめん」
素直に謝ると少し沈黙したのちに神様が口を開いた。
「うなされてたぞ」
わたしは無言で頷く。
「夢を見てた。というか、記憶。たぶん、死神の頃の」
暗がりを眺めながら静かにそう告げると、神様の返事はなかった。ただただ先程より顔をしかめて前を向いている。
「腹が減ってるからそんな夢見るんだ。さっさと食事できるところ見つけろ」
長い沈黙の後に返ってきたのはそんな答えだった。でもそれが神様らしくて自然と笑みがこぼれてしまった。
※※※
『違いますよ。ソレはあなたが――に失敗する前、――の記憶です』
「え?」
車の雑音に混じった冷たい声にわたしは慌てて神様の顔を見る。でも神様は相変わらずいらだった様子でハンドルを握っていて、わたしは前に向き直った。外は既に真っ暗で、でもそれ以上に黒いもの、そして冷たい何かが傍に居たような感覚。背筋をとても冷たい汗が流れた。
それとほぼ同時に少し離れた山の中腹に明かりを見つけてわたしは無意識にそれを指差す。
「あそこ、たぶん道の駅です。神様が怒りそうな食堂がありますけど、どうしますか?」
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