第130話 アフターストーリー

【数年後】


 聖教国の空には澄み渡る蒼空が広がっていた。ほんわかと千切れ浮かぶ雲は、どちらの世界でも似たようなものである。

 PM2.5とかが大気中に舞っていないだけ、綺麗な空なのかもしれないが……。

 まあ、異世界というだけあって、未知の有害物質が大気に溶け込んでいる可能性は否めないけどね。


 街は石造りの建物が多く立ち並び、そこは現代日本にはない風情ある街並みが広がっていた。中世といえば中世に近いのかもしれないが、どことなく違和感がある風景だ。

 どこに違和感があるかと問われると、見慣れたものがこの世界に混在しているといった所だろうか。


 中世の建物の上には降り注ぐ太陽光を受け銀色に煌めくパネルが、あちらこちらに設置されている。(ちなみにこの世界では太陽はアフリア、月は二つあってエルとフェルといい、エル姫とフェル姫の名はそこから取ったらしい)

 そして風通りの良い場所には、大きな風車が数十基と建っているのだ。

 言わずもがな、太陽光発電と風力発電、である。これはまさしく近代化されたものが、中世の世界に混同しているといってもいいのかもしれない。まるでとある学園都市を髣髴とさせるが、時代錯誤感がそれを上回るほどの奇異さを醸し出している。


「おいおい、ちょっとやりすぎのような気もしないでもないな……」

「異世界の技術で本当に便利になってきた、とエル姫様は大層お喜びのようなのです。あ、今は教皇様ですから姫様ではないですね」


 俺はげんなりしながらそう言うと、隣でエンデルがニコニコしながら、俺が許容できないこの風景に、エル姫さんが喜んでいると言う。

 エル姫さんは帝国との戦争とエンシェントドラゴンの問題を解決してすぐに教皇の座に就いた。前教皇は引退し、エル姫さんに全権を委譲したということだ。名実ともにこの聖教国のトップに君臨したことになる。あの後帝国も滅び、この世界は聖教国を中心に統一した形となった。それを考えれば、この世界の覇王にエル姫さんはなったということだろう。

 一般小市民の俺なんかが相手にされないような、雲の上の存在になったということだ。

 ちなみにフェル姫さんは旧帝国領を任されている。旧帝国を併呑し、聖教国の新しい領地として王族が管理している土地となっているのだ。闘神ガッチームは廃教され、女神エロームが旧帝国や同盟国の宗教となった。

 帝国の同盟国だった国々も多くは聖教国、いうなれば異世界のデーモンアキオの庇護を求め、聖教国との併合を望んだが、聖教国はそれを固辞した。まあ固辞したのは、半分は俺の意見なんだけどね。

 どうであれ今後聖教国に敵対せず、和平条約を結ぶのであれば、各国はそのまま国として残った方がいいと考えたのだ。小市民の俺の名のもとに集うのもどうかと思うわけだ。

 それに一気に国が大きく成るべきではない。聖教国だけでこの広い世界を統治できるだけの力はないと考えたからだ。所変われば水も変わる。聖教国の運営が肌に合わない者だってたくさんいるだろうからね。同盟国として仲良くしていれば、特に併合する必要はないのだから。


 帝国皇帝ガイールは、先の戦争の全責任を一人で負い、現在も牢屋の中に幽閉中。将軍も皇帝への忠義を捨て切れず、一緒に牢屋の中で過ごしている。二人で仲良く筋トレしているようだ。

 まああれだけ近代兵器の凄さを見せつけていたのだから、釈放したところで再度牙をむくことはしないと思う。エンシェントドラゴンに対して偵察機やミサイルの威力を間近で見て、ちびるほど驚いていたので、もう聖教国に抵抗する気も失せていたようである。


 魔国はマオの代わりにハンプのおっさんが魔王城の主として魔族を纏めているようだ。

 聖教国とは友好条約を結び、今後一切聖教国には逆らわらないことを誓ったらしい。次の魔王が生まれても、そのことは子々孫々受け継いでゆくと確約しているそうだ。(まあ時代が変わればどうなるかは分からないが、エルさんが教皇である内は大丈夫だろうと考えている)




