夏逃避

ヘビーカステラ

第1話 夏到来

16年間この町に住んでいるが、未だに慣れない。       

熱気に、日差し、それに加え耳に響く蝉たちの鳴き声の相乗効果でさらに不快感が増していく。

夏だ、夏が来てしまったのだ。


高校二年生7月下旬、夏休みを手前にして俺たちの部活『研究部』は夏の部活動について最後のミーティングと称し、いつものメンバーで部室に集まり、いつも通り怠惰に時間を浪費している。

研究部と言っても部活動に真面目に勤しんでるわけではない。研究部らしいプログラムやゲーム作りなどをしているわけでもない、この部活は言わば避難所なのだ。

・本校の生徒は必ず部活動に所属しなくてはならない。

などという校則がある以上何かしらの部活に所属しなければならないのだ。

訳あってって部活を辞めた者、部活動に所属する気がなく仕方なく入部した者

そんな輩の集まりがこの研究部なのである。

俺はどちらかと言えばこの部活動に興味をそそられ入部した、と言ってしまえば聞こえはいいが、、、研究部の部室、コンピュータ室は職員室以外で唯一クーラーが効いており、それに加えてパソコンが使い放題、避難所にしては設備が整いすぎている。

と、ひとめぼれの入部である。

それでもいくら楽できる部活動だからと言って何の活動もしない訳にはいかない、あくまでも学校の部活動なのだ。この学校の研究部の看板を背負っていることを忘れてはいけない。

そんなこんなミーティングを始めて、早小一時間経ったところでやっと話が進んだ。

初めに口を開いたのは三年生で部長の十文字香(じゅうもんじ かおる)だった。


十文字「ねぇ、夏休みの活動だけど、この地域のことを調べるってのはどう?私たちあくまでも研究部なんだし、何かしらした方がいいわよね。」


地域を調べる?研究部ってのはパソコン使ってロボット作ったりゲーム作ったりするもんじゃないのか?いや、1年以上ろくに活動をしてないからわからんが、、、

俺の意見を代弁するように答えたのは二年で同じクラスの鴻池光流(こうのいけ みつる)だった。


鴻池「え、でも研究部の活動って、その~機械をいじったりするのが主流なんじゃないんですか?」


十文字「そうなんだけど、夏休み明けに文化祭があるでしょ?みんな覚えてると思うけど、文化祭で発表する研究のテーマはなんでもいいの。何かしらの研究をして、それを発表すればね。」


なるほどそういうことか、そういえば去年も適当にネットから拾ってきた小学生の自由研究みたいなものを丸パクリして適当に済ませたっけか。

確かテーマは、、、「食塩水は物体を浮かす」だったか。

最終的にはイスラエルかどこかに『死海』という海があってその海は溺れるどころか自分から潜ることも困難だとか。そんな豆知識を付け加えて適当にまとめたんだっけか。わが部活ながら圧巻の出来だったな。真面目に目を通した人は俺たちを冷やかしに来たクラスの連中くらいだった。

で、今年は地域について調べ学習か、楽そうで何よりだ。


十文字「そこでみんなに質問なんだけど、この地域、というかこの町について何かみんなの知らないようなこと知ってる人はいるかな?」


俺「みんなの知らないことって、都市伝説とか、七不思議とかそんな噂程度で広まってる曖昧なことでもいいんですかね」


部長は少し間をおいて苦笑いで首を縦に振った。


それ系統の話なら詳しいやつに心当たりがある。黛七奈(まゆずみ なな)研究部所属2年生、容姿性格共に良好だが、趣味のことになると熱くなってしまうのがたまに傷。まぁ見る人から見たらそれも可愛いのかもしれないが、あいにく俺は解りかねるね。

彼女のその趣味というのはもうお察しの通り「オカルト趣味」なのだ。

部長がうなずくのをためらった理由はこれなのだ。


七奈「え!都市伝説とか噂とかホラーとか心霊スポットとかでいいんですか!?それなら七奈に任せてください知ってます知ってますとも、聞かれなくても答えますとも!例えばですね、このあたりで言いますと八ツ美トンネルですかね~、あそこのトンネルは約40メートルほどしかないんですけど、夜中の3時から明朝4時にかけて通ろうとすると何キロの距離にも感じるという曰く付きのトンネルでしてね!あ、あとそれに加えてですね、」


