第9話 爆弾
ワーラットの鋲革ジャケットを着たもひーたは、武器も構えずに砂に埋まった紅亀を立ったままじっと見つめている。
対する紅亀は甲羅の上端を砂浜から出したまま全く動こうとしない。
もう少し近寄らないと出てこないのか、時間経過すると出てくるのか分からないけど、このままだとお互いに攻撃するとことはできないな。
その時、立ち尽くすままだったもひーたが踵を返し、上空に向けて手を振る。
ああ、俺たちが観戦していることに気が付いたんだな。
観戦者はボスエリアに姿を現さず、少し上空から
見られている方は誰が観戦しているのか分かるように、キャラクター名を知ることができるようになってるんだ。
それで、もひーたは俺たち観戦者の視界にあわせて手を振ったってことだ。
「ヒャッハー! 俺の芸術を見せてやるぜえ!」
もひーたは俺たちに向けてよく分からないことを叫ぶと、紅亀の方へ振り返る。
彼は腰に手をやると、彼の背丈ほどある大きさの木製のタルをインベントリから取り出した。続けてもう一つ出すと、紅亀からさっと離れ、投げナイフを構える。
『あれは、爆弾かな?』
俺の呟きにアルカエアが答える。
『そうだね。爆弾は使い辛いんだよね』
アルカエアの言う通り、爆弾は使い勝手が悪い。俺も正直うまく使える自信はない。爆弾は爆発するまでの時間がランダムなのが最大の難点で、設置してからいつ爆発するか分からない。
任意に爆発させるには、もひーたが狙っているようにナイフなどで爆弾を揺らせば爆発はするが……
爆風に巻き込まれる範囲も広く、当たると爆風に吹き飛ぶだけじゃなくダメージもきっちり受けてしまう。威力は絶大なのかと言うとそうでもないが、利点は相手の「硬さ」に関わらずダメージが入ることだ。
見るからに硬そうな紅亀の甲羅でも爆弾ならば容易に貫通しダメージを与えることができるだろう。
モヒカンネズミ――もひーたが投げナイフを構えたところで片方の爆弾が爆発し、誘爆したもう一つの爆弾も爆発する。
二つの爆弾にまともに当たった紅亀はたまらず砂浜から飛び上がるように姿を現した。
で、でかいなこいつは。
紅亀はリクガメのような見た目をした赤色の甲羅を持つ亀型のモンスターで、甲羅部分だけでおよそ八メートル。甲羅から垂直に伸びた足にも紅色の鱗で覆われていていかにも硬そうだ。
頭の額から後頭部にかけても同じような鱗に覆われており、柔らかい部分はほんの僅かに見える。
紅亀は爆風を喰らった怒りからか、体を震わせるほどの大きな絶叫をあげてもひーたを睨みつける。
もひーたは紅亀の怒りなど知らぬ顔で新たなタル型爆弾をその場に設置すると、紅亀の右側に回り込むように駆ける。
紅亀は鈍重な動きであるものの、巨体だけに一歩が大きい。たちまちもひーたとの距離が詰まるが、もひーたは投げナイフで爆弾を爆発させ紅亀をけん制するとさらに爆弾をいくつも設置していく。
一方紅亀は足を振り上げ、もひーたを踏みつぶそうと彼に迫る!