 さて、俺はなぜ今こうして聖教国の事を、自分の目で見ているかのように話しているかと言うと、それは俺が異世界にいるからに他ならない。

 旅行と言えば簡単なのだが、旅行と呼べるほど遠い地でもなくなってしまったのだ。

 俺の住むオンボロアパート、コーポ柊は、この異世界と繋がってしまったのだ。厳密にいえば、俺の部屋とこの異世界が、だが……。


 エンデルの弟子であるプノが、常時こちらの世界と向こうの世界を繋ぐ魔道具を開発し、俺の部屋にそんなものを構築してしまったのだから仕方がない。

 エンデルは魔力があるなしでこちらの世界を行き来できることが可能になったし、魔力のない俺でもその魔道具を使って異世界へと行けるようになったのだ。

 そして俺は初めてこの地に立った。

 そこで見た景色は、俺の想像を遥かに超えたものだったのだ。


「大家さんめ、何かしているとは薄々感じていたが、ここまでしているとは思ってもいなかったぜ……」


 俺にバレないように何かしているとは思っていたが、異世界にこんな設備投資をしていたとは、考えも及ばない。


「ヒナたんさんだけではないみたいですよ? アイリーンさんも時々エル様と会談されているようなのです」

「ま、マジ、か……」


 俺の知らないところで二人は暗躍している。

 ということは、なんかきな臭いことが水面下で動いている気もしないでもない。

 どおりで最近黒塗りの妙な車が大家さんのもとを訪れている。これは国家規模で何かが動いているのかもしれない。アイリーンさんもアメリカの国防総省の高官。大統領とも親し気に連絡を取り合える部署にいるようだし、密かに何かが動いているのかもしれない……。


「あいつら、俺に隠れて何かしているな……」

「なんかいろいろな調査をしていると言ってましたよ? それはアキオさんも了承済みと聞いてましたけど?」

「知らねえよ! ていうか、なんで俺が了承してるんだ?」

「それはアキオさんがこの世界の支配者だからですよ」

「なんだよ支配者って……」

「私の夫、デーモンアキオはこの聖教国の盟主、真の主なのですよ? いわばこの世界の救世主なのです。教皇のエル様よりも偉いのです!」


 ふんす! と鼻息を荒くしてエンデルは、少し大きくなった胸を張る。


「ああーそう言う設定もあったにはあったな……ていうか、俺は真の主になった積りはないんだけどなぁ……」


 デーモンアキオはあの時の設定であって、継続的に続いているわけではない。

 ただあの戦争を終わらせるための方便だったはずなのだが。


「この世界でデーモンアキオを知らない者はいませんよ? 民草は勿論、魔国でさえデーモンアキオと、その腹心たるヒナたんさんの事は崇められているのです」

「崇めるって、生き神様かよ……」


 腹心のくせに俺に何も知らせず暗躍する大家さんは、真の支配者というよりも影の支配者だろうに。

 まあどうでもいいけどね。


「で、大家さんはどんな調査をしているんだ?」

「詳しくは知りませんけど、山の岩を持っていったり、地面に金属の棒を差し込んだりしているようなのです」

「ははーん、なるほどね……」


 なんとなくわかった。

 この異世界はまだ発展途上と言っても過言ではない。今でこそ誰かさんのせいで近代の技術が多少入ってしまっているが、本来なら中世並みの文化程度しかない世界。そこでは魔法もあって、近代化するにはまだまだ未成熟な世界だったのだ。