十文字「わ、わかったわ七奈ちゃんその話は後で私が聞いてあげるから!」


みんな苦笑いである、元はと言えば俺が都市伝説なんてワードを出したのが間違いだったな、深く反省するとともに部長には申し訳ないが七奈の気が済むまで話を延々と聞く役目を担ってもらおう。あれだけ熱くなる奴の話だ、例え実話でも作り話でも噂話でもクオリティは保証できる。このくそ暑い夏にぴったりの怪談が聞けるだろう。

そして本当に地域の都市伝説を調べるのなら七奈に任せておけば勝手にやってくれるだろう、これで高校2年一度きりの夏休みを、思う存分エンジョイできそうだ。


日差しが落ちて教室の窓から夕陽が差し込む、俺の中ではこれが帰宅の合図だ。暑さもこの時間帯になると日中に比べればだいぶましにもなる。蝉も鳴きつかれたのか心なしか静かになる気がする。家まではさほど遠くないが、帰り道でどこからか聞こえてくる風鈴の音と近所の夕飯の匂いを嗅ぎながらゆっくり帰るのが最近のちょっとした楽しみだ、一日の疲れが吹っ飛ぶなんてことはないが、それだけで充実した一日を過ごせた気分になれるのは実に心地がいい。


俺「さて、時間もいい感じだし、やることの方針も大体決まったから今日は帰ろう」


さっさと身支度をしてしまおう、書店で見つけた大して面白くもない小説をしまい、開いただけで手を付けてない夏季休暇課題の存在を思いだし、嫌々カバンに詰める、ほかには何かあっただろうか?

まぁ忘れても明日取りにこればいいか。

部長は部屋の鍵を閉めるためにいつも最後に帰る、今日はこれから七奈の怪談会が始まるそうだ。


俺「みっちゃん帰ろうぜ、女性陣はまだかかりそうだし」


みっちゃんとは鴻池のあだ名だ、本人がそう呼んでほしいとのことだったのでそう呼んでいる、こいつもなかなかの変わり者だとつくづく思う。


鴻池「帰りコンビによっていい?アイス食べたい」


鴻池とは中学からの付き合いだ、特別仲が良かったわけじゃないが、高校に入り同じ部活に入ってからよく喋るようになった。こいつは若干のアニメオタクという奴でいつも俺に魔法少女なりアイドルなり異世界なりの話をしてくる、正直言ってよくわからんが別に俺は趣味に没頭する人間を否定はしない。

七奈にせよ鴻池にせよ今この瞬間を楽しそうに生きている。そんな楽しそうな連中の楽しそうな出来事を俺なんかが否定はできない。それに俺も俺で研究部のみんなの何気ない日常が楽しかったりもする、七奈のオカルトや鴻池のアニメ、おしとやかな部長の言動、その他3人今日は部活には来てない連中も楽しいやつらばっかりだ、そいつらと適当に日常を送る。それが俺の趣味なんだと思うからな。


校門を出るとすぐ先にコンビニがある、金欠高校生の俺だがいつも誘惑に負けてレジ前のから揚げなり肉まんなり焼き鳥なりを買ってしまう。


店員「あっとーざっしゃ―」


一本100円のアメリカンドッグをたいらげ少し話したところで鴻池とは別れた。

俺はこの一人の時間が嫌いじゃない、あえて自転車は漕がずに小中学生たちの下校を横目でみながら地元を感じるこの時間が、校内でのこもった騒々しさとは違い、開放的な音と風、そして匂いまでどこか懐かしさを覚える。

