第8話 海は楽しいぞお

 アルカエアについていった先は海岸にある磯の岩場だった。ゴツゴツした岩が波に削られ独特の景観を見せる沿岸は打ち寄せる波が高い。

 あー、波の音が心地いい。波って人間の心を癒す効果があるよなあ。

 来た目的も忘れてぼーっと波の音を聞いていると、予想通り呆れた顔のアルカエアから突っ込みが入る。


「全く、何をしに来たんだい?」


「いやー、もう波の音を聞いてるだけでもいいかなーって」


「それならビーチサイドに行くかい?」


 アルカエアは腰に両手を当て、ハアーっとため息をつく。

 ビーチサイドの方が景色はいいな。そのうち日が暮れてくると夕焼けがさぞ綺麗だろう。


「ああ。ビーチに行こう!」


「やれやれだよ……」


 文句を言いながらもアルカエアは踵を返し歩き始める。なんのかんので付き合ってくれるんだから、彼女は人が良いよな。振り回してるのは俺だけどさ。

 俺がふんふんと鼻歌を歌いながらついて行くと、アルカエアから黒いオーラが出ている気がしたけど、気のせい気のせい。ふふーん。


 俺がルンルン気分でアルカエアについて行くこと数分。美しいビーチが見えて来た。砂浜に打ち寄せる波、照り付ける太陽、最高だぜ!

 

「アルカエア、ビーチだよ。ビーチ」


「ビーチサイドに連れていけっていったじゃないか……」


 アルカエアがうんざりとした様子で言い返してくるが、そんなもの気にしねえ。俺は初期装備の革のブーツを脱ごうか迷ったけど、とりあえずそのまま波打ち際へ。

 押し寄せる波、そして遠ざかる……素晴らしい波の音。いいね。これでこそ海、そしてビーチ!

 

 俺は波打ち際に腰を降ろすと、ボーっと水平線を眺める。

 

 少し離れたところで腕を組み立ち尽くすアルカエアから嫌らしい笑い声が漏れた気がした。

 

 その時……

 

 何か大きなものが海面から出て来たかと思うと、俺に向けて海水を噴射してきてまともに当たった俺はあっけなく数メートル吹き飛ばされる。

 な、なんなんだあいつは? って、体力ゲージが今の攻撃で七割ほど減ってるじゃないか。

 

 あれは……雑魚じゃないだろ、ボス?

 

 俺は砂に尻もちをついた姿勢でアルカエアの方を見やると、彼女は腹を抱えて笑い転げている。

 は、はめやがったなー。

 

「アル!」


「あははは」


「こらー」


 俺は立ち上がり、アルカエアを追いかけると彼女は笑いながら俺から逃げる。俺はアルカエアを追いながら彼女に尋ねる。

 

「アル、さっきのは何だろ?」


「あれは紅亀だよ。あの位置でぼーっとしてると水のカッターを飛ばしてくるんだよ」


「えー。ボスエリア以外でも攻撃してくるの?」


「うん、あの攻撃はお遊び要素だね、君みたいな間抜けを吹き飛ばす為の……あはは」


「こらー」


 紅亀だったのか……あれ、紅亀を始めとしたボスは専用のボスエリアで戦うんだけど、ボスを見かけたらウインドウを出してボスにウインドウを向けるとボスに挑むことができる。

 ボスエリアはプレイヤー個人個人で別々だから、ボスを取り合うこともないし、ボス待ちをする必要も無いんだ。素晴らしいシステムだよな。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。アルカエアに追いつかないと。

 

 しかし、人間形態の俺と悪魔形態のアルカエアではスピードが彼女の方が早い。メタモルハンターオンラインでは種族ごとに力や体力、スピードが異なっているんだけど、アルカエアの種族は人間よりスピードがあるみたいだな……

 あいつ……俺が追い付けないのを分かってたやりやがったな。イソギニアに変身しても、人間より遅いし……無理じゃないか!