 化石燃料やレアメタルなどは、まだこの世界で価値を見出していない。故にその埋蔵量の調査といったところだろう。

 レアメタルは日本ではほとんど採掘できていないし、石油に関してもほとんど輸入に頼っている現状。それを手中に収めたら……ウハウハどころの話ではない。

 それに向こうの世界にはない未知の鉱石もあるかもしれないしね。

 大家さんはその権利を手に入れるために、技術を見返りに提供したのだろう。

 そしてそれは国家にとっても無視できないものになる。一個人がその権利を手に入れ国内に流通させるには、当然国家の力が必要になるだろう。

 何の資源もなかった国が、一夜にして莫大な資源を手に入れる。これはウハウハ以外の何物でもない。

 そこでいち国家として動くのも問題が生じる。ということで同盟国であるアメリカを、アイリーンさんを通じて動かそうという魂胆なのだろう。

 異世界の事をどこまで話しているのかは知らないが、この世界の資源が有効活用できるのならば、二つの国は当分勝ち組として世界をリードし続けるだろう……。

 大家さん石油王計画は着々と進んでいる、のか……。


 あーやめやめ。俺はそれ以上関わらない。何も知らないふりで通そう。

 一般庶民の俺が立ち入れる世界ではない。それがあるから大家さんも俺に隠れて行動しているのだろうから。俺は何も知らない、なにも見なかった、聞かなかった、話しません。




 ということで初めての異世界の観光だ。


「にゃニャっ!、プノ様、アキオ様が来てますニャ!」


 城内を歩いていると、俺の犬と豪語する猫娘に見つかってしまった。


「まあ、アキオ様! 師匠! ようこそなの~!」

「よ、よう、プノ、それにシュリ、元気そうだな」

「はい」「はいニャ!」


 元気そうだなと言っても、プノは週に2,3度はシュリと共にコーポ柊に訪れている。だがこの世界で見ると、どこか新鮮に映るから不思議なものだ。

 あの時まだ幼さが残っていたプノだが、今はいっぱしの大人の女性になっている。背も伸びたしとても魅力的な女性になったものだ。シュリはあまり変り映えしないが。

 ちなみにシュリはプノの護衛騎士という立場を獲得している。暗殺者としてプノを殺そうとしていたのに、考えられないほどの転身ぶりだ。まあ腕は確かなようだし、プノもこの国で英雄視され、そして聖教国が新たに技術部門を設置し、そこのトップに座っているので、その護衛騎士ともなればかなりの地位も保証されているようなものである。本人はそんな地位よりも、プノにまとわりついていれば、異世界の食べ物を優先的に食べられると喜んでいるだけなんだけどね……。


「それで、今日は教皇様にお会いになるのですよね?」

「まあそんな感じだ」

「では、プノもご一緒するなの」

「そうか、よろしく頼む」


 プノもちょうど教皇に面会する予定だったらしく、一緒にゆくこととなった。


「わー、今日はアエリちゃんも一緒なの」

「ああ、置いて来たかったけど、駄々こねたから連れてきた。ほらご挨拶は?」

「こんにちはー」


 亜絵里は満面の笑顔で挨拶をした。

 かなめ亜絵里あえり。何を隠そう俺とエンデルの娘である。つい最近5歳になったばかり。青みがかった黒髪、艶のある藍色といったところだろうか。それと母親譲りの青い瞳。俺とエンデルとの間に産まれた、日本人と異世界人のハーフである。

 エンデルも6年ぶりの帰郷とあって、亜絵里に自分の故郷を見せたいと言っていたので連れてきてしまったのだ。

 ちなみに子供を産んだことによって、貧相だったエンデルの胸は、そこそこ大きくなっているのだった。貧乳が好みな俺にとっては誠に残念なのだが、美乳になっているので良しとすることにしている。


「しゅり! あそぼ~ぅ!」

「ニャっ! では不詳このシュリが、未来の大賢者様のお相手を致しますニャ!」

「大賢者ね……」


 亜絵里はシュリがお気に入りだ。

 プノとシュリが家に遊びに来る度に、シュリの尻尾めがけてじゃれつく亜絵里。シュリも嫌な顔をせず相手をしてくれているので、すっかり玩具にされてしまっているようだった。

 未来の大賢者は大袈裟だろうと思うが、エンデルの血を引いているのでもしかしたら魔法を使えるようになるかもしれないな。地球で世界初の魔法使いの誕生かもしれない。

 中学生ぐらいになったら、魔法少女アエリとして大活躍するかもしれない。楽しみである。コスチュームを製作しておこう。


 城内をキャッキャとはしゃぎ亜絵里とシュリが遊びながら歩いていると、ほどなくしてエルさんの部屋へと到着した。

 執務室、というよりも謁見の間である。

 衛兵さんが俺達の到着と共に、大きな扉を開く。こんな大きな扉なんてめったにお目にかかれるものではない。絢爛豪華な彫刻等があしらってあり、本当に中世のお城と思わせる荘厳な扉だった。