ヒグラシとフクロウが鳴き始めた。


家に着くとスパイスの匂いが鼻を刺した、今日はカレーか、、、

食卓を囲んで右に妹、前に母、その隣に祖母

祖父はすでに他界していて、父は出張だとのこと。

妹は一つ年下、名前は凛花(りんか)俺と同じ研究部所属の高校一年生だ。

勉強はできるのだが、俺が心配などという兄思いな理由で自称進学校の高校にレベルを落として入学した。俺的にもなんやかんや肉親が在校していた方が安心なのでありがたい話だ。


俺「ところで妹よ、本日の部活はどうしたのかね、超重要事項のミーティングを同胞たちと行っていたのだが。」


凛花「え、そうなの?ごめん昨日顔出したからいいかなと思って、やるならもっと早く言ってくれればよかったのに。」


喋り方を変えたことへの突っ込みがなかったのは置いておいて、俺は今日決めた夏休みの部活動について話した。

何やら白けて空気が悪かったので、急いで夕飯のカレーをかきこんで、風呂に入った。


明日の学校の支度を済ませ、寝るだけの状態したPCの電源を付けた。


鴻池がアニメオタクならたぶん俺はゲームオタクになるのだろう、俺はMMORPG(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)をプレイしている。

最近やっているゲームはエデンオンライン、楽園を目指す人間というテーマらしい。

と言ってもゲームに課金して常に攻略の最先端にいるわけではなくあくまでもゲームで知り合った仲間たちと雑談を交えながらまったりとプレイするだけなのだが。

ログインをしてアイテムを受け取りメッセージを確認する。

これがゲームをはじめる一連の流れだ。

ワールドメッセージ、クランメッセージ、ダイレクトメッセージがあり、右から順番にゲームをプレイしている全員宛て、仲間として登録してあるグループ宛て、個人宛の三つを確認する。

クランメッセージでは何やらレア武器をゲットした人が自慢をしているようだ。

個人宛には、ゲーム内でのフレンド申請、ゲリライベントのお誘い、自動送信と思われるクラン勧誘メッセ―ジが目に留まった。

ひとつひとつ返信していくと、通知音と共に個人宛に一通のメッセージが飛んできた、返信作業に追われているので後回しにしようと思ったが、内容だけは見ようと、メッセージを開いた。



「escape (y/n)」



どういう意味だ、逃げるかどうかを問われているのか、、、

誰から送られてきてるんだ、、

送信先のユーザー名は、、、


@Edenofficial


公式からのメッセージと同じユーザーIDだ

なにのイベントかバグ、または誤送信か何かか、、、

イベントならワールドメッセージで話題になっているはず、だが誰も話題に出していない、クランメッセージでまだ自慢が続いている。

ということはバグか誤送信、それか何かしらの意図があってこのメッセージを送っているのか。

不思議に思いワールドメッセージで聞いてみることにした。


「escape というメッセージが公式から送られてきたんですけどこれってイベントか何かかな?」

enterを押したとことでメッセージが表示された


このメッセージには不適切な内容が含まれているため送信できません


どういうことだ、ワールドメッセージでは下ネタや誹謗中傷がよく規制されるが、俺のメッセージの中にそんな内容はないはずだが。

何度試しても結果は同じだった。ワールドでもクランでも個人でも。

唯一メッセージが送れるのは@Edenofficial 宛てだけだろう。

yesかno

すぐに判断してはいけない気がする、部屋のクーラーをつけた覚えはないが寒気が背筋を刺した。

部長に七奈の怪談を回した付けが回ってきたのかもしれない、ゲーム仲間と話せないのは惜しいが今日は寝ることにしよう。

ゲームは落としてはいけない気がして俺はPCの電源はつけたまま寝床に着いた。




翌朝はひどい倦怠感と眠気に襲われた、無理もない、昨晩はほとんど眠れなかったのだから。

学校を休むほどではない、ましてや今日は夏休み前最後の学校だ、終業式は午前で終わる、午後にゆっくり寝ればいい。

充電器に刺してあったスマホがバイブレーションと共に通知音を鳴らした。まるで俺が起きたのを認識したように。

画面に表示されたメッセージを見て眠気が覚めた。


escape y/n


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