しかし、爆弾だけを残してワーラット持前のスピードで素早く紅亀から距離を取ると、紅亀は爆弾を踏みつけ爆風に晒される。
爆風で足の鱗がいくつも剥がれ落ち、紅亀は再び絶叫をあげると、甲羅の上部がせりあがりだす。
もひーたはタル型爆弾を三つ出すと、大胆にも蹴ってそれを紅亀の方へ転がす。その間に紅亀はじっと構えたかと思うと、せりあがった甲羅と元の甲羅の隙間から水で出来たカッターを飛ばす。
紅亀の周囲全てへ放射状に水のカッタ―が襲い掛かるが、もひーたはステップを踏んだ後に砂浜に伏せてなんとか攻撃をやり過ごすと、投げナイフを投げ先ほど転がした爆弾を爆発させる。
この爆弾の爆風に足を取られた紅亀はバランスを崩し、横倒しに倒れ込む。
ここから、もひーたの乱れうつ爆弾によって紅亀は倒されてしまった。
「芸術は爆発だー! ヒャッハー!」
もひーたの勝鬨があがると、俺達の視界が元いた位置に切り替わる。
「あんな戦い方があるんだなあ」
俺は感心したように隣に立つアルカエアに声をかけると、彼女も顎に手を当て何やら考え込む。
「そうだね。爆弾を使うためのワーラットとは面白い」
「ワーラットのスピードじゃないと、あそこまで上手く爆風を避けながら敵の攻撃を
俺が問うとアルカエアは少し考えた後に自信の考えを述べる。
「ボク個人の考えだけど、あれは彼の技量だね。ワーラットで同じように戦ってもああ上手くは行かないと思うよ」
「相当練習したんだろうなあ」
「彼の美学は独特なんだろうね。わざわざ爆弾で戦うんだから」
確かにアルカエアの言う通りだ。わざわざ爆弾で戦う必要はないよなあ。でも、拘りをもったプレイって俺は大好きだ。
俺の拘りを次は見せる番だな……ふふふ。もひーたの戦いを見たお陰で紅亀の動きはだいたい把握できたからな……
「アル。次は俺が行ってくる」
俺はアルカエアに手を振ると、VRモードから3Dモードに切り替え、キーボードの動きを少し確認してからイソギニアに変身すると、砂に埋まっている紅亀へウインドウを当てる。
<紅亀との戦闘を開始します>
メッセージがウインドウに浮かび上がり、俺はボスエリアへと移動する。
◇◇◇◇◇
紅亀のボスエリアは砂浜と海のエリアで、砂浜には紅亀が埋まっていて甲羅のてっぺんが砂から顔を出している。紅亀にある程度近づくと奴は砂浜から飛び出すように上空へとジャンプしながら出て来る。
これに巻き込まれると、吹き飛ばされるから俺は少しバックステップをして奴の着地を待つ。
奴が着地すると、巨体から来る振動で周囲の砂浜が地震のように揺れる! しかし、触手の足を持つ俺には全く影響がない。通常この地震発生エリア内にいると、足を取られて動けなくなる。
逆に言えば、地震で隙が出来ないイソギニアにとって、ここはチャンスだ。
俺は着地したばかりで長い首を回していて隙だらけの紅亀へ迫ると、奴の右前脚に向けて右の触手を振るう!
一発目が当たり、続いて二発目へ――
――しかし、触手は紅亀の足にあった鱗に弾かれる。攻撃が弾かれても、一旦入力した攻撃は止まらず、都合十二回の触手攻撃が終わるまで俺は棒立ちになってしまう。
それを見逃す紅亀ではなく、俺は奴が振り上げた右前脚に掬い上げられるように吹き飛ばされてしまう。
い、痛えな……今の攻撃で体力の四分の一ほど持って行かれてしまった。防具無だからなあ……さすがに難易度四のボスとなると軽い攻撃だろうとダメージが大きい。
これは、さっきもひーたの時に見た、水のカッタ―だと致命傷を受けそうだな……
紅亀の装甲は厄介だな……何しろ素手だからあっさりと攻撃が弾かれれてしまう。武器なら、紅亀の甲羅はともかく鱗くらいなら、少し強化した武器で叩けば攻撃が通るだろう。
うーむ。どうするか。
『面白れえ攻撃だな! 手伝わせてくれねえか?』
その時、いつの間にか観戦していたもひーたの声が響き渡った。
触手紳士だけど三十回攻撃で無双します ~メタモルフォーゼオンライン~ うみ @Umi12345
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