第2話 日常の先に
四角い板状のディスプレイには
escape y/n
と表示されている。送信先は使用しているSNSの公式アカウントからだった。
悪寒が全身を駆け巡る。
昨日と同様なら、このSNSのメッセージ機能も使えなくなっているだろう。
今すぐに連絡を取らなければいけない人はいない、が何が目的なんだろうか。
別の連絡ツールは使えるし、情報を完全に隠しに来てるわけではないのか、、
憶測だが送信者の目的は早く質問に答えさせることなのだろう。
この質問に答えればSNSやゲーム内メッセージは使えるようになるはず、誰でも不便なのは嫌だからな。
そしてもう一つわかることは、送信者はゲームの公式でもSNSの公式でもない、わざと違う会社の公式メールから送信して、俺の行動を把握していること、個人的に動いていることをアピールしていることが考えられる。
だが目的が見えてこない、、、まぁ今は探偵気分で考えても意味はないか。
昨晩準備しておいた制服に着替え、部屋を出る。
父は出張、母も仕事があり、朝早くには家を出てしまう、今日は俺が朝食当番だ。
妹は食パンに薄くバターを塗り、その上からハチミツ、軽くシナモンを振りかけたシナモントーストが朝の定番だ、それに加えホットココアでも置いておけば十分だろう。朝っぱらから甘々なこと。
祖母の分は、やはり焼き鮭に味噌汁と白米か、毎日代わり映えしないのもなんだ、今日はひと手間オムレツでも作っておこう。
俺の朝食と言えば毎日シリアルだ。あれはいいぞ、作るのに時間がかからない上に名目上の栄養摂取と水分補給までできる、イチ押しだ。
朝とはいえさすが夏だ、トーストに鮭、味噌汁を作ってるのもあるが、やはりキッチンは暑い、脇や背中から少しずつにじみ出てくる汗が制服のシャツにピタリと張り付く、額からの汗はまぶたの中に入り込み、目に染みる、朝から汗をかくのは少し憂鬱だな。
不快指数が上昇してきたところでトースターが甲高い音を鳴らす、味噌汁もいい具合に出汁が取れただろうか、余分なアクをすくい、一度火を止め味噌をこし、火が通りにくい具から入れていく。
妹専用のマグカップを棚から取り出し、目分量でココア粉を入れ牛乳を注ぐ、こんな暑いんだ、今日はアイスココアにしてやろう。
いつも先に起きてくるのは妹だ、朝は少し機嫌が悪い、話しかけようもんならガン無視を決められる。俺はすでに出来上がっているトーストと、冷えているせいか完全に溶け切らなかったアイスココアを無言でテーブルに置く。
妹は静かに手を合わせて食パンをほおばる、おいしい、や、ありがとう、なんて言葉はないが、それでも作り甲斐はあるものだ。
祖母の味噌汁と鮭が出来上がったところでオムレツの存在を思い出した。
あらかじめ出しておいた卵に目をやると、全部終わらせたつもりでいたせいか、めんどくさくなった。
この卵は卵かけごはんにしてしまおうか、確か冷蔵庫に納豆があったはず、納豆×卵かけごはんというのも意外とウマいんだったな、少し楽をしてしまおう。
祖母は文句ひとつ言わず、むしろ俺に感謝の言葉を言って黙々と食べ進めた。
一安心した俺は自分の分のシリアルを作る、本当は柔らかくなって牛乳に味がしみ込んだ状態のものが好きなのだが、少しゆっくりしすぎたか、時間がないので一気にかきこんだ。
家を出るタイミングは妹と一緒だ、さすがに学校まで一緒に行くほど相思相愛ではないが、途中までは同じ道を歩く、俺はふと昨晩と今朝のメッセージのことを思い出した。
俺「なぁ凛花、エスケープ、ワイ、スラッシュ、エヌ、って知ってるか」
知ってるはずもない、ただ単純に純粋に不思議を共有しようとした質問だった。
だが凛花は予想外の返答を返してくれた。
凛花「えっ!お兄ちゃんなんでそれ知ってるの?!私のスマホ覗いた?!」
驚いた、まさか凛花にも同じメッセージがきてたとは、変な誤解を生んでいるようだが、まあいい、気になるのはそれに対しての応答だ。
俺「そのメッセージ、お前にも届いてたのか、、で、それに対して何か返答はしたか?」
凛花「ううん、してないよ、なんか薄気味悪くてとりあえず無視してる」
妥当な判断だろう、無視をして今のところ何が起きてるかと言えばメッセージ機能が使えなくなってるということだけだ、ほかの連絡手段は使えるからそこまでの痛手ではないからな。
となるとこのメッセージが送られてるのは俺だけじゃないということか。
