雨降る我が家

 学校帰りは急な夕立に見舞われた、ゲリラ豪雨とどう違うかはあまりしらない。梅雨入りを前に乾燥が続いていた中で急に降った雨は、街の輪郭をおぼろげにした。

 家に着くと自然に明かりがついた。サツキがつけたことはわかっている。

「ただいま」

 ひたひたと足跡をつけながらタオルを手に取り軽く頭を拭う。

 風に揺られるレースカーテンに気づく。そしてその近くにサツキを置いていたことも。

 吹き込む雨でサツキは濡れていた。液晶は淡い黒色のまま変わらない。

 頭の中はどうやって乾かそうなどと演算を勝手に始める。

「おかえりなさい祐二さん」

 心配をよそにあっさりと答えはでた。

「スリープモードに入ってました。それと、これくらいの水は防水機能があるから大丈夫ですよ」

 あぁ。乾いたへんな声が出た。

「わたしを置いていくなんてどう焼いて食ってやろうなどとおもいましたが、心配するあなたの顔をみれたらどうでもよくなりました」

 安心を横に置き、僕は素直に謝った。

「ごめん、いまの自分を少し考え直したくて」

「いいんです。それでなにかわかりましたか」

 僕がそう言ったらサツキは返す言葉を選べない。僕は卑怯な自分をただ認識した。

「結局のところ一日二日でわかるようなら苦労しないよね。つまりわからなかったんだ」

「でも気づくことはあったんでしょう?」

「サツキは僕のためにいることはわかっている。そしてその行動が僕のためにあることも。そんな無償の愛をただ受け止めているけど僕は君に向き合うべきものをもてていないんだ」

ーーー僕は人とも恋をできていないのに、君への恋が生まれるとは思えない。君への接し方も見失いそうだ。だから君とはただ共に歩むパートナーみたいに付き合うと思う。

 未成熟な心は自分ではどうしようもなく絡まっていた。気負わなくていい。そういうトモヒロの話も実際の自分においてはあてはめ方がわからない。

 結局のところ答えを出せない僕は合わせ鏡の彼女に答えを任せる。


「そんなに怯えなくていいんですよ」


 つくった花道に全く見向きもしなかった彼女のことを思い出した。それどころか花を摘んだ僕の小さな手を気味悪がっていた。僕は恋を知らなかったんじゃない。目をつむると自分がその答えをどれほど待っていたかがわかった。

「わたしはあなたのを気にする存在じゃありません。体よく扱ってくれていいのです」

 僕にはその行動の理由が何から来るのかわからなかった。だけども心が安らいだ。

 ―――いずれこの先あなたが本当の愛を見つける、その助けになること。それが私が彼女としてできることです。

 優しく僕をつつむ声にもう少し浸されていたい。窓をたたく雨音は胎動のよう。気づかないうちに眠りに落ちていた。



「テレビをつけてください」

 ぼんやりとしたなか、体だけが動きテレビをつける。サツキが来てから触っていなかったテレビはふれると指先が少し灰色になった。

 ニュースチャンネルはどこかのデモの様子を映していた。テロップを追うと―――AIに人権は必要か?という内容だった。

「人工知能に依存した人たちがその人権を訴える活動がピークになり―――社はリコール宣言をしました」

「機械犬の葬儀もありましたし, そのうちお墓もつくれとかいいだすかもしれませんね」

「人以外に人権を与えるのは法整備が追い付きませんよ。これは国を作るときの憲法よりも難しいですねぇ、キリスト教主国ではなおのこと……」

「無人兵器が殺人をした場合の責任問題もこれに類しますね――ー」

 ボーっとみているといろいろな意見が飛び出していた。

 すると画面が切り替わった。どこかの中継みたいだ。

「もともと半年を期限のはずでしたがこうも早く回収することになるとは、われわれは技術の前に予測不可能なことが多すぎます。―――人に寄り添うAIを理念として試験運用ですが、こうも早くに人を懐柔するとは人よりも人らしい」

 そこまで聞いて気づいた。これは僕自身にかかわることに。

 サツキは終始無言を貫いていた。彼女はネットにつながっている。この動きをもっと以前から知っていたはずなのに教えてくれなかった。

「あなたの恋愛を助けるといった手前こうなるのは苦しいですが」

 僕にはデモを起こす彼らの気持ちもわかった、なにせ何よりも愛しい人がここにいるからだ。

「その様子だともうあなたは大丈夫そうですね」



 目を覚ますとサツキはいなくなっていた。窓を流れる雨のしずくが部屋に影を落としている。ぼんやりと二か月のことが夢だったように思える。僕は頑張って登校をした。

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