《秋の栗ごはん》

 自称・食事の神様に出会ったわたしは一日、一日と生存日数を伸ばしている。けれど問題がなにか解決したわけではない。夢はまだわたしを苦しめる。

『クビだ』

 そんな一言で奪われたわたしの全て。わたしという存在。価値。生存理由。生命のサイクルから弾き出された死神――わたし。


※※※


 夢。真っ暗闇の中でコツン、コツンと顔に雨粒が当る。とても痛い。まるでここに存在していることに対しての罰のようだ。走って逃げても雨粒は眉間に当り、頬を切るように通り抜ける。

「許して!」

 叫んでもその声は誰にも届かない。何も聴こえない。何も――?

「なあ、栗ごはん作れるか?」


 目が覚めた。眉間に硬いものが当る。目の端でそれが茶色い色をしていると認識した。

「なあ。栗ごはん」

 部屋の電灯を遮るように男が枕元に座り、定期的に茶色くて硬いものを落としてくる。それが栗であると認識するのには時間はかからず、兎に角いたい。


「痛い」

 訴えを口にするものの男はその行為を止めない。それどころか個数を増やして落としてくる。

「作れるからやめて!」

 勢いよく起き上がると、ゴロゴロと部屋の中に栗が広がっていく。


「……神様。これ、どうしたんですか」

「拾った」


 わたしは起き上がった眩暈と共に自分の状況に眩暈を覚えた。小さくて不揃いな栗。両手に山盛りくらいの量だろうか。皮を剥いだらより少なくなるだろう。


「どこで拾ったかは知りませんが、この量だと一号分も作れませんよ」


 溜息交じりに返事すると神様は気怠そうな顔をして「こんなに拾ったのに」と部屋に散らばった栗をビニール袋に集めていく。

 その作業を手伝っていると、唐突に後ろから肩を掴まれた。嫌な予感しかしない。


「明日は休みだ。二人で採れば美味しい栗ごはんが作れる!」

 ああ、またこの展開だ。この自称・食事の神様はいつもこうなのだ。食事のことでなにか思いつくとそれが現実になるまで拗ね続ける。抵抗は無駄だ。

「わかりました!明日は栗拾いして、栗ごはんです!」

 半ギレしながら返答すると「ヤッター」と折角集めた終えた栗を頭から被せられた。それは夢の中と同じ痛みだった。


※※※


 “死神”という役割であり存在を失ったわたしは自分のためや自分の意志で動くことはできず、眠り続けるばかりだ。けれど人のため。とくに神様のためだったら目を覚まし、多少なら動いていられる。


※※※


 二人で約束した栗を拾うための明日は夜のうちに雨が降ったらしくしっとりと湿っていた。

 神様が運転する車に乗って近くの自然公園へと向かう。そこには栗の木が群生しており、自由に栗を拾うことができる。

 ビニール袋とビニール傘を片手にわたし達は栗の下に来た。でもそこにはすでに栗のイガしか残っていない。

「やっぱりこうしたわかりやすいところはもうプロが採りつくしてるみたいですね」

 やれやれと大きな欠伸をするとビニール傘で後頭部を殴られた。

「奥に入ればまだあるはずだ!」

 そう叫ぶと神様は密林と化した栗の木の下へと入っていく。この人はどうしてこうも食事に対するこだわりが強いのだろう。


『食べるってことは生きるってことだ!』


 神様の口癖でもあり、わたしの人生を捻じ曲げた言葉が頭の中で響く。

「そうだね。神様は生きていたいんだもんね」

 苦笑しながら神様が投げてくる栗のイガを両足で踏んで開き中から小さいけど確かに実っている実を取り出す。お互いに時々イガが指に刺さって叫び声をあげるのが妙に生きているんだと実感する瞬間だった。そして大雑把な神様はこちらを見ずにイガを投げるものだから背中に何個か刺さった恨みは忘れない。一日掛けて二人でそんな作業をしているといつの間にかビニール袋いっぱいの小さなくりが集まっていた。


「よかったですね、神様。これで栗ごはんがいっぱい食べられますよ」

 栗が詰まった袋を持ち上げながら笑いかけると、神様は泥が付いた顔でニカリと笑った。


※※※


 家に帰り、塩を入れた水から栗を茹で、一つずつ包丁の根元の部分を使い皮を剥いていく。始めは一人でやっていたけれど途中から神様が「手伝う」と言って参戦してきて、いつの間にか皮剥き競争が始まり思いのほか早く作業が終了した。

 そうして皮を剥き終えた栗を磨いだ白米の上に乗せ、少しの顆粒出汁と塩、醤油で味を調えて炊飯器のスイッチを押す。


※※※


 流石に疲れたと畳の上に横になるとフワリト眠気が襲ってくる。しかし、眠気にやられたのはわたしだけではなかったようで、神様は既に「栗ごはん……」と寝言を呟きながらうたた寝していた。

「きっと美味しいのができますよ」

 神様の手に寄り添うように目を閉じると、秋の香りが鼻孔をくすぐる。そのとき見た夢はどこかぽかぽかと暖かく、真っ赤なも文字と真っ青な空が広がり、そして誰かがわたしを呼んでいた。

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