俺「とりあえず現状維持だな、変に手を出して詐欺なんかに引っかかっても嫌だしな」
凛花とはそこで別れ俺は一人で学校へ向かう、今日は終業式ということもあってか歩いている生徒は浮かれ気味だ。
集団で登校している連中は通知表の心配をしたり、夏休みの予定の話をしたり、終業式らしい会話をしている。
校門をくぐると途端に生徒人数が増える、日差しだけでも暑いのに人口密度が高くなればその場に熱気がたまりさらに体感温度が高くなる。
これだから夏は嫌いなのだ。
下駄箱にたどり着くまでで一日分のエネルギーを使った気分だ、さっさと教室に向かってしまおう。
昨晩ほとんど寝てないおかげで、校長の長い話を爆睡ですっぽかした、毎年毎年まぁ律儀に交通安全だの深夜俳諧だのの話をしているだけだ、大して問題もなかろう。
その後は可もなく不可もない通知表を受け取り、担任の話を適当に聞き流し。
高校2年生の1学期を終えた、達成感というよりは解放感が大きい気がする、何せ学校という束縛から約1か月以上解放されるのだ、課題や部活その他諸々多少の縛り付けはあるが、そんなものこれから始まる大イベントを前にすれば許容範囲だ。
と、浮かれている場合じゃない、例のメッセージについての情報を集めてみよう
まずは部室に向かおう、鴻池はすでに教室にいない、か
コンピュータ室の扉に手を掛けようとしたところで扉が開いた。
でてきたのは部長の十文字さんだ。
十文字「あ、よかったぁ、いまからあなたを探しに行こうと思ってたんです。」
俺「俺をですか?」
十文字「話は中で、さ、入って入って」
部室の中にはすでに七奈、鴻池、凛花、そして残り二人の部員のうちの一人
神谷成美(かみや なるみ)がいた。
彼女は凛花の同級生の1年生だ。
極度とまではいかないが、なかなかの人見知りで、基本的には凛花を通して会話をする、またしても変わり者だ。
十文字「さぁ、一人足りませんが、、まぁいいでしょう。話は凛花ちゃんから聞いてるから、あなたの状況も把握してるわ。昨晩から今朝にかけてなるちゃん以外のみんなにこんなメッセージが来てるはずよ。」
まさか、とは思ったが、そのまさかだった。
部長はわざわざプロジェクタで拡大したメッセージを表示した。
『escape y/n』
見慣れたというか、もう見たくもない文面がそこに表示されていた。
これと言ってフォントが怖いというわけでもないが、この文面は不気味さを感じさせる。七奈や鴻池も同意見のようで表情が心なしか曇った気がした。
十文字「もう一度聞くけど、これは部員のいたずらとか、そういう類じゃないのね?」
皆そろってうなずく
十文字「そう、、、さっき”彼”にも聞いてみたけど心当たりはないみたい。」
”彼”というのは部長と同じ3年生の部員、そして正規研究部員だった先輩だ。
理由は聞いていないが、今年に入ってから学校にもほとんど顔を出していない。
十文字「さっきも説明したけど、このメッセージは昨日の夜から今日の朝にかけて私、鴻池君、凛ちゃん、七奈ちゃん、そして、君に送られたの」
七奈「このメッセージが送られたのって昨日の部活にいたメンバーなんじゃないの?」
こいつは馬鹿か、馬鹿なのか、今の部長の話を聞いてなかったのか?昨日凛花は部活に来ていないだろ、なんだ、右から左へ受け流したのか。
鴻池「いや、凛花ちゃんは昨日部活には来てないはずなんだけど、それでもメッセージは届いてる。だとするとほかに共通点が見当たらない、、、」
そうこれが常人、一般市民の思考回路、the普通、さすが普通代表みっちゃん!
だが共通点は存在する、俺、部長、七奈、鴻池、凛花、にあって先輩と成美にないもの、これに気づけるのは多分立場上俺だけだろうから、俺が説明するとしよう。
俺「共通点ならある、昨日部活にいたメンバー、これだと凛花が当てはまらない、それなら〈夏休みの研究部の活動内容を知ってる人間〉これなら説明がつくんじゃないか? 昨日の研究部のグループトークでは何も話してないことから、成美と先輩には内容は伝わってない、が俺は昨日、直接凛花に活動内容を話したからな。」
凛花に話したことを知ってるのは俺と凛花だけ、そして昨日部活にいたメンバーを凛花は把握してないことから、この共通点を見いだせるのは俺だけということなのだ!!
まぁちょっと注意深く詮索すれば、すぐにわかりそうなもんだけど。
あくまでも共通点であって探せばもっとあるんだろうが、今思いつくのはこれくらいか?