「ようこそおいおいでくださいました。アキオ様、エンデル様、それと小さな大賢者様」

「やあ、久しぶりだね、エルさん。あ、ご機嫌麗しく、猊下……って似合わねえな……」


 仮にもこの国で一番偉い人に普通に声をかけてしまい途中から改めたが、あまりにも俺に似合わない挨拶だった。


「うふふふ、普通になさって結構ですよ。(というよりもわたくしの方が格が下なのですから)」

「なんかすんません……」


 エルさんは後半ボソッと何か言っていたようだが、聞き取れなかった。


「エル様、ご無沙汰しております。ご健勝そうでなによりです」

「こんにちは~」

「エンデル様も小さな大賢者様もお元気そうですね」


 エルさんとは約6年振りの邂逅である。エルさんが教皇になってからは、相当に忙しかったようで、そうそう向こうの世界にも来ることができなかったようだ。時々連絡は取りあっていたが、こうして面と向かって会うのは本当に久しぶりなのである。

 俺も会社が完全に軌道に乗り、社長としての職務を覚えるまでは暇はなかったし、エンデルも子供が生まれ、子育てでてんやわんやでこちらに来られなかったのだ。


 そして多少の余裕がお互いにできた今、エルさんからの申し出で、こうして挨拶に伺ったのである。


「それで、今日は何の用で俺達を呼んだんだ?」

「はい、諸問題も解決し、この世界もやっと安定してきました。つきましては、この世界の真の支配者であるアキオ様と救世主である大賢者エンデル様へ、褒章とそれに見合ったお礼をお渡ししたいと思いまして」


 エルさんはそんなものを準備していると言う。


「いやぁ、真の支配者って止めてもらえません? それはあの時の演技なんだから、別に本意ではないんだけど……」


 エンデルが救世主というのは間違いない事実だが、俺がこの世界の支配者というのは、やはり大袈裟すぎるだろう。帝国との戦争を止めるために少しはアイディアは出したけど、後は脅しの演技をしただけなのだから。


「いいえ、この世界はアキオ様によって救われたようなものなのです。太古竜エンシェントドラゴンはさておき、異世界に飛ばされてしまったエンデル様とアキオ様が出会わなければ、この世界は間違いなく混迷を極めていたことでしょう。全ての人々は、アキオ様の偉功に陶酔しております。アキオ様こそがこの世界の覇者であると、誰もが疑っておりません。聖教国や魔国は勿論、全ての国々が、アキオ様の傘下に降るのだと、こうして盟約書まで取り交わしております。これは確定事項になりますので、ご了解願います」

「……」


 そんな盟約書いつ取り交わしたんだよ。俺の記憶にないんですけど……。

 そう言おうとしたが、どうやらエルさんが代理として、全ての国と盟約を交わしたらしい。なんとも有能なことだ。しかし俺の意向がまったく反映されていないのは、いかんともしがたい事態だ。


「つきましては、覇王の証と中央に覇王国として土地を進呈いたします。国名はアキオ様がお決めください」

「えっ⁉ 何それ……」


 覇王の証として証書のようなものと金ぴかに輝く勲章のようなものを差し出された。

 そして驚くべきは、広大な土地が俺の国として進呈されるということらしい。

 真新しい地図(おそらく航空写真から起こした地図)には、その国の土地が赤線で囲われていた。この世界のほぼ中央。海や山を擁した広大な土地。そこが俺の国になるらしい。元々の魔国の土地が半分と、帝国の土地が半分入っているような場所だ。


