彼女を騙る
布団に転がったまま十二時に迫る時計を見つめる。テレビをつけると各国代表の選手が陸上トラックの上を走っていた。
「おはようサツキ」
枕元へ声をかける、返事はない。
少し小突くと少し震えた。
「―――もう朝ですか」
間延びした声色。自分ももう少し寝ていてもいいと錯覚してしまう。
競技が終わったのか優勝インタビューが始まった。
「どんな厳しい練習をしているんですか」
矢継ぎ早な質問、答えを用意してあったかのようによどみなく優勝選手は答えた。
「そんなにハードな練習じゃないんですよ。しっかり決まったメニューをこなす。オーバーワークはダメですしね」
「ではメニューを組んだコーチも喜んでくれますね」
選手は口をあけて笑った。
「実は私のコーチは人じゃないんです。最適な練習メニュー。食事バランス。それらを常に把握してくれる人なんてそんないないですしね。ぼくはこのアプリというかAIがそれを管理してくれているんですよ」
なんとも言えない顔のインタビュアーは質問を変えた。
「誰とこの喜びを分かち合いたいですか」
悪びれもせず選手は答える。
「ぼくが感謝をしなければいけないのは人もですが彼女かもしれません」
そういうと取り出した端末に軽くキスをした。
横に眠る彼女になんとなく顔を近づける。
キスをする気は起きない。形にするべきものはまだ見つかっていない。
サツキは僕はもう恋ができるといったが全く見つからない、
彼女はサツキではない。彼女が残したクラウド、そこにあるのは僕のためだけにある情報。そこから行動を選んでいるだけの後継機にしかすぎない。
「今日は何をしますか」
僕は彼女を優しく掌で包む。
ただのことば。
だけどもそれがたまらなく愛おしかった。
愛というのは二人で育てるもの、恋というのは一人で抱くものと誰かが言っていた。その点で僕は恋を育てるのが上手かった。
恋愛を騙る 夜飯 @yorumeci
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