 

 悟った俺は彼女を追うのをやめて立ち止まる。

 

「あれ? どうしたんだい?」


 俺がとまったことに気が付いたアルカエアも俺から距離を取りつつ足をとめた。


「いや、追いつけないのが分かったから……」


「ふうん。気が付いてしまったんだね」


「ああ……種族には特性があるからなあ。悪魔族はスピードタイプなのかな?」


「うーん、バランス型だと思う。人間形態より力と速さが上がるよ。スタミナはそのままかな。あ、この流れだとイソギニアはとか君が語りそうだけど、言わなくてもいいからね」


「待てやー! そこまでイソギニアを嫌わなくていいだろお」


「だって、気持ち悪いんだもの……」


 アルカエアは腹を抱えて笑い出す。まあ、彼女も慣れてきて冗談を言ってくれるようになったんだよな。と前向きに考えておこう。

 彼女に言おうとしたけど、イソギニアはパワータイプなんだ。人間より速度は遅くなるけど、力とスタミナが上がる。今のところ素手だから一撃は強くないけど、魅惑の三十連射ができるからな。

 火力はきっと一番に違いない。

 

「そろそろ、紅亀に挑戦しに行こうぜ」


「あれ、泡蛇はいいの?」


「いや、さっき吹き飛ばされたからやり返したい。立ち止まってたら体力も元に戻ったしさ」


 ボスエリア以外のフィールドでは立ち止まるか座ると減った体力もスタミナも自動的に回復していく。ボスエリアは立ち止まってもスタミナしか回復しない。走るとスタミナが減るから、スタミナ回復をどう行うかもボス戦闘の戦略上必要なんだぜ。


「冗談はともかく、紅亀の所へ行こうか」


「おー!」


 アルカエアに先導されて進んだ先は、今いる砂浜から至近距離だった……俺が紅亀に襲われた時点からほんの一分ほど進んだところの砂浜だったという……最初からここに来いよ! と思ったけど浮かれていた俺も悪いから何も言えなかった……

 見ると砂浜から紅色の甲羅の一部が出ていて、砂の中に紅亀が埋まっていると容易に想像できる。あれなら、俺だって初見で分かるよなあ。

 

「甲羅の上側が露出したところにウィンドウを向けるとボスエリアに移動するのかな?」


 俺は露出している紅色の甲羅を指さす。

 

「うん。その通りだよ。話している間に先客が戦闘を始めるみたいだね。先に見てみるかい?」


 アルカエアの言う通り、俺達と甲羅を挟んで反対側に人型で全身が茶色の毛皮で覆われたネズミ頭のキャラクターがボスに挑もうとしている。ネズミ頭ってことはワーラットかな。獣人系種族はワーなんとかって名前になっていて、男キャラクターは獣の頭で女キャラクターは獣耳になっていると差が激しい。

 あのキャラクターはネズミ頭だから男キャラクターなんだろう。しかし……このネズミ頭……面白いデザインにしているな。全身は茶色の毛皮で覆われているんだけど、ネズミ頭の耳と耳の間だけ赤色になっていてトサカのように盛り上がっている。

 そう……人間で言うモヒカンのように……服装もモヒカン頭に相応しいもので、鋲革のノースリーブのジャケットを胸がはだけた感じで着こなし、ズボンは赤色のホットパンツのような派手な色をしている。

 

 ええと、名前はっと……

 

――もひーた


 うああ。濃い。濃いよこの人!

 

「せっかくだから、モヒカンネズミの戦闘を観戦してみるかな」


 俺がアルカエアに同意すると、彼女も頷きを返し俺達はウィンドウを出すと観戦モードを選択する。

 これでもひーたの戦闘風景を上空から見下ろした形で観戦することができるんだ。

 

「アル? 準備はできた?」


「うん。ワーラットとはおもしろいね」


「ええと、たしかワーラットは……」


「ワーラットはスピード特化タイプだよ。力も弱く、スタミナも低い。見たところ彼は投げナイフしか持ってないけど、あの固い紅亀とどう戦うのか興味深いね」


「確かに。面白そうだ」


 そして、俺達の視界はボスエリアに切り替わる。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る