「ちょ、ちょっとマジで? いやいや、それなら俺よりも大家さんに……」


 俺なんかデーモンアキオとして演技しただけだ。それならば大枚はたいてこの世界の為に頑張ったのは大家さんの方である。その権利は大家さんへ、と言おうとすると、


「ヒナたん様の了解は得ております。というかヒナたん様がそうして欲しいと願い出たようなものですから、これはもう決定事項なのです」

「あのTシャツおっぱい野郎……」


 大家さんは、面倒なことは俺に丸投げしたようだった。

 どうも最初から外堀は埋められているようだ。


「断っても……」

「この世界の総意であり決定事項です」

「あの……」

「決定事項です」

「……」


 取り付く島もない。

 決定事項は覆すことはできないようである。


「アキオさん。せっかくですから貰っておきましょう」

「あのねエンデル。簡単に言うけどさぁ、そんな簡単ではないと思うんだけどなぁー……」

「でも断れそうもありませんよ?」

「そうなんだよね……」


 まあ、貰って置いて、この世界の人達に自由に使ってもらえばいいか。

 そう簡単に思っていたが、


「つきましては2年ほど前から開発も進めております、そろそろ城も完成する頃ですので、行ってみましょうか」

「えーっ! 何それ、何それ⁉」

「ではプノ様、お願いします」

「はいなの!」


 迷走する俺の思考は置いてけ堀だ。粛々と進められる。

 プノはアイテムバッグから扉のようなものを取り出し広間に置いた。俺の部屋にもある魔道具である。

 この為にプノも呼び出されていたのだろう。用意周到である。


「ではいきましょうか」


 そう言ってエルさんは扉を開いた。


 扉を抜けると、そこは燦々と降り注ぐ日の光を反射する大海原が眼前に広がっていた。


「おお~!」

「凄いのです!」

「うみ~うみ~‼」


 何か巨大な石造りの建物、そのバルコニーのようなところに俺達は出た。

 見渡す限り綺麗な海が拡がっており、潮の香りが心地よく鼻腔をくすぐる。下を見ると巨大な街並みが広がっていた。そして俺は目を疑う。


「大家さんの野郎……」


 そこには、この異世界にそぐわないような、近代的な建物が着々と建設されているのだった。


「いかがですか? わたくしの別荘も建設中です」

「プノの家ももうあるの」

「あたしもこの国に住むのニャ!」


 エルさんは別荘を、プノやシュリももうこの国の住人として登録しているという話だった。元々帝国の支配下にあったシュリの国の住人たちは、こぞってこの国に移住することを決めたらしい。その他の国からも移住希望者が殺到し、建設はその人達の手によって順調に進んでいるという話である。