だが、それを検証する方法もある、今から成美に『研究部 夏休みの活動』についての話をし、その後メッセージが届けば証明完了、届かなければまた別の共通点があるという算段だ。
俺「と、こんな感じなんだが、試してみる価値はあると思うか?最終的な決定権は成美に任せるが、、、」
軽く説明をしてやった、いつになく口数が多かったせいか皆すこし驚き気味なのは失礼というものではないだろうか。
成美は返答に困っているようだった、無理もない、夏休みの部活動についての話を聞いただけで得体のしれない謎のメールが送られてくるかもしれないんだから。
成美「それがみんなの役に立つなら、、そうする。」
相変わらず内気な子だ、役に立つかどうかは誰にもわからん、が結果を知れば少しすっきりした気持ちにはなるだろう。
そのあとのyes noの返答をどうするかはまたあとで考えればいい。
十文字「でもまぁ夏休みの活動についてはいつか話さなきゃいけないことだし、話しちゃってもいいんじゃないかしら?」
鴻池「まぁそうですね」
七奈「そうだよ!たのしいよ~!」
凛花「そうですね」
俺「概ね同意かな」
成美「はい、じゃあ聞きます、、」
どれくらい時間がたっただろうか、俺たちの時もそうだったが、メッセージが送られてくるまで数時間のラグがあった。
もうすでに外は暗い、七奈はのんきに眠りについてしまった。
俺と鴻池と凛花と成美で退屈しのぎのババ抜きをしていると部室のドアが開いた。
十文字「ガラッ、、、校内宿泊の手続きはとれたわよ」
部長、いつの間に、、てかこの学校泊りとかできたんだ。
時刻はすでに8時を回っていた、俺の一通目のメッセージが来たのはこれくらいの時間帯だったか、そろそろ来てもおかしくない時間帯だが、、、やはり検討はずれだったか?
鴻池「そういえば、夕飯まだでしたね、何か買い出してきましょうか?」
珍しく鴻池が気を利かせている、今この空間に女子が多いからか、けしからん。
この人数分の買い出しだと荷物も多くなるだろう、ついて行ってやるか。下心などないぞ。ほんとだぞ。
鴻池「みんな何がいい?」
俺「あぁ俺はついてくよ」
凛花「サンドイッチ、イチゴショートケーキ味で」
朝も甘々、夜も甘々、そして即答、恐るべし、わが妹
十文字「私はおにぎり一個でいいわ、味は君たちにお任せします」
俺「成美はどうする?」
成美「えっはい、えっと、、じゃ、じゃあメロンパンで、」
ほう、見た目通りというか、イメージ通り子供っぽい
七奈はまぁ別になんでもいいか、適当に菓子パンでも買っておこう。
俺「みっちゃん、遅くならないうちに、行っちゃおうぜ」
メッセージが来るかもしれないからな、なるべく速足で済ませよう、
校内を出るとクビキリギスの『ジ―――』という鳴き声が聞こえてきた、夜とはいえ先ほどまでクーラーの効いた部屋にいたため、むわっとした熱気が顔を包んだ。
これでもまぁ日中よりはだいぶましになったもんだが。
高校を出たすぐ先にあるコンビニに着き、頼まれたものを買う、えっと、うわほんとにあったよサンドイッチイチゴショートケーキ味、しかも高っ!400円もするのかよ、ここは兄として奮発するところか、、、、?
部長のおにぎりは、、何となくイメージで青菜梅味とかでいいかな、あの人和食とか似合いそうだし。
で、あとは成美のメロンパンか、高級マスクメロンパン250円とメロンパン100円があるな、、、どうしようか、、、いや、まぁここは早く懐いてもらうための餌付けだと思って、奮発しちゃいますか、学校に泊まれるなんてのも滅多に無い機会だし。
鴻池はみんなの飲み物を買ってるみたいだ。
店員「あ~ざっしゃ~」
お財布がからっけつだ、、、残金24円、、、夏休み遊ぶために多少残しておこうと思ったんだけどなぁ、、、
いや、上を向いて歩こう、涙がこぼれないように、、、
とふと見上げた夜空には満天とまではいかないが、きれいな星がぽつぽつと見えた、このあたり一帯は街灯がほとんどない、一番目立つ明かりと言ったらこのコンビニくらいだろう。
山に囲まれ、田んぼが広がったど田舎だと星たちも目立つもんだ。
自然を感じるとやけに元気が出る、おじいちゃん並みの感受性があることを最近自覚させられる。
店員「あ~ざっしゃ~」
鴻池も買い物を終え店から出てきた、
が何か思い出したようにこちらに向かってくる。
鴻池「やべっ、紙コップ買わないと女性陣と間接キスになっちゃう!」
なんかやたらと嬉しそうだな、そして小学生かっ、と突っ込みを入れたいところだ。
俺(これだけ近いんだ、先に戻ってても何も言われまい。)
と、振り返り歩き始めようとした瞬間、耳元で誰かが、否、何かが囁いた
『キョウ、、ジュ、ウ、ハヤク、エラ、ベ、ゼン、イ、、ン』
すぐに振り返ったがそこには誰の姿もなかった。
残ったのは気持ちの悪い冷気と、先ほどから鳴いているクビキリギスの声だけだった。
気配すらなかった、声だけがそこを通ったような、そんな感覚
性別も判断できないような、電波の悪いラジオのような、そんな聞き取りづらいような声だったのに確かに言っていた、今日中に全員が選ぶように。
まず間違いなくメッセージのことだろう、yesかnoか今日中に日付が変わるまでに選べということだろう、何か嫌な予感がする、選んでも選ばなくても。
鴻池「お~い、買ってきたぞ~、、、ってどうした?そんなに青ざめた顔をして」
とりあえず戻って事情を話そう。
夏逃避 ヘビーカステラ @kurearagi
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