 新しくプノの研究施設も造っているらしく、完成後には聖教国からこちらに引っ越して来ると言っている。


「あー、頭痛くなってきた……」


 何もかにもが俺の知らないうちに進行していたらしい。

 知らぬは俺一人のみ。もうどうでもよくなってきた。


 何もかもが現実離れしたことで、俺は呆れ返る。

 もうどうにでもなれと、げんなりしていると建物の下かから声が掛けられた。


「おーい! アキオ兄ちゃん、師匠! こっち来いよ!」

「ピノか……」


 ピノはこの国の開発の陣頭指揮を執っているらしく、既にこの国に住んでいるという話だ。


 俺の城になるであろう巨大な建物を下階に降り、だだっ広い敷地を抜けると、そこには城下町が広がっている。マジ、もうどうにでもなれだ。

 城門前には、ニカッと笑顔を輝かせているピノが立っていた。

 こいつも週に何度も向こうの世界の部屋に来ていた割には、何も言わずに着々とこんなことを進めていたのだ。憎たらしい奴だ。


「どうだアキオ兄ちゃん!」


 ピノは大きく胸を張って街並みを自慢している。

 ピノもあの頃からは考えられないほど魅力的な女性に成長していた。

 と、それよりも、


「おいおいおいおい、なんだよこれは……」


 城の周りには既に完成している建物も多く建ち並び、その近代的な建物の多くには食べ物屋さんが既に営業を開始していた。

 ハンバーガー店、カレーの店、フライドチキンの店、ラーメン屋、ピザ、寿司、コンビニにアイスの店、どれもこれもが日本から持ち込んだようなものばかりが目立った。


「はっはっはー、ガンガン人も集まってきてるから、商売も順調だよ! 今この国で一番の金持ちはこのあたしだね!」

「はいはい……」


 ピノはかんらかんらと笑いが止まらないようだ。

 日本の味をこの世界に広めるとは言っていたが、既に動き始めているとは知らなかった。ほんとどうにでもなれだ……。


「はニャーっ! プノ様! アイス買ってきていいですかニャ? ニャ?」

「亜絵里もたべるぅ~」

「はいはい、買ってきてもいいの。でも人数分買ってきてなの」

「はいニャ! 行きましょうニャ~小さな大賢者様!」

「しゅり~ゴーゴー‼」


 シュリは亜絵里を肩車してアイス屋へと走って行った。

 ほんとシュリはぶれない奴だ。


「さてアキオ様、エンデル様。ここでお願いです」

「ん?」


 エルさんが少し真剣な表情でお願いがあると言ってきた。


「これからわたくし達の世界も発展させようと考えております。異世界の技術、そして互いに手を取り、この世界を導いていただきたいのです」

「えーっ……俺はそこまで人望篤い人間じゃないよ? 異世界のただの小市民が王になるのだけでもお門違いなのに、この世界を導くなんてできないと思うよ……」


 自分の事は自分が一番よく知っている。

 社長になっただけでもお門違いなのに、一国の王になれと強要され、そして世界を導いてほしいなど、到底俺のキャパに見合ったものではないのだ。


「そこを何とか!」

「お願いするの!」

「アキオ兄ちゃんなら問題ないさ!」

「……」


 エルさん、プノ、ピノのキラキラした瞳が俺を射抜く。

 どこまで俺を過大評価しているのだろうか。


「アキオさん。別に気負う必要はないのではないですか? いつも通りでいいと思うのです」

「そう言ってもな、エンデル……」

「私の旦那様に出来ないことはないのです。アキオさんは私のヒーローなのですから」

「それが過大評価っていうんだけどな……」


 ただの小市民。できることはできるけど、できないことはできない。俺はそんな凡庸な人間なのだ。

 まあ大家さんが影で動いている以上、俺も一蓮托生で巻き込まれることは、不可逆的に確定しているとみていいのかもしれない。

 もう諦める他ないのだと。


「分かったよ……やれることはやると約束するよ。でも、積極的には参加できないぞ? 向こうの仕事だってあるからな。大家さんもなにかやっているようだし、俺も微力ながら知恵は貸すよ……」

「はい、それで結構です」


 エルさんはにっこりと微笑みながら、俺の手を取った。


 ああ、なし崩しとはこのことだ。

 この先俺の人生どうなるのだろうか。あれよあれよという内に、実質この世界の王に祭り上げられてしまい、この世界の発展に寄与することになってしまった。

 ああ、あの社畜だった頃の俺は、このようになる未来を描いていたのだろうか? いや、描けるわけもない。こんな荒唐無稽な現実があるなど、誰が想像できようか。


 あの夜、妙ちくりんな魔法使いに出会ったことがすべての始まりだった。

 俺の人生の中にエンデルという大賢者が現れたことが、全ての発端なのだと。

 だからそれから先は予定調和でしかない。

 俺はエンデルを選んだのだ。だからすべては俺の選択と言ってもいいのだろう……。


「パパ~、ちょこみんた~」


 シュリとアイスを買いに行った亜絵里が戻ってきて、俺の口にチョコミントのアイスを押し付けてくる。


「ありがとう亜絵里」

「ママは、ぎょうざアイス~」

「うわーありがとうアエリ~」

「なに! 餃子、アイス、だ、と……」


 そんなアイスあったのか⁉ 俺が知らないだけで、もしかして美味しいのか?


「う~ん美味しい~」

「ま、マジか……」


 美味しそうに食べるエンデルに一口貰ってみたが、俺には微妙な味だった。

 ニンニクやニラの風味が効いているアイスは、美味しいと言えるのだろうか……。

 ちなみに餃子アイスはエンデルがピノにお願いし、開発したモノらしい。一度食べた者は、二度と注文しないほどの低人気ぶりだと言う……やっぱりね。




 こうして、いきなり俺は異世界の覇王になった。

 この先の事はあまり考えたくはないが、なってしまったものは仕方がない。なるようになるさ、と思うしかないだろう。


 あの時、エンデルと出会ったことに後悔はないし、これからも後悔するつもりもない。




 時が二人を分かつまで、いつまでも一緒に過ごしたい。そう願うのだった。







 おしまい



 ────────────────────────────────


 長らくお付き合いいただきありがとうございました。

 これにて完結といたします。

 たくさんの読者様に支えられ完結することができました。

 

 感謝!

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異世界から来た女大賢者に懐かれて困ってます 風見祐輝 @Y_kazami

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